産まれる前から大騒ぎ
はい、ひとまず一件落着ですね。
……なんか最後に如月さんが世迷言ほざきそうになってたけど、俺はなにも聞こえなかった。いいね?
応援として呼び出した一茶組の人たちが、窓をぶち破って放り出された如月さんを見て『まるでアクション映画のワンシーンみたいだった』とか言ってたけど暢気すぎるやろ。
カチコミ用にチャカやらドスやらバットやら持ってたけど、特に出番がないまま退場。お疲れ様です。呼び出したの俺だけど。
なんか一部の人に性転換してる俺を見られて『唯ちゃん生きてたの!?』とか驚かれたけど、この人たちもお袋の知り合いだったのか?
……今になって母親の交流関係の物騒さに軽く戦慄してるんですがそれは。
「ゆ、ゆ、唯ぃぃいいっ!!?」
「お、お前、生きて、え、でも遺骨、え……?」
「落ち着け」
で、改めて実家に帰ってきたところで先に帰っていたジイさんバアさんからもめちゃめちゃ驚かれる始末。
……今更だけど、いきなり故人にそっくりな姿になって親しい人たちの目の前に現れるのって倫理的にかなり問題ある気がしてきた。
少なくとも面白半分でやっていいことじゃないよなぁ……。
「如月さんを励ますために一時的に性転換しただけだ。明日の今ごろには元通りになってるよ」
「性転換って、アンタ……」
「まあ空飛んだり瞬間移動なんかもできるみたいやし、そんくらいできてもおかしくないか。……孫がどんどん人間離れしていって複雑じゃよ儂ぁ……」
うん、まあ、これは薬の効果なんだけどね。
ちなみにアイテム画面には軽く1000錠くらい同じ薬が入ってたりします。いつの間にこんなに入ってたんだ……?
多分、ネオラ君のメニュー画面経由で勝手に送り付けられたもんだと思うけど、普通こんなもん使う機会ないやろ。
「それにしても、よく戻ってきたねぇ光流。元気そうで安心したよ」
「御無沙汰してます。バアさんも達者なようで」
「おう、いまだに儂をボコボコにできるくらいには元気じゃぞ」
「そうそう。実践してみせようか?」
「スンマセン勘弁してください」
「それに、こんな若い別嬪さんまで連れてきてぇ。ひ孫の顔は近いねこりゃ」
「一年くらいしたら見れるかもな」
「……え? マジ? おめでたなのは黒髪の子? そちらの金髪の子? それともまさかアンタが産むのかい!?」
「なわけねーだろ!!」
嫁だのひ孫の顔云々のやりとりはもう済んでるっつーの。
……今日はもう休もう。積もる話はあるが、色々ありすぎて疲れたわー……。
前もそうだったけど、どうにも性転換したまま眠ると夢見が変なことになるから嫌なんだよな。
今回もなんかコワマスみたいな赤い長髪の女の子と殺し合ったり金髪のショタっ子相手に泣きながら口喧嘩してたりとか訳分からん夢見たわ。
で、翌日。
朝食後に少し休んで、いつか実家に帰ったらと予定していた用事を済ませに行くことにした。
「なんじゃ、もう帰るのかいな」
「いや、もう少しゆっくりするつもりだけど、ちょっと用事がな」
「どこへ?」
「墓参り」
「あー……まあ、ゆっくり拝んできな」
毎年、どれだけ忙しくても必ず両親の墓参りは欠かさなかった。
その度に『死んでも親離れできないとかとっつぁん坊やかお前は』とかクソ上司から言われてたりもしたけど。
俺が異世界に飛ばされたのは2018年の12月末日。
21階層に繋がっていたのは2020年だから、去年は顔を見せることができなかったことになる。
実際は一年に満たない、しかし濃すぎる日々を送ってきたわけだが。
「私も、一緒に行っていいかな」
「ああ、きっと喜ぶよ」
俺の両親に顔くらいは見せておきたいと、アルマも同行することに。
……できれば、生前に会わせたかったな。
十分ばかし歩いたところにある墓地へ着いて、軽く掃除をしてから花と水と米を供えて線香を立てた。
パラレシアの墓参りは花だけを添える簡素なものらしく、米や線香を供える風習をちょっと怪訝そうにアルマが手伝っていた。
手を合わせて、しばし心の中で祈るように語りかけた。
お袋、去年は墓参りできなくてごめん。
21階層で会ったけど、あれってやっぱ記憶だけを持ったニセモノだったのか、それともお袋が乗り移ったものだったのか?
