小さな小さな戦争と―――
今回始めは上級職のモブ教官視点です。
おかしい、こいつらはどうかしている。
他の教官たちに鍛えられた面子もそれなりにやる。
Aランクの魔獣相手にも怯まず連携して立ち向かい、数の不利を埋めている。
一対一ではさすがに不利なようだが、それでも簡単にやられたりはしないだけの力量がある。
生き残るための術を骨身に沁みさせ覚えさせられたようだな。
一部、逃げ回ってばかりの者や少々の傷に狼狽えて恐慌状態に陥っている者もいるが、あんなものは論外だ。無視してかまわんだろう。
スタンピードが始まる前は『オレはLv40を超えてるんだぞ』などと自慢していたが、努力が足りずに『Lv40台で止まっている』だけだろうが。
レベルの高さを誇るなら、せめて上級職に至ってから自慢するんだな。
……さて、それらの囚人たちに比べ、明らかにおかしい動きをしている者が約四名ほどいる。
「オラオラぁ! 魔獣のクセにすっトロいぞテメェら!」
『ブガァァァアアッ!!?』
『ピギャァァァアアッ!!』
「……いや、ホント弱すぎて逆に不安になってくるからもっと気合入れてこいやマジで! 手応えなさすぎてなんかこえぇんだよ!」
先ほど私を助けた少年は手鎌と分銅を付けた鎖を自由自在に操り、複数の魔獣たちを同時に相手取り圧倒している。
小回りが利く鎌で突き殺し、硬い相手は分銅で殴り殺し、素早い魔獣は鎖で絡め取り縊り殺す。
戦いかたも強さも非常識そのものだが、理に適っている。
……しかしなにやら不安を感じているかのように顔を顰めているが、どうしたのだろうか。
魔獣たちに対してではなく、もっとなにか大きな存在に怯えているような……。
「うおっと!? あっぶねぇ!」
「ほら、鎖の扱いが荒いわよ! 自滅しないようにもっと丁寧に振るいなさい!」
「わ、悪い、ミラーム」
「……ところで、麻痺毒を調合する組み合わせってどうするんだっけ?」
「え、その鞭のボタンのことか? 麻痺は確か黄色・黄色・青の順番で押してただろ」
「あーそうだったそうだった忘れてたわ」
「……なんではたから見てるオレが覚えてて装備してるお前が忘れてんだよ」
「仕方ないでしょ! この鞭、調合できる毒や薬の種類が多すぎて覚えきれないのよ! あのジュリアンとかいう変態の造った武器がまともに運用できるわけないでしょ!」
「そりゃ、まあ、無理もないけどよ……。あ、間違っても『赤』を三回押すなよ! あの教官が『ヤバい』っていうくらいだからマジで危険に違いねぇぞ!」
喚きながら鞭を振るい、魔獣たちを叩きのめしている青髪の女性だが、その鞭の持ち手にはいくつか奇妙なスイッチが付けられている。
そのスイッチを押してから振るった鞭が魔獣に命中すると、麻痺したように動きが止まったり、毒に侵されたように血を吐いたり、錯乱したように無秩序な暴れかたをしたり、様々な状態異常を引き起こした。
毒を仕込んだ鞭、か? あのように複数の毒を使い分けることなどできるものなのか……?
『グゴゴゴゴゴ……!!』
「うおおおおぉぉぉぉ!? 助けろ! は、早く助けろぉぉおお!!」
その後ろのほうで、白髪の壮年男性が巨大なワニ型の魔獣の口の中で踏ん張っているのが見えた。
今にも喰われそうだが、それを見る少年たちの目は冷ややかだ。
「……なにやってんだギルカンダのオッサンは」
「見りゃ分かるだろ! 喰われそうになってるんだっつの! なんとかしろよ!」
「それぐらい自分でなんとかしなさいよ。アンタも変態装備もらってるでしょうが。じゃあ私はあっちのほう潰してくるから頑張って」
「待てや!! テメェそれが苦楽をともにした仲間にかける言葉か! ってああああああ゛あ゛!!!」
『ガブンッ!!』
などと文句を叫んでいる間にもワニ魔獣の顎が閉じていき、ついには閉じられてしまった。
おい、喰われたぞ。喰われたぞ君たちの仲間。なぜ放置した。
『グ、ウ? グ、ガ、ギャァァァアッ!!?』
これは死んだか、と思ったところでワニ魔獣が大口を開けて悲鳴を上げた。
その身体の内側から、まるでウニのように光る刃が何十本も突き出して貫いていた。
その光る刃の中心には人ほどのサイズのウニ、ではなく先ほど喰われた壮年男性がいた。
あの妙な、体中に刃が付いている鎧を使って伸魔刃を発動したのか?
