閑話 21階層・探索者Aの憤慨
御無沙汰しております(;´Д`)
書籍版の発売から約一月半ほど経ちましたが、沢山の方々にお買い上げいただいたようでまずまずの売り上げのようです。誠に感謝(`・ω・´)ゞ
現在、Web版の更新よりも優先しなければならない作業が山積みの状況でして、10~11月の間はまともに更新できない見込みです。申し訳ありません。
故に、例によって別の小説名義で書き溜めておいた21階層の状況を閑話でお送りいたします。
こんなもんよりはよ本編進めろと思われるかもしれませんが、どうか御容赦を(;´Д`)
どこまでも続く、扉が並ぶ白い通路。
壁も、床も、天井すらも、様々な扉が備え付けてある。
どこまでも、もはや目が届かないほど奥のほうまでずっと、ずっと。
どこまで続いているのか、そもそも終わりがあるのかどうかすら分からないほどここは長く、狭く、果てしない。
扉だらけの通路を眺めているだけで平衡感覚や遠近感に支障をきたしそうになる。
リスタートの印を設置してから、傷だらけになっている木製扉のドアノブに手をかける。
建付けが悪いのか、蝶番が軋み不快な音を響かせながら扉が開いた。
……ああ、いけない。うっかり忘れるところだった。
自死するための呪いも、仕込んでおかないと。
扉の先には、海が広がっていた。
燦々と太陽の光が照り付ける、真夏を思わせる小島の海岸。
扉のある小島を起点として、赤、青、緑、黄の四色に分かれた海。なんともカラフルな光景だ。
仕切りもなく直接接しているのに色が混ざらないことに違和感を覚えたが、そんなことはどうでもいい。
ここは目的の場所ではないようだが、なにか役に立つ物があるかもしれない。
持ち帰ることができれば今後の探索の助けになるだろう。
辺りを眺めると、どの海も彩り豊かだが透明度が高く、海中の様子もよく見える。
青色の海はゴミ一つなく美しく、海中には魚や貝や海藻など食料になりそうなものが確認できた。
久々に食料を調達できる。いくらか確保しておこう。
赤色の海には、骨が泳いでいる。
まるで生きた魚のように、骨だけがその身体をくねらせながら海中を泳いでいる。
もう自分が死んでいることにも気付いていないようだ。
隣の青い海から赤い海へ魚が泳いで渡るとすぐさま骨へと変わったが、何事もなかったように泳ぎ続けている。
逆も然り。赤い海を泳いでいた骨が青い海へ移ると、肉がついて普通の魚へと変わった。
青い海には『生』が、赤い海には『死』が満ちている。
……赤い海には近付かないようにしておこう。
黄色の海には、非生物が漂っている。
生き物は一切おらず、沈没した船の一部と思しき残骸や錆びた機械が沈んでいたり浮かんでいたりする。
海岸に打ち上げられたゴミのようだが、それらも波に煽られ青い海に入るとエビやカニといった甲殻類へと変わっていくのが見えた。
おそらく、この残骸たちも元々はこういった海の生き物たちだったんだろう。
残骸か生き物か、どちらが起源だったのかは私には分からないが。
最後に緑の海だが、この範囲だけ明らかに異質だった。
まず、他三色の海と違って底が見えない。
色付いているが透明度は高いはずなのに。
緑の海だけ深さが違うのか? いや、そもそも底がないのか。
そして、なによりも他の海とは違って、海中になにも見えない。魚も骨も残骸も、なにもない。
一切の不純物がなく、どの海よりも透き通っているのに、かえってそれがひどく不気味に思えた。
しばらく緑の海を眺めていると、その理由が分かった。
緑の海に向かって赤い海から魚の骨が飛び跳ね着水した直後、溶けた。
煮え湯に小さな氷を入れたかのように、跡形もなく消えてなくなった。
黄の海の残骸が波に乗って緑の海に流れていったが、同様に溶けて消えてしまった。
……なるほど、緑の海は有機物・無機物問わず触れたものを溶かす作用があるようだ。
