目的のために耐えよ
コボルトに危うく食い殺されそうになった日から、今日で一か月が経った。
あの3人組の子供たちに助けてもらわなければどうなっていたか、考えるだけで今でも身震いする思いだ。
というか、そもそもあんなところにコボルトがいた原因はあの3人のうちの一人が原因だったらしいが。
……思い出してると食欲がなくなってくる。さっさと朝食を済ませて外出するとしよう。
「ごちそうさまでした。それじゃあ、行ってくるよ」
「あらあら、もう行くの? もう少しゆっくりしてから出てもいいでしょうに」
食器を片付けて玄関へ向かう私に、母が穏やかな声でそう言った。
……あなたのほうこそもう少し早く食べるべきだと思うんだが。まだパン一切れすら食べきっていないのはどうなんだ。
「待ち合わせの約束をしているんだ。あまりゆっくりしていると遅刻してしまうよ」
「待ち合わせというと、今日もお友達の子たちとお仕事?」
「……まあね」
あの日以来、その3人組と冒険者ギルドでよく顔を合わせるようになった。
その子たちもギルドで成人前の人間が受けるような簡易の依頼をこなし始める時期で、一か月前ははぐれコボルトの偵察依頼を受けたらしい。
本当ならどのあたりにいるのか、遠眼鏡などを使って遠くから軽く偵察するだけの依頼で、危険だから決して深入りするべきではないはずなのだが、私が襲われているのを見て、そのまま勢いで討伐してしまったのだとか。
……この時点でどこからツッコめばいいのやら。
冒険者ギルドに着くと、既に例の3人組が席で待っていた。
私が最後か。待ちくたびれた様子で、3人のうち一人の少年が声をかけてきた。
「お、来たな。おーい、おせーぞ!」
「待ち合わせ時間には間に合ってるだろ。まだ約束の5分前だぞ」
「そーそー、セレネに早く会いたいからって早起きしすぎだっての」
「ち、違ぇし! そんなんじゃねぇし!」
「顔真っ赤。分かりやすい」
相変わらず賑やかだな、この子たちは。
正直言って騒がしいのはあまり好きではないが、まあ我慢できる。
最初に声をかけてきた少年が『ユーブレイブ』。愛称はユーブ。
黒髪で彫りの浅いアジア系の、日本人の顔つきに酷似しているように見える。
一か月前に私を助けてくれたのも、この子だったな。
「ところでさー、今日はなんの依頼を受けるんだっけ? 魔獣の討伐なら一匹くらい持って帰っちゃダメかな?」
「お前……まだ懲りてないのかよ」
「だってさー、家で飼ってるのニワトリばっかりじゃん。もっとこう、猫とか犬とか色々とモフりたいお年頃なのよー」
「イツナ、また騒ぎを起こしたら姉さんに言いつけるからそのつもりでね」
「ごめんなさいゴメンナサイごめんなさい私が悪かったです謝りますからママには言わないでマジで勘弁して死ぬ死ぬ死んでしまうこここ殺されれれれれアバババババ……!!」
……一か月前の騒ぎを引き起こした張本人で、その時に母親から受けた説教のトラウマを白目で想起している少女が、ユーブの双子の妹『イツクティナ』。略称イツナ。
二卵性なのか、ユーブとはあまり顔つきが似ていない。
ユーブと同じ黒髪の揉み上げ部分を三つ編みにしていて、黙っていればかなりの美少女だ。なお中身。
コイツのせいで一か月前に危うく死ぬところだったが、そのことをさして責めるつもりはない。
……というか、あの騒ぎの後に母親らしき女性と一緒に家まで謝りに来ていたが、何もかも燃え尽きたような真っ白な顔でひたすら虚空を眺めながら謝り続けている様を見て、責めるに責められなかったというか……。
重度の動物好き、というか魔獣好きで見かけた魔獣を片っ端からペットにしようとする悪癖があるが、これまで全部失敗しているようだ。
スキル欄に『テイム』の項目があるし、将来は魔獣使いになるつもりだろうか。
……あるいは、もう一つの『力』を頼りにしているのかもしれない。
「今日の依頼はセフレと一緒に薬草採取。薬草の見分け方を教わりながらお金を稼ぐ」
「……その最悪な略称で呼ぶのをやめろローア。略すならセレネと呼んでくれ」
「セフレのほうがフワッとした感じで可愛いのに」
「いいからやめろ! 頼むから!」
最後に、このマイペースな少女が『ローレアス』。略称ローア。
茶髪のショートヘアの可愛らしい容姿で、イツクティナによく似た顔をしている。正直、外見だけならユーブレイブよりもよっぽど姉妹らしく見える。
しかし、血縁上はこの二人の『叔母』にあたるらしい。
完全に姉妹か何か勘違いしていたものだから、説明を聞いた時には軽く混乱してしまった。
なんでも、ユーブとイツナの両親とローアの両親、つまりユーブたちの祖父母が出産する時期がたまたま近かったため一緒に遊ぶことが多く、今では兄弟姉妹のような付き合いなんだとか。
……要するに、ローアの両親が年甲斐もなく頑張った結果か。元気なことだ。
ただ、ローアだけ兄弟姉妹ではないということには合点がいっている。
ユーブとイツナは、他の人間とは明らかに違う。その点においてはローアはごく普通。
家まで謝りに来ていたこの二人の母親にも同じ特徴があったことから、おそらくこの二人の両親が――――
「おい、どうしたセレネ? ぼーっとしちまって」
「っ……なんでもない、少し考え事をしていただけだ」
「憂いを帯びた表情でしたなぁ、いやー絵になるわー」
「うん、飾りっ気がないのがもったいないくらい。今日のお仕事が終わったら、セフレのアクセを買いに行こう」
「いらん! あとセフレはやめろ!!」
……落ち着け、こんなことでいちいち熱くなるな。
この子たちは重要な手掛かりに通じているかもしれない存在なんだ。
今は冷静に仲を深めていって、ある程度親しくなってから聞き出すことにしよう。
お前たちはこの世界とは違う、別の世界への道を知っているのか、ということを。
≪……≫
~~~~~
「帰ったぞー」
「ただいまー!」
「姉さん、義兄さん、ただいま」
「おかえり。今日はどうだった?」
「薬草採取の途中でイツナが他の人が飼ってる魔獣をモフるためにサボってた」
「ちょ、ローアァアア! それ言わないでって言ったじゃんかぁああ!!」
「……イツナ、ちょっとこっちへ来なさい」
「まってママ待ってください違うんですよ誤解です誤解なんですよ! ちょ、ちょっと聞いてます? あ、聞いてませんかそうですか。ぎゃあぁぁぁあああ!! ごめんなさいいぃいいい!!」
「……ユーブ、新しいお友達とは仲良くなれそうか?」
「うるせぇ」
「可愛い女の子なんだって? そうかーユーブもそういうお年頃かー」
「うるっせぇっつってんだろ! なに微笑まし気に言ってんだ!」
「照れるなよ。その子の名前は?」
「知るか! 俺に話しかけんな!」
「セレフレネ。愛称はセフレ」
「ぶっふぉ!? ……そ、そうか……いや、まあ、愛称だし、そういう略し方になることもあるのか……?」




