コイツは違う
復讐を終えて、なにもかも空しくなって、自宅へ帰る気すら起きずただあてもなく歩いていくと、妙なものが見えた。
暗がりを歩いている太った金髪中年の頭上に、青い画面のようなものが浮かんでいる。
……ステータスウィンドウ?
まさか、向こうの世界の人間や、恭介と美香以外の人間のステータスも確認できるのか?
いや、違う。
そのへんを歩いている人たちのステータスを確認しようとしても、見えない。
なのに、あの金髪だけステータスが表示されている。
他に、なにか理由があったわけじゃなかった。
ただ、『なんとなく気になった』という程度の気持ちで、気が付いたらオレの足はその金髪の行くほうへ進んでいった。
金髪の向かった先は、人通りの少ない路地裏だった。
こんなところになんの用があるんだ、ヤクの密売かなんかか? とか思いながら物陰から眺めていると、虚ろな目をした男女が他の路地から出てきた。
虚ろな目をした男が金髪男に近寄り、封筒を渡すのが見えた。
「んー、今月の分はどれくらい?」
「30万、円、です」
「うわーやっぱしょっぱいなー。んー、次からはもうちょい切り詰めるか? もっと食費やらなんやら削れよ」
「すみま、せん」
なんだあれは? 会話の内容がいまいち要領を得ない。
金髪男に金を渡しているようだが、借金返済の引き渡しかなんかか?
だが、渡すほうの男の顔が明らかにおかしい。瞬き一つしないで、まるで人形みたいだ。
あの金髪デブ、いったい何もんだ。
「じゃあスキルかけ直すぞ。『行動支配』発動。これから一ヶ月、生きるのに必要最低限の出費に抑えて、おれ様へ献上する金を最大限まで増やせ」
「あああ、あああああ……!」
金髪デブの目が紫色に光ったかと思ったら、虚ろな顔をしていた男の人の目にも妖しい光が灯った。
涙を流し、苦悶の表情を浮かべながら、悲鳴を上げている。
「ああああ、いやだ、いやだ、あああああ、ぁぁぁ……」
「カカカッ、抵抗しようとしても無駄だ! なんのスキルも持ってないパンピーにゃ一生解けねぇよ、ザァコ」
あれは、スキル? 恭介や美香が使っていたような、異世界由来の能力か?
なんであの金髪が、そんな能力を……?
「ほーら、てめぇの奥さんもこの通りだぜ? 『行動支配』発動、おれ様の顔にキスしな」
「……はい……」
虚ろな表情のままで、女のほうが金髪デブの頬に口づけをした。
まさか二人とも、あの金髪デブに操られてるってのか……!?
「向こうの世界でこのチカラを手に入れて、日本でも使えるっていうんだからもうサイコーだよな。おかげで金づるにも女にも困らねぇ」
「……いや……はなして……」
「カカカッ、口じゃそう言ってるが身体は正直ってか? ……あ、逆か。まあいいや」
向こうの世界で、手に入れた?
こいつも、異世界帰りの能力者ってことか……?
こいつも、このクズも、ステータスなんてもんを振り回して、この人たちを不幸に陥れようとしてやがる、クズ野郎ってことかよ……!!
「さぁて、そんじゃこのままホテルにでもしけこみましょうかね。いろいろ揃えてるから、楽しみにしときなよ奥さん―――――」
「『ステータス・バニッシュ』」
女のほうを連れて、どこかへ行こうとしている金髪デブにスキルを発動した。
すると、虚ろな顔をしていた二人が、糸の切れた人形のように倒れて気を失った。
「……あ? な、なんだ!? なんで、いきなりスキルが解除されやがった!?」
「こ、の、クソ野郎がぁぁぁああっ!!!」
呆けた面をしている金髪デブに、思いっきり突進しながら殴りかかった。
顔面を殴った、腹を殴った、腕を折った、膝を砕いた、前歯をへし折ってやった。
「テメェみたいなチート野郎なんざ、クソくらえだ! 死ね、このゴミカス野郎がっ!!」
「ぐぎゃぁっ!? や、やめっ、グフゥッ、ゲボァッ!!」
何度も殴りつけて、地面に頭を叩きつけてから執拗に頭を踏み続けた。
もう折れる歯も無くなったところで、こいつが気を失っていることに気付いた。
「あ、あれ? 私は、いったい……?」
「あ、あなた? なんで、こんなところにいるのかしら……?」
!
