アンタかよ
最終章に向けてちょっとずつお話を進めていこうと更新。
ところで引っ越し先がいまだに段ボールまみれなんですが。
ミラカラームが誘拐、しかもマーキングすら遮断され手がかりが一切ない状況に追い込まれた。
メニュー頼りに捜索することができない状況ではお手上げもいいところだったが、ミラームに使わせている『鞭』の毒薬生成機構が功を奏してくれたようだ。
ミラームの鞭は押されたボタンに応じた毒薬を鞭の先から分泌する機構が搭載されている。
その機構には魔力を消費して毒を作る術式が刻まれていて、鞭自体はジュリアン製だが術式はダイジェルの素材屋の婆さんによって刻まれた特別製だ。
魔力がある限り、一度登録した毒や薬を好きなだけ生成できるという、なんともぶっ壊れ性能な鞭だったりする。
ちなみに燃料となる魔力は持ち手に埋め込まれている『竜魔結晶』から消費されるので、燃料切れになることはまずない。
普段使いに登録されている毒や薬もかなり強力なものが多いが、『赤いボタンを三回』押した時には『ヨルムンガンドの毒液』を分泌するように登録しておいた。
生産職や弱い戦闘職の体なら、一滴でもかかったら即死するほどの猛毒だ。
この誘拐犯の男が腕一本で済んでいるのは、一滴にも満たない飛沫が服に付いただけだったからだろう。運がいいのか悪いのか。
一応、『青いボタンを三回』押すことでそれを解毒する薬を生成することもできるが、大抵は解毒が間に合わず死ぬ。弱い相手に対してはぶっちゃけあんま意味がない。
解毒液を分泌させて誘拐犯の溶けた傷口にぶち込んで解毒した後に、生命力操作で傷を治して救命措置完了。
ホントはあのまま死んでほしいくらいだったが、情報を聞き出さなきゃならんので渋々治しておいた。
「う、腕が……な、治してくれたのか……?」
「さて誘拐犯、ブタ箱に放り込む前に、お前に聞きたいことがある。俺の質問に嘘偽りなくごまかさず答えろ。でないとまた腕をもぎ取って口の中に突っ込んでからカイワレダイコンと一緒に飲み込ませてやるから覚悟しとけ」
「ひ、ひいぃぃい!? わ、分かった、答える! なんでも答えるからやめてくれ!!」
「……カイワレダイコン……?」
後ろで見ているミラームがわけわからんと言いたげに呟いてるが無視。
いや、深い意味はない。別にルルベルの故郷で既に例の肥料を使った野菜の栽培が始まっていて、それのお裾分けが多すぎて処理に困ってるとかそんなことは断じてない。ないったらない。
……カイワレは元々収穫までの日数が短いみたいだけど、栽培が順調すぎて怖いわ。
「単刀直入に聞こう。この部屋をどうやって手に入れた? ここをお前に与えたのは誰だ?」
「そ、それは……」
「ミラーム、手足を押さえてろ。カイワレを10ダースくらい束にして口の中にぶち込んでやるから」
「ひぃいい!! ま、待ってくれ! 知らない! 確かに変な男からこの場所を買い取ったが、正体はよく知らないんだ!」
「変な男?」
なんでも答えるとか言っときながら言い淀む誘拐犯に、ちょっと脅し半分に詰め寄ってみると妙な情報をゲロった。
……なんでこの脅し方でこんなに怯えてるのか、冷静に考えると意味分からんな。
「あ、あいつは、顔が分からないんだ。隠蔽系のスキルでも使っているのか、顔を隠しているわけでもないのにどうしてもどんな顔だったのか思い出せない。そもそも直接話している間も、どんな顔なのか分からなかった」
「ふーん、それじゃなぜ男だと思ったんだ?」
「ガタイが男らしかったし、声も低かった。顔だけは認識できなかったが、髪の色が黒かったことは分かった」
「そいつの名前は分かるか?」
「本名は分からない。便宜上の名として『ケイ』と呼べと言われたが、それだけでは正体の手掛かりにはならなかった。取引が終わった後、部下に尾行させて奴の正体を暴こうとしても、いつの間にか見失ってしまっていたらしく、駄目だった」
またか。あの借金取りの時と同じじゃねーか。
尻尾をつかませないために、転移系の術でも持ってるのかね? その異世界転売屋野郎は。
「ちなみに、この部屋を買い取るのに支払った代償は?」
「五百万エン。なるべく重量が多い金貨で支払うように言われた」
「一室で五百万か、安いか高いか分からんな。この部屋を買った動機は?」
「プライベートルームが欲しかったんだ。起業が成功してから各方面からやたらと食事や遊びの誘いが来るようになって、たまに喧騒から離れてゆっくりとできる時間が欲しかった。この部屋は世界から切り離されていて、私以外には誰も入れないからな」
「ちょっとした現実逃避用の部屋ってことか。それで、その部屋をミラームの監禁用に悪用した、と」
「……一応、そういった用途に使うことは避けるように警告はされていたが、魔が差したんだ。実際、奴から一緒に買い取った『麻酔銃』や『簡易転移装置』を使えば、簡単にミラームを手に入れることができてしまった」
その組み合わせはどう考えても『これから誰かを誘拐します』って言ってるようなもんじゃねーか!
