つらかったね 苦しかったね でも許さん
≪ステータスおよびプロフィールの再有効化を実行≫
「! ……戻った……?」
≪推奨:生命力操作による身体損傷の治療≫
「え、アッハイ」
野郎の目の前に青い画面が表示されたかと思ったら、無効化したはずのステータスが戻ったのが分かった。
その直後、潰れたはずの目が、バキバキに折れたはずのあばらが、全身にできた青痣が、全て治って元通りになっていく。
……はいはい、チート能力ですってか。今更そんなもんで驚いたりはしねぇよ。
問題は、無効化したはずのステータスがなぜ今になって戻ったのかということだ。
オレは無効化を解除なんかしていない。なのに、なんで……!?
『ステータス・バニッシュ』は発動さえすれば異世界由来の能力を問答無用で無効化する能力だ。
自分や他人のステータスを確認する能力みたいだが、これも異世界で手に入れた能力には違いないはずなのに、なぜ使えるんだ。
「なんかあっさり復活したけど、どうやったんだ?」
≪対象『堀野 一弘』の保有するスキル『ステータス・バニッシュ』はステータスをはじめとする異能力を強制的にシャットダウンし、その結果として異世界由来の能力を無効化する能力である≫
≪『ON』の状態から『OFF』へと無理やりスイッチを切り替え、そのまま固定するイメージに近い≫
≪しかし、あらかじめ自ら『OFF』にしておけば、『ステータス・バニッシュ』の対象にはならない≫
「……は? どゆことよ?」
≪……要するに、先ほどまで梶川光流のステータスおよびプロフィール、そしてメニュー機能が無効になっていたのは、『ステータス・バニッシュ』ではなく当該機能によってスイッチを『OFF』にされていたためである≫
≪自ら『OFF』へのスイッチを切り替えれば、再び『ON』へと切り替える権限は堀野一弘ではなく梶川光流のままである≫
≪メニュー機能のみはスイッチをOFFにした2秒後に再起動していたため、その時点でステータスの再起動は任意で実行可能であった≫
な、んだって……?
つまり、オレがこいつのステータス・バニッシュを発動する前に、自分からステータスを無効化していたってのか……!?
「……いや、ちょっと待って。ならなんでもっと早くステータス戻してくれなかったの……? 目ん玉潰されたりあちこちバキバキにやられてたんですがそれは。てかステータスをOFFにって、そんなことできたのかよ……」
≪……直近の梶川光流はステータスやプロフィールによる強力な補正任せに粗雑な戦闘を行うことが多く、技術に偏りが生じ始めている≫
≪この機会に、今一度ステータスに頼らない戦いかたを再確認するべきであると判断し、あえて無効化した状態を維持していた≫
≪万が一生命に危険が及ぶ可能性がある場合には、即ステータスの再有効化をできるように待機していたので、最悪の事態に陥る可能性は極めて低かったと推測≫
「えー……」
……タネは分かった。なんともまあ器用な真似しやがって。
だが、それならステータスが有効化されているこの瞬間に、今一度ステータス・バニッシュを発動すれば――――
≪無駄だ≫
「っ!?」
≪貴様のスキルは発動するまでにコンマ07ほどのタイムラグがある≫
≪スイッチを切り替える猶予としては充分すぎる≫
≪よって、梶川光流の能力を無効化することは不可能≫
≪速やかな降伏を推奨する≫
今度こそオレの手で奴のステータスを無効化しようとしたところで、目の前に青い画面が見えた。
視界一面に表示されている文字は、既にオレが詰んでいることを告げている。
そもそもこの画面はなんなんだよ……!?
これまで色んな異世界人のステータス画面を見てきたが、こんなふうに自動で宿主をサポートするような機能は見たことがない!
これじゃあまるで、この画面自体が意志を持っているみたいじゃ―――
「あの、さっきからお二人ともなにに驚いたり話しかけたりしてるんすか? 自分はもうなにがなんだか分かんないっす……」
「あー、レイナはメニューさんが見えないからな。まあ詳しい話は後で話すとして、ひとまずは……」
言葉を続けながら、野郎がオレを睨みつけた。
「ぐぁっ!?」
と思った瞬間、気が付いたら距離を詰められ頭を掴まれていた。
い、いつの間に……!? 全然、反応できなかった……!
「こいつをどうにかしないと、だな」
やばい。
やばい、やばい……!
