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生き残るために頑張る気で死ね

 今回は鎖鎌使いのジフルガンド視点。



 長く苦しい鍛錬だった。

 いやまだ18日しか経ってないし終わったわけでもないけど、スタンピードを告げられてからの二日間の鍛錬はマジで地獄だった。


 これまでも地獄だ地獄だと毎日愚痴っていたが、違った。

 全然優しかった。レイナ教官もヒヨコ教官も鬼先輩ってヤツも、ものすごく優しく鍛えてくれていたんだ。



「三日後にテヴァルラ周辺でスタンピードが起こる。お前たちにはそれに参加してもらうが、今のままじゃちと危ない。よって、予定を前倒しして今日から俺とアルマも組手に参加する」


「……いよいよアンタらとか」


「ちょ、ちょっと早くないっすか? この人たち、ようやく自分たちとの組手がまともにできるようになってきたくらいなんすけど」


「だからだよ、ぶっちゃけ今の鍛錬じゃ優しすぎる。多少息があがるような訓練をしていても、命の危機に対する緊張感が欠けてるんだ。こんな状態でスタンピード討伐なんかに参加してみろ、死ぬぞ」


「いやいやいや、今までも相当命の危機を感じてたんだけど!? この子たち相手に何度首を刎ねられるかと思ったことか!」


「あー、毎日首元に刃物や爪を寸止めされてるのを見ていたが、アレが命の危機だと? 笑わせんな」


「え? ……あ、ぁ?」




 ミラームが俺の言葉に疑問符を浮かべたかと思ったら、目を見開いてから間抜けな声を漏らしながら自分の胸元を見た。

 そこには、ガラスのように透き通った剣身が生えて、いや背中から貫かれていた。


 アルマのネーちゃんがミラームの背後から剣を突き刺したんだ。



「っ!! な、なにしてやがんだっ!!」


「落ち着いて。怪我は一切していない」


「なにを……っ!? み、ミラーム……?」



 突然の凶行にアルマネーちゃんに食ってかかるが、剣を引き抜かれた後には傷一つない。

 剣で刺されて服に穴が開いてるのに、そこには血すら滲んでねぇ。どうなってんだ?



「え、あ、あ、あ、れ? いま、たしかに、わたし、でも、え……?」


「こんなふうに、刺したり斬ったりするのと同時に治すことができるから死にはしない。でも、痛かっだろうし死んだかと思った、違う?」


「い、いきなりなにするのよ!! ホントに今死んだんじゃないかと うっ!?」



 文句を言っている途中で、再び剣に手をかけようとするネーちゃんを見て反射的に身を退いた。

 刺される前に比べて反応速度が明らかに上がってやがる。



「説明もなくいきなり刺したのは謝る、ごめん。でも、こうでもしないと危機感を養うのは難しいから」


「危機感を、養う……?」


「スタンピードってのは、四方八方から攻撃が入り乱れて襲いかかってくる。敵の攻撃どころか味方にも警戒しなきゃならんくらい皆余裕がない」


「ダイジェルみたいに規模の小さい侵攻ならともかく、テヴァルラ周辺のテリトリーは結構大きい。Lv30~40くらいの魔獣が最低でも千匹、もしかしたらその倍くらいは襲ってくるかもしれない」


「極端に言えば、初めのレベリングの際にヒヨ子の呼んだニワトリ集団が、さらに十倍くらいの数を率いて襲いかかってくると思えばいい」



 教官がそう言うと、オレを含めた囚人たちが顔を青くして引き攣らせた。

 他の教官たちからも援軍を寄越してもらう予定らしいから、そこまで酷いことにはならないだろうけど。



「って、それとミラームをいきなり刺したこととなにが関係あるんだよ?」


「今のままじゃ危機感知能力が弱すぎる。でも本当に死ぬような体験をすると、『死』に対する忌避感に引っ張られるように命の危機に対して敏感になる。今のミラームみたいにな」


「え、ひ、ひぃっ!?」



 いきなりミラームが悲鳴を上げて飛び退いたかと思ったら、さっきまでミラームが立っていた地面に大きな溝ができた。

 まるで見えない巨大な剣がそこに振り降ろされたみたいに。


 い、今なにをやったんだ? 全然分からなかった。



「いい反応だ。ミラーム以外はなにが起こったのかすら分からなかっただろうな」


「いや私も分かんないわよ!? 今なにをしたの!? ただ、あのまま立ってたら死ぬっていうのがなぜか分かったから飛び退いただけよ!」


「それでいい。今は死にかけた直後だから危機を鋭く察知できるが、しばらくすればまた元通りだろう。その感覚を常時当たり前のように維持できるようになれば、スタンピードでも生き残ることができるだろう」


「……スタンピードの前にテメェらに殺されそうだぜ……」


「実際に何度も死んでもらう、いや死ぬ前に治すけどな。それとも腑抜けのままでスタンピードに挑むか? 今度は左手だけじゃ済まねーぞクソ親父」


「ちっ……! もしもホントに死んだら化けて出てやっからなクソ野郎……!」


「テメェにクソ呼ばわりされちゃおしまいだ、クズ」



 ……教官たちって、なんかやたらギルカンダに対して風当たりが強い気がするな。前になんかあったのか?

