異世界アルマ 18話 ありがとう さようなら いらっしゃい
「うぅ、……?」
「! よかった、目が覚めたようですわねウルハ」
……あれ? 僕は、寝ていたのか?
目が覚めた時、雲一つない青空と割れた大地、そして心配そうな顔をしながら僕の顔を覗き込む少女の姿が見えた。
「セリス……? なんで、こんなところで寝てたんだっけ……? ……っ!! アルマは!? カジカワって人は!?」
「……もう居ませんわ。あなたが眠っている間に、先に目が覚めた私に伝言を伝えて、お二人ともどこかへ消えてしまいました」
「伝言……? もう、いない……?」
「ええ、残念ながら」
……思い出してきた。
魔王を倒した後に、アルマから別れを告げられて、それを引き留めようとしつつも迷っている僕を、カジカワっていうアルマの旦那さんが……。
相当強い力で殴り飛ばされたと思ったのに、傷一つない。アルマが回復してくれたんだろうか。
「……そっか、もう、いないのか」
「あら、もっと狼狽えるかと思いましたのに。随分あっさりと受け入れるのですね」
「……うん」
アルマに想いを伝えた。決して実ることのないと思っていた想いを打ち明けた。
ウジウジ悩んでいた僕の迷いを、アルマの旦那さんが晴らしてくれたからだ。
……その直後に殴り飛ばされたわけだけど。まあ、『妻を奪い取る』なんて宣言されたら当然の反応だろうけどさ。
「勢いに任せて告白してみたけれど、結局ダメだったよ。『奪い取ってでも彼女と一緒にいたい』なんて勢い任せに言ったけれど、まるで歯が立たなかった」
「ふふっ、あなたらしくない強気な告白ですわね」
「うん。自分でも、バカなこと言ったと思ってる。たとえ本心でも、あんなこと言うべきじゃなかったと思うよ」
「でも、その想いを燻ぶらせたまま別れるよりは良かったのではなくて? 少なくとも、『想いを伝えておけばよかった』と後悔し続けるよりはずっと、ね」
「……そうかもね」
僕は、強くなりたかった。
はじめは、ただ生きるために。人並みに生きるために強くなりたかった。
十何年も、ずっと報われない努力を続けながら願い続けた。
彼女と、アルマと出会ってから、その願いは叶った。
でも、そんなこれまでの人生全てをかけてでも叶えたかった願いすら、彼女との時間の前ではちっぽけに思えた。
僕の願いは、いつしか彼女との時間そのものへと変わっていった。
魔王との戦いの決着がつくまで、僕の願いは叶っていたんだ。
「本当は、あなたが落ち着いてからアルマからの言葉を伝えようと思っていたのですが、その調子だともう大丈夫そうですわね」
「……うん」
「では、伝えますわ」
本当は別れるその瞬間まで彼女の姿を目に焼き付けておきたかった。
僕が眠っている間にアルマたちが発ったのは、そんな未練を断ち切るためなのかもしれない。
『ウルハ、記憶を失くしてなにも分からなくなっている私を助けてくれてありがとう』
『その恩を返そうと、伸び悩んでいるあなたの助けになろうとしていたけれど、もしかしたら私がなにもしなくてもウルハなら自力で強くなっていたかもしれない』
そんなこと、ないよ。
君がいなかったら、僕はまだ弱くてウジウジといじけて逃げ続けている卑怯者のままだったに違いないんだ。
『恩返しというにはあまりに過酷な鍛錬だったけれど、弱音を吐きながらそれでも絶対に諦めずに努力を続けている姿は、誰よりも格好よく見えた』
『それは腕っぷしの強さなんかより、ずっと大切な強さ。つらくても頑張り続けることができるっていうことは、誰にでもできることじゃない』
『それを分かってくれる人は必ずいる。そんなあなたの尊さに気付いてくれる人と、どうか幸せになってほしい』
それは、君がくれた強さなんだよ。
こんなに情けなくて弱くて意気地のない僕を、君が傍で励ましてくれたから、僕は……。
『貴方の想いに応えることができないのが心苦しいけれど、こればかりは許してほしい。……ごめんなさい』
『短い間だったけれど、あなたと一緒に鍛錬したり、仕事をこなしたり、食事をしている時間は本当に楽しかった』
『素敵な思い出を、ありがとう』
ダメだ、ダメだ。嫌だ、いやだ。
彼女の言葉が、最後に残してくれたものすら、終わろうとしている。
『さようなら、ウルハ』
「……うっ……うぅっ……!」
伝言を聞き終えた時には、僕の目からは涙が溢れていた。
