スタンピード迎撃開始
テヴァルラ周辺『魔獣森林ブレスマキナ』のスタンピード発生当日。
既に魔獣森林の上空には暗雲が垂れ込めていて、これからスタンピードが発生するということが一目で分かる。
他の教官とその下で鍛えられた囚人たち、あとテヴァルラの衛兵たちも集まってるが、総勢300人くらいかな。
魔獣1000体に対して300人って三倍以上数に差があるけど、少ないのか多いのか分かんねぇ。
ウチの教官に鍛えられたなら三倍どころか十倍相手でもなんとかなりそうだけど、他の奴らの強さはどんなもんだろうか。
初日に同じ部屋で待ってた連中の中には最初っからLv40以上のヤツもいたらしいし、もしかしたらオレたちが一番弱いってこともあり得る。
それなら楽ができそうなんだけどなぁ。でもサボると教官に殺されかねねぇからどっちにしろ頑張らねぇと。
「よぉく聞けぃ!! これから貴様らは死地へと進まねばならん! これまでの罪業を悔いているかもしれんが、既に遅い! 生き延びたければ一匹でも多く魔獣を討ち、テヴァルラを守り切れっ!!」
「逃げ出したければ逃げても構わんぞ! ただし、罪がさらに加算されることを覚悟しておけ! 貴様らは大半が凶悪犯ゆえに、ほとんどの者が死刑にまで罪が重くなることを忘れるな!!」
「この場で死ぬかもしれんほど危険な戦いに臨むか、後に確実な死を与えられるか、どちらか選べ!」
他の教官たちが、囚人たちに発破をかけて気合を入れているのが聞こえるけど、声がデカいばっかでイマイチ迫力が感じられねぇ。
ウチの教官たちは気の抜けたような声でものっすごくえげつねぇことを平気で言いやがるし、逆立ちしても敵わねぇくらい強いから文句も言えねぇ。
今この場で怒鳴ってる教官たちは多分上級職なんだろうが、下手したらオレたちでも勝てるんじゃねぇかアレ?
それを聞いてる囚人たちはうんざりした顔で退屈そうに突っ立っている。
「えー、ほんの半月少しの間だけの鍛錬だったが、それは確実に君たちの血となり肉となっているだろう。少なくともこのスタンピードを乗り越えられないということはないはずだ。誰一人欠けることなく生き残ることを期待しているよ。それでは、私は他のスタンピードへ向かうので失礼する」
それとは対照的に、少し離れたところですげぇ逞しい身体の黒髪の剣士が、見た目に似合わねぇ穏やかな励ましの言葉をかけているのが見えた。
……あのオッサン、特級職の剣王か? 他の教官たちとは一味違うのが肌で感じる。
多分、今のオレたちでも敵わねぇ。もしかしたらウチの教官たちに匹敵するかもしれねぇな。
その励ましを聞いている奴らはどいつもこいつも、半月前とは顔つきが違う気がする。こういうのを覇気があるっつーのか?
