需要はあるよ
ルルベルの元旦那とその家族、そして呪術師の女は全員ブタ箱行きになった。
ルルベルをハメた罪、その際に何人も殺して自分たちの死体に見せかけた罪、そして領地を捨てて自分たちだけ悠々自適な生活をしていた怠慢怠惰の罪。
もう役満もいいとこで、全員公開処刑が確定してるとか。
自業自得とはいえ、俺とルルベルの行いで処刑という結末に人の人生を導いてしまったことに思うところがあるのかというと……別にない。あいつらクズだし。
俺は直接自分の手で人を殺すのは嫌だけど、別にそのへんになんかこだわりがあるわけじゃない。
仮に誰かを殺さなきゃアルマやレイナを守れないって状況に陥ったら、躊躇わず殺すだろうし。
……その時点で俺も人殺しの仲間入りになるからなるべく避けたいところではあるけど。
話が脱線したが、これでルルベルが抱えている問題の大部分は解決した。が、全てが終わったわけじゃない。
彼女が元々住んでいた『フランノル男爵領』は輸出する資源が減少していっているうえに冤罪のこともあって、非常に厳しい状況にあるらしい。
冤罪だと発覚して、元ババリア侯爵領からいくらか賠償金が支払われるらしいがそれでも根本的な解決にはならない。
なんとかできないもんかと実際に足を運んでみて、というか魔力飛行で現地まで飛んでいったんだが、色々調べた結果、割となんとかなりそうだった。
フランノル男爵領は元々宝石や鉱石の鉱脈から資源を得て、それらを輸出することで経済を回していたらしい。
他にも鉱脈が眠ってないかと隅々まで探してみたが、どこもそれらしきものはなかった。
しかし、貴重な資源が眠っている場所があるにはあった。
この男爵領、なんと領内に魔獣のテリトリーが存在していたのだ。
魔獣のテリトリーには人類の生活圏では採取できない資源が採取できるケースが多い。
例えばエフィの実やビナーの実や炭酸フルーツといった果実や、魔獣の肉や毛皮といった素材とか。
といっても、かなり強力な魔獣ばっか生息してるようで、魔獣の素材ばかりを当てにするのはちと無謀だが。
そういった分かりやすい資源ではなく、地味だが安定供給可能でかつ価値の高い資源がこの魔獣のテリトリーには埋まっていた。
なにかって? 肥料だよ。
肥料? と首を傾げたくなるかもしれないが、この魔獣のテリトリーの凍り付いた地表を少しばかり引っぺがしてやると、どこでも非常に上質な肥料が埋まっていることが判明した。
長年強力な魔獣の死体や特殊な植物の腐葉土みたいなものが堆積して、厚く広い層になっているんだとか。
この肥料はバカみたいに栄養豊富で、大抵の野菜や果物の栽培にも適している。
例えばこの肥料をトマトの栽培用の土に少量混ぜ込むだけで、拳大のデカさに実って糖度も果物並に高くなるほどだとか。食いたい。
これらを大量に掘り返して輸出していけば大きな収入になるだろうし、領内での食糧自給事情も劇的に改善するだろう。
今は魔王騒ぎの後で、世界中どこも資源が足りない状況だ。需要はありまくるだろう。
これらを全部掘り返そうと思ったら百年や二百年じゃきかんくらいの量があって、当面の輸出用資源としては充分だろう。
ま、それらを掘り返すにも魔獣に襲われないようにルルベルを強くしたうえで、さらに戦闘職の領民を鍛えないと採掘以前の問題なんだけどね。
「この修業が終わっタラ、それらの採掘のためニモ一度実家へ帰ろうと思っていマス。なにからなにまでお世話になりっぱなしで申し訳ないデス」
「気にすんな。その肥料を使った作物の味にも興味があるしな。超食いたい」
「アハハ、教官になら格安でお売りしマスよ」
「……きっちり金はとるのね」
商魂逞しいことで。こんだけ精神的にも強くなれば、まあ大丈夫だろ。
もしもその肥料採掘事業が成功したら、近隣の食料生産事情に大きく貢献することになるだろう。
隣に位置する元ババリア侯爵領の住民たちにもいい影響があるといいが、さて。
ルルベルの問題は概ね解決した。
