待て、ちょっと待て
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
次々回あたりで日本編は終わりで、またちょっと間が開くかもです。
小泉をハッテン場に封じ込めてから、すぐに元の場所へファストトラベルした。
戻った時に、アルマたちは『おかえり』とすまし顔。
如月さんとヤクザ連中、あとジイさんバアさんシマコさんは困惑顔。
そりゃいきなり野菜人よろしく瞬間移動してきたらビビるわな。
「はい、ただいま」
「……便利そうじゃのぉ、ソレ」
「実際すごい便利だぞ。こっちでも出勤とかの時に使いたかったわー」
「使いかたが庶民的すぎるわ」
日常生活で瞬間移動とか空飛べたら面白そーとか誰でも妄想すると思うけど、実際使える身として思いつくのは単なる交通手段くらいだっていうね。
ネオラ君なんか漫画の主人公の必殺技(某ストラッシュとか某波とか)を大体再現できるという全国の小学生男子の夢を叶えてるけど、現代日本で使うわけにはいかないし。
……いい加減脳内で話を脱線させる癖を治さないとなー。
多少狼狽した様子だが、なんとか状況を整理しようと如月さんが口を開いた。
「小泉は、どうなった……? 姿が消えたままだが、死んだのか?」
「殺しちゃいない。死んだ方がマシな目に数万年ばかし遭ってもらってるだけだ。あ、詳しくは聞かないほうがいいぞ。下手したら吐きかねん」
「……そうか……」
今ごろガチムチ野郎にたっぷり可愛がってもらってる真っ最中だろうさ。
これまで何人もの人間を破滅させてきて得た数万年という寿命が尽きるまで、これからもずっとな。
発狂したりアッチの趣味に目覚めることができればまだ救いがあったかもしれんが、メニューさんいわく小泉には『精神汚染耐性』というどんな環境下に置かれても正気を保つことができる能力があるそうな。
まあ要するに、この先なにがあっても慣れることはなく嫌悪感を抱えながらずーっとガチムチ野郎に掘られ続けるってことだ。ご愁傷様。
「さて、あのゴミカスとはケリがついたわけだが、如月さん、アンタまだなんかやる気か?」
「……」
そう問いかけると、懐から煙草を取り出し咥えて火を点けた。
近くに立ってた取り巻きがすぐさまライターを準備しようとしてたけど、如月さんはこれを軽くスルー。
もはや条件反射みたいな速さで出してたのに無視したるなや。
深く吸い込んで紫煙を吐いてから、ゆっくりと口を開いた。
「池田の居酒屋からは手を引く。外にいる連中にもそう伝えておくから下がらせておいてくれ」
おっと、一茶組の人たちの応援も到着してたか。
万が一逃げられたりした時の保険として呼んでおいたが、大して意味なかったな。
「……随分とあっさり引き下がるんだな。二十数年も執着してたらしいのに」
「私が求めていたのはあくまで唯だ。いや、そもそもその執着心すら、小泉に煽られて生まれたものだったのかもしれん」
煙草を灰皿に押し付けて、再び溜息を吐いている。
なんというか、憑き物が落ちたというか心底疲れたような顔をしている。
「あれだけ憎かった梶川への復讐も、唯のいた池田の居酒屋に対する執着も、もうどうでもいい。結局のところ、私はこの四半世紀もの間ずっと小泉の手の平の上で踊っていただけのピエロだったというわけだ」
「お、親父……」
取り巻きたちが唖然としている中、ジイさんたちに頭を下げながら如月さんが口を開いた。
「池田さん御夫婦とシマコさん、この度は御迷惑をおかけしました。申し訳ない。賠償等の相談は―――」
「いらんわ」
「あぐっ……!!」
謝罪の途中でジイさんが言葉を遮った。
それと同時に如月さんの横っ面を思いっきりぶん殴った。
「お前はウン十年経とうがガキのまんまだったっつーだけの話じゃろうが。あのクズに煽られただけで大騒ぎしおってからに。自分の感情くらい自分で制御せいっつーんじゃ」
「……」
「はしゃぎすぎた罰は、これで手打ちにしといたるわ。まったく人騒がせな……帰るで、スミレ、シマコさん」