どちらにせよ、あの時の言葉のおかげで肩の荷が下りました。
今後はしっかり気張って、お袋がそうしてくれたように家族を幸せにできるように努めようと思います。
親父、まともに会ったこともないけど、アンタはどんな人だったんだろうな。
これまでさして気にも留めてなくて申し訳なかった。
でもいざ父親になる立場となると、少しアンタのことを知りたくなってきた。
きっと、俺なんかと違ってしっかりとした人だったんだろう。
荒事は苦手だって聞いてたけど、お袋が三佐組にさらわれた時には男を見せる度胸があったらしいじゃないか。
俺と違って、ステータスだのなんだのといったもんもなかったのに。本当に尊敬するよ。
俺も、アンタみたいに大切な人のために命張る覚悟を持ちたい。
……ご立派な理想ばっか語ってるけど、あくまで目標です。
多分、俺一人にできることなんかほんのちっぽけなことくらいだと思う。
腕っぷしばっか鍛えてばかりで、大事なもんがまるで見えてないってことを昨日思い知らされましたとも。ええ。
アルマを不安にさせないためにも意地張って強がる場面も多々あることでしょう。
きっと俺のほうが助けられてばかりになるかもしれませんけどね。
親になるにはまだまだ未熟な面ばかりの若輩者ですが、よろしければどうか温かく見守ってやってください。
それだけ告げて、帰路についた。
ちなみに祈っている最中に『ヒカルの妻になりました、よろしくお願いします』とかアルマが小声で言ってるのが聞こえた。簡潔ですね。
墓参りから戻ると、バアさんが茶を用意して待っていてくれた。
……留守番してたレイナとヒヨ子が茶菓子を食いまくってるのが気になるが。
「このモチモチしたお菓子、すっごい美味しいっす! 見た目は泥団子みたいなのに!」
『ピピッ!』
「ははは、レイナちゃんたちはおはぎが気に入ったみたいだねぇ。でも泥団子呼ばわりはひどくないかい」
「すんません。あっちの世界じゃ餡子が一般的じゃないみたいなんで許したってくれ」
「気にしてないよ。にしてもよく食べるねぇ、腕によりをかけて作った甲斐があるってもんさ」
バアさんが追加で運んできたおはぎを次々と頬張るマスコットたち。ちょっとは遠慮しろ。
つーかレイナ食いすぎだろ。太るぞ。
≪死亡して地球人のリソースを取り込んで蘇生した際、スタミナの仕様なども梶川光流とほぼ同じ仕様へ変化したため太りにくくなった模様。スタミナの最大値を超えて摂取しない限りは肥満にはならないと推測≫
なにそれ便利。
……待てよ、俺ってスタミナの補給を食事だけで賄おうとするととんでもない量を食う羽目になるけど、この子は?
≪……生活に必要なエネルギーのみならば常人並で充分だが、スタミナの補給には梶川光流と同じように大量の食料を摂取する必要がある模様≫
訂正! なにそれすっごい不便!
アルマも『プロフィール』の分のスタミナ補給にめちゃめちゃ食うようになったのにレイナまで大食いになっちまった。
……食費だけでパーティの家計が火の車なんですがそれは。いやそもそも俺が一番大食いなんだけれども。
≪梶川さん、おはよう。こっちは全員起きてメシも済んだけど、そっちは?≫
≪あー、了解。もうちょっとしたら合流するわ≫
しばらく茶をしばきながらまったりしてると、ネオラ君からチャットが届いてきた。
……もうそんな時間か。
「悪い、そろそろお暇させてもらうわ」
「おや、もう帰るのかい? もっとゆっくりしてけばいいのに」
「ゆっくりするのはまた今度な。帰ろうと思えばいつでも帰れるから、また近いうちに顔出すよ」
「そうかい。……にしても、アンタが父親になる日が近いとはねぇ。なんだか夢でも見てる気分だよ」
「唯が正十に嫁入りする時もおんなじこと言っとったじゃろお前」
「まあね。あの時はホントにビックリしたねぇ。天真君差し置いてどこの馬の骨とも知れない優男連れてきた時にゃ仰天しちまったよ」
この言いかただと、前々から交流があったわけじゃなくてある日突然連れてきたみたいな感じだったんだろうか。
つーか親父ってお袋とどうやって出会ったんだろうな。
「親父って、そもそもどこからきたんだ? 幼馴染ってわけでもないみたいだけど」
「えーとね、なんか街中でヤンキーに絡まれてるところを助けられたんだってさ」
「え、親父って荒事苦手だって聞いてたけど、普通に強かったの?」
「いや違う。ヤンキーに絡まれてたのは正十で、助けたのは唯じゃよ」
いや、助けられたの親父のほうかよ! オメーもかよ!