でも、気のせいか目が死んでる気がする。……こいつらも地獄を見てきたクチか。
勇者や他の特級職に鍛えられてる奴らも、妙な迫力がある反面目が死んでる。
……もしかしたらオレたちも同じような顔をしてるかもな。
一部ふてくされたような顔をしているのもいるが、そういった奴らは全員覇気がない。
多分、鍛錬についていけずに成果を上げられないでいる、というか単にやる気が無いから放置されてるような印象だ。
黒髪剣王の教官がどこかへ行って姿が見えなくなったあたりで、その下で鍛えられてたらしい囚人たちがオレたちのほうへ近付いてきた。
なんかイチャモンつけたり喧嘩を売りにでもきた、ってわけでもなさそうだが、なんだろうか。
「……よぉ」
「どうした、なんか用かよ?」
「なに、お前らはどんな地獄を見てきたのかと思ってな」
「あー……多分、お前らと似たようなもんじゃねぇのか?」
「……だろうなぁ……」
これまで一度も話したこともないヤツなのに、なぜか不思議と共感を覚えた。
やっぱ互いに地獄を見てきたことが分かると、不思議と連帯感が生まれるもんなんだなぁ……。
一部の教官が熱中しすぎてるのを他の教官が諫めて、ようやくクソ長い説教じみた演説が終わってスタンピード迎撃準備が整った。
さっきの話の間に罠でもしかけといたほうがよっぽど時間を有効に使えたような気がしたけど、一応魔獣対策の罠は事前にいくらか設置してあるからこれ以上は不要なんだとか。
というかここまでレベルが高い魔獣群相手だと、半端な罠じゃ効果が薄いらしいけど。
こっからは自分たちの手足を動かせってことだな。
メイバール以外は全員テヴァルラの外周で魔獣たちを迎え撃ち、メイバールを含んだ手練れたちはあらかじめ魔獣森林に潜伏しておいて、スタンピードのボスを探して討伐する手筈になっている。
ボスが誕生して速攻で倒せればスタンピード自体はすぐに終わるかもしれないが、増えすぎた魔獣たちを駆除しないとまたすぐにスタンピードが発生しちまうから、どのみち討伐の必要があるらしい。
レベルだけならウチの班が一番高いが、平均年齢が低いせいか戦闘経験が薄いと判断されたらしく、一番基礎レベルとスキルレベルが高いメイバールだけが選ばれた。
……まあ、別にいいけどよ。
「貴様らには期待しておらんが、足だけは引っ張るなよ! 危機に見舞われようとも助けるつもりはないぞ!」
「へいへい」
「なんだその態度は! まったく、あの腑抜けたような黒髪の優男やガキどもの下についてるだけあって生意気な……」
演説を中断された教官がこっちにも怒鳴ってきたけど軽く聞き流しておいた。
オレたちだけじゃなくて教官たちに対してもなんかブツブツ言ってるけど、それ本人たちの前で言ってみろよ。オレにはそんな勇気ねぇぞ。
まあ教官たちなら別に気にしないだろうけど、絶対アンタよかよっぽど強いぞ。
今か今かとスタンピードの始まりを待っていると、暗雲が稲光を走らせて、魔獣森林に稲妻が落ちた。
目も眩む閃光に一瞬遅れて轟音が鳴り響く。
それはスタンピードの開始を告げていた。
「魔獣森林に落雷っ!! スタンピードが始まったぞ!!」
「各員、戦闘態勢に入れ! 魔獣森林周辺には例の『魔石爆弾』が設置してあるが、数が少ないのでどれほどの効果があるか分からん! 油断するなよ!」
魔石爆弾ってのは、例のジュリアンって魔具士のニイちゃんが造ったもんだっけ?
ウチのメンバーの武器も造ってたらしいけど……心強いような不安なような……。
落雷の後、魔獣森林から夥しい数の魔獣たちが駆け出てきた。
今のところ見える数だけで、軽く数百匹はいる。
ついに出てきやがったな。
この数と勢いを見るに、多分1000匹どころじゃない。軽くその倍はいやがる。
上等だ。かかってきやがれ!
『グルァァァ!! ……ギ、ギャァァァァアアッ!!?』
と、武器を構えて意気込んだところで、とんでもない爆発音が鳴り響いたかと思ったところで魔獣たちが散り散りに吹っ飛んだ。
……なにが起きた?
もしかして、今のが魔石爆弾ってやつか?
今の爆発だけで軽く数百匹ばかり粉々にぶっ飛んでいっちまったんだけど、どんだけ高火力の爆弾なんだよ……。
ま、まあいいや。数が減ったのならその分余裕ができたってことだし、気にしないでさっさと狩ろう。うん。
~~~~~とある上級職の教官視点~~~~~
ああ、くそ! なぜ私までがスタンピードに参加せねばならんのだ!