そいつも警告するぐらいならそもそもそんなもん売るんじゃねーよ!
あの借金取りやこの誘拐犯への対応を見る限りじゃ、金目当てに異世界由来の道具を売りさばいているだけの迷惑犯って感じか。
金貨を欲しがってるあたり、日本で換金して金持ちにでもなろうとしてんのかね?
一枚30gは下らないこっちの金貨を五百枚も換金すれば五百万円どころの騒ぎじゃないだろう。普通に億超えるくらいは稼げそうだ。
「そいつの正体や居場所の手掛かりがないのは分かった。じゃあそいつと今一度連絡を取ることはできるか?」
「き、緊急連絡用に渡された『通信石』という道具を使えば、あるいは。だ、だが、アイツは『そろそろ充分に稼いだな』とも言っていた。もしかしたら、もう繋がらないかもしれない……」
「今すぐ呼び出せ。ダメ元でもいい、呼べ」
「わ、分かった……」
緊急連絡用ってことは、何らかのトラブルがあったときに呼ぶためのもんか?
さっきなんかまさに緊急事態だっただろうに、なんで呼ばなかったんだろうか。え、腕が溶けてテンパってて忘れてた? アホか。
誘拐犯が話していた通信石なるアイテムを使って、そのはた迷惑な異世界商品転売野郎を呼び出す流れになったが、はたしてうまくこっちに来てくれるんだろうか。
既に目的は達成しつつあるみたいだし、ここで尻尾を掴まなきゃ、おそらくもうそいつの手掛かりは途絶えてしまうだろう。
放っておいても無害かもしれないが、それだとさんざん迷惑かけられた挙句そいつだけ儲けて勝ち逃げされるようでなんか腹立つし。
誘拐犯が自分の懐からスイッチのようなものがつけられている石を取り出し、スイッチを押した。
プルルルル、と電話の着信音さながらのコールが何度か響いた後に、ガチャン、と受話器を取るような音が聞こえた。
「き、聞こえるか、私だ。……おい、聞こえないのか? 返事をしてくれ!」
『……もしもし? アンタは……誰だっけ?』
「私だ。例のプライベートルームを買い取った……」
『んー……あー、はいはい。その節はどーも』
誘拐犯が何度か通信石に話しかけると、困惑したような声が返ってきた。
ふむ、声からして確かに男っぽい……ん? この声、なんか……。
『どうかしたのかい? 悪いけど、新商品の入荷ならもうお断りだぜ。こっちはもう必要な分は稼いだし、これからやることが山積みなんでな』
「ち、違う。今すぐこちらに来てくれないか?」
『えー? だから、忙しいんだってば。無理無理』
どうやら乗り気じゃないみたいだが、ここで逃がすわけにはいかん。
誘拐犯の前に、『呼び出せなかったらお前の顔中の穴という穴にカイワレと豆苗ともやしを詰め込むぞ』と満面笑顔の筆談で脅してやった。
それを見た途端に、誘拐犯が血相を変えて声を張り上げた。
「ひいぃぃい!! た、頼む! 来てくれ! このままじゃ、殺されてしまう! 助けて! 助けてくれぇ!!」
『え、何が起きてんの?! アンタ、大丈夫なの!? ちょっと!?』
「早くしてぇえええ!!」
『ああもう、しゃーない。『転移装置』起動!』
死に物狂いで助けを求める誘拐犯の声に、焦ったような声で応じる転売野郎の声。
ふむ、顧客の危機を助けようとするくらいの気概はあるのか。ちょっと意外だ。
転移装置とやらを使用してこっちに来るつもりのようだが、さて、鬼が出るか蛇が出るか。
どっちにしろとりあえず迷惑料代わりにボコってやる。
万が一俺よりも強い相手だったらヤバそうだが、さて。
通信が切れた直後、急に青白い光が誘拐犯の傍に発生し、光の中から誰かが出てきた。
こいつが異世界転売屋の男か。
中肉中背の男性の人影で、俺と体格はさほど変わらないように見える。
ん? 顔が認識できないって話だったけど、普通に見え……え?
