収監された名状しがたい恐怖
ドッペルを討伐してから王都へファストトラベルで帰還したが、その後かなりめんどくさい状況に。
スタンピード後の後片付けを始めようという時に、例のアホ大臣が戻ってきて、兵士たちに向かってギャアギャアと騒ぎ立てているようだ。
「なんというザマだ! スタンピード迎撃を言い渡されたにもかかわらず、誰一人として一匹も魔獣を仕留められなかっただと!? 貴様ら、それでも誇りある王国軍か!!」
「はい……」
「与えられた使命も果たせず、よくもまあおめおめと生き延びられたものだな!? 恥を知れ!!」
「はあ……」
…………いやー、もうどこからツッコめばいいのか、コレガワカラナイ。
騒ぐアホ大臣の罵声に、軍の隊長っぽい人が死んだ目をしながら応対しているが、あんなふうに叱られるいわれなんかないだろうに。
まず、元々今回のスタンピードは王国軍じゃ手に負えない規模の侵攻だから、迎撃は手練れの冒険者たちに任せて避難のほうへ向かうようにって指示が出ていた。
それをあのアホ大臣が横から要らん口を挟んできたばかりに、する必要のない無駄な戦いに向かう羽目になったんだろうが。
あと、魔獣を一匹も仕留められなかったのは俺が王国の担当する分も全滅させたせいであって、彼らにはなんの非もない。
おめおめと生き延びたもなにも、そもそも立ち向かおうとした魔獣群が俺の誤射(?)で戦う前に全滅してるんだから命の落としようがないだろ。アホか。
でも、誰一人として俺のせいにすることなく、言いたい放題されている。
そんな様子を眺めているところで、誰かがこちらに近付いてきたのが見えた。
む、あの金髪は、アイナさん? ……いや、グラマスか。
「おかえりー。魔獣山脈の黒雲が晴れたってことは、ボスが討伐されたとみていいんだよね?」
「はい。かなり苦戦しましたが、どうにか」
「お疲れ。討伐したのは君かな?」
「いえ、ネオラ君です」
「ネオラがやった」
「え? ……あ、いや、アッハイ! オレです! オレ!」
「ふーん。……まあいいや」
俺とアルマがネオラ君に視線を向けると、一瞬間の抜けた声を漏らした後に慌てて肯定した。
なお、グラマスには嘘だとモロバレな模様。
……ネオラ君、もうちょっと自然に返事できなかったの?
「……ところで、あちらが随分と騒がしいですね」
「あー、あのボケ大臣ねー……」
「はたから聞いていると、今回は軍が活躍できなかったことに腹を立てているようですが……犠牲が出たわけでもないし、被害はほとんどなかったんだからよしとしておけばいいと思うんですが」
「違うよ。あのアホ大臣、本当は面子を潰されたことなんてどうでもいいんだ。そして被害が出なかったからよかったっていうのも違う。むしろ逆なんだよ」
「? どういう意味ですか?」
「……あのゴミ大臣はね、王国軍に被害を出させるためにスタンピード討伐へ軍を参加させたんだよ」
「……はあ?」
いきなり突拍子もないことを言われて、思わず素の返事をしてしまった。
いや、ちょっと待て。被害を出させるためにって、え?
どういうことだ、まるで意味が分からんぞ。
「今回のスタンピード騒ぎはわざと起こしたことだって言ってたけど、建前はあくまで手が足りなくてスタンピード防止のための討伐ノルマが達成できなかったからだと説明してあるって言ってたよね」
「ええ、そう聞いておりますが」
「要するに、冒険者ギルドの不手際で起きたスタンピードで軍に被害が出たなら、それを理由に賠償だのなんだのと言って、普段なら言えないような理不尽な要求をしてやろうって魂胆だったのさ」
「マッチポンプでしょソレ。呼んでもないのに勝手に討伐に参加させて何を言ってるんですか」
あのアホ大臣、とんだ老害じゃねーか。
つーか、あんなのをよく野放しにしてきたなこの国。
この国の王は何をしてるんだ。働けよ。
「国王様なら、先日ついに過労で倒れたよ。疲労回復ポーションとか睡眠代用ポーションとか飲みながら一年近く不眠不休で魔族とかの対応をしていたみたいだけど、肉体より先に精神が参っちゃったみたいだねー」
申し訳ありませんごゆっくりお休みください生意気言ってマジすみませんでした。
つーか、王様にそんな過負荷かけるなや! 一年近く不眠不休って、ブラック企業も真っ青じゃねーか!
下手したらそのへんの奴隷のほうが待遇良さそうだ。もういい……! 休め……!
