地獄からの解放 そして
※今回の最後あたりで一気にお話が進みます
囚人たちの最終テストが終わり、早々に別れを済ませることになった。
ルルベルは礼儀正しく一礼し、メイバールも口数少ないながらしっかりと挨拶してくれた。
ギルカンダとミラームは『できればもう会いたくない』と言わんばかりにさっさと担当職員のところへ行ってしまった。薄情な。
別れる前にジルドだけは刑務を終えた後に孤児院に預けていた子たちへ、事前にいつごろ帰ってこれそうか伝えようとしていたみたいだったが―――
「え、帰らない? ……まあ、普通に考えたらあんなあばら家で暮らすよりはこっちのほうがいいよな」
「違うよ。あの家は確かにボロっちいけど、そういうことじゃないんだ」
「ここでいっぱいべんきょーして、いっぱいおかねをかせげるようになりたいの」
「それであのお家を、もっと広くきれいにして、たくさんの人が住めるようにしてあげたいんだ」
「魔族たちに壊されて、家がなくて困ってる人がまだまだいっぱいいるしね」
……ジルドの妹や弟分たちの目標意識の高さに思わず感心してしまった。
金を稼ぐことが目的ではなく、目的のために稼ぐ手段を身に着けようと今できることを大真面目に学ぼうとしている。
「立派なお家に建て直して、お勤めが終わったジルド兄ちゃんを迎えてあげるんだ」
「もうじぶんのことはじぶんでなんとかするから、おにいちゃんもじぶんのためにがんばっていいんだよ」
「……そうか、ほんのちょっと見ない間になんだか立派になっちまったな……」
妹さんに笑顔で言われた言葉に、ほんの少し寂しさの混じった笑顔を浮かべながら頭をなでることで応じている。
なんとも微笑ましい。
「ふふふぁほ、ふふまぐもふもふ」
「院長、なんか言いたいんだったらまず口の中のもん飲み込んでからにしなよ……」
……できれば後ろのほうでリスみたいに頬に肉を詰め込んでる院長が視界に入らない場所でやってほしかった。
院長、毎日よく肉を食ってるせいかふくよか、いやむしろ筋肉質になってきてる気がするんだが、目の錯覚かなんかだろうか……。
「ジルドおにいちゃん、おしごとがんばってね!」
「お家ができたらまた帰ってきてね!」
「……ああ、またな。……教官」
「おう。それじゃあギルド本部まで送ろうか」
子供たちと別れる際手を振りながら、涙を浮かべる顔を見られないように背を向けているジルドが印象的だった。
お前ならすぐ自由になれるだろうから、泣くな。
さーて、挨拶も済んだみたいだし、さっさとファストトラベルしますかね。
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「この一月の間、本当に世話になりました。地獄みてぇな修業だったけど、オレたちを鍛えてくれたうえにチビたちのことまで面倒見てもらって、ありがとうございました」
「どーいたしまして。あの子たちの面倒見てたのは孤児院の子たちだけどな」
「この変な装備を用意してくれたことや、うまい飯まで食わせてくれたこと、忘れません」
「おう。出所したらなんか奢ってくれよ」
「もちろん。……それじゃあな、教官」
それだけのやりとりの後、カジカワ教官は行ってしまった。
鍛錬中は早くこの地獄から解放されたいと願うばかりだったのに、いざこうして別れることになると寂しいもんだな。
それはそれとして、もう毎日死ぬような鍛錬をする必要はないというだけでテンションが上がってくるのが自分でも分かる。
刑期中の仕事もかなりキツいみたいだが、少なくともあの鍛錬以上の地獄はありえないだろう。
カジカワ教官と別れて、担当職員から明日からの刑務の説明を受けることになったが、どこで何をすればいいんだろうか。
他の4人、いやルルベルはもういないから3人か。一緒に説明を受けているが、随分と余裕そうな表情だ。
「あなた方の刑務ですが、普段はSランク下位~中位の魔獣を討伐することです」
「……鍛錬のレベリングと何も変わらないじゃないの」
「他には高レベルの膂力を活かしてトンネル開通のための作業やその他肉体労働など、日によって業務の内容は変わります」
「それも大体同じじゃねーか。あのバカ重いハンマー担がされて何十キロも走らされたりとか、10倍の重力の中で筋トレしろだとかに比べりゃまだマシだろうけど」
