最初のふるい
うわ、もう午前三時やん……今日も仕事なのに(;´Д`)
第4大陸の冒険者ギルド本部。
第1大陸の総本部ほどじゃないが、ここもかなり規模の大きい施設で貴族の敷地も真っ青なほど広い。
なんでこんなトコにいるのかというと、先日冒険者ギルドのグランドマスター、略してグラマスから頼まれた戦闘職の育成が今日から行われるわけで。
これからひと月の間、クッソメンドクサイ仕事を続けなければならないと思うとちょっと気が滅入りそうだ。
いや、パーティの皆やラディア君とかヒューラさんとかを鍛えるなら、気心が知れてる分さほど負担にはならないんだけどね。
これから鍛える相手は赤の他人。テンション下がるわー。
だが、これも希少食材を自由に手に入れて食うための試練だと思えば耐えられなくはない。
これが終わったら世界中飛び回って色んなもん食いまくってやろう。
アルマも日が浅いとはいえ妊娠中だし、良いもの食べさせてやりたいしな。
で、そのギルド本部の中にある、日本にある学校の教室みたいに机がいくつも並んでいる部屋の中を覗いてみると、およそ三十人ほどが席に座っているのが見えた。
うーむ、予想はしていたが多いな。
「うわ、ガラ悪い人たちが大勢いるっす」
「そりゃそうだ。あそこに集まってるの、全員服役中の囚人たちだし」
「……どの人も、怪我してる」
「みたいだな。……話には聞いてたが実際目にしてみると、な」
俺たちが担当するのは、第4大陸で罪を犯して牢屋にぶち込まれていた囚人たちらしい。
……他の班は未熟な冒険者とか軍の新兵とかを担当してるらしいのに、なんで俺らにはこんなのを回してきてるんですかね。
しかも、その全員が身体のどこかが欠損しているというおまけつき。
指や耳が欠けてるくらいならまだいいほうで、中には腕が無かったり義足だったりするのもいる。
さて、最初の挨拶が終わった時点で何人残るかな?
グラマスにも言っておいたが、この全員を鍛え上げられるほど俺らはキャパ広くないからふるいにかけて厳選する必要がある。
といっても才能とか実力の強弱で選り分けるつもりはない。もっと単純なところで選びたいと思ってる。
部屋の中に入ると、囚人たちが一斉にこちらを睨んできた。
目つきだけは一人前だな。さて、どうなるか。
……なんだか不良だらけのクラスの担任にでもなった気分だわ。
「はい、皆さんもうお集まりのようですね、おはようございます」
「……」
はい無視。想定の範囲内。
むしろ元気よく挨拶を返されたりしたらどうしようかと。逆に困ってただろうな。
「えー、もうご存知かと思いますが、皆さんに今日ここに集まっていただいたのはこれから一ヶ月間ほど、強化合宿というかレベリングというか、まあ要するに修業の場に参加していただくためですね」
「あーちょっといいスか? いきなり出てきてペラペラ喋ってますけど、アンタ誰?」
自己紹介の前にこれからのことを説明してたら、一番前の強面眼帯ハゲにツッコまれた。
「はい、まずこれからすることの概要ほど先にお伝えいたしますので、その後に―――」
「つーかよぉ、他のトコでも似たような話があるって聞いてるんだけどよぉ、Sランク冒険者だの特級職の超エリートだの高名な教官たちが鍛えるって話だぜ? アンタも冒険者みてぇだけど、今年で何年目? ランクは? レベルは?」
「えーと、まだ一年も経ってませんね。あ、ちなみにこっちの彼女は三年目に突入したばかりで、こっちの子もまだ一年目です」
そう言うと、さっきまでこっちをなめた目で見ていた囚人たちが、より一層小馬鹿にしたように態度を崩した。
……うん、まあそういうリアクションになるよね。
狙ってそういう言いかたしてるしね。
「で、いい歳してまだ一年目の冒険者サマが、オレたちの教官になるって? なめてる? オレ、Lv40超えてるよ?」
「むしろオレらがアンタを鍛えてやろうか? ハハッ!」
「ああ、そっちの嬢ちゃんたちも一緒にどうだい? 特別にたっぷり鍛えてあげるゼェひゃははっ!」
あーはいはいテンプレテンプレ。
予想通り過ぎて笑いそうになるくらいベッタベタな言い分だわ。
「はい、皆さんの言う通り私は若輩者であり、教官としての責務を全うできないのではないかと不安がるのも頷けます。そこで、最初に選択の機会を設けたいと考えている次第でして」
「ああん? 選択の機会だぁ?」
「はい。このまま私のもとで鍛えられるか、あるいは他の教官の方々に鍛えていただくか、選んでいただきます」
はい、まずふるいにかけましょう。
そもそも俺の下で修業するかどうかを、彼ら自身に選ばせてやります。
