お前の罪を数えろ
「くそっ!!」
ワインの瓶を呷り、数回嚥下した後にすぐさま壁に投げつけ叩き割った。
口の中が青臭い。辛い。酒のそれとは違う嫌な苦みが口中に広がって気持ち悪い。
半月前から味覚がおかしい。
なにを飲み食いしても変に辛く青臭い野菜のような味しかしない。
同じ症状を患っている妻が言うには『カイワレダイコン』という野菜の味らしいが、そんな野菜今まで食べたことはもちろん見たことも聞いたこともなかった。
味覚がおかしくなった原因は分かっている。
例の田舎者の男爵令嬢だ。
まだ、生きていたのか、忌々しい。
もっと早く手を打って、獄中死したようにでも見せかけ殺して憂いを絶っておくべきだった。
元々私たちが治めていた領地『ババリア侯爵領』はもう限界だった。
表向きは良好に経済を回しているように見せかけていたが、実際は領内で採掘できる資源が尽きかけていた。
もうこれ以上誤魔化すことはできない。
このままでは干上がった領地とともに破滅してしまう。
自分たちだけならば高跳びして悠々自適に暮らすことができるくらいの資産は残っていたが、領地を捨てて逃げた貴族の末路などロクなものではない。
王家や暗殺者ギルドの追手に殺されるのがオチだ。
だから生贄が必要だった。
我々が死んだことに、殺されたことにしてしまえば追手などくるはずがない。
その殺害の冤罪を被ってもらったのが、隣の領地の『ルルベル・フランノル』男爵令嬢だ。
フランノル家に貸している借金の帳消しと引き換えに彼女を婚約者として迎え入れ、屋敷に火を放ち家族全員を殺害した罪人として生贄になってもらった。
わざわざ死を偽装するのにこんな回りくどいことをする必要があったのは、我が家が腐っても侯爵家だったからだ。
適当にそのあたりのチンピラを頭のイカれた殺人犯として生贄にしようにも、我が家の警護たちも手練ればかりで、『外部からの侵入者に対応できなかったはずがない』と疑われたら簡単に偽装がバレてしまう。
故に、外部でなく内部、即ち家族の一員の犯行に見せかける必要があった。
いよいよ領地と家を捨てる決行の日。
私と弟と両親の死体の代わりに短期の使用人や侍女の死体を準備し、屋敷に火を点けた。
屋敷の金庫にある程度の金品を残して、ルルベルが高跳びしようとしていたように見せかけて。
私の本当の妻、真の恋人である『呪術師アリアナ』の呪術スキルによってルルベルが真実を自白できないように呪いをかけ、さらに検分を行う鑑定士を金で買収してルルベルに呪いがかけられていることを隠滅。
呪いはアリアナだけでなく我々家族全員の意志を籠められてさらに強力になっているため、自力ではもちろん並の神聖職にも解除は不可能だ。
これで全ての罪をルルベルが被って投獄され、我々は貴族としての立場を捨て、残った資産を使って残りの人生を金持ちの平民として平穏に過ごす、という完璧な計画だった。
上手くいった。全て上手くいっていたはずだった。
しかし、ルルベルにかけられた呪いが、なぜか先日我々自身に戻ってきた。
今になって呪われていることが発覚し神聖スキルで呪いを解除したのならば呪いが消滅するだけで済むはずだが、なぜ我々に戻ってきたのか。
しかも呪いの内容が変質してしまっているようで、『真実を自白できない』呪いが『飲食するもの全てがカイワレダイコンの味に感じる』ものとなっていた。
変質した呪いは術者のアリアナにも解除できないようで、狂った味覚に耐え続けなければならないのが現状だ。
しかし、いつまでも我慢できるようなものではない。
なにせ水すらカイワレダイコンの味がするのだ。
不味くともワインの酒精に酔っていなければやっていられないほど、味覚の変質は耐えがたいものだった。
