帰省
「アルマも魔力飛行ができるおかげで助かるよ。ちょっと前までは全員抱えて移動してたからな」
「初めのうちは怖かったけど、慣れれば心地いいね。景色が目まぐるしく変わっていくのも、ちょっと楽しい」
日本の夜空を隠れ蓑を被りつつ夜間飛行。
いやー、思った以上に気持ちいいなコレは。
深夜のドライブとはまた違った爽快感。風が感じられるのがバイクのツーリングみたいで実にいい。バイク乗ったことないけど。
「に゛ゃぁぁぁぁぁああああああっっ!!! い゛や゛ぁぁああああああああ゛っっ!!!?」
そんな夜の絶景に俺が抱えている幼女の叫び声が木霊する。
いや、余裕で音速を超えている速度で飛んでいるから木霊なんか聞こえないけど。
「こらレイナ、あんまり叫ぶと誰かに聞こえるだろ。もっと静かにしなさい」
「むむむ無茶言わないでくださいっす!! ここここんな速さで飛んでたら怖いに決まってるっすよぅう!!」
レイナもその気になれば魔力飛行を使えるんだろうけど、まだ俺やアルマほどの速さでは飛べないからな。そりゃ怖いわ。
てか音速超えてても互いの声は分かるんだな。どういう理屈で聞こえているんだろうか。
『ピピッ』
「……ヒヨコは平気?」
『ピッ』
そしてこの鋼メンタルのヒヨ子である。アルマの肩に乗って余裕面で楽しそうに風景を眺めている。
魔獣平原で生まれた直後から一緒に魔力飛行でビュンビュン飛んでたし、こんくらい怖くもなんともないってか。
高速道路沿いに十分ばかし飛び続け、県境をいくつも越えてようやく俺の実家のある県へ着いた。
……相変わらず高層ビルの一つもないな。こんな田舎にビルなんか建てても仕方ないんだろうけど。
人気のない場所へ降りて隠れ蓑を脱いで、徒歩での移動を開始。
レイナがちょっとふらついているけど、そんなに距離ないし大丈夫だろう。
「ふ、ふふふ……何度か走馬灯が見えたっす……クマに追いかけられてる時とかクソ親父の股間蹴ってるシーンとか……」
「……なんでそんな微妙なシーンばっか浮かぶんだか」
ゲッソリした様子で呟くレイナ。怖かったのは分かるが睨むな。
レイナも自力でマッハ超えるくらいの魔力飛行を習得すればこんなことにはならないだろうに。
え、無理? 諦めんな。習得しないと遠出の度にこうなるぞ。
「カジカワさんの実家って、どのあたりなんすか?」
「あの橋を渡った先にある路地の居酒屋。路地に入ってすぐの場所だから分かりやすいと思う」
「ヒカルってお酒が苦手なのに、居酒屋が実家なんだね」
「うん。ジイさんもバアさんも母さんも酒飲みなのに、なんでか俺は酒が苦手なんだよね」
「子供舌っすねー。お酒の美味しさが分からないなんて、人生損してるっす」
「お前はこっちじゃ未成年扱いなんだから酒なんか飲むんじゃねーぞ。通報されるわ」
ホントに俺が酒飲めないのはなんでだろうね。
遺伝子の突然変異か、あるいは親父が下戸だったのか?
