恐怖の上塗り
今回始めはとある国の真っ当な訓練の様子をダイジェストで描いています。
それ以降は普通に主人公視点。
「そこぉ! ペースが落ちてるぞ! 3周追加ぁ!!」
「ひ、ひいぃ……もうずっと走りっぱなしじゃないですかぁ……」
「あ、あのぉ、基礎トレーニングも大事だとは思うんですけど、実戦やレベリングは……」
「たわけぇっ!! いいか、基礎を疎かにするようなボンクラが真っ先に死ぬ! こうした地道な体力づくりを怠り、実戦の場でバテて身動きが取れなくなって死ぬ奴が後を絶たんのだ!」
「た、たしかにそうかもしれないですけど、訓練前に三時間のランニングはちょっと長すぎる気が……」
「やかましい! グダグダ言う暇があるならキビキビ走れ! あと5周走ればお望みの実戦によるレベリングに連れていってやる!」
「や、やっとですか……」
「ただし、全身に重りを装備したうえに武器も補正値の低いものを使い、さらに同レベル帯の魔獣を狩ることが条件だ!」
「え、えええ……!? そ、そんなの自殺行為じゃ……!」
「一対一ならな! だが安心しろ。4~5人でチームを組んで連携するように進めるため、比較的安全にレベリングが可能だ!」
「まあそれならなんとか……でも重りを装備するのかぁ……」
「強力な装備に頼ってばかりで、装備の強さを自分自身の能力と勘違いするマヌケも多い! 逆に劣悪な状況下を打破できるほどに連携能力や判断力を鍛えれば、現状のレベルよりずっと上の実力を発揮できるようになるだろう!」
「いや、それなら普通に基礎レベルを上げることを優先するべきではないでしょうか」
「レベルなんていうものはあくまでおおよその基準に過ぎん! パワーレベリングで基礎レベルを上げただけで中身のない奴は驚くほど脆い! いいか、ステータスを上げたからといって強くなるわけではない! 強くなった結果がステータスに現れるように鍛えなければ、たとえ上級職になろうとも雑魚は雑魚のままだ! 分かったか!」
「い、イエッサー。……はぁ、強くなるのに近道はないってか」
「アナクロっぽい理屈だけど、実際に隊長は魔族たちとの戦いで活躍してたみたいだしな。地道にコツコツいこうか」
「毎日こんな訓練してりゃそのうち体力もつくだろうし、慣れだよ慣れ」
「そこ! 無駄口を叩くなぁ! さっさと走れぃ!!」
「「「い、イエッサー!」」」
~~~~~
自己紹介を終えた翌日、囚人5人を連れてやってきたのは港町ランドライナム近辺の魔獣草原。
ここで今日から全員の修業を開始する予定だ。
「はい、まずはパワーレベリングして基礎レベルを上げることから始めまーす」
「パワーレベリング? それって、実戦経験云々よりとにかくレベルを上げることを重視するってこと?」
「ああ。強力な装備を渡したうえで、さらに強化魔法で能力値を大幅に上げてから格上の魔獣とサシで戦ってもらう」
「……それでは基礎レベルは上がっても、スキルレベルの伸びが悪い。それに強力な装備に頼りきりになると、自身の強さを誤る危険性があると思うんだが」
ボサボサ緑髪のメイバール(略称『メイル』)が、提示したレベリング方法に対して意見を述べてきた。
至極真っ当な意見だし、普通なら誰でもそう思うだろう。
「その通り。だが、まずはある程度能力値を上げないと組手すらまともにできないんだよ」
「? どういうことだ?」
「んー、こう言うと気を悪くするかもしれんが、ぶっちゃけ今のお前ら脆すぎます。どれくらい弱いかと言うとこのヒヨ子の足元にも及ばないくらい弱い」
『ピッ』
肩に乗ってるヒヨ子を指で撫でながらそう言うと、囚人たちの目つきが幾分か険しくなった。
特に金髪ツンツン少年ジフルガンド(略称『ジルド』)が露骨に不機嫌そうにしてる。
「アンタ、少しオレらのこと舐め過ぎじゃねぇか? 素直にこう言えばいいだろ、『真面目に鍛えるのなんか面倒だし、とりあえずレベルだけは上げてやるからその通りにしろ』ってな」
「ふむ、そんなふうに思えるのかい?」
「そうとしか思えねぇよ。結局のところ、アンタらはオレらのことを罪人としか見てねぇんだろ。昨日あの姉ちゃんの呪いを解いたのも冤罪だから助けたってだけで、それ以外のオレらのことなんかゴミみたいなもんだと思いやがって」
