軍団再び
先日、運営さんからメッセージが届いて『俺なんかやっちゃいました?(震え声』とか思いそうになりました。
いや全然悪い報せとかじゃなかったんですけどね。メッセージの名前欄が運営さんだけ赤いの怖い(;´Д`)
パワーレベリング初日午前の部が終了。
開始前はLv18~Lv34と個々でかなり差が開いていたが、現在はLv31~Lv37にまで縮まっている。
スキルレベルは元々レベルの高かったメイバールが一番育っているが、それもそのうち差がなくなってくるだろう。
「レベリングの途中でジョブチェンジしたんだけど、アッサリしすぎてなんだか実感湧かねぇ……」
「そういえばジルド君だけ駆け出しだったな。中堅職になってから新しいスキルかなんかは獲得できたか?」
「いいや。元々持ってた鎌術や体術のレベルが上がったくらいで、他はなにもなかった」
うーん、確かに鎌術と体術がLv6で拳法がLv2に上がっているが、ちとスキルの引き出しが少ない気がする。
鎌術は単体だとリーチが短いうえに。武器の扱いが独特で難しい立ち回りを要求される。
他のスキルと組み合わせて運用すればなかなか強くなりそうなポテンシャルはあるんだが、さて。
まあいいや。彼の戦いかたに関してはメシでも食ってからゆっくり考えよう。
アイテム画面からテーブルとイス、昼食用に作っておいたカレーとアロライスに生野菜のサラダ、あと食器やらお冷やらを取り出して、それぞれ自分で盛りつけさせる準備をする。
なんか小学校の給食を思い出すわー。
「はいはい、お昼ご飯ですよー並んで並んでー」
「……このスープ、カレーってやつか? いい匂いだけど、なんかすっげぇドロドロしてるんだが……」
「スープじゃなくて、アロライスにかけるルーだよ。慣れないうちはあんまり食欲が湧く見た目じゃないかもしれないけど、騙されたと思って食ってみな。おかわりもいいぞ」
日々の食事は俺たちと同じものを食うか、あるいは事前に渡しておいた小遣いを使って各自で用意するか。どちらでも自由。
小遣いってなんだよとか思われるかもしれないが、囚人たちの支度金をギルドから渡されている。
この五人以外にいた囚人たちの支度金は他の教官たちに手渡してある。人数ごとに渡すの地味に面倒だったわー……。
小遣いを浮かすためか、結局全員俺たちと一緒にメシを食うことを選んだようだ。
作る量が増えた分、手間がかからず大量に作れる料理が続きそうだ。
全員、見た目に若干躊躇しつつも一口食べると美味そうに咀嚼している。
よかった、もしも『こんなもん食えるか』とか騒いだりしたらどうしようかと。
「い、いただきマス。! ……お、美味しいデス……!」
「うンめぇ! 牢屋で食ってたボソボソしたメシなんか比べものになんねぇ!」
「これ、出前でもとったの? こんな高級そうな食事を用意するなんて、随分と気前がいいのね」
「いや、俺たちが作ったもんだからさほど金はかかってない……いや、カレー粉は高かったな」
嘘です。カレーのルーは日本で売ってるものを使用してます。そっちのほうが遥かに安いし美味いし。
異世界産の食材を使ってるなんて言っても話がこじれるだけだから黙ってるけど。
「うぅ……」
駄弁りながら食べ進めていると、なぜかルルベルの目から涙がこぼれたのが見えた。
……え、泣いてる?
