檻の中での雑談
今回、非常にゴチャゴチャした雑談が長く続いている部分がありますので、面倒な方は『 ■ 』で区切られた部分を読み飛ばしてくださいませ。
あと、来週末辺りにちょっとした発表をさせていただこうかなと。
え、なんのことかもう予想ついてる? なんで?(すっとぼけ
スタンピード討伐が完了し、カス大臣をぶん殴ったことでカジカワ君が牢屋にぶち込まれてから二日が経った。
「な、なぁ、本当にスタンピードは終わったんだよな……?」
「軍の人たちはそう言ってたし、実際魔獣のテリトリーからは黒雲が消えてるらしいから、本当だと思うけど……」
「……なら、なんだこの、言いようのない不安っていうか、恐怖感は……?」
避難先から王都へ戻ってきた住民たちが、不安そうな声を漏らしている。
普段通りの生活をしようにも、原因不明の恐怖に苛まれていてそれどころじゃない、といった様子だ。
本来なら多くの人で活気づいて賑やかなはずの王都が、静かな不安の声で満ちている。
営業を再開している店は、普段の半分くらいかな。
原因不明の恐怖からくる動悸や発汗を、風邪かなにかと勘違いして休んでいる住民も少なくない。
伝染病の疑いを懸念して病院に駆け込む人たちも大勢いるけど、身体自体にはなぜか全く異常がないから医者も首を傾げているようだ。
いやー、牢獄にぶち込まれた状態なのに、まさかこれほどの混乱を巻き起こすとはね。
しかも、彼はスキルも道具も一切使っていないみたいで、住民たちも原因を調査している人たちも首を傾げている。
……彼、ホントに人間? 実は魔王かなんかでしたって言われたら即信じるよ私。
夜間だけはその原因不明の恐怖も収まって、一時的に平穏な状態に戻るんだけど、朝になればまた再び恐怖が湧き上がってくる。
原因が分からない住民たちにとっては不安で仕方がないだろうね。
そのせいで、食料や燃料なんかのライフラインの流通にも影響がモロに出ていて、一部で軽い暴動なんかも起きていたりする。
そしてこの混乱の中でこそ、諜報員たちはその能力を十全に発揮することができる。
普段とは違う人の動きの中でしか潜入できない所へ入りこんだりだとか、カジカワ君が殴り飛ばしたゴミ大臣の話題の聞き耳情報の傍受だとか。
精霊魔法での情報収集も限界があるからねー。やっぱ最後に頼りになるのは人の手足って話だね。
タスク限界の事務処理しながら精霊魔法なんて、私にゃ無理だ。
イヴランが書類仕事と精霊による情報収集を同時進行できるのは、書記スキルを使っていないからだし。
……今はまだ大した被害は出てないけど、この状況が長く続けば王都は緩やかに滅んでいくかもしれない。
早く証拠を集めてあのクソ大臣を失脚させないと。待つ身はつらいねー……。
~~~~~恐怖の原因視点~~~~~
王都の監獄の中でも、ここは特別らしい。
国家転覆を目論んだ重罪人や、死刑判決を受けた囚人なんかを収容するための檻なんだとか。
王都の監獄のメシってやつに内心ちょっと期待してたけど、量は少ないし質素であんまり美味しくない。
せっかく作ってくれた食事にケチつけるのもなんだから完食したが、毎日これを食うのは正直きついので、看守さんに頼んで俺の分は今後持ってこないようにしてもらった。
「メシが要らんなんて変な奴だな……別に構わんが、餓死しても自己責任だからな。……あと、あまり話しかけないでくれるか。怖いんだよ」
なんて言われたりもしたがご心配なく、アイテム画面から適当に取り出して食べますので。
あー、カツサンド美味いわーもっしゃもっしゃ。
「お、おい! 一昨日に奥の牢へ入れられた奴はなんなんだ!? アイツか来てから、ずっと震えが止まんねぇんだよ!」
「配置換えをしてくれ! このままじゃどうにかなっちまうよぉ!!」
「やかましいっ!! 死刑が決定した重罪人どもめが、グダグダ抜かすな! あと奥のヤツについては私も知らんわっ!!」
手前側の牢が騒がしいなー静かにしてほしいなーなにをあんなに騒いでいるんだろうなーはははー。