そのためか、前以上に精力的に鍛錬に励んでいるのが分かる。うむうむ、カジカワポイント1000点追加。意味はない。
でも休憩中に街中でギミック・シールドの機能を確認しようとするのはヤメロ。危ねぇ。
他の囚人メンバーたちも街の中で買い物したり、喫茶店でお茶飲みながら寛いでいるヤツもいる。つーかアレレイナの親父じゃん。
いや、別にいいけどクソ親父は酒場とかに行くイメージがあるせいか、まったり茶ぁ飲んでる姿がシュールに見える。
「いい加減にしてよ! もうアンタとはなんの関わりもないじゃない!」
次は誰のお悩み解決するべきか、とか囚人たちを見ながら悩んでたら大声で喚く女性の怒声が聞こえてきた。
今の声は、ミラームか? なんか昼ドラでありそうなドロドロした雰囲気のセリフを吐いてたが。
声がしたほうへ向かうと、顔つきの整った赤髪の男性がミラームとなにやら言い争いをしているようだ。
なんか顔はイケメンだけど、どうにもいけすかない雰囲気の野郎だな。
「そうカッカするなよぉ。ちょーっと談笑を楽しもうとしただけじゃないかぁ。はははっ」
「黙りなさいっ! よくもまぁぬけぬけと私の前に顔を出せたものね!」
「まあまあ落ち着いてぇ」
あーこれは昼ドラですわ。どう見ても男女間における痴情のもつれです本当に(ry
つーかあの赤髪の野郎は誰だ? 元カレ?
「いやね? 君に投資してもらったお金を元手に事業を始めたら結構な成功を収めてさぁ。そのおすそ分けに一緒に食事でもどうかってだけの話なのに、どうしてそんなに怒ってるんだい?」
「なにが投資よ、馬鹿じゃないの! アンタ自分のしたこと分かってるの!? 『結婚を前提にお付き合いしてください』なんて言った翌日に私の持ってた金品を全部持って逃げて……!!」
「うん、だから僕が成功を収めた後にね? お嫁さんにしてあげようと思っていたのに、君を迎えに行こうとしたら今度は君が結婚詐欺で捕まってるなんて聞いた時には呆れたよ」
「誰のせいだと思ってるのよ!! アンタのせいで、私は、私はもう、誰も信じられなくなって、腹いせにあんな馬鹿なことをした挙句に足まで失くして、今じゃ囚人よ……!!」
……うーわ。もうドロドロ通り越して痴情の煮凝りみたいになってるじゃないですかーやだー。
今にも殴りかかろうとしかねないほど怒りに顔を歪め、目に涙すら浮かべているミラームを見ていると同情しか湧いてこない。
だがこれ以上大きな騒ぎを起こすのはNGだ。
「なら保釈金を払ってあげるよぉ。せいぜい高くても1000万エンくらいなもんだろぉ? 年商10億を超えて、手取り1億を下らない僕ならすぐ払えるさ。その代わり、一生僕に服従しなよ。どうせそんな端金すら払えないだろう?」
「黙りなさいっ!! これ以上アンタなんかに関わって借りを作るくらいなら、終身刑のほうがマシよ!!」
「はいはい、ストップストップ」
二人の間に入って、一旦ミラームを落ち着かせることにした。
いきなり前触れもなく現れた俺に、ミラームが目を丸くしながら驚いた顔をしている。
「き、教官……!?」
「ミラーム、腹を立てるのは分かるが周りの目を考えろ。あと、そろそろ午後からの訓練の時間だ。遅れないように注意しな」
「んん? 君は誰かな?」
多少面食らった様子ではあるが、すぐに俺を見ながら怪訝そうに問いかけてくる赤髪イケメン。
面白くなさそうに俺を睨んでいるが、全然迫力がない。
「彼女を含めた囚人たちの強化鍛錬の教官を務めている者です。談笑をお楽しみのところ申し訳ありませんが、そろそろスケジュールの都合上お暇させていただきたく存じます。何卒ご理解のほどを」
「ふぅん、教官ねぇ。なら丁度よかった、彼女の保釈金を払うから刑期の免除の手続きをしてきてもらえるかな?」
「ちょ、なに言ってるのよ!?」
「ふむ、非常に莫大な額がかかりますが、よろしいので?」
「教官!? なんで乗り気で話を進めてるの!?」
ミラームが後ろでなんか言ってるが無視。
大丈夫だってば。どうせ払えねぇし。
「かまわないよ。いくらかかるんだい?」