おかしい、何十本もの武器を使って同時に伸魔刃を発動するなど、できるわけがないはずだぞ……!?
「はぁ、はぁ、はぁ、し、死ぬかと思ったぜ、クソっ……!」
「お疲れさん。ほら、次のがきてるぞ、頑張れよ」
「あ、こっちに近付かないでね。涎と血の臭いがひどいから」
「うるせぇ!! テメェら後で覚えとけよコラァッ!!」
からかい半分で労いの言葉をかける二人に怒声を上げながら、襲いかかってくる魔獣を全身の刃で次々と切り刻んでいっている。
身体中のいたるところから突き出している刃は、それだけで接近を許さない。
さらに伸魔刃をはじめとしたスキル技能を発動すれば、それだけで手を付けられないほど厄介な攻防一体の型となる。
シンプルな発想ながら、白兵戦ではかなりの脅威だな。
……ウニのような見てくれは褒められたものではないが。
さて、最後に銀髪褐色肌の女性がいるのだが……。
この盾使いの娘が一番危ない。
「ハぁぁあっ!!」
『ゴベァッ!!』
魔獣の攻撃を盾で防いだかと思ったら、その盾の中心から杭が突き出して胴体を貫いた。
『ギギッ!』『ギギャァッ!』『グルァッ!』
「遅いデス!」
『『『ボゴベァッ!!?』』』
ゴブリン型の魔獣が三体同時に襲いかかってきたが、『円魔盾壁』を発動して魔力の障壁を張り防いだ。
障壁に触れた瞬間に、接触面が爆発を起こした。
……待て、円魔盾壁がなぜ爆発するんだ。マスタースキルの類か?
下手に近付くと巻き込まれかねん。……この娘と連携することなどとてもじゃないが無理だろう。
『ゴオオォォォォ……!!』
「……大きいデスね」
そこに、巨大なゴーレム型の魔獣が地面を揺らしながら近付いてきた。
体高10mは下らないほどの、岩でできた巨体。おそらくLv70は超えている。
あ、あんな魔獣まで発生していたというのか!?
まずい、手数が足りん! 早く援軍を――――
「止まれやオラァッ!!」
「弾けなさい!!」
「ぶっ飛びなぁっ!!」
『ボ、ゴゴゴゴゴゴゴゴガガアガガガガガガガッ……!!?』
その巨体に少年が鎖を巻きつけバランスを崩し、青髪の女性が炸裂する鞭の先を何度も叩きつけ動きを封じ、さらに壮年男性が全身の刃をハリネズミのように立てて体当たりし『衝魔刃』を発動。
地面へ仰向けになる形で倒れ込んだところに、銀髪褐色の盾使いが飛び込む。
「おおぉぉおおおあああぁぁぁぁぁぁあああああああっ!!!」
『ゴゴゴボボボボババババババアアアアアッ!!!』
盾が二つに分かれたかと思ったら手甲状になり両腕に装着されて、そのままゴーレムの胴体に乱打を叩きこんでいる。
拳が命中するたびに、まるで格闘術の『爆砕拳』のような爆発が起こり、ゴーレムの胴体を粉々に破壊していく。
格闘術の爆砕拳はその反動ゆえにあのような乱発はできないはずだが、あの手甲と化した盾の特性なのかまるで反動などないかのように連続で拳を突き出し、爆発し、ついにはゴーレムのコアを砕いた。
れ、Lv70以上の魔獣をあっさり倒してしまった……!
まさか、彼らは全員が特級職なのか……!?
い、いや、そもそも彼らは何者なんだ。
囚人には違いないようだが、戦いかたと装備が独得、いや、常軌を逸していると言っていい。
本当に、誰にどんな鍛錬をつけてもらったのだろうか……?