さっきまで操られていた、夫婦らしき男女が目を覚ました声が聞こえて、咄嗟に金髪デブを抱えながら物陰に隠れた。
夫婦はしばらく困惑したように辺りを見回していたが、しばらくするとどこかへ歩いていってしまった。
仲睦まじい様子で一緒に歩く夫婦と、ボコボコになって倒れている金髪デブの姿を見ていると、荒んでいた心が嘘みたいに和み、清々しい気分に浸ることができた。
オレは、このクズの悪事を、法律すら暴くことのできない悪行を止めて、あの夫婦を守ることができたんだ。
オレは、オレは無能なんかじゃない。誰かのために、力を振るえたんだ。
その日以来、街を眺めて『ステータス』の表示されている人間がいないか観察するようになった。
あの金髪デブのようにスキルを使った悪事を働くクズがいたら、制裁できるように。
異世界帰りの能力者なんてそうそういるもんじゃないだろう、と思っていたが、実はそうでもない。
少なくとも月に一度、頻度が高い時は三日連続で見つけることもあった。
……異世界帰りの連中ってのはこんなに日本にいやがったのか。
異世界帰りの連中に共通しているのは、自らの欲望を満たすために力を行使しているクズばかりだということだ。
あの金髪デブのように、人々を洗脳して暴利を貪っていたり、人の恋人を寝取ったりするクズだったり。
任意の物体を爆発させる能力で、テロ紛いの計画をしている危険人物だったり。
成分分析に引っかからない、依存性のある異世界の薬物を作成して売りさばく闇の商人気取りのクソ野郎だったり。
エルフやホビットといった異世界の種族を奴隷として人身売買しようとする、人間の風上にも置けないゴミだったり。
『ステータス・バニッシュ』と恭介と美香から奪ったアイテムを駆使しながら、それらの悪行を全てぶっ潰してきた。
そうすることが、今のオレの生きる意味に思えてきたからだ。
……オレみたいに、異世界の力なんて理不尽極まりないものに人生を狂わされるような人が、一人でも減るように。
チート持ちの連中は、どいつもこいつもステータスだのスキルだの特殊能力だの魔法だの、それらが使えなくなった途端に情けなく狼狽えた。
中には素の状態のまま立ち向かってきた奴もいたが、元々武術の心得があるわけでもなし、そのうえチートに頼り切って鈍ってるフィジカルじゃあちょっと空手を習ってる程度のオレにも勝てない。
少し痛めつけてやれば、バカみたいにヒィヒィ言いながら許しを請うばかりの根性無ししかいなかった。
日本でそんな仕事人みたいなことをすれば、オレが捕まるリスクもある。
だが、『特定の情報を他人に伝えられないようにする呪いをかけるアイテム』が恭介のバッグの中にはあった。
これの発動条件は『相手が眠っている、または気絶している間にしか使用できない』というもので、カラオケから出る直前にあの二人にも使っておいたから、通報される心配はない。オレが口を割らない限りは。
もしかしたら一緒に下校したのを誰かに見られていたかもしれないが、カラオケに入った時間からしていつもの下校時間と大きなズレがあるから、知らないとしらばっくれているだけで言い逃れることができる。
なにせ、あの二人はオレがやったんだと言うことができないんだから、証拠も証言もない。
……これがなければ、恭介たちや他の連中に通報されて今ごろ豚箱送りになってたかもな。
そして、今日も怪獣の形をしたデカいラジコンを操ってるデブクズと、それと戦っているヒーロー気取りを潰している。
日本を壊そうとする怪獣と戦ってるあたり、もしかしたら初めてまともなヤツがいたのかと思いそうになったが、違った。
コイツのステータスの称号という項目に『恐怖の大王』だの『世界を滅ぼしうる者』だの物騒なものが混じっていた。
怪獣相手のバケモノじみた戦いぶりと、実際に至近距離で確認した威圧感からして、コイツは明らかに危険因子だ。
下手をすれば、コイツ一人で世界を壊しかねない。ここで、二度と立ち上がれないように叩き伏せておかなきゃならねぇ。
蹴られた顔面を押さえて唸っている、この危険因子にトドメを刺すべくバットを振りかぶった。
「テメェらみてぇなステータスなんてもんに頼って粋がってるチート野郎は、一匹たりとも逃がさねぇ。テメェもここでくたば―――」
「があああぁあああああああああっっ!!!!」
!?
なっ
「うぐぁああっ!?」
コイツッ……!!
蹲って唸ってるだけの状態から急に叫び出したかと思ったら、オレの顔面に頭突きをかましてきやがった!
「て、テメェ……!!」
「レイナを゛ぉお!! もどにぃ!! もどせぇぇぇぁぁああ゛あ゛っ!!!!」
「う、おおぉおおおおっ!!?」
怒りに顔を歪め、目を血走らせながら殴りかかってきた。
動きは素人のそれだが、その怒り様はまともな人間のそれじゃない。
ステータスを無効化する前と変わらない、いや、怒気だけなら前以上の気迫でこちらに迫ってくる!