「基本刑期の保釈金に800万、これまでの装備や訓練代を含めた諸々の費用が5億ですね」
「ごっ……!?」
「……えっ?」
あまりに大きな額に、赤髪とミラームが口を開けながらポカーンとしている。
どうした、年商の半分を払えば彼女を保釈できるんだぞ? そのかわり確実にお前は破産するだろうがな。
「お、おかしいだろう! なんで鍛錬如きにそんな費用が……!?」
「レベリングのために使用するポーションや普段の食事、また彼女に与えている装備は全て最高級のものをオーダーメイドしておりますので。さらに組手の相手にはSランク冒険者パーティの貴重な時間を割いて行なっておりますゆえに」
「馬鹿な! そこまでする理由があるのか!?」
「それだけ彼女たちの才能に期待しているのですよ。現に並の人間ならば数日で潰れるほどの鍛錬にも耐えております。保釈をお望みであるのならば、彼女にはそれだけの価値があるということを御理解されたうえでお支払いに臨んでいただきたい」
「……ふ、ふんっ……! 誰がそんな売女相手に5億も払うか! 気分が悪い、帰る!」
そう言って、機嫌悪そうにズンズンと歩いていってしまった。
残されたミラームを見ると、なぜか顔を青くしながらこちらを見ている。どしたの?
「ご、5億って、私、そんなお金、は、払えないわよ……!?」
……あー、もしかして今の話を真に受けたの? 案外生真面目なんだな。
「いや、払う必要ないぞ? 鍛錬にかかる費用は全部こっち持ちだし、5億もかかってない。ただ横からお前を欲しいというのなら5億は払ってもらわにゃならんってだけの話だ」
「な、なんで? 私、そんな価値ないわよ? なんでそんなに……」
「特級職の価値は金で測れるようなもんじゃないだろ。いずれお前には年に億単位の金を稼ぐことなんか楽勝だと言えるくらいの強さを身に着けてもらうぞ」
「で、できるわけないでしょ!? 億単位のお金を稼ぐなんて、大事業の収入のそれじゃない!」
「できるぞ。お前、これまでの魔獣の討伐費用と素材の買い取り代金の総額、とっくに5千万超えてるぞ?」
「は!?」
高レベルの魔獣の素材はとにかく高く売れる。
討伐報酬だけでも相当なもんだが、魔王騒ぎで資源が足りてないから需要が(ry
「お前、目標もなんもなく面倒そうに嫌々鍛錬に臨んでるみたいだが、なら分かりやすくいくら金を稼いだかを目標にすればいいんじゃないか?」
「お金を、目標に……?」
「さっきの赤髪、年商10億だって言ってたろ? ならお前が一人でその倍でも稼げるようになれば、気持ちよーく『そんな端金が年商とか、アンタも大したことないわねオホホホホ』とでも言ってやれるようになるぞ」
「なにその言いかた!? 性格悪っ!?」
「でもやってみたいだろ?」
「……っ」
俺の言い分にしばらく顔を引き攣らせていたが、すぐに不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。
「……ええ、分かったわ。あのいけ好かないクズ男の鼻を明かすことができれば、さぞ気分がいいでしょうしね。やってやりますとも」
どうやらモチベが上がったみたいでなにより。
理由がちょっと俗っぽ過ぎる気もするが、やる気のないままウジウジされるよかマシだ。
「んじゃ、午後からの鍛錬頑張れよー」
「……そういえば、私たちの鍛錬にかかってる費用って実際どれくらいなの?」
「あー、それぞれの装備の費用に軽く億かかってるとだけ言っておく」
「う、嘘でしょ!? さっき5億もかかってないって言ってたじゃない!」
「5億はかかってないけど、それなりにヤバい値段かかってる」
「うひぃ……アンタの金銭感覚が恐ろしいわ、教官……」
どの装備にもエネルギー源として『竜魔結晶』が使われているからな。
ネオラ君が仕留めた竜の死体を時空推進機能で結晶化させたものだから、原価は実質ゼロだが。
さて、問題を抱えているのは残り3人。
特にメイバールが拗らせてそうだから、裏で色々と仕込みをしておきますかね。