「アンタ……」
「ま、唯のためにあんだけキレ散らかしたその恋心だけは認めたる。じゃあな、天真」
それだけ言って、バアさんとシマコさんを連れてさっさと出ていってしまった。切り替え早ぁい。
んー、なんだかんだ言ってジイさんにとっては如月さんも娘の幼馴染だし、今回の騒ぎもちょっとおイタが過ぎたくらいのもんだったのかね。
バアさんとシマコさんに傷一つでもつけてたらまた話は違ったんだろうけど、どっちも全然元気だったしな。
「……梶川、光流。お前も、私を殴りたければ殴れ。殺したければ殺せ」
さっさと帰っていくジイさんたちを見送ってから、今度は俺に話しかけてきた。いや、だから殺さないっての。
そもそもアンタに関しては特に、あんまり、大して、別に、その、ぶっちゃけどうでもいいし。
なんていうか、今回の騒ぎのヘイトを全部あのクズに持っていかれてこの人の存在感が薄くなったというか。
利用されるだけ利用されて、その元凶をこの人じゃなくて俺が片付けて拳の落としどころが見当たらなくなってるもんだからもう目も当てられない。
あれ? よくよく考えたらもしかして俺のせいでこの人落ち込んでるの?
い、いやいや、あのクズに制裁下せるのあの時点じゃ俺くらいだったし、仕方なかったんだ。うん
……まあ、堀野のガキにステータスを無効化させてからこの人にボコらせるって手もあるにはあったんだけどな。
「バアさんたちが無事ならいいさ。アンタ、お袋の幼馴染みたいだし、あのゴミクズがお袋のことを罵ってきやがった時に怒ってくれたしな」
「……というより、私のことなど眼中にない、と言いたげだな」
「初対面だしな。まあ、アンタのことはお袋から何度か聞いたことはあったけど」
「な、に?」
……皮肉なことに、お袋との生活で親父の話題はあまり出なかったが、如月さんの話は何度か聞いたことがあった。
こうして本人を目の前にしてみると、話の通りの人だという印象だ。
「『空気が読めなくて、相手より自分の考えが先に出てきて、良かれと思ってやったことがありがた迷惑になって空回っているような人』だとか割とボロクソ言ってたな」
「ぐっ……!」
お袋からの思い出話を伝えると、苦虫の酢漬けでも口に放り込んだかのように大きく顔を強張らせて呻いた。
……お袋、優しそうに見えて割と容赦ない言いかたしてたからなぁ‥…。
「『でも、嫌いにはなれなかった。あの人、正十さんとの結婚が決まった時に色々とやらかしてたりもしたけど、その好意は本物だと思ったから』とも言ってたよ。要するに、友人としては普通に仲良しでいたかったんじゃないか? 恋人にはなれんかったけど」
「……っ」
如月さんの話題が出た時は、さほど嫌な顔はしていなかった。
むしろ、懐かし気に楽しそうな顔で笑い話をしていたな。
「……本当は、分かっていた。あいつ、梶川正十を選んだ時点で、もう唯は私のものになどならないということなど、分かっていたんだ」
「でも、諦めきれなかったから戻ってきたってのか?」
「そうさ。私を焚きつけたのは小泉だが、心の底で唯への想いを捨てきれなかったのは紛れもなく私自身の感情だ。それが、もう、死んでいて、迎えるどころか、会うことも、声を聞くことすらっ……」
拳を握りしめながら、声を殺して男泣きしている。
……どうしよう、普通に可哀想だ。
「せめて一目会って、ほんの少しの間だけでも、昔のように話したかった」
「……」
「……長々と、済まなかったな。お前も、用がないのなら早く帰るといい。……悪いがお前の顔を見ていると、ただただ惨めになってくる」
親父の顔に似てるからか、それともお袋と親父の子が目の前にいるという事実を突きつけられているのが嫌なのか。
どっちにしろ普通に失礼な言いかただなオイ。
はぁ、せめて親父じゃなくてお袋に似てりゃここまで邪険にされずに済んだのかもな。
でも俺は男だし親父似です。諦めろ。
あー残念だわー(棒)
≪了解。例の錠剤を投与し、容姿及び性別の変更を実行≫
は?