「さっさと死んでろ、クズがぁっ!!」
怒りに任せて隙だらけの鳩尾に、正拳突きが綺麗に入った。
これで、こちらに立ち向かってくるどころか息をすることすらままならないはずだ。
「ぐぎぃいいがああああああ!!!」
「がはぁあっ!!」
だが、そんなこと知ったこっちゃないと言わんばかりに、嘔吐しながらもまるで怯まずオレの顔面を殴りつけた。
い、怒りで痛みが麻痺してやがるのか!? コイツ、正気じゃないぞ!
仕方ねぇ、手っ取り早く無力化するか。
突進を躱しつつ、指をヤツの目に向かって突き出して、目潰しを狙った。
「潰れてろ!!」
「うぎぃいっ!!」
ちっ、片方外したか。右目は潰したが、左目は残ってやがる。
ならもう一回…………っっ!!?
「ウグギギギギギイイイイィィイイイッ!!」
「ぎ、ギャァァアアッ!!?」
突き出した中指と人差し指に、激痛が走った。
オレの指に、噛み付いてやがる!
「ギィィイイッ!!!」
「がああああ!! やめ、ぁぁああああっ!!!」
ボキボキブチブチと、なにかが砕ける音と千切れる音がオレの指から骨を伝って聞こえてきた。
この、この野郎、オレの、オレの指をっ……!!
「く、く、クソ野郎、がぁああっ!!」
「レイナをもどぜ!! でなげりゃ、でめぇをごろじででも、もどどおりにじでやる゛っ!!!」
っ!
違う。
こいつは、今までの奴らとは違う……!
ステータスなんて、コイツの危うさの一端に過ぎねぇんだ!
コイツは、ステータスなんてなくても充分バケモンだ!
殴られてゲロ吐こうが、目を潰されようが、まるで怯まず食い下がってきやがる!
「ごろずっ!! ごろず、ごろじでやるっ!!!」
「うっ……!!」
ステータスの恩恵があった時の恭介相手ですら感じなかった、『死の恐怖』が初めてオレに突き刺さってきた。
こ、このままだと、マジでこいつに殺されちまう……!!
~~~~~
……あれ? あれれ?
影を伝って目標地点まで辿り着いたのはいいんすけど、なーんか身体が軽いような。
……え? なんで、自分が、地面で寝てるんすか?
こ、これはもしや幽体離脱というやつっすか……!?
やばいやばい、早く戻らないと。このまま上に上がっていったらそのまま天国逝きっす。
でも、戻ろうとしても全然身体に入れる気配がないっすね……どうしよ。
そもそもなんで自分こんなことになってるんすかね?
あ、傍で誰かが座ってるっす。こんにちは。
なんかブツブツ言ってるっすけど、独り言の音量大きくないっすか?
……え、なに? ステータスを失った? 異世界人がステータス無くなったらそのまま死ぬ? えええ?
ちょっと待てっす! このお兄さんが自分のステータスを消したせいで死んだってことっすか! ふざけんなっす!
この! パンチパンチ! あ、ダメっすわ。すり抜けてやんの。ファッキンっす。
あ、カジカワさんがきたっす。遅いっすよ。自分、もう死んでるんすけど。
うわ、カジカワさんまでステータス無くなってボコボコにされてるんすけど!
やばい、このままじゃカジカワさんまで殺されて……!
ってひぎゃああああ!!?
こわっ!? これまででも一番ヤバい形相で殴りかかっていってるっす!
あちこち血だらけなのが怖さを倍増させてるっす! 怖い! 怖すぎる!
あ、目を潰されて、ってその潰した指を噛み千切っちゃったっす! ひえぇ……!
やばいやばいやばい、このままじゃカジカワさんにこの人が殺されちゃうっす!
さすがに人殺しはまずいっすよカジカワさん! ちょっと! 聞いてるっすか!? あ、聞こえてないっすかそうっすか。
すぐに戻らないと! 早く! 早く起きるっす自分!
あ、なんか自分と自分の身体の間にあるパイプみたいなのが、壊れて切断されてる? これが繋がらないと戻れない感じっすかね?
これを繋ぎ直せば……どうやって?
あ、よく見たら周りにも似たようなパイプのカケラみたいなのがそこら中にあるっすね。
……この辺で誰か死んだんすかね? その人の分のパイプがまだ残ってるって感じっすか?
カケラを集めて、上手く繋ぎ合わせれば、もしかしたら……。
カジカワさん、ちょっと待ってるっすよ。繋ぎ終わるまで殺しちゃったりしたらダメっすからね!
ってあれれ? 自分、なんでカジカワさんじゃなくて相手の心配してるんすかね? おかしくないっすか?
お読みいただきありがとうございます。