てか、看守さんも俺については聞かされてないんかい。
俺の収容されている牢は、この監獄で最も奥のエリアにある。
このエリアはこの監獄の中でもさらに特別で、重罪を犯しても沙汰を決めるのが難しい囚人をとりあえず一時的においておくための檻らしい。
ここに収容されている囚人は、現在は二人だけ。
俺と、向かい側にもう一人。
■
「皆、あなたを恐れているようですね。その気持ちは、最も近くに居る私が一番よく分かりますよ」
「ははは、まあわざと怖がるようにやってますからね。おつらいようでしたらあなたも収容エリアの配置換えを希望してみては? 宰相殿」
「私はもう宰相ではありませんよ。疲れ果て、ただの燃え尽きた老いぼれに過ぎません」
「……少なくとも、今回の件で軍に口出ししてきたあのアホ大臣より、あなたのほうがよっぽど価値があるように思えますがね」
「……アホ大臣? ……ああ、彼のことですか。まだ大臣の座にしがみ付いたままだったのですね」
この国の元宰相こと、ギルザレアンさんが向かい側の牢に収容されており、俺の話し相手になってくれている。
姫様方の暗殺計画以来、この人の話題をずっと耳にしていなかったが、ここにいたってわけか。
「その証拠に宰相、いえ、ギルザレアンさんがいなくなったことで公務の負担が増えたせいか、先日国王様が過労で倒れたのは御存知ですか?」
「ええ、存じておりますよ。もっとも、私がいなくなったこととはあまり関係がないと思いますがね。私の分の業務は信頼できる部下へ引き継いでありますし、……魔族の暗躍への対応による心労が、ここにきて祟ったのでしょう」
「各地でテロ紛いの活動をしていましたからね。それに対処するための業務もそれは凄まじかったことでしょう」
「凄まじかった、などと軽く流していいものではないようでしたがね。国王様の倒れた原因は、御身体ではなく心の負担が原因なのですから」
「ああ、一年近く不眠不休だって話でしたか。倒れるのも無理はないでしょうね」
「確かに長期間の労働も負担だったでしょうが、そうではないのです。国王様は、例えば魔族との戦争中に『命の優先順位』を幾度も選択することを強いられていましたから」
「命の優先順位?」
「いわゆる『トロッコ問題』に近いものです。このまま放置すれば100人の命が犠牲になるが、代わりに他の10人の命を犠牲にすればその100人は助かるが、どちらを選ぶか、といった選択を何度も、何度も、ね」
「うーわ……聞いているだけで胃が痛んできそうな話ですね」
「そのうえ、魔族たちがスパイとして王宮に入り込んできたりもしていましたので、本当に信頼できる人間にしか相談ができない状況が長く続いていましたからね」
などとしばらく長話に興じているが、俺もギルザレアンさんも暇なのでとにかく話し相手がほしい状況なのよ。
話の内容がヘヴィすぎてあんまり楽しくないけど。
「魔族が侵入してきた疑いがあった時の対策なんかはなかったのですか?」
「もちろんありましたよ。この世界は数百年おきに魔族騒ぎが起きていますから、当然対魔族用のマニュアルもあるにはあります。しかし、今回の魔王は勇者の転生体であるがゆえに、魔族たちはそのマニュアルの内容を知っていたようなのです」
「あー……」
「魔族の変装は鑑定スキルで看破するのがセオリーなのですが、その確認役の人間をスキルで洗脳して『問題なし』と言わせ、そのまま国の内部に入り込んできたりもしていましたね」
「対策用のマニュアルの裏をかいて、より深いところにまで入り込まれていたということですか」
「支援のために第5大陸から謁見された剣王スパディア様が『鑑定』のギフトで看破されなかったら、見破ることはできなかったでしょうね。国王様にとって親友のように近しい側近の方が、魔族とすり替わっていたことが発覚した際の国王様は……あまりの悲壮さに、見ていられませんでしたよ」
もうやめたげてよぉ! 国王様のライフはもうゼロよ!
