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見たくもない裏の顔




 テヴァルラへのスタンピードは囚人たちや他の教官の教え子たちに任せるとして、もう一方のスタンピードへの対応も考えなくちゃならん。

 いや、スタンピード自体はぶっちゃけどうとでもなる。Sランク魔獣が一万どころかその十倍攻めてきたとしても、プロフィールをONにした俺や融合状態のネオラ君なら単騎でも全滅させられる。



 問題は、そもそも第1大陸の王都に向けてスタンピードが発生するということ自体が異常だということだ。

 それはまずありえない。なんせあそこは冒険者ギルドの総本部がある。


 日本から帰ってきたばかりの俺を強制的に召喚したように、腕の立つ冒険者をいつでも呼び出すことができるだけの設備と権利がある。

 人手が足りなくてノルマが達成できず、スタンピードが発生するなんてことは起こりえないことなんだ。




 だから、真っ先にこの事態の責任者に話を聞くことにした。

 要するに『お前なにしとんねん』と文句を言いにいくだけの話なんだが。


 え、責任者は誰だって?




「今回の件で文句を言いにきた人は君で12人目だよ、カジカワ君」


「結構な数の苦情が入ってますね」



 グラマスだよ。グランドマスター。



 冒険者ギルド総本部長室にて、金の巻き髪ロング美人ハイエルフことパラレルドラルシアさんが苦笑いを浮かべながら執務をこなしている。

 なんらかのスキルだろうか、両手にペンを持ち別々の書類に文字を書いている。


 さらに彼女の周りには何本ものペンがひとりでに浮いて動いていて、それぞれが異なる書類を処理しているというスーパーマルチタスクっぷり。

 俺も魔力操作で似たようなことをやろうと思えばできるかもしれないが、ここまでの数はこなせないし精度も落ちるだろう。



「んー、もしかしたらもう予想されてるかもしれないけど、ぶっちゃけ今回スタンピードを起こしたのはわざとだよー」


「故意に引き起こしていいモノじゃないでしょう。どれだけの混乱が巻き起こされるかあなたが一番分かっているでしょうに」


「そのセリフももう30回くらい聞いたわー。一人頭軽く2~3回くらい言ってくるもんだからもううんざりだわー」


「……グランドマスター」


「あ、ごめん睨むのやめて。コワイ」



 まるで悪びれた様子もなく応対する姿にちょっとイラっときて低いトーンで呼ぶと、両手のペンを止めて俺に向き直った。

 笑みを浮かべてはいるが、決しておちゃらけた様子はない。



「スタンピードの発生は、阻止しようと思えばいつでも止められた。極端な話、一昨日にでも君やネオラちゃんに一声かけて適当に数千匹ばかり魔獣を狩ってもらえばそれで解決できたんだよねー」


「ならなんでわざと引き起こしたんですか。王都中スタンピード騒ぎで大混乱ですよ?」


「うん、それが狙いだからね」


「は?」


「正確に言うとこの大騒ぎの中でしかできない、見えない、暴けないモノが数多くあって、それらを掌握するためだねー。例えば―――」



 言葉を続けながら、書類を一枚差し出してきた。

 え、なにこれは。読めと?



「……うわ」



 思わず声が漏れた。

 書類の内容を確認すると、とある大臣が違法な奴隷商売の運営に関わっている証拠となるリストが書かれていた。


 その大臣はこの国の重役たちの中で福利厚生の充実化のための活動を推進していて、人情に厚いイメージがあり民衆からの人気も高い人物らしいが……。

 ……うーわ。なんか購入履歴にどう考えても労働力にもならなさそうなくらい幼い女の子の項目があるんですけど。

 ペドが、いや反吐が出そうだ。

 


「聖人君子みたいなイメージの彼も、ちょっと調べてみれば裏ではこんなもんさ。他にも色んな人がやらかしてるみたいだけど、見てみる?」


「いえ、これ以上醜い裏の顔なんて見たくもないですハイ。これとスタンピードの発生になんの関係が?」


「スタンピードは標的となった都市に大混乱をもたらす。その際に、後ろ暗いものがある人間は普段後生大事にしまってあるヤバい書類やらブツやらを持ち出そうとするからねー」


「……それらを炙り出すために?」


「うん」



 いや『うん』じゃねーよ!