そっかー、そういう感じに思われちゃうかー。
赤の他人を鍛えるのって難しいね。鍛える前から文句満載だもん。
やむを得ん。
「ヒヨ子、ゴー」
『ピッ!』
「え? ブヴォヘァッ!!?」
合図の後にヒヨ子が俺の肩から降りて、ジルドに向かって突進。
それに反応すらできずヒヨ子のパンチをモロに顔面へ喰らってしまい、きりもみしながら吹っ飛んだ。
……大丈夫か今の。あ、生きてる? セーフセーフ。
「あー、言い忘れてたがこのヒヨ子はLv86でしかも固有魔獣だ。要するにSランク中位から上位相当の怪物だから滅茶苦茶強いぞ」
「な、なんだ、って……?」
殴られた頬を痛そうに押さえながら、虫の息で答えるジルド君。
下手したら今ので死ぬんじゃないかとヒヤヒヤしたが、ヒヨ子が上手く手加減したみたいだな。
レイナとヒヨ子は魔王を討伐した後もしばらく各地で強力な魔獣を狩る仕事をしていたようで、現在はレイナがLv87、ヒヨ子がLv86ある。
俺が目覚めた時点じゃLv82だったのに、いったいどんな魔獣を討伐していたのやら。
「今は『幼生擬態』を使ってるから能力値が半減してるうえに、思いっきり手加減してその威力だ。もしも俺たちとの組手中に手元が狂ったり加減を誤ったりしたらうっかり殺しかねない。そういった事故を防止するために今は基礎レベルを上げて能力値を鍛えろっつってんだ。おわかり?」
「くっ……!」
「スキルレベルについてはその後でも遅くない、というかぶっちゃけ今のレベルだとそれほど気にしなくていい。レベルが上がった後にヒヨ子やレイナと組手してりゃガンガン鍛えられる。今はなにも考えずレベリングだけしてろ」
「……わかったよ……くそ……」
悔しそうに歯噛みしながら、しかし文句を言わず引き下がるジルド君。
うむうむ。身体で分からされたから素直に従うけど、きっちり悔しさを感じてるな。ああいう子は伸びる。多分。
「あ、ちなみにレイナのレベルはLv87もあって、今のお前の三倍あるぞクソ親父。親として恥ずかしくないの?」
「う、うるせぇ……!」
レイナの親父にも嫌味を言って煽っておく。
こうでも言っておかないと、こいつやる気出しそうにないし。
事前説明も済んだので、装備を配布。
オリハルコン製やらヒヒイロカネ製やらの武器を手渡して、ダメージ減退効果のある装備も着込ませておく。
こういったレア金属を使った装備は重くて低レベルの人間には本来扱えないが、アルマの強化魔法で能力値を上昇させれば問題なく振るうことができるはずだ。
「準備は終わったなー。はい、ではレベリングを始めます」
「これから魔獣を探せばいいのか? こんだけ広いと見つけるだけでも大変そうだな……」
「いや、魔獣はこっちで運んでくるからお前らはただひたすら魔獣を狩り続けてくれ」
「は、運ぶ?」
「うん、こんな感じで」
魔力飛行で、手ごろな魔獣のいる場所まで高速移動。
『コケッ!?』
おあつらえ向きにシルバーコッコがいたので捕縛、拉致。そのまま元の位置まで運送。
ここまでの経過時間、約2秒。
「はい持ってきたぞ、存分に殺りなさい」
「え、いや、え!? き、消えたかと思ったら、銀色のニワトリと一緒に帰ってきた!?」
『こ、コケッ!! コケェッ!!』
「ほら早く狩れー。ボーッとしてるとせっかく捕まえたのに逃げちまうぞー」
「わ、分かったよ! いくぞニワトリ野郎ッ!」
レベリングの流れとしては、俺たちが魔力飛行で魔獣草原にいる魔獣を囚人たちの所まで運んで、運ばれてきた魔獣を囚人たちが狩って経験値を得る。
こうすることで、魔獣を探す手間が省けてタイムロスなくレベリングを進めることができるというわけだ。
レイナのレベリングもこうやってたっけ。なんだか懐かしいわー。
「おぉらぁっ!!」
『コケッ!? コッ……!!』
ジルドが片手用の手鎌を振るうと、まるで雑草でも刈るかのようにニワトリの首が切れた。
ふむ、これくらいの魔獣なら問題なく倒せるか。
てか、鎌を武器に使う人間を見るのはこれが初めてかもしれない。
ダイジェルのダンジョンで手に入れた鎌を残しておいてよかった。そもそも他に使う人間が見つからなかったから余ってただけなんだけれど。