そりゃ倒れるわ。むしろよくここまで持ちこたえたもんだよホント……。
つーか、スパディア様が地味に裏で仕事してるのがまた意外だ。鑑定スキル大活躍やんけ。
「他にも様々な悲劇が国王様に降りかかっていましたが、『魔族との戦いに決着がつくまでは倒れるわけにはいかない』と耐え続けていたようです」
「で、そんな国王様を裏切ってでもクーデターを起こしたかったと」
「ええ、それとこれとは話が別ですので」
「そのために姫様方の命まで狙ったんですか。そんな状況で実の娘たちが殺されたなんて聞いた日にゃ、もう自殺もんでしょうに。アンタ鬼ですか」
「姫様方はこの国の各分野におけるトップで、それらを掌握するためにはどうしても姫様方には退場していただく必要がありましたのでね。国家に蔓延る老害どもを排除するには、強硬手段にはしってでも粛清する冷徹さが必要でした。……まだ幼くお優しい姫様方には少々厳しい選択でしたので、やむを得ず」
……まあ、それは姫様方が甘いのが悪いっちゃ悪い。
排除するのを躊躇してより悪影響が広がっていくのを放置するのは悪手を通り越して怠慢とも言えるしな。
なんてことを考えていたりするが、そもそも国家の部外者である俺がそんなこと偉そうに言う筋合いなんかないんだけどね。
でも暇だからこうしてゴチャゴチャと話をしているわけで。
要は堅苦しい話題を続けているように見えて、その内情はただの暇潰しである。クズぅー。
「まあ最初から成功するとは思っておりませんでしたし、今は牢の中とはいえこうして平穏な日々を満喫させて頂いておりますがね」
真面目なのか不真面目なのか分からんなこの人。てか老後の平穏はいらないとか言ってなかったか?
あるいは単に、もう人生詰んでるから開き直ってるだけなのかもしれないが。
■
「しかしその平穏も、あなたがここに収監されてからまた乱されようとしていますがね。いったい何に対してそんなに威嚇していらっしゃるのですか?」
「この国の全てですかね。もっと言うと、あなたが排除したがっていた老害たちへでしょうか」
「ふむ、なにやら事情が御有りの御様子ですな。それほどの威圧感を醸し出されてはこの監獄はおろか、王都全体へ少なからず影響があるでしょうね」
あのアホ大臣をはじめとした老害どもを失脚させるためには、王都にはまだしばらく混乱しておいてもらう必要がある。
手順としては至極単純。
俺がこうやってステータスに加えてプロフィールをONにした状態で、ひたすら意識的に威圧して『ここにヤベーやつがいるぞ』オーラを出しまくる。
その気になれば、そのへんの人間くらいなら睨んだだけでショック死させられるくらいの威圧感が今の俺にはあるようで、監獄に収容されている状態でも充分にその気配をアピールすることが可能らしい。
影も形も見えない存在に、王都の国民全員が怯えているという謎の状況。王都が機能不全に陥るのも無理はない。
で、その混乱に乗じてグラマスが率いる諜報機関が必要な情報をかき集めて、数日後に行われる予定の国内会議にて発表するという流れだ。
つまり、俺はただひたすらにグータラしながら威圧するだけの簡単なお仕事である。
一応、夜にはファストトラベルでアルマたちのところに戻ってメシを食ったりしているが、日中に合えない状況が続くのはストレスが溜まるなぁ……。
ま、今はこのギルザレアンとの雑談でも楽しみながらのんびりしていますかね。
この人にも、近々働いてもらうのも面白そうだ。
「もっしゃもっしゃ、しかしこの監獄ももう少し食事の質を上げるべきだと思うんですけどね。あ、よかったらカツサンド食べます?」
「ああ、どうも。ご厚意に甘えさせていただ……どこから取り出したのですか?」
「お気になさらず。ではちょっと失礼しますね。よっこらせっと……」
俺の入ってる牢の檻を力ずくでひん曲げてから退室し、ギルザレアンさんへカツサンドを渡してからまた元通りに曲げ直して座り直した。
「……この檻はSランクの大型魔獣ですら1ミリも曲げられないほど頑丈な檻のはずなのですが……いやはや、恐ろしい御方を敵に回していたものだ。私の執務室の扉が蹴破られたのも頷ける」
その様子を苦笑しながら見ている顔がちょっと面白い。
「しかし、今更ですがあの時は女性だったはずですが、なぜ今は男性の姿に?」
「ホントに今更ですね」
いやソレもっと早く聞けよ。例の性転換の薬で性別が変わってただけだっての。
……このじいさん、真面目不真面目以前にとてもマイペースな性格のようだ。
看守「お前んとこの檻、微妙に歪んでね?」
梶「キノセイデスヨー」
ギ「アーカツサンドウメー」