 たったそんだけのためにどんだけ人々の生活に迷惑かけてんだオメー!



「人々の生活を守るために、魔獣のテリトリーでの狩猟ノルマを設けてスタンピードの危機を回避する。確かにそれは冒険者ギルドという組織の義務であり、存在理由の大半を占めていると言っていい」


「その義務を蔑ろにしてまで、悪事の炙り出しをする必要があったと?」


「絶対やらなきゃダメってことはないけど、長い目で見たら今のうちに膿を出しておいたほうがいい。魔族や魔獣はその脅威を力ずくで排除すれば解決できるけど、人間相手じゃそうはいかないからねぇ」


「私は割と人間相手でも力ずくで解決してますが」


「そりゃ君がおかしいだけだっつーの」



 暴力は全てを解決するってそれ一ー。

 細かい策謀の大半はメニュー任せですがなにか。



「王都の数日間がスタンピード騒ぎで台無しになるのは大問題だし、その事態を引き起こした責任はとるさ。クビになるならむしろ願ったりだけど、そうはならないだろうね。しばらくは書類とにらめっこしつつお偉いさん方に嫌味を言われ続ける生活が続くだろうね。ああ嫌だ嫌だ」


「ただでさえ魔族騒ぎの後で復興が忙しいのに、今この状況を選んだ理由は?」


「魔族騒ぎの後だからこそ、『人手が足りずにスタンピード防止ノルマが達成できませんでしたー』って建前上の言い訳ができるからだよ。平時にスタンピードなんか起こしたら、システムの根本的な見直しがどうとか言ってくるメンドクセー野郎どもが何人もいるしたまったもんじゃないよ」


「あー……」



 その気持ちは分かる。

 俺も工場で働いてた時に製品の不適合が発生した際に再発防止のために作業標準の改定をしろとか言われてさらにその許可を何人もの上司に伺い立てたりクソ面倒な(ry




「ま、動機に個人的な感情が全くないってわけでもないけどねー。たとえば、君の教え子にメイバールってのがいるでしょ? 地下闘技場で無理やり戦わされた挙句相棒が死んだりして人生滅茶苦茶にされたんだっけ」