「き、来てくれたのか……! た、助かった」
「ああもう、どうしたってんだよ! 誰かに追われてるのか!? って、え……?」
異世界転売屋と思しき男性が俺と目が合ったかと思ったら、固まった。
俺も思わずフリーズ。互いに隙だらけだが、そんなことどうでもいいと思える顔がそこにはあった。
「……こいつにこの部屋を売ったのは、アンタか?」
「え、えーと、イエス、だけど……え、何? なんなの? なんでここにいるの?」
「そりゃこっちのセリフだ」
その転売屋野郎は、50代近い年齢に見える、壮年男性だった。
つーか、というか
「転売屋野郎ってアンタかよ吉良さん」
「……転売屋って。でも否定できないのが情けなくて、オレ氏軽く泣きそう」
……うん、通信石から出てる声がなんか聞き覚えがあるとは思ってた。よりによってアンタかよ。
かつて九尾の狐と戦う際に共闘し、今ではポストアポカリプスな異世界でラーメン屋を営んているオッサンこと『吉良一也』さんがそこにはいた。
そりゃ危機感知も働かんわ。危険ゼロ。
「吉良さん、アンタ小遣い稼ぎするにしても相手を選べよ。こちとらアンタの売ったもんのせいで大迷惑なんですけど」
「いやいやいや! オレ氏、ちゃんと『迷惑にならない範囲で使って』って、売るときに注意してたよ!? 売ったオレのせいじゃなくて、悪用した奴の責任でしょ!」
「あんな誘拐犯御用達セットを売っといて何言ってんだ! 別件でこの黒いナイフを売った相手だって暗黒街の相当ヤバい奴だったんだぞ!」
「ち、ちょっと事情があってあんまり目立つわけにもいかないし、即金で金をポンと出してくれる相手ってそうそういないんだぜ? いや、迷惑かけたのは悪かったけどさ……」
「ああもう、金が欲しいなら俺が買い取ってもよかったんだぞ? 連絡先交換してただろうが」
「スマホはオレと梶川君の両方が日本にいなきゃ繋がんないし、この通信石だってつい最近手に入れたもんだから渡す機会がなかったんだよ。だから他をあたるしかなかったんだ」
「こっちの世界に来たってことは、ステータスと一緒にメニュー機能が使えるようになってるはずだぞ。吉良さん地球人だし。それで俺がいるって分からなかったのか?」
「え、このメニューってそんな便利機能まであるの!? オレ氏、初耳なんですけど!?」
やっぱ地球人だからか、吉良さんもメニューが使えるようになってるみたいだな。
でもレベルが低いせいか、メニュー機能を十全に扱うことはできないようだが。
って、この人も職業欄がERRORになってるし。修正はよ。
「つーか、そもそもあの終末世界っぽい場所で荒稼ぎしてただろうが。もっとデッカく稼ごうとまた異世界旅行でも始めたのか?」
「………違う。とにかく金が必要だったんだ。日本で色々と物資を買い込まないといけなかったからな」
「物資?」
「いや、こっちの話だ。気にしないでくれ」
「おいおい、水臭いぞ。なんか困ってることがあったら手ぇ貸すぞ? その前に今回の件の落とし前つけてもらうけどな」
「そこは許してほしかったなー……ホントにこっちのことはいいんだ。 」
「ん? なんか言った?」
「なんでもねぇ。とにかく、責任をとれっていうならとるし、なんなら稼いだ金も全額没収してくれてもかまわねぇ。でも、もう少しだけ待ってくれ、頼む!」
ガラにもなく深刻そうな声色で、深々と頭を下げてきた。
……いや、なんだこれ? なんも話してくれないから動機が分からんけど、えらく面倒な事情を抱えてそうだからどう対応すればいいのか困るんですけど。
赤の他人がこんなこと言ってきたとしても『許さん、ボコる』で済む話だが、吉良さんだしなぁ……。
「……あと、もう一つ、頼みがある。今から頭おかしいことを言うけど、とにかく一回聞いてくれ」
「はぁ? 今度はなんだってんだよ」
下げていた顔を吉良さんが上げた瞬間、全身が総毛立った。
ドッペルとの死闘以来の、強い危機感知が爆音で警鐘を鳴らしているのが分かった。
「頼む、ほんのひと切れだけでいいから、梶川君の体をくれ」
「っっ!!」
そう聞こえたかと思ったら、凄まじい速さで黒い剣を振り回し、俺の腕を斬りつけてきた。
避け切れず、斬り飛ばされた右腕が宙を舞ったのが見えた。
地球人の魂がある人間は、パラレシアに転移あるいは転生した時点で自動的にメニュー機能を獲得します。ただしデフォルトで疑似人格なんかはありません。カジカワのはバグみたいなもんじゃないでしょうか。
勇者だけは色々とカスタマイズされたメニューを使えるようですが。




