自然に混ざるな危険
「があああぁぁぁあああああああ゛あ゛っっ!!!」
「ぐぅっ……!!」
獣のような、あるいは泣き叫ぶ子供のようなけたたましい咆哮。
ヘビに睨まれたカエルの気分とでもいうのか、間近で聞いているだけで身体が強張りそうになる。
今のこいつにはステータスは無い。
力は常人並、動きは素人。
習い事程度とはいえ、空手を使えるオレのほうが有利のはず。
「だぁぁああぁぁあぁああっっ!!!」
「く、そっ……! がぁっ……!!」
なのに、オレは苦戦を強いられている。
何発もまともに拳や蹴りを急所に当てているのに、まるで怯みやしないもんだから戦いにくいなんてもんじゃない。
こちとら喰い千切られた指が痛んで仕方がないってのに……。
決してオレの攻撃が効いていないわけじゃない。
一撃当てるたびに血反吐を吐いて、呼吸も苦しそうに荒くなってきている。
迫力こそ人間離れしているが、所詮は普通の人間だ。
このまま攻防を続けていれば、いずれ力尽きるのはこいつのほうのはず。
「オラァッ!!」
「ガふっ……!!」
こいつの蹴りに合わせて、カウンター気味にどてっ腹を肘打ちした。
ここだ、ここで仕留め切る!
「くたばれっ!!」
生じた隙を見逃さず、正拳突きを陣中に向かって突き出した。
こいつをくらえば、痛みが麻痺してようが関係ない。死ぬか、最低でも気を失わせることくらいはできるだろう。
殺った、これで、終わり―――――
「とっ……た……っ!!」
「……っ!!?」
絶対に当たるはずだと確信して放った正拳突きを、まるで予測していたかのように掴まれ止められた。
こいつ、まさか今の隙はわざと……!
「ら゛ぁぁああっ!!!」
「あぐぁあがぁあああっ!!?」
片手でオレの右手首を掴んだまま、もう一方の手で肘に掌底を叩きこまれた。
右手が不快な異音を響かせ、肘が可動域の外へとへし折られてしまった。
それと同時に、激痛が頭の中を支配していく。
痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……!!
「うぁあああああああア゛あ゛あ゛っ!!」
「ギャァアッ!!?」
右腕の痛みに悶える間もなく、顔面に頭突きをかまされ鋭い痛みが襲いかかってくる。
鼻にツンとした刺激が走り、思わず目を瞑った瞬間さらに殴られて地面に叩き伏せられた。
「が、あぁっ……!!」
痛い、痛い、痛い。
食い千切られた指が痛い。
へし折られた右腕が痛い。
頭突きで曲がった鼻が痛い。
こんな状態で、まともに動けるはずがない。
「ゲホッ、ガホッ……!! はぁ、はぁ、はぁ……!!」
コイツも、普通ならとっくにぶっ倒れていてもおかしくないはずだ。
散々殴って片目を潰した挙句アバラも2~3本折ってやったんだ、もう息をするだけで激痛が襲ってきているはずなのに。
なんで、なんでコイツは立ち向かってくる。
こんなに痛いのに、なんで動けるんだよ……!!
「ぐっ……!?」
床に倒れているオレにこの野郎が跨り、マウントの状態になった。
このままタコ殴りにでもするつもりかとも思ったが、違う。
その手には、ナイフが握られていた。
オレの顔に向けて、真っ直ぐに刃を構えている。
こいつ、本気でオレを殺すつもりだ……!
「ぐっ! う、ううっ!!」
がむしゃらに身を捩って起き上がろうとするが、両腕を膝でガッチリ掴まれていてまるで思うように動けない。
このままじゃ、刺し殺され――――
「……このままブチ殺す前に、少し聞いていいか」
ナイフをオレの顔に向かって構えたまま、口を開いた。
その顔は、憤怒に歪みながら、どこか今にも泣き出しそうな悲しさを感じさせる。
「お前、家族はいるか?」
「……なに……?」
「まだ高校生くらいに見えるが、家族はいないのか?」
「いや、なに言って……」
い、いきなりなにを聞いてきてやがるんだコイツは。
これから殺す相手の家族のことなんか聞いてどうするってんだ。
……っ! まさ、か……!!
