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持ち逃げ処すべし慈悲はない



「どういうことだよっ!! スタンピードが迫ってるなんて聞いてな むぐっ!?」


「デカい声出すな。もう夜中だから悪目立ちするだろうが」


「むぐぅ! ふがぁっ!」



 『テヴァルラ』の街に着くなり、大声で喚こうとするジルドの口を塞ぎつつ諫める。

 静かにしなさい! 近所迷惑になるでしょうが!


 ……いや、そう迷惑でもないか?



 もう夜の10時過ぎだというのに、街の中がひどく騒がしい。




「おい、荷物なんかより先に人を乗せろ! 人命が第一だろうが!」


「うるさい! これがどれだけ貴重な品か分かって言ってるのか!」


「コラ! そんな小汚い連中より貴族を先に乗せろ! 儂を誰だと思っとる!」


「おい、あんなこと言ってるけど……」


「無視しろ! 子供と老人を優先して乗せるんだ!」




 まるで災害から逃れる避難民のように、人々が慌ただしく馬車へ乗り込んでいく。

 誰も彼もが走り回って、とてもじゃないが夜の喧騒具合とは思えない。

 それを見て、口を塞がれても喚きっぱなしだった少年も絶句している。



「な、なんだよこれ……」


「スタンピードから逃れるために、もう避難が始まってるんだろう。一部バカな連中が足を引っ張ってるみたいだが」


「マジでスタンピードが迫ってんのかよ……! なんで今までそれを黙ってやがった!」


「スタンピード前兆の魔物が侵攻してきたのは今日の昼過ぎだ。20羽近い鳥型魔獣の群れがこの街に襲撃してきたらしい。まあ街の外で返り討ちにしたらしいが、もしも早めに伝えたらお前今すぐテヴァルラに連れてけとか言いかねないだろ」


