手元がクレイジー
今回からまた主人公視点。
予定通り囚人たちをテヴァルラに送って、スタンピードの迎撃にあたらせることに。
ちと規模がデカい侵攻だが、今のアイツらならなんとか乗り越えられるだろう。
メイバールはボス討伐にあたらせることにしたが、上手くいけば全てが丸く収まるかもしれない。
というのも、今回テヴァルラに侵攻しようとしているスタンピードのボスは『★親しき残骸』という固有魔獣らしい。
スタンピードの発生が確定してから、発生するボスの予想までできるようになってるとはな。メニューさんも大分成長してるっぽい。
その固有魔獣は、例の20階層で戦った『★開かれる傷痕』によく似た能力を持っていて、敵対した対象と最も親しい者の能力と人格を再現することができるというものだ。外見はホネだけど。
しかもまったく同じというわけではなくて、ステータスを固有魔獣のレベルに合わせて強化された状態で再現されるというものだ。
再現した対象のレベルが固有魔獣の基礎レベルを上回っていた場合は、逆に弱体化するらしいが。
敵対する対象が複数いた場合、最も基礎レベルが高い対象の記憶を基に再現されるらしい。
そしてボス討伐に向かった者たちの中で、一番レベルが高かったのはメイバールだ。
つまり、かつての相棒と戦うことになるわけだが、これがいい感じにショック療法になってくれるんじゃないかと思ってメイバールに向かわせたわけだ。
これが吉と出るか凶と出るか、さて。
もしもダメだった場合はファストトラベルで回収してから俺がボスをぶちのめすか。
そんな囚人たちとは別行動で、俺たち教官組は全員第1大陸の王都へ集合していた。
集まっているほぼ全ての人員が特級職という超豪華メンバー。もちろんネオラ君一行も含む。
「うはは、人類最強戦力が勢揃いだね。ここにいる十数人だけで世界征服できるんじゃないのコレ?」
「できたとしてもやらねぇよ、メンドクセェ」
「いいから指示出せババア」
「ひどくね!?」
グラマスの軽口をジュウロウさんが軽く流し、アイナさんが不機嫌そうに文句を言った。
アイナさんにとってのグラマスは、ロリマスにとってのアイナさんみたいなもんなのかな。
今回侵攻してくる見込みは一万体ものSランク魔獣の群れ。
さらにスタンピードのボスはかなり厄介な固有魔獣らしい。
話し合った結果、討伐に行くのは勇者一行ことネオラ君のパーティに決定。
逆に『絶対に行くな』と言われたのは俺とアルマ。
『特に梶川がそのボスと対峙すると未曽有の大惨事になりかねないからテリトリーに近付くな。マジで』とメニューさんたちに何度も釘を刺された。
……いや、まあ、確かにその固有魔獣の能力を考えるとヤバそうではあるが。
侵攻してくる魔獣たちを撃退するのはここに集まった特級職たちだが、こうして見ると壮観だな。
西側はジュウロウさん、ラディア君、ヒューラさん、ガナンさん、そしてレイナ。
東側はバレドとラスフィーン、元対魔族軍総隊長モリッツゲイトさん、アイザワ君、レヴィアリアの長女ことキャラノンノさん、アルマパパもといお義父さんことデュークリスさん。
南側はアルマとヒヨ子。
そして一番数が多い見込みの北側は俺と、なぜか第一大陸王国軍の皆様方。
スパディアのじい様はギックリ腰で回復魔法すら受け付けない状態、あとお義母さんことルナティアラさんは妊娠中で流産の危険を回避するため、今回は欠席。やむなし。
それはともかく俺の担当方向になんで王国軍が?
「あー……やめとけって何度も言っといたんだけど、外部の人間ばっかに頼ってると面子がどうとか言ってる軍事担当のアホ大臣が話を聞かなくてさー」
「並んでる王国軍の人たち、全員目が死んでるんですけど。どう見てもこれから玉砕覚悟で死地に向かう死兵の顔なんですがそれは」
「一体相手でもヤバいレベルの魔獣たちが群れを成してくるっていうんだから、そりゃこんな顔にもなるさ。かわいそ」
かわいそ、じゃねーよ。そのアホ大臣誰か止めろよ。
え、汚職見つけて脅迫してでも止めようとしたけど間に合わなかった?
なら今回の件が終わった後に、そのアホをどっかのスタンピードの只中にでも放り込んどけ。
そんな特級職オールスター(一部欠席)な面子が集まっているわけだが、ぶっちゃけここまで集める必要があったんだろうか……。
ジュウロウさんとかお祭り感覚でウキウキしてるけど、もしかして集まってる人たちってストレス発散目的で集まってなーい?