「ん、どうした? もしかして辛すぎたか?」
「い、いエ、違うんデス。……こんなふうニ、誰かと一緒に美味しいものを食べてイルのが、なんだか懐かしくテ……」
「あー、監獄のメシってそんなにまずいのか?」
「確かに決して美味しいものではありまセンでしたガ、そうじゃないんデス。……あの家に嫁ぐ前はこんなふうに家族と一緒に食べていましたガ、嫁ぎ先でも、牢屋でも、いつも一人デ……」
俯きながら消え入りそうな声を漏らすルルベル。ううむ、暗い。
さっきまでのレベリングや、クソ親父を心配する様子なんかを見る限りじゃ、とてもいい子に見えるんだがなぁ。
それを陥れて逃げた連中の悪辣さよ。マジ許すまじ。
「旦那様と、義母様と義父様たちトモ、こうして楽しく食事や会話をできる日々を送れていレバ、それでよかったノニ……」
「……気持ちは分かるが、それはもう無理な話だ」
「そう、デスよね……」
「なんせそいつらの味覚はもうカイワレダイコンだからな。一緒にメシを食ってもまず楽しめないと思うぞ」
「……そ、そうでシタね……」
悲し気な顔からちょっと微妙な表情に変わった。
『そりゃお前のせいだろ』と顔に書いてあるかのようだ。わざとじゃなかったんだが。
「教官、おかわり!」
「自分で盛りつけろ。あとカレーばっか食ってないでサラダも食え。もしもカレーで腹いっぱいになったからってサラダを残したりしたら胃の中に無理やり突っ込んでやるからな」
「お、おう」
囚人の中でも最年少のジルド君は食いっぷりがいいねぇ。
……食いっぷりといえばアルマとレイナも日本旅行から帰って、なんというかえらいことになってるんだよな。
「ヒカル、おかわり。特盛で」
「自分もおかわりっす」
「……ほどほどにしときなさいね」
アルマはステータスとは別に『プロフィール』の影響で、かなり大食いになってしまった。
といっても、プロフィールの分のスタミナを消費しなければせいぜい普通の人の倍くらいで済む程度だが。……それでも多いか。
プロフィールの分のスタミナは消費すると『ステータス』や『地球人の身体』よりも優先して食欲を刺激してくるという謎の仕様があるらしく、とにかく量を食わないと腹が減る。
でもデブったりはしないというご都合主義仕様。食費はかかるが今の俺たちからすりゃ大した問題じゃない。
レイナは『地球人のリソース』を取り込んだ結果、俺とほぼ同じ状態へと変化した。
ステータスに表示されている『HP』は外付け装甲のような扱いとなり、ダメージを受けても数値が減るだけで身体は傷付かない。
『MP』が枯渇して行動不能に陥ったりもしなくなったし、『SP』は純粋に気力強化のためのエネルギー源で、少なくなっても腹が減ったりはしない。
ただ、やはり俺と同じでスタミナの補給をするのにはとにかく多くの飯を食う必要が(ry
……どうしよう。ウチの子たちの胃袋が宇宙なんですが。
『ピピィ……』
「え、アルマたちみたいにもっと食いたいけど、もう腹いっぱいで食えない? ……それが普通だからな? 頼むからお前まで大食いにならないでくれよ」
『ピ……』
巨大化できるし、見た感じのイメージとして一番メシを食いそうなヒヨ子が、実は一番低燃費という謎。
そういえば、こいつが巨大化した状態で卵産んだりしたらその卵もでっかいままなのかな。
だとしたらその卵を食ってスタミナ補給してまた卵を産んで~って具合に永久機関とか作れそう。いや無理だろうけど。
とか益体のないことを思いながら腹いっぱいで寝そべっているヒヨ子を眺めていると、急になにかを思いついた様子でこちらを向いて話しかけてきた。
『ピ、ピピッ』
「ん、どうした? ……『レベリングでいいこと思いついた』だって?」
『ピピッ、ピピピッ』
「ふむふむ、なるほど。確かに効率よさそうだけど、お前はそれでいいのか? 仲間意識とかないの?」
『ピ』
「ない、って即答かよ。ひどいなオイ……でもなかなかいい案だ。じゃあ、午後からよろしく頼むぞ」
『ピッ!』
ヒヨ子から効率のいい、かつ色々と外道なレベリング方法の提案が出された。
……採用しておいてなんだけど、割とホントにひどい。誰がこんな子に育てた。俺か。
「教官、午後の訓練はいつから始めるの?」
カレーを上品な手つきで食べながら、ミラームが質問をしてきた。
コイツもこうしているのを見る分には育ちのいい美人さんなんだがなぁ。なお罪状。