一見とても穏やかに見える緑の海は、着水したもの全てを溶かし消し去ってしまう最も恐ろしいエリアのようだ。
赤が『死』の海ならば、緑は『無』そのものと言ったところか。
さて、辺り一面が海では適切な装備も無しに探索することは厳しい。
潜水服でもあれば青の海だけでも探索できたかもしれないが、現状の装備では浅瀬の海産物を捕獲するのが精一杯だろう。
……久々の食事にありつくために、せめてこのあたりの海産物だけでも確保してから戻るとしよう。
青い海に入ろうとしたところで、一際大きな波音が耳に入ってきた。
それと時を同じくして、急にあたりが暗くなったのに気付く。
空模様が悪くなったのかと、ふと空を見上げてみると―――――
緑色に煌めく大波の顎が、今まさに私を飲みこもうとしているのが見えた。
青の海とは対角側にあるはずの緑の海から、ここまで波がきたというのか。
逃げることもできず、叫ぶ間もなく、私は緑の顎に喰われ、呑まれた。
溶けていく、消えていく。
目の前の手が、服が、体が、持ち物が、今その光景を見ている私の眼球も、溶けて消えていく。無へと還る。
違う、消えてなんかいない。
なにもないどころの騒ぎじゃない。
この緑の海には、この世界の全てがある。
ただ、形も個も無くなっているだけで、確かに存在している。
かつてこの世界を営んでいた何万何億何兆何京もの生命体が動植物が鉱物が個体が液体が気体が物質が非物質がエネルギーが時間が空間が意志が確立がなにもかもが溶け込んで受け入れて一切の拒絶なく調和して全ての個が一つになって―――――――
このままだと、私もこれらに溶けて 混じって 同 化 して しま う 。
自死 しな
け れ
ば ――――――
ふと目が覚めると、目の前には傷だらけの木製扉があった。
……リスタートの印が発動している。どうやら、さっきの光景を見た後に私は死んだようだ。死ぬことができたようだ。
よかった。無事に死ぬことができて、よかった。
存在が溶け切る前に自死する選択をしたのは英断だったようだ。
一歩間違えていれば、あのままあの世界の全てと調和したまま生き続けなければならなかったかと思うと、背筋が凍る思いだ。
緑の海に溶け切る前に死んだためか、精神への悪影響もさほど大きくはない。
浮遊感に似た多少の不快さは残るが、自分が正気かどうかを疑問に思えるほどの知性をはたらかせることくらいはできているようだ。
あの場所は、おそらく緑以外の海は疑似餌みたいなものなのだろう。
青の海の生き物や黄の海に沈んでいる資源をサルベージしようとする者を誘い出し、捕食するための疑似餌でありまた獲物を乗せる食器でもあるということか。
私はまんまとそれに嵌められて溶かされた、ということらしい。
扉の前に『四色の海 収穫無し 危険 入るな』と殴るように書き込み、ボロボロの扉を腹いせに蹴っ飛ばしてやった。
クソが。こんな扉、二度と開くものか。
リスタートの印を回収し、次の扉へと歩を進めた。
……リスタートしたばかりだから腹は満たされているが、なぜか無性に自棄食いしたい気分だ。
次の扉の前には『この先ネコの国。人骨が入ったヤベーボトルが歩き回ってるから危険』と書いてあった。
……他の扉にしておこう。
探索者A
存在自体は普通の人間。
21階層にて、ゲームで言うセーブ&ロードが可能になる『リスタートの印』と任意のタイミングで自殺できる『自死の呪い』を所有。
飢え死にしそうになったりしても死んでリスポーンすれば最適な状態で復活できる。そのためほぼ不死身。
どこを目指して探索しているかは本人のみぞ知る。
そうそう、あと今回のお話と関係ない話題ですが、皆様にとってネオラ君のキャラグラは版権キャラに例えるとどんなイメージなのかを教えて頂けたら幸いです。
あ、深い意味はないです。ホントに。
ないです。ええ。




