フェリアンナ先生の調理実習
はい、なんだか軽く一年半ぶりくらいに感じる脳内お料理実況の時間です。
今日の献立はマカロニグラタン。ちょっと前に作ったクリームシチューとちょっと調理工程が被ってる気がしないでもないけど細けぇこたぁいいんだよ。
さて、まず皮を剝いた玉ねぎを薄切りに、ジャガイモはスティック状になるようにイメージして細切りに。
鶏のモモ肉は一口大に、ブロッコリーは小房に切り分ける。
ロックオニオンがあれば皮を剥く手間が大幅に短縮できただろうが、普通の皮を剥く系の玉ねぎしか手持ちになかったので地道に手で剥くハメに。
食材のストックはちゃんと把握しておきましょうの図。バカス。
ブロッコリーはあらかじめ硬めに茹で上げておいて、氷水に浸けてから水をよく切っておく。
んー、ちょっと茎の部分が硬すぎたか? でもあんまり茹ですぎると焼き上げた時に房の部分がベチャベチャになるしなぁ。
ま、まあこれもアクセントだと思えばええやろ、うん。
お次は沸騰したお湯にマカロニと塩を投入。
マカロニの包み紙には5分を目安にと書いてあったが、後にもっかい煮たりオーブンで焼くことを考えると2分くらいにしといたほうがよさそうだ。
マカロニを茹でるのと同時進行で、熱したフライパンに油を引いてから鶏肉を入れて、焼き色がつき始めたくらいに玉ねぎを投入。
30秒くらい炒めたら細切りのジャガイモを入れて、玉ねぎがしんなりするまで焼き続ける。
「……なぁ、教官」
「すまん、今手が離せない。ちょっと後にしてくれんか」
「お、おう。……いや、なんで料理してる間だけ今まで見たこともねぇくらい真剣な顔してんだよ……」
調理の最中に話しかけてきたジルドを軽くあしらっておく。ちょっとキレそうになったが踏みとどまった。
不器用な俺にとっちゃ料理とは激しい戦いと同義である。ぶっちゃけ下手なスタンピードよりずっと緊張感がある。
なんせ、ヘマしたらその日のご飯が台無しになっちまうからミスは許されぬ。だから今は待つべし。
一旦火を止めてから、茹でておいたマカロニと水とミルクを加え、再び火を点ける。
煮立たせたあたりでコンソメモドキに、アイテム画面に入れておいた作り置きのホワイトソースを混ぜる。
え、アイテム画面がなきゃホワイトソースの作り置きなんてできないだろって?
うるせぇ、そんなもんなくても保存効果付きのアイテムバッグを使って横着してるシェフなんぞ、この世界にゃゴマンといるわ。
……わざわざホワイトソースを用意しなくても、素直にシチュー粉なりグラタン用のパウダーなりを使えば済む話だが、こっちの世界ってコンソメモドキは売っててもシチューの素は自分で作らないとないんだよなー……。
できるだけこちら側の食材で賄えるようにしておきたいけど、そうすると変なところで結局横着してしまうというね。
世界が違えば横着できる部分も違うということか。料理とは実に奥が深い。簡単な家庭料理だけど。
味見をしながら煮込んで、いい具合に煮えたら耐熱皿に移す。
ブロッコリーを乗せて、チーズをまんべんなく振りかけてからパン粉を振って、中心にバターを乗せる。
最後にオーブンで8~10分ばかし焼けば完成だが、フェリアンナさん宅のオーブンは火加減を手作業でやらなきゃならんアナログ仕様なので、焼いてる間も目が離せん。
ただ、火加減の調整だけなら他の工程ほど神経は使わないので、その間に他の人の調理を開始してもらっておこう。
「あー、疲れた。ちっと時間かかっちまったな」
「お疲れ様です。前回よりも材料を手早く丁寧に切れてましたね」
「どうも。他のところで大分時間がかかってしまいましたが。例えばロックオニオンがあれば皮を剥く工程が割るだけで済んだんですけどね」
「玉ねぎはそのまま皮を剥くより、包丁で半分に切っておくと剝きやすいですよ。こんなふうにね」
「え、マジすか。うわ、ペロンって剥けてる。スゲー」
考えてみればすぐに思いつきそうな簡単な工夫だが、小さいころからそのまま剥くイメージがあると案外気付かないもので。
こんな超初歩的なところからでも改善の余地があるのかと、フェリアンナさんの指導には毎度新しい発見があってとても新鮮な気持ちで調理ができる。
「なぁ、先生ってホントに教官たちが束になっても敵わねぇくらいすげぇ人なのか? なんか、普通の生産職って感じしかしねぇんだけど」
「バカヤロウ、人を見た目で判断しちゃダメだ。俺と先生じゃ材料を切る速さと丁寧さから既に雲泥の差があるわい。例えば俺が切るとこんな感じだけどな?」
ジルドがなんかイチャモンつけてきたので、手っ取り早く差を見せることに。
さっき半分にしてから皮を剥いた玉ねぎの片割れをトントンと薄切りにしていく。
10秒ほどで、厚さ一ミリ間隔の薄切りが完了した。
多少厚さにばらつきがあるのは御愛嬌。ぐぬぬ。
「俺が切るとこんな具合だ」
「お、おう? 普通に切るの上手いと思うけど……?」
「では先生、どうぞ」
「はいはい、いいですよ」
フェリアンナさんがもう片方の玉ねぎをまな板に載せ、包丁を玉ねぎに振り降ろした。
トトトトトト、と目にも留まらない、というかもう音が重なって聞こえるレベルの速さで玉ねぎを薄切りにしていく。