「そりゃここんトコずっと退屈な教官業務ばっかやってっからな。たまにはこうしてガス抜きしなけりゃストレスで勢い余って教え子を殴り殺しかねねぇ」
「やめてよ!? あんなんでも今じゃ貴重な戦力の卵なんだからね!」
「でもどいつもこいつも弱音ばっか言ってて、正直もう少し根性見せてもらわなきゃ困るんだがなぁ」
ジュウロウさんも苦労してんな。
他の教官たちも『プライドばっか高い根性なしがいて困る』とか言ってたけど、多分そのうちの何人かは俺のところから他へ移った連中だと思う。
さて、戦力編成も済んだことだし、各自配置に着きますか。
王国軍の人たちと一緒に北側で待機してるけど、あなたたちホント無理しなくていいんですよ?
「諸君!! 我が王国軍精鋭部隊の勇士たちよ!! 今日、この戦いが我々の大一番であるっ!! 相手は数千ものSランク魔獣の群れだ!! 相手にとって不足はないっ!! 諸君らの奮闘に期待する!!」
下で演説してる偉そうなジジイが例のアホ大臣かな。
士気を上げようとしてるのかなんか演説してるけど、当の本人は戦場に立てるようなステータスじゃない。てか生産職じゃねーか。
要するに『すごくつよいてきがくるみたいだけど、つよいあいてならそのぶんもえるよね! がんばってね! じゃあぼくはうしろでおうえんしてるよ!』ってことか。シネ。
「はぁ、今日がオレの命日かぁ……」
「こええよかえりてぇよしにたくねぇよだれかたすけてくれよぉ」
「ああ、できるならもう一度母ちゃんのメシが食いたかったなぁ……」
そんな演説で士気が上がるわけもなく、ますます暗い顔になっていく王国軍の皆様。
「他の方角は有名な特級職の戦士ばっかなのに、なんでこっちは一人だけなんだよぉ」
「『こっちはアイツ一人で充分だ』って言ってたけど、どう考えても生贄だろ。どうなってんだ」
「オレらも貧乏くじだけど、アイツも気の毒だよなぁ……」
なんか失望しつつもこっちの心配までしてくれてるし。
……はぁ、また後でなんか文句言われるかもしれんが、彼らを死なせるのも寝覚めが悪い。
左半分は俺担当で、王国軍が右半分を担当する手筈だが、もう全部さっさと片付けるとしよう。
などと同情混じりに王国軍の不憫な兵士たちを眺めていると、第一大陸最大のテリトリー『魔獣山脈アルアシウカ』に雷が落ちた。
王都周辺のテリトリーだが、便宜上は複数のテリトリー扱いされているが、本当は一つの巨大なテリトリーが枝分かれしたものだったりする。
つまり複数のテリトリーから魔獣がなだれ込んではくるが、ボスは一体だけというわけだ。
スタンピードによる侵攻だが、もしも防ぎきれずに街や都市が破壊されて魔獣のボスに支配されてしまった場合、ボスがテリトリーの『核』に変化し、そこを中心に新たな魔獣のテリトリーと化してしまう。
奪還するにはその核を破壊する必要がある。一度滅亡して魔獣に支配されてしまった第3大陸なんかは、現在その『核』潰しを続けて人類の生活圏を地道に拡大中だとかなんとか。
ま、そんなことになる前にネオラ君たちがボスを討伐してしまえば済む話なんだがな。
落雷の直後、王都に向けて夥しい魔獣の群れが迫ってきているのが見えた。
北側からの侵攻だけで軽く五千体は下らない。どうやら過半数がこの方角から進行してきているようだ。
「ひいぃぃ!! な、なんて数だぁ……!!」
「一体一体が凖終焉災害並のバケモンじゃねぇか……! あんなもん、どうしようもねぇよ!!」
「弱音を吐くな!! お前たちならできるっ!! ワシは避難するので後は頼んだぞ!!」
兵士たちから悲鳴が聞こえてきたけど、大丈夫大丈夫。あとアホ大臣はさっさと帰れ。
さぁて、手助けしてやりたいところだが、王国軍たちの領分を故意に侵すのは後々面倒事のタネになる。
でも事故なら仕方ないよね。
ジュリアン謹製『ドラゴン・バスター』を砲台モードへ変形。
大火力の一発ではなく、『クイック・ドラゴンブレス』のような連射性重視の魔力弾を放つ機能へと切り替え、発射!