神聖職に解呪を依頼しようにも並の使い手では不可能。
上級や特級の神聖職に解呪を依頼することも無理だ。無料で解呪するのに正当な理由が無ければ莫大な依頼料が必要となる。
とてもじゃないが、払えたものではない。
他に解呪の見込みがある方法といえば、元々呪いを受けていたルルベルが死ぬことだ。
元々はルルベルに向けていた呪いということには変わりなく、本来の対象が死亡すればそれと連動して呪いも消える可能性がある。
暗殺者を送り込んでルルベルを殺害する手筈は整った。
暗殺料は高くついたが、それでも上級や特級神聖職による解呪の代金に比べれば遥かに安い。
なにやら囚人としての徴兵される前の鍛錬をおこなっている最中らしいが、所詮は中級職になりたての凡人に過ぎん。
プロの暗殺者の手にかかれば容易く処理できることだろう。
そろそろ報告に戻ってきてもいい日数が経っているはずだが、なにをモタモタしているのやら。
まあいい、多少遅れたとしてもあと数日の辛抱だろう。そう思えばもうしばらくこの不味い酒にも耐えられるというものだ。
「ふん、小娘が。手を煩わせおって」
「まったくだな。メンドイことさせやがって」
……は?
独り言を呟いたのに誰かが反応して相づちを打ってきたのが耳に入って、一瞬思考が止まってしまった。
「コイツが件の元侯爵か? ルルベル」
「……ハイ」
「なっ……!?」
声がしたほうへ目を向けると、そこには黒髪の男と見覚えのある銀髪の女が佇んでいた。
まさか、なぜ、いつ、どうして、どうやって……!?
「ルルベル……!? 貴様、なぜここに!?」
「……お久しぶりデス、旦那サマ」
「よし、それじゃあとりあえず寝てろゴミカス」
「な、ガブァッ!?」
呆然としながらルルベルの姿を見ていると、顔に衝撃と鋭い痛みが走って意識が途絶えた。
なにがなんだかわからない。なぜ、暗殺を依頼したはずのルルベルがまだ生きていて、ここに、いる、んだ……?
混乱しながら気を失っていくこの時点では、まだ分からなかった。
この後の仕打ちに比べたら、まだ領地とともに破滅していたほうがマシだったなどと、予想できるはずがなかった。
「起きろ」
「はっ……!? こ、ここ、は……ひっ!?」
気絶から目が覚めた後に、目に入ってきた光景に思わず悲鳴を上げた。
周囲にはノコギリや五寸釘にトンカチ、他にもどう使うのかも分からない禍々しい道具の数々が並べられていた。
「はい、それじゃあ懺悔の時間だ。はいルルベルここで決め台詞だ、どうぞ」
「え、ええと、お前の罪ヲ数えろ、デス。……ドウいう意味デスかこれ?」
逃げ場はない。
拘束されていて身動き一つとれない。
なぜこんなことになっているのか。なぜこんなところに私はいるのか。
この状況から導き出される答えは一つ。
これから私は、ルルベルに拷問される。
冤罪の恨みを晴らすために、この世の地獄を見ることになるだろう。
「ひ、ひ、ひぃぃぃいいいいっ!! ゆ、ゆ、許して!! 許してくれぇぇええっ!!」
もはや無様に泣き叫びながら許しを請うしかできなかった。
全て無駄な足掻きに過ぎないのだろうが、それでも恐怖のあまり叫ばずにはいられなかった。
「どれから使う? ノコギリ? 鞭? 個人的にはこの爪の間に通す専用に造ってもらった電極針とかオススメだけど」
「いや、使いまセンよそんなモノ! なんデスカこのマガマガしい道具の数々は!? 教官はワタシになにヲさせようトしてるんデスか! 邪魔デスから早く片付けてくだサイ!」
「えー他にもこんなにいっぱい用意したのにー! もったいねー!」
「全部シマってくだサイ!!」