おいちょっと待て今なんて表示したていうかなんで身体がどんどん縮んでいってるんだいや胸と尻の辺りは逆に膨らんでって待て待て待て待てマジで待ってくれふざけんなオォォォィィィイ!!!
「う、ぁぁぁ……!!!」
「ひ、ヒカル……?」
「か、カジカワさん、いきなりなんで、性別を……!?」
『ピピッ……?』
後ろのほうから困惑したような声が聞こえてきている。
身体の変化は数秒ほどで完了し、気が付いた時には俺の身体は女性のものへと変わってしまっていた。
め、メニューのヤツ、勝手に『性転換の錠剤』を直接胃の中に放り込みやがった……!!
メニューさんテメェなにしくさっとんじゃゴルァ!!
≪性別を入れ替えれば如月天真に邪険にされずに済むと推測していたため、円滑なコミュニケーションのために投与を実行―――≫
嘘だ! 絶対嘘だ!
『なんか面白そうだからとりあえず性転換しとけ』みたいなノリでやっとるだろ! 騙されんぞ!
メニューの仕打ちに内心全ギレでツッコんでいると、如月さんがこちらを見て呆然とした表情をしているのが見えた。
「ゆ……ゆ、い……!?」
違う! 違います! 人違いです!
確かに似てるけど! 自分で鏡を見て死にたくなるほど若いころのお袋にそっくりだけども!
ああもう、めんどくせぇなチクチョウ……。
「違う。性別が入れ替わってるだけで、俺は光流だ。お袋、梶川唯はもういない」
「な……なんでもありか、お前は」
「なぁ、如月さん。……いつまでも死んだ人間のことを引き摺ってウジウジ落ち込むのはやめろ。お袋も、そんなアンタを見たくはないと思うぞ」
「なにを……」
「お袋がな、『人はいつか死ぬ。死んだ人を忘れろとは言わないけど、それにいつまでも囚われて前を向けなくなってはダメだ』って最期に言ってたよ。多分、今のアンタを見ても同じことを言うと思う」
「唯が……?」
嘘は言ってない。この言いかただと事故に遭った後の、今際の際の遺言みたいに聞こえるかもしれんけど、実際は20階層で会った時の言葉だ。
でもそのへんを説明するのも面倒なので省略。
「これまでお袋を想っていてくれてありがとう。これからは、新しいなにかのために生きてほしい、ってお袋なら言うだろうさ」
「……新しい、なにか……」
よし、なんかいい話ふうに纏まったな。
適当にそれっぽいこと言って、さっさと退場しようそうしよう。
「じゃ、そういうことで」
「そう、か。そうか……!」
ん、立ち去ろうとしたところで、如月さんがなにかを悟ったような呟きを漏らした。
その顔は、さっきまでの辛気臭い雰囲気がなくなり、実に清々しい印象を覚える。
おー、適当に励ましただけなのに思った以上に効果があったみたいだ。
うんうん、やっぱ言葉って言うのは言う側がどういうつもりで言ったのかよりも、聞く側がどう受け取ったかのほうが重要だよね。
とか一件落着したと油断しそうになったところで、如月さんが俺の手を掴んできた。
……んんー? この手はなにかな?
「私はこれより、新たな恋に生きようと思う」
待て。ちょっと待て。
なんだか猛烈に嫌な予感ががががががががが……!!
「梶川光流! どうか私と結婚してく――――」
言 わ せ ね ー よ ! !
「そぉいっ!!!」
「どぉぶぉぁああっ!!?」
「お、親父ぃぃぃいい!?」
反射的に如月さんを窓に向かってぶん投げて、全身サブイボものの告白を中断させた。
窓をぶち破って、窓の下に集まってる一茶組の人たちがクッションになるような位置に墜落したから、死んではいないだろう。
それを見て、三佐組の若衆たちが叫喚の声を上げているけどもう知ったことか。
はぁ、はぁ、はぁ、……こっちはこっちでなんだこのオチは。ないわー。