せめて特級職の者がいればまだマシだっただろうが、どうも他の大陸で凄まじい規模のスタンピードが起こっているらしく、そちらへの対応に駆り出されているので我々だけで対応するしかない。
スタンピードの討伐など、囚人どもだけに対応させればいいだろうに。
奴らはどうせろくでもない凶悪犯ばかりだ。むしろ戦死してくれたほうがいいくらいだというのに。
『囚人たちの育成ノルマ未達成』などというふざけた理由によって強制的に参加させられたが、あんなノルマをこなせるわけがないだろう。
やる気のない凶悪犯どもをいくら怒鳴りつけてもまるで成果が上がらず、鍛錬は滞るばかりで話にならなかった。
いっそのこと全員ここで戦死してしまえば……っ!?
『グォァァァァアアッ!!』
『ギャガァァァアアッ!!』
「くっ!?」
ま、まずい、複数の熊型魔獣の接近を許してしまった。
動きが速いうえに、かなりデカい。おそらくこいつらはLv50を超えている!
『グァァァァアアッ!!』
「舐めるなぁっ!!」
私を貪り食おうと突進してくる熊どもに遠当てを放ち、距離を取りながら応戦した。
同レベル帯の大型魔獣相手に近接戦闘では不利だ。その質量差がそのまま戦力差になってしまう。
少しずつでも攻撃を当てて出血により体力を奪い、失血によって死ぬのを待つのが定石だ。
後ろ向きで『縮地』を使いながら遠当ての引き撃ちを繰り返していると、背中からなにかに接触した。
まずい、こちらに壁でもあったのか? このままでは距離をとることが……!
『グァウッ!!』
「う、うわぁぁぁああっ!!?」
か、壁じゃない! さらにもう一体の魔獣が背後に立っていた!
いけない、すぐに縮地で逃げ、いや、間に合わない……!!
『ガァァァ!! ハゴァッ!!?』
「おいおい、後ろにも注意しなよ。教官どのよ」
「なっ……!?」
誰かの声が聞こえた後、私を頭から齧り付こうとした熊型魔獣の頭に、鎖で繋がれた鎌が突き刺さっているのが見えた。
鎌の刃から光る刃が伸び魔獣の頭を貫通し、その直後に頭が爆ぜた。
い、今のは『伸魔刃』と『衝魔刃』か?
直接触れずに鎖に繋がれた武器の先からスキル技能を繰り出すことなどできるものなのか……!?
その鎖と鎌を操っているのは、成人したての少年だった。
首輪を着けているということは、この少年も囚人なのか……。
「ほら、ボサッとしてねぇでそっちも気をつけな、よ!」
『ガルァッ!?』
『ギャァッ!!』
まるで鞭使いのように、鎖を自由自在に振り回し魔獣たちの身体に浴びせかけながら動きを止め、トドメに鎖の先に付いている手鎌と分銅を命中させて仕留めた。
複数の武器を繋いで、同時に操っているだと!? ど、どんな戦いかたなんだこれは。
その非常識な戦いぶりを眺めていると、少年の背後から不意打ち気味に鳥型の魔獣が飛び掛かってきた。
いかん、視線の死角だ! あのままではやられる!
「後ろだ! 避けっ……!?」
「気付いてるっての!」
『ビギョァッ!!?』
目で見ることもしないまま鎖を振るい、正確に背後から襲いかかる鳥型魔獣の首に巻き付け、そのまま縊り殺した。
まるで後ろに目があるかのように、視界の外からの奇襲を迎撃してみせた。
あ、ありえない。あんなこと、私にもできないぞ。
どんな鍛錬を積んだらあの若さであれほどの……!?
「おい、いつまでボケっとしてんだ! さっさと手を動かせよ! 死ぬぞ!」
「あ、ああ……」
「一秒も気を抜いちゃダメだ目だけに頼っちゃダメだというか五感に頼るだけじゃダメだはやくはやくはやくてをあしをうごかさないとしぬしぬしぬあ、あば、あばばばばばば……!!」
……?
なにやら要領を得ない独り言を漏らし呻いているが、どうしたのだろうか……?
魔獣に対して怯えているわけではなく、もっと恐ろしいものに恐怖を抱いているようだが……分からん。
この少年を鍛えた教官はいったい誰だ……?




