キルログ
「大体集まったかー?」
「ああ。組長と若頭ももう少しで着くらしい」
「やーれやれ。こんな夜更けにカチコミたぁ、いよいよあの騒ぎの焼き直しじみてきたねぇ」
「殴りこむ相手も三佐組だしな。……いや、正確に言うとあの時は三佐組っつーか如月がバカやらかしただけだったが」
「そんで、ウチら一茶組に応援を頼んでくるのが梶川君の倅ときたもんだ。いやぁ、似てる似てる」
「……パッと見た目はにこやかな優男だったが、ありゃヤバいわ。なんだあの謎の威圧感は。梶川正十もあんなんだったのか?」
「んー、なんというか、息子さんは親父さんにそのまま腕っぷしの強さが加わった感じだと思う。多分」
「なんだよパッとしねぇな」
「つってもねぇ、梶川君……ややこしいから正十君と呼ぼうか。彼の恐ろしいところは喧嘩の強さとかそういうのじゃないんだよ」
「あん? 当時の如月を鬼みてぇな形相でタコ殴りにしたって話だったが、普通に怒ったら怖いって話じゃねぇのか?」
「あの怒りかたは普通じゃないけどね。……彼はね、自分が打ちのめした相手を『可哀想だ』って同情するんだよ。どれだけ許せないことをした相手だったとしてもね」
「はぁ? なんだその甘ちゃん思考は。それのどこが恐ろしいってんだよ」
「いやー……甘ちゃんとは程遠いと思うよ。怖すぎでしょ」
「え、どこが?」
「彼はね、たとえどれだけ可哀想だと思っていても、自分の婚約者をさらった如月を破滅させることに一切躊躇が無かったんだよ。……同情しながらも迷わず淡々と他人の人生を壊す段取りをしていたのを見た時は、マジで寒気がしたね」
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目の前に突如として現れたのは、二十六年経った今でも頭に焼き付いて離れない怨敵の姿。
制裁によって指が欠けたうえに、年相応に衰えが生じ始めた自分と違い、当時とほぼ変わらない若々しさのままだ。
なぜだ。
なぜ、病死したはずの貴様が。
唯はもういないというのに、なぜ、貴様が……!!
「なぜ、貴様が生きている!! 『梶川正十』ぉぉおおおっ!!!」
「……いや、それ親父だって。人違いやぞ」
「な……に……!?」
怪訝そうに目を細めながらそう言う梶川の顔をよく見ると、確かにわずかだが違う。
特に目元が、どこか唯を思わせるような……まさか……!
「光流……! アンタ、本当に光流なのかい?」
「バアさん久しぶり。ヤクザに捕まったって聞いたけど、もしかして自力でなんとかするところだった? 縛ってる縄が千切れかかってるんですけど」
「まぁね。なのにそこのジジイがそのことを如月にチクってねぇ。マジ許さん」
「なにしとんのジイさん。バアさん助けようとしたんとちゃうんかい」
「いや、ちゃうねん。自力で縄をブチブチ千切ろうとしとるバアさんが今にも儂に襲いかかってきそうで怖すぎてつい口が滑っただけやねん」
「あー、なら仕方ないね。ジイさんは悪くない」
「ア ン タ た ち ?」
「「……ゴメンナサイ」」
「敵の本拠地くんだりまできてなにコントやってんのアンタら……」
「あ、シマコさん。御無沙汰してます。ハイ」
緊張感のカケラもないやりとりを目の前で繰り広げているのを見ると、ひどく不快なはずなのにどこか懐かしさを覚えてしまう。
……まるで、かつて唯がいた池田の居酒屋でのやりとりを見ているかのような。
「……さて、悪いが積もる話は後だ。今はそれどころじゃないんでね」
唯を思わせる、池田夫婦へ見せる優し気な眼差し。
それが私のほうを向いたところで、かつての梶川正十を思わせる、一見穏やかなしかし底知れないソレへと変わった。
「初めまして。アンタが如月天真さん?」
「……お前は、誰だ?」
「梶川光流と申します。さっきアンタが言ってた梶川正十の息子だ、ヨロシク」
やはり、そうか。
梶川の、そして……。
「そして、唯の息子でもある、と」
「ああ」
……こうしてかつての宿敵と最愛の女性の間に生まれた人間を見ていると、胸の奥を掻き毟られるような思いだ。
彼女は、本当にアイツを選んだんだと、その事実を突きつけられているようで。
「カジカワさん、冷静っすね。お婆さんがさらわれたって聞いた時は凄く怖い顔してたのに」
「んー、いや、バアさんやシマコさんに傷一つでもつけてたらこの事務所ごとぶっ潰すつもりだったけど、普通に元気そうだしな。アンタ、人質をかなり丁重に扱ってたんだな」
「……唯の御両親だ。当然だろう」
「意外だな。この組のこと嗅ぎまわってた記者がドザエモンになって見つかったって話も聞いてたから、てっきりバアさんたちも乱暴に扱ってるのかと思ったよ」
「? なんの話だ」
「え、あれ、知らない? 組長なのに? ……まあいいや。とにかく、バアさんとシマコさんは返してもらうぞ」
「ヒカルの、お婆さん? 大丈夫、ですか?」
「すぐに切るからちょっと待っててほしいっす」
そう言いながら、この男とともに現れた少女たちが人質を縛っていた縄を切ろうとしている。
この男もそうだが、いったいどこから入ってきたんだ……?