「ええ、まあ」


「そんなふうに一部のクソどものせいで、下手したら一生を台無しにされてしまうような目に遭っている人たちがこの王都の裏社会にも何人、何十人、いや何百人もいる」



 書類をパラパラとめくりながら、そういった犠牲者たちのリストを見せつけてくる。

 現在、その犠牲者たちの命運を握っているのは、今回のスタンピード騒ぎの際に悪事を暴かれていく奴らなんだろう。



「たった数百人だけの彼らの百年近い人生と、人口一千万人近い王都の数日間。台無しになるならどっちがいい?」


「……感情を排除して、経済的な面だけを考慮すれば前者を犠牲にするべきでしょうね」


「だろうね。なら、感情を優先したら?」


「後者に決まってますよ、胸糞悪い」


「ですよねー」



 ……ああくそ、そんな言いかたされたらこれ以上責められないじゃないか。

 口じゃこう言ってるが、同じ立場だったら俺はどちらを選んでいたんだろうか。


 決して正しいとは言い難いし、多くの人に罵られることを覚悟しなければならない。

 それを分かったうえで、この人はスタンピードを起こしたんだ、


 ……なんだか俺が苦情を言いにきてることすら申し訳なくなってきた。

 まあ、俺やネオラ君が対応すれば被害ゼロで終わらせられるだろうし、これ以上ネチネチ文句言うのは止めとこう。



「さて、まだなにか言いたいことがあるのかい?」


「……いえ」


「そうか。あー、誰もが君みたいにあっさり口車に乗って納得してくれればゲフンゲフン」



 訂正。やっぱコイツに気を使う必要ないわ。

 こうして話してると、やっぱロリマスやアイナさんの血縁者だわこの人。





「ところで、君んところで鍛えてる教え子たちの具合はどーお?」


「露骨に話題を逸らさないでください。五人とも順調だと思いますが」


「そっかー。しっかし、ホントに最低人数だけ鍛えるとはねー。人数が少ない分、ちゃんと使いものになるようにしてもらわないと困るよー?」


「まあその成果はすぐにお見せしますよ。こちらの大陸でも同日にスタンピードが起こる予定ですので」


「あらら、大丈夫なの?」


「並の魔獣相手ならまず後れはとりませんよ」



 囚人たちの現在のレベルは大体Lv65前後で、特級職一歩手前まで上がっている。

 パワーレベリングの悪影響でスキルレベルが低かったのも、レイナとヒヨ子や鬼先輩との組手で大分改善していってる。

 さらにピーキーながら凶悪な装備を身に着けていて、彼らにしかできない戦いかたも大分様になってきた。

 これなら補助魔法無しでかなり格上相手でも戦えるはずだ。




「おっと、そろそろ時間だね。これ以上話してると次のお客が殴りこんできかねないから早く帰ったほうがいいよー。じゃあ、悪いけどスタンピードへの対応お願いねー」


「畏まりました。……ん?」



 誰かが駆け足でこの部屋に近付いてきてるのが分かった。

 足音からして随分と乱暴な足取りだ。不機嫌なのが聞いているだけで分かる。

 おいおい、まさか本当に殴りこんできたっていうのか? 堪え性なさすぎやろ。



 ズガァンッ と扉を蹴破って、誰かが部屋に入ってきた。





「おいクソババア!! このクソ忙しいのにスタンピードを迎え撃つのに応じろとかなに考えてんだゴルァ!! テメェの仕事ぐらいきっちりこな、し……え?」


「……えーと」



 鬼のような形相をしながら乱暴な口調で殴りこんできたのは、グラマスによく似た顔つきの金髪美人エルフさんだった。

 俺のほうを見ながら硬直してるけど、困惑してるのはこっちなんですが。




「いらっしゃいアイナ。その文句を言いにきたのは君で13人目だよ」


「な、なんで、カジカワ君が……」


「御無沙汰していますアイナさん。ちなみに私が12人目ですがなにか」


「ちょ、ちょっとゴメン今の忘れてマジで忘れて頼むからネオラ君には言わないでお願いおねが、あ、あば、アババババババ……!」


「メチャメチャ乱暴な口調でしたね。もしかして素のアイナさんってあんな感じなんですか?」


「違うよ!? あんなヤンキーみたいな言いかたするの、このババアに対してだけだからね!? お願いだから忘れてってば!!」


「随分と嫌われてますね、グランドマスター」


「しゃーない。いつも無茶振りばかりしてっからねー」


「自覚してんなら少しは自重しろやぁああ!!」



 ……また見たくもない裏の顔を見てしまった。

 やっぱ人の本性なんてそうそう暴くもんじゃないな、うん。


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 9/5から、BKブックス様より書籍化!  あれ、画像なんかちっちゃくね? スキル? ねぇよそんなもん! ~不遇者たちの才能開花~
― 新着の感想 ―
[気になる点] 「たった数百人だけの彼らの百年近い人生と、人口千万人近い王都の数日間。台無しになるならどっちがいい?」 今回の場合、王都の数日間を犠牲にして数百人の100年近い人生を地に落とすから、ど…
[良い点] 十三人……当然、そうなりますよね。 私も、普通では考えられない事であり、何らかの事情はあるのかもしれないとは思っていましたが……こういうことでしたか。 確かに、表向きと裏側で全く異なる顔を…
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