「国の中枢が老害塗れで腐りきってるからねー。大した仕事もしてないくせに文句ばっか言って足を引っ張ってるのが大勢いるもんだから、たまったもんじゃないよ。……宰相は真面目に仕事をしてくれていたけれど、結局彼もあんな馬鹿なことやらかして牢屋行きだし」
「ああ、そういえば少し前に姫様方を暗殺しようとかしてましたね」
「もしかしたら、そういった老害を権力任せに一斉排除して、国の内部を浄化するために宰相は……まあ、もう終わった話だけど」
第1大陸の王都、もうダメなんじゃないかな。終わってるじゃん。
あの宰相が独裁者になってでも国の運営権を自分に集中させようとした理由が、少し分かった気がする。
そのための手段として姫様方を殺そうとしたのはゴミだけど。
「だからこそ、今回のスタンピード騒ぎの混乱を利用して膿を出してやろうと思っていたんだけど、あのアホ大臣の汚職の証拠を見つけるのにはちょーっと時間が足りなかったんだよねー」
「時間さえあれば、汚職の証拠を見つけられたと?」
「まーね。……というか、他の廃棄物どものほうが優先度が高かったから、あのカスにまで手が回らなかったっていうだけなんだけれど」
「そうですか。仮に王都にまた数日間ほど混乱が続いたら、あの大臣の汚職を掴むことは?」
「多分ね。……ちょっと待って。君、なにする気なの?」
あのアホ大臣をこのままのうのうと権力の座に座らせたままだと、今後も面倒の元になりかねない。
計画性なんてあったもんじゃない思い付きみたいなもんだが、俺の考えをグラマスに伝えてみた。
「……いや、それ、賛同していいものなのかすっごく悩むんだけど」
「無理にとは言いませんが、でもあの大臣が軍の指揮権を持っているとなると、早めに退場して頂いたほうがこの国のためだと思いますよ?」
「上手くいくの?」
「そちらの情報収集能力次第ですが、どうでしょうか」
「いや、君のほうがだよ。投獄されている状況でどうやってそんなことする気なの……?」
「こちらに関しては御心配なく。一応、似たようなことを試した実績がありますので」
「……分かった。言っておくけど、君のほうが失敗したら私は助けられないからね。万が一私のほうが失敗したら、なんとしてでも釈放させるつもりだけど」
「それで問題ありませんよ。では、ちょっと行ってきます」
「ほいほーい、頑張ってねー」
グラマスとそれだけ話した後に、まだ怒鳴り散らしっぱなしのアホ大臣のところへ向けて足を進めた。
が、歩き出したところで誰かが俺の手を引いてきた。
? ……!
「……アルマ、どうした?」
振り返ると、アルマが不安そうな表情で俺の手を握っていた。
「……ヒカル、大丈夫なの? もしもずっと出てこられないなんてことになったら……」
「安心しなよ、絶対に大丈夫だ。いざとなったら力ずくで脱獄してでも出てきてやるさ」
「でも……」
「心配するなって。それに、晩飯の時にはファストトラベルで出てくるから、な?」
「……分かった。でも、あまり長引くようなら王都を潰してでもヒカルを外に出すから、あまり待たせないでね」
「アルマちゃんなに言ってんの!? マジでやめてよ!?」
「そりゃグランドマスターの仕事次第だからなんとも言えないなー早くしてくれるといいなー」
「ぬおぉぉお……! なんというえげつない脅迫っぷり! くそぅ……もしもし! もしもし私だけど、今すぐ動いて! はよ! はよ!」
名残惜しいが手を離し、再び足を進めた。
やりとりを見ていたグラマスが大慌てで誰かに通信しているようだが、諜報員かなんかかな? ガンバッテー。
さて、俺のほうの長話は終わったし、さっさとこっちの無駄話も終わらせますか。
王国軍の人たちに向かって、喉が枯れないか不思議なくらい大きくきたない罵声を出し続けている大臣の傍に寄り、声をかけた。
「この愚図どもが!! 貴様ら無能な軍部のせいで……む、なんだお前は!?」
「あー、お話の最中に申し訳ありません。少々よろしいですか?」
「馬鹿か貴様は! 今話をしておるのが分からんかぁっ!! 部外者は引っ込んでいろ!!」
「いえ、部外者ではありませんよ。なにせ、軍の方々が魔獣と戦うことができなかったのは、私のせいなのですから」
「な、なにぃ!? どういうことだ!!」
俺が誤射(?)で王国軍の人たちが担当する範囲の魔獣を全滅させたせいで活躍できなかったことを説明すると、アホ大臣の顔がみるみる怒りに歪んでいった。
対して、軍の人たちは『バカ、余計なことを言うな!』と言いたげに、こちらへ視線を向けている。
庇ってくれるのは有難いけど、アンタ方はなんも悪くないでしょ。いいから俺のせいにしとけ。
一通りの説明を終えると、アホ大臣が杖を振り上げて俺の頭に叩きつけてきた。
ドガッ、と生産職が振るったものとは思えないほど大きな打撃音が辺りに響いた。全然痛くもかゆくもないけど。