「おうおう、嬢ちゃんたち。なぁに勝手なことしてんだぁ?」
「その婆さんたちは大事な人質なのよぉ。代わりにお嬢ちゃんたちが捕まってくれんのかぁ? ……ごぶほぁっ!!?」
それを止めようと若衆が少女たちに詰め寄るが、肩に手を触れた瞬間に窓へ向かって吹っ飛んでいった。
目にも留まらない速さで、平手打ちをかましたようだ。
……なるほど。この娘たちもまともな存在ではないようだ。
今の私のように。
「おいおい、ぶっ飛ばすのはいいけど方向は考えようよ。窓が割れて落ちたらどうすんの。下手したら死ぬよ?」
「でも大丈夫だったっすよ。この部屋、窓ガラスも含めてものすごーく頑丈みたいっす。なんせカジカワさんが本気で蹴ってもビクともしなかったっすからね」
「ヒカル、あのドア。あのドアから、変な力を感じる。この部屋が壊れないのは、あそこに原因があると思う」
「んん? ……なんか、変な紙が貼ってあるな。なになに、『破壊不能の護符』? ……貼った部屋限定で、あらゆる攻撃を無効化する道具みたいだな。しかも貼ったヤツにしか剥がせないっぽい」
! こいつ、一目見ただけであの護符の効果を看破しただと。
邪魔者が入らないように貼らせたものだが、あれは異世界由来の特別な護符のはずだ。
「あんなもんどこで手に入れたんだ? アンタも異世界旅行にでも行ってたの?」
「……なるほど、どうやらお前も異世界由来の力を身に宿しているらしいな。そちらのお嬢さん方は、もしや異世界から連れてきたのか?」
「まーね。……はぁ、その言いかただとアンタも異世界帰還者かよ。メンドクサー」
「正確には違う。とある筋によって、長い時間をかけて異世界由来の力を手に入れることができたが、異世界に渡ったことは一度もない。正直に言って、本当にこの世界とは違う世界が存在するかどうかすら私は知らない」
「へぇ。……その筋って、アンタの隣にいる奴のことか?」
「……ほぅ、見抜きましたか」
私の隣から、感心したような声が漏れたのが聞こえた。
声の主は、私の側近の『小泉』。
こいつの言う通り、私が異世界の力を得られたのはこの小泉の協力あってのことだ。
小泉は、例の騒ぎが起こる前から私を支えてきた、言わば右腕だ。
……あの事件の際には私が梶川より優れていることを証明するために、あえて小泉の力を借りずに梶川正十と相対したが、無様に負けた。
もしもあの時、小泉とともに戦っていれば、恐らくは負けずに済んだだろう。
「さて、こっちはバアさんたちを返してもらったし、今後池田の居酒屋にちょっかいかけないっていうならこれ以上争う気はないけど、そっちは?」
「決まっているだろう。あの店を、あの場所を手に入れるためならば、たとえ唯の息子だろうが打ち倒すのみ」
「ですよねー。……お袋の言ってた通り、諦めが悪いなー」
「……ふぅぅ……!!」
異世界の力を、解放する。
私が小泉から得た力は、ただ一つ。
ただ強く、ただ、何物にも負けない単純な『力』。
普段は単純に膂力が増す程度の能力だが、相対する者の力が強ければ強いほど、力が加算されていく。
仮にこちらの力が100だとして、相手が10000の力を持っていたとすれば、10100の力を発揮できるという単純な、しかし確実に相手よりも強くなれるというものだ。
この力があれば、たとえあの梶川が相手であろうと負けることはない……!
「では、いくぞ……!」
「……待て」
力を高め、これから喧嘩を始めようとしたところで、梶川の倅が制止の声を上げた。
「なんのつもりだ。今更になって臆したか?」
「いいから、待て。黙ってろ」
……? こいつ、私を見ずにどこを見ている?
「ふざけるな、こちらを向け。あの時の続きを、梶川正十に代わって今度は貴様が――――」
「黙ってろっつってんのが聞こえねぇのかボケェ!!!」
っっ……!!
梶川の倅が発した怒号を聞いた途端に、身動き一つとれなくなってしまった。
まるであの時の怒り狂った梶川正十が目の前にいるかのような恐怖が、全身を強張らせて硬直させている。
な、なぜだ。
私は、強くなったはずだ。今、目の前にいるこいつよりも、僅かだが確実に。
なのに、なぜ勝てる気がしない……!?
「おい、お前……!!」
「……なにかな?」
梶川の倅が、小泉に向けて指を差しながら口を開いた。
目を剥いて、怒りに身体を震わせているその姿は、あの時の梶川正十そのものだ。
だが、なぜ、私ではなく小泉を睨んでいる。
まるで私など眼中にないような振舞いではないか――――
「……なんで今までお前の殺した人間のログの中に、梶川正十の名前があるんだ……!!」
……な……に………?
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