~~~~~ジフルガンド視点~~~~~
スタンピードを迎え撃ち始めてから、一時間くらいが経った。
暢気に時間経過を意識するくらいの余裕があるのに自分でも驚いてる。
想像していたスタンピードは、瞬きほどの油断も許されず常に首元へ刃が突きつけられているような『死』と隣り合わせの地獄、のはずだった。
……実際体験してみると拍子抜けもいいところなんだが、どういうことだ。
「おかしいな、教官の話じゃ四方八方から敵味方問わず絶え間なく攻撃が飛んできて、燃える何者かが踊り狂って、空からは雨あられと岩石が降ってきて地上にいるものをミンチに変えていくうえに、さらに追いつめられた魔獣は同士討ちを始めて進化するケースもあるって話だったが」
「きっと大袈裟に言ってたんじゃないの? 少なくともあの教官たちとの組手に比べたら全然ぬるいわね」
「だよなぁ……」
教官の言っていたような地獄とは程遠い、普段のレベリングと大差ない魔獣狩りというのがスタンピードの印象だった。
……これを乗り越えさせるためにあんな拷問じみた鍛錬をやらされたってのか?
「……一応、教官は『訓練のほうが本番よりも危険だ』って言ってマシタけどね。今となってハそれも頷ける話デス」
「なんで本番より練習のほうが危険度高いんだろおかしいだろ何回死んだと思ったかって言うかなんで死ななかったのか未だに不思議なくらいだったんだぞふざけんなバカヤロウ」
「全面的に同意するけど、今は口より手を動かしなさい。もしもサボってるなんてチクられたりしたらまた教官からなにされるか分かったもんじゃないわよ」
「ちっ……まあいいさ。見てやがれ、いつまでもテメェの思い通りになると思うなよクソ教官が……」
息継ぎ無しで一頻り愚痴を唱え続けた後に、小声で教官へのリベンジを誓うギルカンダのオッサン。小物っぽさ満点じゃねぇか。
確かにオレたちは強くなった。けど、それでも教官たちにはまるで及ばない。
多分、鍛錬が終わった後に挑戦しても秒殺されるだけだろうな。
「さぁて、まだ残り400体はいるな。コツコツ片付けていくか」
「デカいのは任せるわ。私は適当に雑魚を蹴散らすから頑張って」
「サボろうとしてんじゃねぇよバカ。レベルが高い魔獣にはテメェの毒で鈍らせてから攻めるのが定石だろうが」
「教官相手には毒なんて一切効かなかったわよ?」
「アレは人類の例外だから一緒にすんな。相手は普通の魔獣だ、あのバケモンとは違うだろ」
「……なんで魔獣のほうガまともミタイな言いかたをサレているんでしょうカ……」
そりゃ実際教官たちが誰一人まともじゃねぇからだろ。
一番まともなのは鬼先輩か? いやアレ臨時なうえに魔獣じゃねぇか。まともとかそれ以前の問題だろ。
「ボスの討伐ニ向かったメイバールさんハ大丈夫ナンでしょうカ……?」
「アイツはオレらん中じゃ一番強えし、問題ないだろ。他にも手練れが何人も同行してるしな」
「どうだかな。ボスってのはさっきのデカブツよか強えんだろ? あの野郎でもちとキツいんじゃねぇか?」
「ま、いざとなれば教官が出てくるでしょ。それよりもさっさと残りを……あら?」
メイバールを案じながら話していると、地面が揺れた。
地震か? いや、揺れ方が不規則過ぎるな。
戦闘による地揺れ? にしちゃ震源がイマイチ分かんねぇな。なにが原因で揺れてやがんだ。
メイバールがボスと戦ってる余波か? だとしたらどれだけ手強いボスなんだか。
……っ!!?
違う、この揺れはそんな小規模な戦いが原因じゃねぇ……!
もっと大きな、もっと絶望的ななにかが暴れまわってる衝撃が、ここまで届いてやがるんだ……!!
「な、なに、この気配……!?」
「と、鳥肌が……!」
「い、いったいなにが、どこで……!?」
音も形もなく、ただ地面と空気の揺れだけが断続的に響いている。
その原因を探ろうにも、存在がデカすぎてまるで分からねぇ。
多分、この周辺じゃない。下手をしたら他の大陸からここまで衝撃が届いてる可能性すらあり得るのかもしれねぇ。
なにが起きてやがるんだ……!?
!
……そういや教官たちは今、第1大陸のスタンピードを迎撃しているって話だったが、まさか……?