「当たり前だろ! なにを暢気に料理なんかやってやがったんだよ!」



 心配な気持ちは分かる。

 そして非常時だからこそ、冷静になるべきだということも知っている。



「落ち着け。あばら家には危険が及んでないことは先に確認済みだ」


「ほ、ホントか!? ガキたちは!?」


「お前の弟分の子供たちも全員無事だから安心しろ」


「そ、そっか……よかった……」


「スタンピード云々のことよりむしろ、あの子たちの栄養状態のほうが心配だ」


「え、な、なんでだよ? オレ、毎日数十万エンは送ってるはずだぞ!」


「それがな、どうも仕送りの金、全然使ってないらしい」


「はぁ!?」



 半月前に初めて仕送りした時からボロボロの恰好だったが、それは今も変わっていない。

 いきなり身なりの良い恰好をすると、周りから勘付かれてカツアゲされかねないからボロのままでいるのかと思ってたけど、どうにも違うらしい。



「あの子たちは仕送りの金を、捕まったお前が戻ってきた時に使えるようにとっておいてるみたいなんだ」


「バカじゃねぇのか!? その金送ってるのオレだぞ!? もうそれくらい楽に稼げるようになったから送ってるってのに!」


「俺がそう言っても全然聞く耳持たねぇから、お前の口から言ってくれ。スタンピードからの避難云々はどうにでもなるから」


「お、おう……つーか、それももっと早く言ってくれよ……」


「鍛錬に集中してほしかったから俺が説得して解決しようとしてたんだよ。だがこの状況だと直接ジルドと会わせるほうがよさそうだろ? そんじゃあ行きますか」


「おう、早く行ってやらねぇと」



 足早にあばら家へ向かっていくジルドの背を眺めながら、ガリガリに痩せた彼の弟分たちの姿を思い出す。


 少しぐらい自分たちの生活費に充ててもいいだろうに。ジルドの弟分たちも健気というか不器用というか。

 自分よりも他人を優先する生きかたは、多分兄貴分譲りなんだろう。


 そのせいで善意の空回りが起きてるけどな。

 だから、仮に説得が失敗したとしても大丈夫なようにお料理教室に向かう必要があった。




「いや、なんでそこでお料理教室に……?」



 一緒についてきたアルマが横からツッコミを入れてきた。

 ……独り言が漏れてたか。



「金がダメなら飯だけでも食わせてやっておきたい。作りすぎたあまりものだって言えば、遠慮なく食ってもらえるだろうし」


「そこまで気を使って……ジルドのこと、気にかけてるんだね」


「あんだけ痩せた子たちを見てなにも思わん奴なんかおらんよ。飯ぐらいいくらでも食わせてやる。アルマの作ったクッキーも絶対喜んでもらえるだろうさ」


「そう」


「おい! なにモタモタしてんだ! ノロマか!」


「はいはい、すぐ行きますよ」



 焦れて急かすジルドを宥めつつ、あばら家に向かった。









「ほら、どうしたー、遅いぞーノロマー」


「いや、速い速い! なんでいきなりそんな速く……!?」



 ちょっとイラッときたのでジルドを置き去りにする速さで走った。

 アルマが『大人げない』とか呟いてたけど、我ながらそう思う。

 ……子供が生まれて同じようなシチュエーションになったときは、もうちょっと大人らしい対応をできるようになっておこう。









 街の端っこ、さしたる店もなにもないあたりにジルドの住んでいたあばら家はある。

 ボロだが雨風はしっかりしのげるし、ところどころ新しい修繕の跡がみえるあたり、住んでいる子供たちや身寄りのない人たちも大事に住んでいるのが分かるな。



 コンコン ココン コンココン とジルドが妙にリズミカルにノックをすると、内側から勢いよく扉が開かれた。




「いってぇ!?」



 勢いがよすぎてジルドの顔面にモロ扉がぶつかってるが。

 扉はゆっくり開けましょう、でないとこうなりますの図。ワロス。


 中から5~6人ほど痩せた小さな人影が出てきて、ジルドに駆け寄っていく。



「にいちゃん! やっぱジルドにいちゃんだ!」


「ほ、ホントに!? お、おかえりにいちゃん!」


「にいちゃんどうしたの? お腹痛いの?」


「い、痛ぇのは腹じゃねぇよ……! ま、まあいいや。……ガキども、元気だったか」



 顔を押さえて蹲っているジルドを心配そうに眺める子供たちの頭を、優しく撫でている。

 成人前なのに戦闘職のジルドを悶えさせるとは、この子たちやりおる……! いやHPは全然減ってないけどね。



「うん!」


「げんき!」


「……嘘つけ、相変わらずガリガリじゃねぇか。どうせまともにメシも食ってねぇんだろ。仕送りはしてたのに、なんで使わねぇんだよ」


「だ、だって、にいちゃんが帰ってきた時に、支度金が必要だからとっておかなきゃダメだって……」


「そんな気遣いいらねぇっての。稼げるようになったから送ってるのに、とっておく意味ねぇだろ」


「でも、ベンスおじちゃんがそう言ってたから……」


「ベンッ……!? ちょっと待て、今まで送った金はどこに保管してある!?」



 『ベンスおじちゃん』という名前が出た途端に、ジルドが顔色を変えた。

 金の保管場所を聞いているが、どうした。嫌な予感しかしねぇぞ。



「ゆ、床下のだいじなもの入れに袋に入れて全部とってあるけど……」


「今すぐ確認してみろ!」


「う、うん。……ちゃんとあるよ」


「袋の中身を見てみろっ!」


「え? ……あ、あれ? お、お金じゃなくて、石が入ってる……」


「あ、あの野郎~~~~!!!」




 あー、これは持ち逃げされたパターンか。

 そのベンスおじちゃんとやらはどこに行ったのかね。



「ベンスはどこだ! あのクソ野郎、絞め殺してやる!」


「べ、ベンスおじちゃんなら昨日、『ジルドを見習ってちょっと遠くまで出稼ぎに行ってくる』って言って、どこかへ行っちゃった」


「ちっ、相変わらず勘だけは鋭い野郎だ……! オレたちがくる前に逃げやがったな!」



 ……どうやら、子供たちが一向にお金を使おうとしなかったのは、一緒に住んでいた『ベンス』という男が原因のようだ。

 俺は一度も会ったことがないが、たまたま時間帯が合わなかったのかな?



「そのベンスって人が『送られてきた金は使わないでいよう』って言いだしたのか? なんで説得してた俺には言わなかった」


「だ、だって、ベンスおじちゃん、自分のことは絶対に人には言わないでくれって、でも、ジルドにいちゃんのお金を盗み出すためだなんて、思わなかったから、う、ふええぇぇ……!!」


「泣くな、別に怒ってるわけじゃない。にしても、そんなロクデナシとよく一つ屋根の下で生活してたもんだ」


「……あいつ、オレたちの生活のために、盗みのコツなんかを教えてくれたヤツでさ。普段は気のいいおっさんで、ガキたちとも仲が良かったんだ。でも、盗人は盗人だ。恩はあったけど、内心信用しすぎないようにはしてた」


「それは間違いじゃなかったみたいだな。……都合約五千万エン。子供たちを置いて、お前がこれまで送ってきた大金を全部持ち逃げするなんてな。少しは残しておいてもよかっただろうに」


「毎日送ってるから、自分が出ていった後にも送ってくるとふんで全部持ってったんだろうさ。クソっ! 今からでも追っかけてやろうか!」




 やれやれ、仕事がまた一つ増えた。

 昨日ってことは、まだそこまで遠くへは行っていないだろう。


 この街から馬車で行ける街は『イルユディ』くらいなもんだ。追えばすぐに追いつける。

 『転移』のスクロールで逃げたとしても、高額のスクロールは店側に購入履歴が残る。

 店側には守秘義務があるかもしれんが、窃盗容疑がかけられてるとすれば協力してくれるだろう。そこから追跡するのは容易い。


 おっと、いかんいかん。それより優先することはいくらでもある。

 今日はそんな奴の話のためにここにきたんじゃない。



「そのベンスおじさんはいずれ捕まる。放っておけ」


「なんでそんなことが分かるんだよ! 早く追わないとどこまで逃げたか分かんなくなっちまうぞ!」


「捕まえるのは俺だ。どこまで逃げようが地獄の果てまで追いつめてたっぷり可愛がってやるさふふふふふ」


「な、なにする気だアンタ……」


「……その人が可哀想になってきた」



 同情する必要ないぞアルマ、罪には罰だ。

 悪いことをしたらそれ相応の目に遭うということを骨の髄まで沁みさせてやる。

 決してルルベル用に用意した道具の数々の出番がなかったからって腹いせをするために捕まえるわけじゃない。断じてない。



 さて、それよりメシでも食ってから今後のお話をしなきゃならん。スタンピードへの対応とかな。

 俺たちは手を出さずに囚人たちだけで攻略してもらうつもりだが、できるかな?



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 9/5から、BKブックス様より書籍化!  あれ、画像なんかちっちゃくね? スキル? ねぇよそんなもん! ~不遇者たちの才能開花~
― 新着の感想 ―
[良い点] 囚人たちだけでスタンピード対応……これは育成が上手くいっているという、何よりの証拠になりますからね。 それが出来るだけの力を持っているというのは、自信にもつながるでしょうし……どんな展開に…
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