「剣王や星割斧王といった特級職、あるいは勇者様でもかまいません。希望する方の下へつき、そちらで鍛えていただくように手続きを変更することができます。極端な話、この場にいる全員が他の教官のところへ移っていただいても構いません」
「へぇぇ、じゃあオレが勇者のトコで鍛えてもらいたいって言えば、そっちで面倒見てもらえるってか?」
「ええ。勇者様の下で教えを請えば、一月後には別人のように強くなっていることでしょう。また、その後の奉仕活動で成果を上げれば刑期の短縮や、欠損した部位の治療などの恩赦も出ることでしょう。もちろん、配置換えなどによるペナルティなどは一切ありません」
「要するに、アンタのところでいちびっていて得することはないわけだ。ならオレぁ勇者サマんとこにでも世話になるとするかねぇ」
「オレも勇者のとこいくわー」
「オレ様ぁ剣王デュークリスのとこで鍛えてもらうぜ。こんな若造なんかのトコにいるよかよっぽど有意義だろうからなぁ、はっ」
はいはいはい、勇者様のところへ七人、デュークリスさんのところへ五人、ヒュームラッサさんのところへ三人、あと他の人たちも配置換え希望ですねー。
ははは、非常にスムーズに話が進んでいってなにより。どんどん部屋から人が出ていってもうわずかな人数しか残っていない。
事前に他の教官たちへはこういう話になるって伝えておいたし、特に問題なく受け入れてもらえるだろう。
……あちこち欠損しているうえに長年の囚人生活によって鈍り切った身体で、他の教官の修業に耐えられるかは知らんがね。
で、最終的に五人だけ他へ移らず残った。物好きだね君たち。
……いやー、ホントこちらの思惑通り過ぎて怖くなってきたわ。
残った人数が絶妙すぎる。事前にグラマスと話してた『鍛えなければならない最低人数』のノルマピッタリやん。
これで規定人数未満にまで数が減ってたら、他の大陸の人間も加入するかまた相談することになってただろうな。
「さて、まだ残っている人たちは私たちの下でこれからひと月の間修業することになりますが、それでよろしいですね? なにか異議があるのであれば今のうちにどうぞ」
そう言ってはみたが、誰も彼も口を開こうとしない。
文句なら今のうちに言っておけ。後で泣こうが喚こうが容赦しないぞ。
残った五人の囚人たちだが、なんというか、まとまりがないというか、似通ってるヤツが一人もいねぇ。
一人目は『メイバール』という青年。緑のボサボサな短髪で歳は俺と同い年。Lv34。
右足が義足になっているうえに、あちこちに痛々しい拷問の傷痕が刻まれている。
罪状は殺人。なんでも、かたき討ちを果たした後に自首して以来ずっと死んだように周りの指示に従いながら生きてるとかなんとか。
しょっぱなから重いわー。上手くコミュニケーションとれるんだろうか。不安だ。
二人目は『ジフルガンド』君。金髪ツンツン頭の少年。16歳。Lv18。
左手の小指と薬指がない以外は特に大きな傷はないが、なんというか野良の猛犬のような鋭い目つきでこちらを睨んでいるのが気になるな。
罪状は窃盗。しかも全部成人前の犯罪。盗んだものは主に食料品や換金できそうな装飾品ばかりで、捕まった際にケジメをつけさせるために指を切り落とされたとか。
悪いことしたとはいえ、子供のエンコなんか詰めたるなよ。
三人目は『ミラカラーム』という青い長髪の女性。20歳。Lv25。
こちらは両脚ともなくなっており、車イスに座っている。
罪状は結婚詐欺。騙していた男に詐欺がバレて逃げ回っていたところで高所から落下し、その際に脚が曲がっちゃいけない方向へ曲がった挙句、切断するしかなくなったとか。
足がないため、まともに働くこともままならなくて扱いに困ってるとかなんとか。
……自業自得とはいえ、ちょっと気の毒だ。
四人目は『ギルカンダ』。レイナの親父。Lv29。
左手がない。クズ。以上。
そして五人目だが……ちょっとこの子だけ問題あり。
『ルルベル』 銀髪褐色肌の女性。18歳でLv28。
罪状は家族全員の殺害。元貴族。
一家全員が死亡したため現在は没落。唯一の生き残りの彼女が犯人とされているため、貴族としての家名も剥奪されたうえで投獄されたらしい。
しかし、解せぬ。
「……君は、冤罪か?」
「っ!?」
そう聞くと、さっきまで死んだ魚のようだった目が見開き、僅かに光が差したように見えた。
なんでそんなこと聞いたかって? だってキルログに人間の名前なんか一つもないし。
どう考えても罪を着せられてるだけじゃないですかーヤダー。
……ああ、どいつもこいつも問題児ばっかじゃねーか。グラマスあんにゃろう。
こうなったら全員特級職クラスまで鍛え上げてやるわ。ややこしい話はその後だこの野郎。