1秒もかからず、しかも俺の三分の一ほどの超薄切りに仕上がっていた。俺と違って全く厚みに狂いもない。
なにが恐ろしいって、スキル技能なんか一切使わずただ自然体で切っただけでこれだっていうね。
「な、なんだ、今の動き。全然目で追えなかった……」
「すごいだろ? その気になれば空中に放り投げた野菜をみじん切りにしてそのまま皿に盛りつけることだってできるぞ」
「……さすがにそりゃ嘘だろ?」
「お行儀が悪いから、普段からそんなことはしませんけどね」
「いや、マジでできるのかよ!?」
俺も初めて見た時は目を疑った。もう人間技じゃないもん。
能力値は圧倒的に俺のほうが上だが、『料理を作る』という技術に関しては遥かに先生のほうが上回っている。
というか、生産職の能力値ってのはほとんど飾りみたいなもんだし。
「先生、この煮物なんですけど味の加減はいかがでしょうか」
「んっ……ああ、よく味が染み込んでいて美味しいですね。わずかに渋みがありますけど、これは灰汁がちょっと残っているからですね。アロライスの糠と一緒に煮込む方法もありますが、煮込む前にあらかじめ塩を振ってから大根のおろし汁に一時間ほど浸ける手もありますよ」
「なるほど、大根のおろし汁で灰汁抜きね……」
「……ところで教官、こっちで調理してる教官の姉ちゃんによく似た人、誰だ?」
アルマママを見ながら質問してくるジルド。
そういえば面識なかったっけ。
「アルマのお母様だが」
「おかあ……え、若っ!? 教官の姉かと思ったら母ちゃんかよ!?」
「ちなみに先生もレイナの姉じゃなくてお母様だぞ?」
「それはさすがに嘘だろ! どう見ても双子の姉かなんかだろ!?」
「いや、さっき『お母さん』って言ってたじゃないっすか。ホントに母親っすよ」
「え、ええぇぇ……?」
気持ちは分かる。俺も初対面の時に見間違えたし。
実際どう贔屓目に見ても俺より年上には見えん。レイナの真似されたらマジで見分けられないんじゃないかな。
食生活が健康的だからか、肌なんかもレイナに負けないくらいツルツルモチモチしてるし。
……アルマママも初対面の時にフェリアンナさんの肌を見て『美容液はなにを?』とかコソコソ聞いてたし。ちなみに保湿用の乳液以外はなにも付けてないのにあの肌なんだとか。バケモンか。
「先生、できました」
「あら可愛い、動物の顔みたいな形をしていますね。うんうん、焼き加減も甘さも程良いですね。美味しいです」
アルマはクッキーを焼いていた。
クッキーっていうのは家庭でも簡単に作れるお手軽な菓子のイメージがあるが、美味しく作るのは案外難しい。
材料の分量や焼き加減、また一枚ごとの大きさや厚み、そして火加減と加熱時間。どれをしくじっても台無しになってしまう。
だから一つ一つ計量カップや重量計で測ったり、クッキーをくり抜く型に厚さの目盛りを入れたり、とにかくミスをしないように作っていた。
「とても上手にできましたね。あとは慣れて時間を短縮できるようにするといいでしょう」
「そうします。……作り始めてから焼き上がるまで一時間以上もかかっちゃったし……」
「何事も慣れですよ。今はギフトで料理スキルを獲得したばかりですからね」
「……頑張ります」
実際、アルマはようやっとると思うよ。
一人で生活していた間も簡単な自炊くらいはしていたらしいし。ただし美味しくはなかったらしいが。
「私もできたけど、どう?」
「んん、ちょっとトマトが多いわね。でも充分美味しいわよ」
「むぅ……たしかにちょっと酸っぱいかも。料理って、難しいね」
「スキルもないのにここまで作れるなら大したものよ」
レイナはトマトシチューを作ったようだが、アレはフェリアンナさんが教えたのかな?
素の口調で親子睦まじく話しながら味見している姿は見ていてほっこりするな。
あのクソ親父も手を失わなければ、あの中に混じって家族団欒の場を設けていたのかもしれない。
しかし、アイツは選択を誤った。実の娘を売りに出すなんて、間違ってもやっちゃいけないのに。
だからこそ、いずれアイツにふさわしい死刑もとい私刑の場を準備するべきだろう。震えて眠れ。
さて、それぞれが料理の味見をし合って宴もたけなわといったところだが、そろそろ行かなければならん。
「あら、今日は早いんですね。もっとゆっくりしていってもいいのに」
「せかせかしていてすみません、ちょっとこの子と行く所がありまして。御迷惑でなければ、また来週よろしくお願いしますね」
「えっ?」
ジルドの頭に手を置きながらそう言うと、不思議そうな顔をしながら疑問符を浮かべている。
「もちろん、いつでも歓迎しますよ」
「ありがとうございます。レイナは泊まってくんだっけ?」
「はいっす。ところでこの後どこに行くんすか?」
「ああ、ちょっとな」
まだ、ジルドには伝えていない。
伝えたら『こんなことやってる場合じゃないだろ』と激昂して、お料理教室どころの騒ぎじゃなくなっちまうからな。
「ジルドの故郷に向かって近々スタンピードが起こるらしいから、その前に現地へ足を運んどこうと思ってな」
「……なっ」
それだけ告げた後にファストトラベルを使って、驚愕の顔を浮かべているジルドの故郷『テヴァルラ』へと転移した。
さぁて、それじゃあ例のあばら家へ顔を出すとしますかね。