 レイナ教官の父親って話だが、短剣を使ってるとこ以外は全然似てねぇし。いや、酒好きなとこもか。




「はいはい、理由は分かったな? じゃあさっさとかかってこい」


「え? さ、早速教官の相手か? 誰からやるんだよ?」


「お前ら全員だ」


「全員って、え、5対1で戦うつもりかよ!?」



 ついに教官との組手かと身構えたけど、なんとも舐めたような提案をしてきやがった。

 随分と余裕そうだが、オレたちもただ漫然と鍛錬をしてきたわけじゃないだぞ。


 日に日に強くなっていってるのが実感できているし、レイナ教官たちとならある程度は打ち合えるようになった。

 それを一斉に相手取るなんていくらアンタでも無謀だろ―――――




「なにボサッとしてる」




「がはっ!?」


「あぐぁっ!!」


「うあぁあっ!!」


「ひぃいっ!?」


「はぐぁっ!!」




 なんて思ってたところに、胸から背中にかけて激痛が走った。

 心臓を、腕で、貫かれた……!?


 五人が同時に、いやミラームだけ無事みたいだが、痛みとあまりの衝撃に、膝から地面に崩れ落ちた。

 し、心臓が、破れた、だ、駄目だ、死ぬ……!!



「ほら起きろー。痛みはあるだろうが怪我はさせないっつっただろうがー」


「え、……え?」



 貫かれた胸を擦ってみたが、服が破れてる以外は怪我一つない。

 げ、幻覚か? いや、違う。さっきの痛みと『死』の予感は、紛れもない現実だったはずだ……!!




「こんな具合に、食らったらまず死ぬような攻撃を間髪容れず連続であらゆる方向からブチ当て続ける。痛いのが嫌なら死ぬ気で避けろ、防げ、受け流せ。あるいは反撃して攻撃させる隙を与えるな」


「ま、待てよ! 今、なにしたんだ!? 確かに心臓をぶち抜かれたはずなのに……っていうか、素手で……!?」


「お前ら相手に武器もスキルもいらん。あと攻撃と同時に治す技は俺も使えるから安心しろ、死にはしない。文字通り死ぬほど痛いがな」


「ま、待て待て!! こ、こんな攻撃を何度も喰らったら、治るとしても痛みで狂っちまうぞ!!」


「それが嫌なら防げっつってんだろーが。ミラームはきちんと避けてたしお前らにできない道理はない。ほら続けるぞー」


「や、やめ ギャアァァァアァァアアアアア!!!」


「き、教官ヤメテくださ イヤァァァアアアアっ!!?」




 思い上がってた。今のオレたち全員でかかれば教官相手でも勝てるなんて思いこんでた。

 無謀なのはこっちのほうだった。この教官、強すぎる。

 仮にオレたちが百人いたところで、全滅させるのに10秒もかからないだろう。


 その後一時間、ほんの一時間だけの鍛錬だったが、まるで何日間もの時が経ったかのように感じた。


 始めの間は全員が何度も何度も何度も何度も頭や首や心臓や腸をぶち抜かれて悶絶して、でも傷一つない状態に戻り、すぐに起き上がらせられてまた何度も殺され、治された。


 半分くらい経ったころかな、なんとなくどこから襲いかかってくるのか分かるようになってきて、10回に2~3回くらいは防いだり避けたりできるようになってきた。

 残りの7~8回は容赦なく殺された。で、治された。



 それから10分くらい経って、やられっぱなしなのが癪に障って攻撃しようとした。

 鎖も鎌も分銅も自分の身体もフルに使って、並の冒険者の3倍くらいの手数で襲いかかろうとした。

 でもその5倍くらいの手数でボコボコにされた。



 45分経過。

 どんどん速く強くなっていってる。

 危機を感じても身体が追いつかない。

 避けられない。防げない。攻撃が当たらない。

 もうだめだ。





 55ふん。

 