「あ、あれ? やけにあっさり仕留められたな。コイツ、そんなに強い魔獣じゃないのか?」
「いや、そいつはシルバーコッコっていう魔獣でLv36だ。つまりお前の倍だな」
「はぁ? それにしちゃ手応えがねぇぞ? 動きもすっトロいし」
「アルマに強化魔法をかけてもらったからだ、こいつらが弱いんじゃないよ。その鎌もヒヒイロカネ製だしな」
んー、レベルが二回り近く上の魔獣でも苦戦しないのは嬉しい誤算だ。
今のを仕留めただけでLv18だったのがLv20にまで上がった。このペースなら今日中にLv30台にまで上げることも可能かもしれない。
『ガルァッ……!? カッ……!』
青髪ロングのミラカラーム(略称『ミラーム』)が鞭を振るって、オオカミ型の魔獣を真っ二つに切り裂いた。
……鞭ってあんなふうに斬れるもんだっけ? せいぜい皮膚を傷めつけたりする程度かと思っていたが、どうやら侮っていたようだ。
スキルの力って恐ろしいね。
「ふぅ、いきなり実戦なんてどうなるかと思ったけど、思ったよりはなんとかなりそう―――」
「はい次ー」
『ミギャァァァアアアッ!!』
「ちょ、早いわよ!? もうちょっとペースを落としてよ!」
オオカミを討伐して一息つこうとするミラームに向かって、追加のウサギ型魔獣を投下。
休み休みできると思うな、戦い続けろ。
「ああ、言っておくがサボるためにわざと戦いを引き延ばしたりしようとするヤツには、容赦なく追加の魔獣を次々投下していくからそのつもりで」
「ぐっ……!」
さっきに比べて明らかに動きが鈍いミラームに忠告しておく。
図星を突かれて苦々しい表情をしながら、渋々ウサギを鞭で貫いた。
鞭なのにまるで槍のような貫通力だ。あれ、鞭って実は強武器だったりする?
レベリングも順調に進んで、そろそろ昼食にしようかと全員集めようとしたところでちょっと問題発生。
「うぉおおおこっちにくんじゃねぇぇぇええっ!!!」
『ゴルヴァァァアアっ!!!』
「おいコラクソ親父! 逃げるなっす!」
「バカ野郎! テメェなに連れてきてんだ!? そんなバケモン相手に戦えるワケねぇだろ!」
んー? 他に比べてなんか全然レベル上がってないのが一人いると思ったら、レイナの親父のギルカンダやん。
レイナが運んできた魔獣と追いかけっこしてるみたいだが、今は走り込みの基礎錬じゃなくてレベリングの時間やぞ。なにしとんの。
「能力値上がってるからこれくらい余裕で倒せるっすよ!」
「いやいやいや無理無理無理! なんだそのデカすぎるトカゲは! どう見ても一人で倒せるヤツじゃねぇだろ!」
レイナが連れてきたのは、以前イケおじパーティが仕留めていた亜竜大トカゲ『メドゥリザード・クリムゾンスケイル』だ。
Lv59で、本来ならレイナの親父が逆立ちしても勝てるような相手じゃない。
だがアルマの強化魔法を舐めてはいけない。
なんせ魔力操作で強化値を上乗せした超強化だ。
たった300ちょっとしかなかったクソ親父の能力値が、強化後は1800を超えている。
今ならこのトカゲをソロで撃破することも充分可能なはずだ。
「コラー! せっかく強化してもらった力を逃げるために使うなっす!」
「うるせぇ! テメェやっぱ私怨混じりで連れてきてんだろ! 殺す気満々じゃねぇか!!」
「はいはい、ちょっとストップ」
「うぐぉっ!?」
『ゴヴォアァッ!!?』
逃げ回るダメ親父と大トカゲを魔力操作で拘束し、追いかけっこを中断。
……まったくこのクソ親父は。
「おい、今のお前は特級職クラスの能力値をもってるんだ。相手はAランクの魔獣だが充分戦える。武器もオリハルコンの短剣だから楽に斬れるはずだぞ」
「む、無理だ……! へ、下手したらまた、また腕を喰われちまう……!」
「腕?」
「あ、あの時、オレの腕が、ボリッて音と一緒に無くなって、それをガリガリと、喰ってて、う、うぅぅ……!!」
……どうやら、以前魔獣に腕を喰われた時のトラウマが蘇ってしまっているらしい。
コイツの腕を喰ったのもトカゲ型だったのかな? まあどうでもいいや、
こんな状態で魔獣を狩れっていうのもちと難しそうだなー。
仕方ない。ホントはこんなことしたくないけど、仕方ないね。
「分かった、お前は戦わなくていい」