「メシが済んでから2時間後。午後3時から開始で、午後5時までレベリングする。それ以降は自由行動で、夜の7時から夕食の予定だ」
「え、ってことはレベリングはたったの2時間だけ? 短いわね。まあそのほうが楽でいいけれど」
「安心しろ。並のレベリングの10倍くらいの密度で進めるから」
「……え?」
ヒヨ子の提案がなければもう少し長くレベリングの時間をとる予定だったが、これなら短時間でも問題なさそうだ。
非常にうるさい状況になりそうだが。
たっぷり食休みをとり、現在午後の3時。
全員で橙色エリアに集合し、アルマの強化魔法をかけ直して準備完了。
午前中は全員バラバラにレベリングしていたが、午後からは全員で協力しながら進める予定だ。
「えー、正直言って連携とかよく分かんねえから午前中みたいに一人で戦いてえんだがなぁ」
「言っとくが、午後からのレベリングは午前とは全然状況が違うぞ。一人じゃどう足掻いても死ぬ」
「……え、死ぬ?」
「うん。というか真面目に連携しないと複数人でも余裕で死ねる。常に状況を観察しながら死ぬ気で死なないように立ち回れ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! なに!? これからなにをする気なの!?」
「じゃあヒヨ子教官、どうぞ」
『ピッ……コケッ』
「聞きなさいよ! ……って、ヒヨコがニワトリに……?」
幼生擬態を解除し、元の真っ白なニワトリの姿へと戻るヒヨ子。やる気満々である。
「じゃあ、全員耳を塞げ」
「な、なにが始まるんデス……?」
「第三次大戦ゲフンゲフンもとい地獄だ。いいから塞げ」
「は、ハイ……?」
ここからが本当の地獄だ。気張れよ。
『スウゥゥ……』
ヒヨ子が大きく息を吸って、地獄をつくるトリガーを引こうとしている。
……半年前くらいにも、同じ状況になったっけな。
『コッケエエエェェェェェェェエエエエエエエッッ!!!!』
遥か彼方まで響く大絶叫。
耳を塞いでいなければ、しばらく耳が痛い状態に陥っていただろう。
「いぃっ!?」
「っ!」
「きゃああぁぁあっ!? な、なに!? なんなのこの声っ!?」
あまりの爆声に囚人たちが顔を顰めて悲鳴を上げている。
この声だけでも相当な威嚇効果があるが、これはあくまで副次効果に過ぎない。
「全員臨戦態勢に入れ。ボサッとしてると死ぬぞ」
「……教官、今の声はなんだ?」
「あ、あれ? ……なんだか遠くから、なにかがこっちに近付いてきてるような音が聞こえるような……」
「気のせいか、ニワトリみてぇな声も聞こえ……る……!?」
気のせいじゃない。
実際、四方八方からガサガサと草木をかき分けるような音やコケコケと変な鳴き声が徐々に近付いている。
『『『コケェェエエッ!!』』』
『ゴゲッ! ゴゲェッ!!』
『ゴギョァァアアアッ!!!』
『コケッ!』
『ココッ』
『コケコッコー』
集まってきたのは、魔獣草原に生息しているニワトリ型魔獣の群れだ。
ヒヨ子が発動した『声を聞きつけた同族の魔獣を集めて使役する』魔獣スキル『コール・ハウリング』によって集められている。
アイアンコッコやシルバーコッコの大群、中にはゴールデンコッコやプラチナムコッコまでちらほら見える。
さらに、一匹だけだがLv60台の魔獣『ミスリルコッコ』までいる。
合計100匹は下らない、高レベルのニワトリ魔獣の群れ。
一見シュールだが、相手をする人間からしてみれば絶望しかないだろう。
そしてこれらの魔獣は全てヒヨ子の支配下におかれている。
どう動かすかはヒヨ子次第。
「お、おい! なんだよこのニワトリの群れは!?」
「ま、待って。まさか、この大群相手に戦えなんて言うんじゃないでしょうね……!?」
「……多勢に無勢もいいところだと思うが、もしや新手の処刑か?」
「じょ、冗談じゃねぇぞ……鳥葬なんて、死刑よかえげつねぇじゃねぇか」
「アハハウフフモフモフしてマスねウフフ」
尻込みする囚人たち。無理もないが、一応ギリギリなんとかできるレベルではある、と思う。
一人虚ろな目で微笑んでるのがいるのが気になるが。
「弱音を吐くな、お前たちなら多分できる。多分。あとルルベルは正気に戻れ。じゃあファイトー」
「ファイトじゃねぇよ!! どう考えても死ぬに決まってんだろ!!」
そんな狼狽えまくってる囚人たちに向かって、ヒヨ子が羽を向けた。
たった一言、集めた魔獣たちに指示を出しながら。
『コケッ』
……いやお前、『殺れ』て。無慈悲。