……親父は成人してからすぐ病死したらしいから、もう確かめることもできないけど。
橋の先の路地に入り、『居酒屋・池田』ののれんがかかった古臭い引き戸が見えた。
『酒』とシンプルな一文字が記された提灯が、ほのかに店の前を照らしている。
……変わってねーな。最後にここへ帰ってきたのは何年前だったかな。
「おおー、なんというか、その、アンティークなお店っすねー」
「素直にボロくて古臭いって言ってもいいぞ。戦後からほとんど改修せずに続いてる店だしな」
「戦後? なにか、大きな戦いでもあったの?」
「あー、俺が生まれる前の話だし詳しく話そうとしてもうまく説明できん。要は70年前くらいからある店だってことだ」
会ったこともない曾祖父の時代から続いている店だが、未だに潰れていないのは地味にすごい。
滅多に赤字になったりすることもないみたいだし、昔から通ってるリピーターだけじゃなくて新規の客もそこそこいるのかね。
さて、数年ぶりの帰省だな。
居酒屋が営業してるってことは、まだ現役なのか。
でもジイさんも70半ばくらいだし、体調崩したりしてないか心配―――
ガシャァンッ
と居酒屋の引き戸が内側から破られる音が聞こえて、思考が中断された。
中から出てきたのは、ガラの悪い人相でパンチパーマの男二人。
どう見てもヤクザです。本当に(ry
「あ、あがが……!」
「て、テメェ……! こんなことして、ただで済むと思―――」
「やっかましいわぃ!! さっさとこの腐ったおしぼり持って帰れやボケェッ!!」
続いて店の中から木刀を持った人影が出てきて、死にそうな声で脅し文句を漏らしている男たちに向かって少ししゃがれた声で怒鳴った。
……心配するだけ損だった。超元気だったわ。
「ったく、しつこいのぅ三佐組も。……ん、お客さんか? 騒がせてしまって済ま……ん……!?」
這う這うの体で逃げ帰るパンチパーマたちを眺めながら文句を漏らしたところで、俺たちに気付いたようだ。
俺の顔を見た途端に、口を開けて固まってしまった。
「どーも、御無沙汰してますジイさん。相変わらずお元気そうでなによりです、ハイ」
「光流……お前、マジで帰ってきよったんか……!」
嬉しそうに破顔しながら、明るい声を上げるジイさん。
祖父と孫による感動の再会という場面なんだろうが、さっきまでの喧騒と右手に持ってる木刀のせいでイマイチ感動が薄い。
「よう帰ってきた、よう無事だったのぉ、光流。『異世界に飛ばされた』なんて神様からお告げがあった日にゃ、もう会えないもんかと覚悟しとったが」
「ま、色々あって戻ってきたよ。そっちも元気そう、というか元気すぎやろ。またなんかトラブルでもあったの?」
「あー、まあ気にすんな。それより外は寒いじゃろ、はよ入れ。……む?」
店に入るように促す最中に、俺の後ろにいるアルマたちに気付いたようだ。
そして再びフリーズするジイさん。
あれ、俺の顔見た時より驚いてない?
「こんばんは、ヒカルのおじいさん」
「こんばんはっす、夜分遅くにお邪魔しますっす」
『ピッ』
「……この子たちはアレか、異世界での『はーれむ』かなんかかの?」
「違うわい」
アルマは妻だけど、さすがにレイナは恋人というには見た目が若すぎると思うんだ。
ヒヨ子は論外。
促されるまま店の中に入ると、何人か常連と思しき客が席で談笑しているのが見えた。
あんな騒ぎがあった直後なのによく普通に飲んでられるな。神経図太すぎやろ。
「おっ、ゴウさん。ケリはついたのかい?」
「おう、ちょいと捻ってやったらスタコラ逃げちまったよ。騒がせちまって済まんね」
「はっはっは、あれも酒の肴になるからいいよ」
むしろ乱闘を楽しんでるようだ。逞しいなオイ。
「ん? おいゴウさん、また新しいのがきたっぽいぞ」
「あん? ってそりゃ儂の孫じゃわい。今日顔出しにくるってさっき言ってたじゃろ」
「え? ゴウさんのお孫さんってヤクザ?」
「ちゃうわい! どこをどう見たらこいつがヤクザに見えんのじゃ!」
「うーん……なんつーか、パッと見た目優しそうだけど、相当修羅場潜ってきてるように見えるんだがなぁ……」
フラフラ揺れつつ俺を見ながら客がなんか言ってる。
むしろアンタのほうがヤクザに見えるってくらい強面なんだが。ホントにカタギかこの客。
「今日は十時に店を閉めるから、光流たちはそれまで上がってのんびりしとれ」
「ああ、ありがとう。……バアさんは?」
「買い物へ行くついでにシマコ婆さんのところへ茶ぁしばいとるそうじゃ。そのうち帰ってくるじゃろ」
「そうか。じゃあ、勝手ながら」
「お邪魔します」
「しますっす」
『ピッ』
そう言いながら三人+一羽でバックヤードから家の茶の間へ上がる。
あー、なんか懐かしい匂いがするなぁ。
ひとまず店が閉まってバアさんが帰ってくるまでのんびりダラダラしてますかね。
「お、カジカワさんの写真が飾ってあるっす」
「え? ……そりゃ親父の遺影だよ」
「あ、よく見たら別人だったっす」
「……似てる」
生前ほとんど会ったことがない、というか俺は赤ん坊だったからまともな記憶がないんだよな。
……どんな人だったのやら。お袋の尻に敷かれてたってのはよく聞いてたが、さて。
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