「え、カジカワさん!? なに言ってるんすか!」
「ほ、本当か……?」
「ああ。もう一度言う。『お前は』戦わなくていい。だから―――」
拘束しているクソ親父の手に、禍々しいデザインのナイフを無理やり手渡して握らせる。
それと同時にクソ親父の全身に気力・生命力をブレンドした魔力を纏わせた。
「な、なんだよこのナイフ……!?」
「そいつは、えーと、アレだ、呪いのナイフでな。それを握っている人間の身体を動かして、自動で敵を倒してくれるというステキ装備だ(嘘八百)」
「の、呪い……!?」
「ああ。お前の代わりにそのナイフが戦ってくれるから、安心して身を委ねてろ。はい、じゃあレベリング再開ね」
「オイ待てちょっと待て! な、なんで身体が勝手に動いて、う、うわぁぁあああっ!!?」
クソ親父に纏わせた魔力を操作して、強制的に身体を動かす。
今のお前は俺の魔力パワードスーツを着ているのと同じ状態だ。存分に戦え。
ちなみに渡したナイフは呪いのナイフでもなんでもない、デザインが痛々しいただのアダマンナイフだ。作った人間の厨二心が窺えますね。
「うおぉぉおおわああああ!!?」
『ぐ、グギャァッ!!?』
「す、すげぇ速さだ……! あの大トカゲの身体が、どんどん切り刻まれてやがる!」
操られるままにナイフを振るい、大トカゲの指やら尻尾やらを斬りまくるクソ親父。
超高速で動くその姿をはたから見てると、さながら超一流の戦士のようだ。
本人は生きた心地がしないだろうけどな。
『ぐ、ゴギャァァァアアアッ!!』
「あ、危ない、デス!」
しかし大トカゲもやられっぱなしじゃない。
激しく暴れて牽制し、四足獣スキル『轟突進』でクソ親父を仕留めようとしてきたのを見て、ルルベルが注意を促してきた。
本来ならイケおじパーティのようなAランクパーティが弱点を熟知したうえで、入念に準備してようやく倒せるレベルの魔獣だ。
アルマの強化魔法があれば倒せるっちゃあ倒せるけど、楽勝とはいかないだろう。
しかし俺の魔力パワードスーツを甘く見てはいけない。
「ぬおぉおわあぁっ!!?」
『ゴベグァッ!!?』
「ギャアアアァァァアアッ!! あ、あ、あし、ま、股、がぁぁ……!!」
大トカゲの轟突進に合わせて、クソ親父が打ち上げるように蹴りを放ち迎撃した。
本来なら質量差に圧倒されてそのまま押し潰されるところだろうが、魔力パワードスーツの膂力はそれすら覆して大トカゲを蹴り倒した。
……股関節をほぼ180度開いての迎撃だったので、股が裂けてしまったようだが。
「あー、言い忘れたがその呪いのナイフ割とドジっ子みたいで、時々今みたいに無理な動かし方したり、曲がらないほうに身体を曲げたりすることがあるから注意な」
「ふ、ふ、ふざけんじゃ、ねぇぇ……!! も、も、もう、動けねぇ、よ……!!」
『グギャァァアアアッ!!』
「はい、まだ生きてるぞ。続けろー」
「や、やめ、ろぉぉ……!!!」
そんなこんなでクソ親父による大トカゲ討伐は続き、5分後には見事にソロで討伐することに成功していた。
「あ、あが、が、が………!!」
「……だ、大丈夫デスか? 生きてマス……?」
腕や足が怪しい方向へ曲がってたり白目剥いてたりしてるが、一応生きてはいる。
死んでなけりゃ生命力操作ですぐ治せるし無問題。レベルもLv29から一気にLv35にまで上がった。上出来だ。
「やればできるじゃないか。さて、午前のレベリングはここまでにして飯にするか」
「て、てめぇ……! 後で覚えてやがれ……!!」
「なあ、午後からは自分で魔獣と戦うか? それとも引き続き呪いのナイフに―――」
「自分でやる!! もう二度とそんなもん握らねぇぞオレぁ!!」
「ならヨシ」
うむ、どうやらトラウマは克服できたようだな。
恐怖体験が原因で魔獣と戦えないのなら、さらに大きな恐怖で塗り潰してしまえばいいというわけだ。
いやー目論見が成功したようでよかったわーはははー。
うーむ、この調子でいけば一週間弱程度で上級職くらいにはなれそうだな。
ただ、特級職になるためにはこのテリトリーでのレベリングだけじゃ駄目だし、機を見てもっと危険な場所でのレベリングに切り替えるとするか。
さーて、今後の方針も決まったしメシだメシ。