……俺もアルマに助けられた手前あんま偉そうなこと言えんけど、親子共々嫁に助けられるのが出会いのきっかけとかどう見てもヘタレの血筋じゃないですかーやだー。
「ヤンキーをボコって撃退したはいいけど、ビビって腰抜かした正十を介抱するため一緒に喫茶店で一服して、その時に連絡先を交換して以来よく会うようになったとか言ってたね」
「……聞けば聞くほど親父が情けなく思えてくるんですがそれは」
「で、ついには結婚するところまで距離が縮まったところで、当時三佐組若頭補佐だった如月が唯をさらって無理やり駆け落ちしようとしたのが騒ぎの発端じゃ」
「『唯が幸せならそれでいい』と最初は言ってたけど、あの小泉とか言うゴミに唆されてバカやらかしたってわけさ」
つーかその小泉はどうやって如月さんに接触したんだろう、とか思いそうになったけどよくよく考えたらあいつは異世界帰還者だ。
多分、精神系のスキルかなんかで不信感を抱かないように友好関係を結ぶスキルかなんかを使ったんだろう。
ちなみに、三佐組のことを嗅ぎまわっていた記者を殺して○○湾のドザエモンにしたのも小泉だったっぽい。
キルログの中に、その記者の名前もあったらしいし。ほんまロクでもないわーあいつ。一生掘られてろ。
「如月に唯が攫われたことがきっかけで、危うく一茶組と三佐組の抗争になるところだったねぇ」
「え、なんで? たかだか居酒屋の一人娘さらっただけで、なんでそんな大事になるんだ?」
「その唯の夫になる正十が、当時一茶組と三佐組の両方からとある土地を売るように迫られてたんじゃよ。かなり条件のいい土地で、キャバクラでも建てたら繁盛しそうな立地なもんだから、高値で競り合ってたそうじゃ」
「最終的には一茶組が買い取ることになったらしいけど、そこに三佐組の若頭補佐が地主の婚約者を攫ってみたりしたらどう見える?」
どう考えても脅迫の下準備に見えるわな。嫁を返してほしけりゃこっちに土地を売れって感じで。
んー、なんだか話が見えてきた。
「三佐組の組長や若頭はそんなこと知らなかったらしいけどね。要は如月の独断さ」
「そんで、儂とスミレが怒って三佐組に殴り込みに行こうとしたんじゃが、如月の指示で結構な数の組員に邪魔されてのぉ。ちと多勢に無勢でどうにもならんかった」
「正十がもう少し遅れてたら、唯は外国かどっかに無理やり連れていかれてたかもね」
「その時、親父はなにしてたんだ?」
「一茶組と三佐組両方に脅しと交渉をして、唯を取り戻すことと如月を破滅させる段取りをしていたらしい」
「は?」
え、なんだって? 脅しと交渉? 如月さんを破滅? え?
「まず、一茶組には『今から三佐組に殴り込みに行くから手伝え。上手く唯を救出できたら土地はタダ同然でくれてやる。協力しないならそっちの交渉蹴って三佐組に土地を売る』って言って、それを聞いた一茶組は大慌てで協力したそうじゃ」
「よくそんな条件ですんなり話が通ったな。逆に脅されたりしなかったのか?」
「あの土地は相当いいシノギの種になる場所だったし、なにより正十が交渉の際に鬼みたいな形相で話すもんだから、怖すぎて首を縦に振るしかできなかったとか言っとったな。普段の正十からは想像もつかん話じゃが」
「その後、三佐組に『そっちの若頭補佐がウチの嫁さらったからすぐに返せ。知らんなんて寝言ほざいたら一茶組けしかけて全面戦争起こしてやるからな。嫌ならなんとしてもケジメつけさせろ』と言って、組長に状況を説明するのと同時に天真君の動きを封じようとしてたんだと」
「うわぁ……」
極道相手の親父の行動力よ。肝据わりすぎやろ。
ヘタレから一気にヤクザ顔負けの悪役へとイメージが変わっていくんやが。こわ。
「で、孤立しそうになって焦れた如月が、唯を連れて自分と二人だけで車を出して逃げようとしたところで、正十が逃げる寸前の如月のおる場所に直々に殴りこんで、如月を滅多打ちにしとった」
「……後にも先にも、あの時の正十ほど怖い奴は思い浮かばないね」
「……うん、聞く限りだとさすがはヒカルのお父様だと思う」
「カジカワさんの怖いところは父親譲りだったんすねー……」
「いや、俺そこまで怖いことやってる……?」
「うん」「はいっす」『ピッ』
……なんでだろう、親父の血筋を感じられるエピソードなのにあんま嬉しくない。
「で、ボロ雑巾のようになった如月を三佐組の組長に突き出して、二度とちょっかい出せないようにケジメつけさせてから唯と正十はめでたく結婚して、一人の子を授かりました、というのが二十数年前の話じゃな」
「というか、唯が攫われた時点で既にお腹の中にアンタがいたらしいけどね」
「……一歩間違ってたら流産してないかソレ」
「よく無事に生まれてこれたのぉお前」
生まれる前から命の危機に晒されてたのかよ。嫌すぎる。
……別れ際なのにクッソ濃い話聞かされて、なんだかドッと疲れた。
次回で日本編は終了。
次回以降はちょっとまた間が開きますのでご了承くださいまし(;´Д`)