ステータスの有無が、どれだけ絶望的な力の差を生むかは身をもって嫌というほど理解している。
今のオレにはこいつに抗う術がない。
もう、ダメだ。オレは、死――――――
「ふんっ!」
「いって!?」
死を覚悟した直後、乱暴に頭を離されて地面に転がされた。
「な、なにしやがんだ!」
「……腕や指は、問題なく動くか?」
「は? ……!」
そう言われてから、自分の身体の変化に気付いた。
こいつに喰い千切られたはずの指が、へし折られた腕が、何事もなかったかのように元通りに治っている。
それどころか、殴られ続けて傷だらけだった全身の痛みも綺麗さっぱりなくなっていた。
「な、なんで……」
「俺のステータスが無効化できない以上、もうこれ以上喧嘩しても意味ないだろ。レイナもとりあえずは生き返ったし、あとはレイナのステータスを元通りにすりゃそれでいい。……ホントは今すぐメタメタに叩きのめしてやりたいところだが、もうお互い充分痛い目見ただろ」
「……てめぇは、なんなんだよ」
なぜ、さっきまで自分を痛めつけていたヤツをそんなにあっさり許せるんだ。
「これまでオレがぶちのめしてきた異世界帰還者は、手に入れた力を振り回して他人を利用して好き放題してるクズ野郎ばかりだった」
なぜ、オレはこんなことをこいつに言っている。
「ステータスが強けりゃなんでもできる、なんでも許されるって思ってるようなゴミしかいない。自分勝手な価値観や正義感に酔ってるクソ野郎どもさ。てめぇも、そうじゃねぇのかよ。そんだけ強けりゃ、なにもかも思うがままなんだろ? なぁ」
まるで八つ当たりのように……いや、実際八つ当たりなんだろう。そう、吐き捨てた。
すると、野郎がなにか言いかけたところで隣に立っていた金髪の少女が口を開いた。
「アンタ、ステータスステータスって言ってばっかで、カジカワさんのことなんにも分かってないっすね」
「なっ……」
「ヒトに対しては『ステータスに頼ってばっか』とか言ってるアンタこそ、その人の中身をまるで見ようとせずに、ただ『ステータスを持ってる』ってだけで襲いかかってきてるじゃないっすか」
「そ、そいつは、その野郎はまともじゃねぇ。ステータスが無効化されてもトチ狂ったように喚きながら、どれだけ叩きのめしてもオレに向かってきやがった。どう見てもどこかイカれてやがるだろうが!」
「そりゃアンタが自分のステータスを奪って殺したからっしょ。カジカワさんって滅多なことじゃ本気で怒ったりしないけど、仲間に手ぇ出された時はマジで怖いんすから。先に手ぇ出してきたのはアンタで、カジカワさんはそれに対して怒っただけっす」
呆れたように肩を竦めながら、少女が言葉を続ける。
「アンタがこれまでなにをしてきたのか、なにがあってそんなことをしてるのかは知らないっすけど、今回喧嘩を売ってきたのはアンタのほうっす。なのに自分の土俵に無理やり上げたうえにボロ負けした挙句逆ギレして『そいつは危険だーイカれてるー』とか、頭おかしいのはアンタっしょ」
「お、オレは……」
「今一度、自分とカジカワさんがなにをやっていたのか、そしてアンタがなにをやらかしたのかよく考えてみるっす。それでも納得できないってんなら、もういいっすよ。どっかに消えて二度と自分らに関わるなっす」
この、二人は……。
この二人は、あの怪獣もどきと戦っていただけだ。
おそらく、ただ単純にあれらに街が破壊されることを防ぐために。
その原因があのクズデブニートだってことを突き止めて、ここへ来たんだ。
それを、異世界帰還者だってことを理由に、こいつらがどんな連中なのかってことをまともに見ていなかった。
称号欄にある物騒な項目にばかり目がいって、こいつらの人間性が見えていなかった。
こいつ、この梶川ってやつは、ステータスを無効化された後も『レイナを戻せ』としか言っていなかった。
自分のステータスが無くなったことなんかまるで気にせずに、ただこのレイナって子供の心配しかしていなかった。
オレを殺せば全てが解決するって分かっていたのに、それでもこいつは人を殺したくないっていう道徳観からオレにチャンスを与えていた。
そのうえで、レイナって子を元に戻すためにオレを殺す覚悟を決めていた。
殺人を犯すことなんか屁とも思っちゃいないクズたちと違って、責任から逃げないつもりで。
ああ、そうか、そういうことか。
くそ、チクショウ、クソッタレが。
………クズは、オレのほうじゃねぇか。
「お、おお? ふおお!?」
「ど、どうしたレイナ!? 病院行くか!? アタマ診てもらうか!?」
「いや別にアタマがおかしくなったわけじゃないっすよ!? ステータスが戻った感覚があったからちょっと驚いただけっす!」
「ステータスが? ってことは……」
レイナと呼ばれていた少女に発動していた『ステータス・バニッシュ』を解除した。
これで、元通りの状態になったはずだ。
「オレが、バカだった」
「ふふん、よーやく分かったみたいっすねー。……って、ちょっと!?」
「お前っ……!?」
「……すまなかった」
ステータスを使って好き勝手している連中もクズだが、それを免罪符に独善的な正義を振り回した挙句、なんにも悪くねぇ人を傷つけるようなゴミ野郎に生きる資格なんざねぇ。
こんな、こんなクズは、もう……。