「貴様ァ! よくも、よくも儂の邪魔をしてくれたなぁっ!!」
「だ、大臣! おやめください! 彼は我々を、王都を魔獣の手から救ってくれたのですぞ!」
「うるさい! 貴様さえ、貴様さえいなければぁっ!!」
トチ狂ったかのように俺に向かって杖を振り回し続けて喚いているのを、隊長らしき人が抑えている。
あー、なんかこの感じ久しぶりだわ。上司に理不尽な理由で叱られていたのを思い出すなー。
「身の程を弁えず、こちらの領分まで侵しおって! 冒険者ギルドはどう責任を取るつもりだ!!」
「いやー、あれほど大口径の武器を扱うとなると照準を合わせるのも一苦労でしてねーはははー」
「なにをヘラヘラと笑っておる貴様ぁあ!!」
「失礼。しかし、そもそも今回のスタンピードは進行してくる魔獣の強さを考慮して、元々は冒険者ギルドの人員で対処する計画だったはずです。失礼ながら、魔族との戦いで人員を削がれた今の軍の戦力では、みすみす戦死しにいくようなものだったでしょう」
「そういう問題ではない! 攻め入ってくるのが討ち難き強大な脅威だからと、尻込みして逃げる軍に何の意味がある! 立ち向かう勇姿を見せてこそ、軍は民衆に信頼されるのだ!!」
「それは立ち向かおうとした彼らが言うことでしょう。真っ先に逃げたあなたが偉そうに口にすることじゃない」
「き、貴様ぁぁああっ!! 儂を愚弄するかぁ!!」
俺が反論すると、面白いほど過剰に反応してくる。プゲラ。
日本では上司相手にこんな煽り方したことなかったけど、こいつ俺の上司でもなんでもないし遠慮はしない。
「それに、彼らにも家族がいるでしょう? 仮に今回のスタンピードで戦死したら、残された家族からしたら本来なら参加しなくてもよかった戦いで夫や父が亡くなったことになる。家族を守るという大義名分があった魔族との戦争とは状況が違う」
「知ったような口を利くな!! 残された者たちもそれくらいの覚悟はできているはずだ!!」
「ないない。大切な人が死んだら、覚悟はしてましたとか言ったりしてどんだけ強がっても悲しいし、怒りを覚えるに決まってますよ。私の妻も、私が無茶して死にそうになるたびに物凄く怒るのでよく分かります」
「冒険者風情の連れ合いなんぞに理解できるわけがなかろうが! ふん、話を聞くにその妻とやらも貴様に似て下賤な価値観の売女のようだな―――」
「はい、死ね」
クソ大臣がきたない口から汚物めいた罵声を吐き出したところで、気が付いた時にはその顔面に向かって反射的に右手を叩きつけていた。
「ごぶぼぇぇえぁあああっっ!!!?」
ズバァンッ!! という平手打ちの音が響いた後に、プロのアイススケーターも真っ青な空中横回転を決めながらぶっ飛んでいく。
縦に横に何度も何度も回転しながら地面を転げまわり、ようやく動きが止まった時には歯が無くなった状態で白目を剥き地面に倒れ込んでしまった。
あ、やべ。
適当に怒らせて侮辱罪とかなんとか言わせて適当に投獄されるつもりだったのに、つい手が出た。
……まーいいや。どうせ捕まるつもりだったし、侮辱罪が暴行罪に変わっただけで大きな問題はないだろう。
ぶっ飛ばされて気絶した状態のクソ大臣を見て、隊長らしき人が溜息を吐きながら口を開いた。
「はぁ……とんでもないことをしてくれたな」
「すみません、手が滑りました」
「正直言って、内情としては大臣がどうなろうとどうでもいいのだが、立場上放っておくわけにはいかないんだ。あんなのでも一応我が国の大臣だし、手を出した以上恩人といえども君をこのまま帰すわけにはいかなくなった。……すまないが、同行願えるだろうか」
「ええ。元よりそのつもりですので」
「? 元より……?」
両手を前に出して、お縄につくポーズをとりつつそう言うと、隊長さんが怪訝そうに呟いた。
まあ、意味分からんよな。
さて、これで俺のほうの準備は整った。
このまま投獄されて、檻の中からこの王都に混乱をもたらすように動けば、いや動かなければいい。
アルマたちを帰すのはネオラ君に頼むとしよう。
そんじゃあしばらくお世話になりまーす。
というやりとりがあったのが数時間前のお話。
え、結局怒り任せに殴ってんじゃねーかって? チガウヨー計画通リダヨー。
ゴミクズ大臣はまだ意識が戻っていないようだが、ちょっと殴るのが強すぎたかな。
はよ起きたほうがいいぞー。でないとその間にどこを探られるか分からんぞーはははー。
まあ、本人の身の回りだけじゃ掴めない汚職もあるだろうし、どのみち王都にはしばらく機能不全に陥ってもらうとしよう。
どうやってやるかは、明日からのお楽しみ。さーて、晩飯作りに一旦ファストトラベルで脱獄するかー。
次の日、避難先から王都へ戻った住民たちを迎えてくれたのは、不自然な発汗と止まらない動悸、そして原因不明の恐怖だった。
なにが起きてるんやろなぁ(すっとぼけ