「テメェ……! まさかオレを殺した後に、家族にまで手ぇ出そうってのか! オレ一人を殺せば、それで済む話だろうがっ!!」
「……いるんだな、家族」
「クズがッ! テメェら異世界帰りのチート野郎どもはどいつもこいつもクソ野郎ばっかりだ!! テメェの思い通りにならねぇことをなに一つ受け入れられずに、なんの努力せず手に入ったデケェ力をガキみてぇに振り回しやがって!!」
「……なあ」
「死ね! 死ね、死ねっ!! チート野郎なんて、一匹残らず死んじまえってんだ!!」
「……お前がステータスを奪って殺したあの子にも、家族がいるんだぞ」
「………え………?」
「あの子には、母親がいる。旅の土産話を楽しみにしながら、今もレイナの帰りを待っているんだ」
「っ……そ、そんなガキを連れて、なんで日本へ戻ってきたんだよ」
「単なる観光だ。ただ、美味いもん食って、色んなトコぶらついて遊んだりしたら、さっさと帰るつもりだった」
「嘘つけ! お前のステータスに『恐怖の大王』だの『世界を滅ぼしうる者』とか書かれてたじゃねぇか! お前みてぇなチート野郎を放っておいたら、どんだけの被害が出るか……!!」
「俺のことが信じられないっていうなら、それでいい。ステータスを消したままでも構わない。……でも、レイナは元に戻してやってくれ。『一時的に死んでるだけ』って言ってたから、スキルを解除すればあの子は生き返るんじゃないか?」
「……お、お前の仲間ってだけで、脅威には変わりねぇだろうが。できるわけ、ねぇだろ……」
「解除する気は、無いんだな。……なら、殺してでも無理やり解除させるしかねぇな」
ナイフをオレの首元へ突きつけながら、覚悟を決めたように低い声を部屋に響かせている。
見開かれた片目が、それが脅しじゃないことを示している。
「は、ははっ、異世界帰りで、人殺しは慣れてるってか……?」
「人を殺すのは、これが初めてだ。お前にも家族がいるっていうなら、絶対にとりたくない手段ではあるが、レイナを死なせたままにするっていうのなら……殺す」
「まあ、あの怒りっぷりを見たら信じられないかもしんないっすけど、確かにカジカワさんが人を殺してるところは見たことないっすねー」
「オレを殺して、証拠隠滅して何事もなかったように元の生活に帰るってか? ははっ、やっぱテメェもクズ野郎じゃねぇか」
「自首するよ。お前を殺して、ムショにぶち込まれて、お前の家族にも一生頭下げ続ける」
「そうなると何年も会えなくなっちゃうから、またアルマさんが病んじゃうっすよー?」
「……人殺しなんてしといて、おめおめアルマのところへ帰れるわけないだろ。結婚したばかりで、一人にさせちまうのは申し訳ないけれど」
……?
「そうなるのが分かってるのに、ホントにその人殺しちゃうんすか?」
「でないとレイナが死んだままに……レイナ?」
「……は?」
オレとコイツの会話に、いつの間にか誰かが自然に混じりこんでいるのに気付いた。
声がするほうを向くと、オレにマウントをとりながらナイフを突きつけているコイツを、なんとも微妙な顔をしながら眺めている金髪の少女が座っていた。
「れ、れい、な……?」
「はい、おはようっす」
ステータスを消されて死んでいるはずの、レイナと呼ばれている少女が何事もなかったかのように起き上がっていた。
「レ゛イ゛ナ゛ぁぁぁあああ!! お、おま、おままお前どどだ大丈の夫でごう゛あぁぁああぁあっ!!?」
「いやアンタのほうこそ大丈夫っすか!? なに言ってんのか全然分かんないんすけど!」
手に持っていたナイフを放り投げ、泣きながら金髪少女を抱きしめている。
な、なんで、だ? オレはまだ、ステータスを戻したりなんかしてないぞ……!?
生き返った金髪少女とそれに縋りついて泣き叫んでいる野郎を呆然と眺めていると、野郎の目の前になにか青い画面が表示されているのが見えた。
……あれは、なんだ……?
≪レイナミウレはステータスを剥奪され仮死状態に陥っていたが、『周囲で死亡した人間のリソース』を取り込んで肉体と霊体のパスを繋ぎ直したことにより、自力で蘇生した模様≫
「周囲で死亡した人間の、リソース……?」
≪そこで倒れている異世界帰還者の両親と思しき男女が、この住居の一階にて死亡しているのを確認。死亡後に残留したリソースをレイナミウレが吸収した結果、ステータスがなくとも生命活動が可能となったと推測≫
「え、えーと……どゆこと?」
≪つまり、地球人としてのリソースを身に宿しながらステータスを利用できる。梶川光流と同等の状態へと存在が変質した模様≫
な、なんだかよく分からねぇが、要するに自力で無理やり生き返ったってことかよ。
この野郎も頭イカれてるが、その仲間も大概だな。
……待て。
オレは、まだこの二人に対して『ステータス・バニッシュ』を発動したままだ。
異世界で得た『ステータス』だの『スキル』だの、そういった能力は全て無効化されるはずなのに。
この野郎の目の前に表示されている、まるでゲームのメニュー画面みたいなのはなんなんだ……!?
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