梶川ってヤツが投げ捨てたナイフを拾って、自分の喉に向かって突き出した。
~~~~~カジカワ視点~~~~~
「やめろ! このバカぁっ!!」
「あっ……!」
レイナに説教されてから、急に謝りながら自殺しようとした堀野とかいう不良少年を、レイナがナイフを弾いて止めた。
仮に刺してたとしても、生命力操作で治療すればギリギリ間に合っただろうけど。
「いきなりなに!? アンタ、マジでアタマおかしくなったんすか!?」
「……オレは、クズだ。もう、生きてる価値なんて、ない。あんな奴らと同じになんて、なりたくなかった、のに」
「いや、意味が分からないんすけど……え、泣いてる?」
項垂れたまま力なくそう言う不良少年。
なんか半泣きになってるけど、いったいなにがあった。
とりあえず、このままじゃケリがつかないので事情聴取。
自殺する前に話くらいはしてもらわないと納得できん。
なぜ俺たちを襲おうと思ったのか、どうやってステータス無効化能力を手に入れたのかとか、これまでの経緯を洗いざらい白状させた。
……下校途中でいきなり異世界に飛ばされた挙句、親友に裏切られて彼女NTRされてたとかなかなかヘヴィな話だった。
日本に帰ってから親友と元カノに報復した後に、異世界帰りのチート野郎絶対殺すマンになってあちこちで活動を続けていたらしい。
こうして話を聞いていると、チート能力手に入れて帰ってきた奴らの大半がロクでもない連中ばっかみたいだ。
遺憾だが、俺を襲おうと思ったのもまあ無理もない。レイナまで巻き込んだのは許しがたいが。
「……あの二人、恭介と美香への復讐が終わったところで、もうオレには生きる理由なんてなくなってたんだ。オレはただ、三人で駄弁ったりカラオケ行ったり、バカやってるだけで、それだけでよかったのに、ハナから裏切られてて……チクショウ……」
「で、代わりの生き甲斐が異世界から帰ってきてチートで好き勝手やってる連中をボコる仕事人稼業ってわけか」
「ああ。……それも、結局自分勝手な正義を振り回してるだけの、ただの自己満足だったんだけどな。そんなことにも気付かずに、アンタたちに危害加えて、これじゃアイツらとなんにも変わらねぇ、クズだ」
だからっていきなり自殺しようとするかね普通。思い切りよすぎやろ。
……きっちり反省してるし、ここまで落ち込まれてるとどう対応したもんかと悩んでいると、レイナがしゃがみこんで不良少年と視線を合わせながら口を開いた。
「アンタの言い分は分かったっす。でも、だからってこのまま死んだらアンタはクズのまんま死ぬんすよ? それでいいんすか?」
「……クズに、生きてる価値なんてないだろ。生きてても、今回みたいに迷惑かけるだけだ。なら……」
「なら死んでお詫びしますってか? アンタ、反省してるふりしてるだけじゃないっすか。クズな自分が恥ずかしくて、耐えきれなくなって逃げてるだけじゃないっすか」
「っ……なら、どうしろってんだよ……!! オレがしでかしたことは、やっちまったって事実は変わらねぇじゃねぇか!」
「今死んで逃げたらクズのまま、死に恥っす。でも、生きてさえいれば次に活かせるっしょ。はぁ、こんなことまで自分が言わなきゃ分かんないんすか? アンタ歳いくつ?」
呆れたように肩を竦めながら煽るように言うレイナ。
ちなみに不良少年の年齢は17歳らしい。レイナより二つだけ上だな。
……はたから見てると幼女が高校生に向かって説教してる絵にしか見えないのがなんともシュールだ。
「今後どうすればいいかなんて、これからじっくり考えればいい。みっともなくても恥ずかしくても、反省する気持ちがあるなら生きるべきっす」
「……っ」
顔を伏せて、涙をポタポタと床に零す不良少年。
もう、俺たちをどうこうする気も自殺する気もないようだ。
……やれやれ、アフターケアまでせにゃならんとは最後まで世話の焼けるガキだこと。
「さて」
「……?」
話が終わったところで、レイナが不良少年の顎に手をかけて顔を上げさせた。
その顔は涙に塗れて、困惑したような表情をしている。
「アンタに辛い過去があったことには同情するし、アンタが今後どうするかの話は済んだっすけど、これで終わりじゃないっすよ?」
「え……?」
「自分のステータス奪って殺したことも、まあ結局大丈夫だったから許すっす。……でもね」
笑顔のまま、なおかつこめかみに青筋を浮かべながら言葉を続けている。
これ絶対怒ってるわ。こっわ。
「カジカワさんをボコボコにしたことを、カジカワさん本人は許しても自分は許してないっすよ?」
「ひっ……!?」
お怒りの表情のまま右手を大きく振りかぶった。
……あー、不良少年、ご愁傷さま。
「ふんっ!! おりゃあっ!!」
「がぶぁっ!!? ごはぁっ!!」
ステータスの戻った膂力で往復ビンタを不良少年の顔に思いっきりブチ当てた。
パァンッズバァンッ って、どう聞いてもビンタそれじゃない音が響き渡ってるんですが。まるで銃声だ。
「どぉりゃあっ!!!」
「どブほぁあっ!!!」
トドメの一撃に ズドバァンッ!! と一際大きな打撃音を響かせながら、ビンタを受けた不良少年が身体ごときりもみしながら窓から外へと叩き出されていった。
……ここ二階やぞ。死んだんじゃないのか今の。
お読みいただきありがとうございます。