「さらに、魔族騒ぎに乗じて逃走した凶悪犯罪者の確保任務など、対人戦闘が前提の業務もあります」
「それが一番簡単そうだな。教官よりヤバい奴なんかいないだろうし」
「……あなた方はこれまでどんな鍛錬を行なってきたのですか……?」
顔を引き攣らせている担当職員を見ていると、やっぱあの修業の内容は異常も異常だったってことが分かる。
……普通に考えて刑務よりキツい修業って、それはもうただの拷問だろ。
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さてさて、囚人たちの鍛錬も終わったし、久方ぶりの自由だ。
囚人たちも大変だっただろうが、管理する側も割と神経使っていたりした。
具体的に言うと死なないように常に監視してないとならんのが非常に面倒だったな。
グラマスから超希少食材の特別保有・賞味許可証を発行してもらったし、しばらくはそれらの捕獲・採取活動に精を出すとしようか。
捕獲や保存、そして調理がかなり難しい食材が多いが、アイテム画面やフェリアンナさんに協力してもらえば美味しく食べられることだろう。
ふふふふ、楽しみだなー。
「ヒカル、その前にやらなきゃいけないことがいっぱいある」
「え?」
「……お腹の子が大きくなり始める前に、腰を据えて育児ができる場所が必要。新居を探すか新しく家を造ってもらったりしないと」
「あ、あー……ごめん、浮かれてて気が回らなかった」
……そうか、よくよく考えたら俺たちって家がなかったんだったな。
宿を転々としているだけでも充分生活できていたから特に必要性を感じていなかったけれど、子供が生まれるなら育児のための環境を整えないといけないし、泣き声とかの騒音対策なんかも必要だ。
それ以前に出産前後の準備やら教育カリキュラムやらも調べないといけないだろうし、思いつく事柄だけでもキリがない。
さらにその間、レイナとヒヨ子がどうするかも決めておかないといけないし。
……あれ? もしかしてやること山積み? 食材の確保なんかやってる場合じゃない? Oh……。
……仕方がない、しばらくは生活環境を整えるために動くとしましょうかね。
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などと出産当時の喧騒も、思い返してみればいい思い出だったと今では思う。
いや、冗談抜きで大変だった。特に赤ん坊の世話がマジで大変だった。
3時間おきに泣き声で叩き起こされてミルクやらおむつ替えやら単にあやして遊んだりだとか、二人でも手が回らなくてベビーシッターを雇ったりとかもした。
義父さんと義母さんの娘さん、つまりアルマの実妹ともウチの子たちと兄弟のように付き合っていて、よく言えば常に賑やか、悪く言えばとてもうるさい環境だった。
それでも手塩にかけた我が子は、育児の辛さよりも圧倒的に愛しさのほうが大きい。
そんな我が子たちの現在の状況ですが、非常に健やかに成長しております。
「こっちくんな親父。消えろ」
……上の子は現在反抗期真っ只中ですが。
アルマに対してはこんな態度とらないのに、なんで俺はここまで嫌われてるんですかね……。
「パパ、とっても可愛い子を拾ってきたの。飼ってもいい?」
『ギシャッァアアア!!』
などとのたまいながら、どう見ても凶暴そのものな虎型の魔獣の首根っこを持ち上げながら連れて帰る下の子。帰してきなさい。
博愛主義が過ぎるというか、どっから連れてきたんだソレは。
「おはよう義兄さん。結婚して」
極め付きはこの義理の妹である。
やめろ。アルマに殺される。
というか義両親のお二人ももう少し強めに自重するよう注意してほしいんですが……。
数年前にこのあたりに引っ越してきた子ともよく遊んでいるが、今のところ大きなトラブルはないみたいでなによりだ。
なかなか会う機会がなくて、その子の顔を直接見たことがないけど。どんな子なのやら。
本編終了後の後日談、その最終章は本編の十数年後となります。
その際に、カジカワ視点ではない描写で話が進む予定。
閑話でレア食材捕獲や鬼先生やジュリアン出店なんかのお話も書きたいところですが、予定は未定。