「喰らえぃっ! ……ああーっとぉっ! 手元が狂ったぁー!」
『ギ!? ギ、ギャァァァアア……!!』
放つ先は俺の担当範囲である左半分、ではなく王国軍担当の右半分の魔獣たち。
一発撃っただけだが、それだけで数百体もの魔獣たちが粉々に弾け飛んでいく。
「なっ!?」
「い、今のは、アイツがやったのか!? こっちはオレたちの担当なのに!?」
急に魔獣たちが粉々に消し飛んだのを見て、兵士たちが驚きの声を上げている。
ワザトジャナイヨー手元ガ狂ッタダケダヨー。
次からは気を付けよう。うん、気を付けるだけでミスをしないとは言っていない。
「発射ぁ! おおっとまた手元が狂った!」
再び誤射により、王国軍に近付いてきていた魔獣たちが再びぶっ飛ばされていく。
「撃てぇ! あーくそーさらに手元がー!」
三度の誤射により王国軍担当の魔獣たちが肉塊に変わっていく。
「手元がコノヤロー!!」
もう数えるのも億劫になるほどの誤射が放たれて魔獣たちが消し炭となり消えていく。
「手元がぶっ殺す!!!」
トドメと言わんばかりに、大火力の極太魔力砲による誤射が残った魔獣たちを(ry
「……おい、オレら担当の魔獣が全滅したんだが」
「た、助かった、のか……?」
「……命拾いしたのになんか釈然としねぇ……」
そんなこんなでその気もないのに、その気もないのに王国軍担当の魔獣群を誤射してしまって壊滅。
いやーこんな大口径の武器を一人で扱ってるもんだから狙いが逸れるのも無理はないよね仕方ないねー。
兵士さんたちも悲壮感溢れる表情だったのが今は生きる希望に満ち溢れた顔に……いやなんか微妙な顔してるわ。なんでや。
あれか、俺がしゃしゃり出たから面子が潰れることでも気にしてんのか?
そんなもん『自分たちの担当範囲だったのに、アイツが勝手に全滅させた』とでも言って適当に責任転嫁しときゃいいのに。
どうせあのアホ大臣がなに言ってきたとしても俺には関係ないし。
さて、左半分の魔獣たちが今の惨状を見てドン引きで硬直しているが、お前らもこれからこうなるんやぞ。
食えそうな魔獣がいたなら原形を留めて仕留めることもやぶさかではないが、どれも食用には向いてなさそうだからもっかい大砲ブッパして全滅させるか。
速攻で担当範囲を全滅させて、駄菓子でも食べながら休憩タイム。もっしゃもっしゃ。
……前回のスタンピードの時はスパークウルフの角やら爆音キノコやら小道具を使ったうえでの集団戦でようやく乗り越えられたのに、今ではゴリ押しでなんとかできてしまうことに妙な虚しさを覚えるな。
なんかこう、基礎能力が上がったのはいいけど戦い方に工夫がないというか。
お、アルマとヒヨ子も討伐完了したっぽい。お疲れー。
アルマはプロフィールが常にONの状態だから、ステータスだけの俺よりも早く終わらせることもできたはずだが、どうやら無理せずにのんびり戦っていたみたいだな。
他の方角のメンバーも普段の憂さ晴らしと言わんばかりに暴れまわって魔獣たちを蹴散らしている。
この分なら王都周辺の魔獣は問題なく全滅できそうだな。
となると、後はネオラ君たちがボスを倒せるかどうかが問題だが……。
なんかずっと音沙汰ないけど、嫌な予感がするなぁ。
一抹の不安を覚えつつ、ネオラ君たちがボス討伐に向かった魔獣山脈を眺めていると、なにかがこちらに向かって急接近してきたのが見えた。
え、なんだあれ――――
「どぶっほぁ!?」
腹部に強い衝撃。魔獣山脈から飛んできたなにかが俺の腹に直撃したようだ。
外付けHPがあるからダメージこそないが、地味に生命力が減ったんやが。
「い、いったいなんだ………っ!?」
「……うぅ……」
なにが飛んできたのかと腹のほうへ目をやると、そこにはカラフルな髪の色をした美少女が。
融合状態で、全身ボロボロのネオラ君だった。
俺に抱きかかえられながら、息も絶え絶えの状態で口を開く。
「……か、梶川さんか? や、やばいぞ、早くファストトラベルで逃げろ……!」
「え、ち、ちょっと待て! なんで融合してんだ!? 今回のボス相手には勇天融合は御法度だって事前に話してただろうが!」
「す、すまねぇ、ドジっちまった。あ、か、梶川さんっ……!!」
ネオラ君が空を見上げながら、焦った声で注意を促してきた。
その視線の先には―――――
『見つけたぜ、死にな』
刀を構えながら俺に向かって猛スピードで突進してくる、融合状態のネオラ君と寸分違わない姿の、スタンピードのボスがいた。
……あーあーあー、どうすんだよコレ。