 もういいよ。

 はやくころせ。




 一時間が経過して、全員が虚ろな目をしながら無抵抗で殺され続ける状態になったあたりで、ストップがかかった。




「はいはいはい! カジカワさんもうストップっす! もう全員心が折れてるっすからこれ以上はダメっす!!」


「あー……ちょっとやりすぎたか?」


「アンタはもうちょっと手加減したげてっす! これじゃタダのいじめっすよ!」


「ヒカル、ここで一回休憩させるべき。これ以上は心が壊れる。やっぱり、ヒカルが相手をするのはまだ早い」


「せ、せやな……。手加減してたし、プロフィールはオフにしておいたんだがなぁ……」



 気まずそうにこっちを見ながら頬を掻いているが、もう腹も立たねぇ。

 よかった。とりあえず、教官が相手をするのはこれで一回中止になるみたいだ。

 あれ以上続けてたら死んでた。絶対死んでた。無傷なのに死んでた。


 教官を止めるレイナ教官が天使に見える。

 これまで何度もボコボコにされたことすら水に流してもいいくらいにありがてぇ……!



「しばらく休憩したら、今度は私が相手をする」


「え、アルマが? いや、今のアルマはステータスだけの俺より強いだろ?」


「大丈夫、手加減する。ウルハ相手にこの手の鍛錬は何度もやってたから、どれくらいが危ないラインかはよく分かってる」


「……ウルハ君も相当苦労してたみたいだな」



 今度はアルマのネーちゃんか。

 このネーちゃん、教官の嫁さんだって話だがどんだけ強いんだろうか。

 ミラームを刺してすぐに治してたあたり、教官と同じ技が使えるみたいだけど、さすがに教官ほど強くは……。






 なんて思ってたオレがバカだった。





「はぁ、はぁ、はぁ……!!」


「つらいの? ならもう少し手加減するから頑張って」


「あ、あの、ワタシもちょっとつらいデス……!!」


「あなたはまだ余裕がある。甘えちゃダメ」



 このねーちゃんが一番ヤバい。一番ひどい。一番強い。



 教官(カジカワ)はこっちの限界を無視して攻撃し続けてたからすぐに心が折れて諦められた。


 それに対してアルマネーちゃん、いや、アルマ教官は心が折れないギリギリのところを維持しながら、絶妙に手加減して斬りかかってくる。


 それが逆につらい。諦めることすらできない。ずっとつらさの絶頂ラインを維持し続けてる。


 つらい。キツい。エグい。




 一時間後、心こそ折れてないが疲労困憊で全員崩れ落ちて――――



 いや、一人だけ、まだ立ち向かっていた。




「く、くくっ、はははっ……!」


「……楽しいの?」



 メイバールが、珍しく笑い声を上げながらアルマ教官といまだにやり合っていた。

 ワイヤーをいなされ槍を躱され妙な軌道の縮地を先読みされてカウンターを喰らいながらも、諦めずに喰らい付いている。


 ど、どうしたメイバール。まさか殺されすぎて頭がおかしくなっちまったのか……?



「アレ、大丈夫なんすか? 殺されすぎてテンション上がってハイになってるみたいなんすけど」


「いや違う、どうもアレが素のメイバールらしい」


「え? いやいや、いつものメイバールさんって寡黙で根暗で無口な人じゃないっすか」


「普段はな。例の事件以来、どうも生きる気力が無くなってたからあんなクールぶってたみたいだが、資料によると相棒がいたころはギリギリの戦いを楽しむような戦闘狂に近い性格だったらしい」


「えぇ……? でも、自分やカジカワさんとやり合ってた時はあんなことになってなかったっすよ?」


「レイナやヒヨ子はなんだかんだで致命傷にならないようにしてたからだろ。俺相手だとギリギリじゃなくて普通にボロボロにされてたから楽しむ余裕もなかったんじゃないか?」




 メイバールって、ホントはあんなに楽しそうに暴れるような奴だったのか……?

 なんだかアイツのイメージがまたガラっと変わっていくような……。



「はは、はははっ……!」


「……楽しむ余裕があるなら、もう少し強くいく」


「は、ぐぉあぁっ!!」



 あ、そこそこいい勝負してたかと思ったら普通にぶっ飛ばされた。

 やっぱ教官たちとの差は大きい。ちょっと調子に乗っただけでこの仕打ちかよ。




 こんな具合の鍛錬を二日間続けて、いよいよスタンピードに臨むわけだが、正直不安だ。

 あそこまでの地獄をみなきゃ乗り越えられねぇぐらい厳しい戦いになるのか……。

 ……生きて帰れるのかな、オレたち。



 スタンピードは次回からです。

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[一言] ???「いよいよもって死ぬがよい。」
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