また僕はウジウジしている。
彼女との別れを、今になってようやく実感してしまったから。
目の前にセリスもいるのに、涙が止まらない。
今の僕は、きっと世界一格好悪いんだろう。
そんな情けない僕を見かねてか、セリスが僕の頭を胸に抱き寄せてきた。
「せ、せり……す……」
「誰もあなたを見ていません。誰もあなたを嗤ったりはしません。……だから、今だけは、存分にお泣きなさい」
「う、うあ、うあぁっ……」
そう告げられたことで、堰が切れた。
「うぁぁぁあああっっ……!!」
みっともなく、小さな子供のように、泣き叫んだ。
それをセリスはなにも言わず、僕が見えないように顔を逸らしながら、受け入れてくれた。
こうして、僕の初恋は終わった。
実らず、しかし僕の人生にとてつもなく大きなものを残してくれた恋だった。
ありがとう。
もう二度と得られないほど、素敵な時を、ありがとう。
さようなら、アルマ。
~~~~~
「鬼っ! 外道っ! 悪魔っ!! あなたサイテーですわっ!!」
「いや、その、……君、誰?」
「セリス、目が覚めてたんだ」
目が覚めた時に、ウルハが魔王を倒したのが見えた。
あのウルハが、あの計り知れないほどの強さを見せた魔王を討伐するなんて、と目を丸くして驚いたのも束の間。
アルマが旦那様と思しき殿方と並びながら、ウルハへ別れを告げた。
それをウルハはこれまで見せたことのないような、必死の形相で引き止めていた。
……羨ましい。羨ましすぎますわアルマ。●ねばいいのに。
かと思ったら、ウルハに向かってアルマの旦那様が煽り出した。
燻ぶっていたウルハの想いを焚きつけて、それを思いっきり言い放させた。
その直後、旦那様は大義名分ができたと言わんばかりにウルハを殴り飛ばしやがりましたわ。
立場上、そんなことを言われたら怒るのは当然とはいえ、いくらなんでも酷すぎますわ!
「ウルハの想いを煽って聞き出して、その挙句殴り飛ばすなんて人の所業じゃありませんわ!」
「……確かに、ひどい」
「自分でも酷いとは思うけどな。想いを押し殺したまま別れるよりは、いっそ告白して玉砕したほうがスッキリするでしょ。そのほうが、彼も今後の人生前向きに歩めるだろ」
「それにしたって、やりかたがあまりにも容赦なさすぎますわよ……」
死にそうな顔で地面に倒れているウルハを眺めていると、どうにも憤りが抑えられない。
それを治療しているのがこの旦那様だというのもなんだかモヤモヤしますわ。
アルマとの恋が実らないのは、こちらとしては好都合。
むしろ、これに近い状況になることを見越してこれまで立ち回ってきました。
でも、さすがにあんな仕打ちをするなんて予想できませんでしたわ……。
「これまで伴侶を放っておいて、その間に世話を焼いていた者によくこんなことができたものですわね」
「確かにウルハ君はアルマを助けてくれた恩人だ。アルマに恋心を抱いていても手を出したりはしていなかったみたいだし、これでも相当気を使ってる」
「……もしも、過ちを犯していたらどうしていたんですの?」
「殺す」
うわ、この人本気で言ってますわ! 目が据わっていてもう怖いなんてもんじゃありませんわ……!
「ま、そんな性欲に任せてアルマを襲うようなヤツじゃないってのはよく分かるし、むしろこれまでアルマを助けてくれたことには本当に感謝してるよ」
「感謝の気持ちを表すのに、あなたは相手を殴るんですのね」
「それとこれとは話が別だ。相手がどんな大恩人だろうが、たとえ国王だろうが神様だろうがアルマを奪おうってんなら絶対に許さない」
「……」
ウルハを眺めながら申し訳なさそうにしながらも、どこか嬉しさを隠せない表情でアルマが顔を赤らめている。
……記憶を失っているっていう話でしたけれど、この旦那様への恋心だけは憶えていたということでしょうか。
「ウルハがアルマに手を出していないと、よく信じられましたわね」
「この剣を持ってても、なんともなかったみたいだからな」
「? っ!……触ると、ビリビリする……」
あ、ああ、そういえばウルハもその天叢雲剣を扱っていましたわね。なるほど、それで。
……あら? アルマ、あなた、扱えないんですの……?
その後、ウルハが目を覚ます前に元いた場所へ帰るとアルマと旦那様は決めたようです。
またズルズルと名残惜しむよりは、キッパリと別れたほうがいいとのことで。
アルマからはこれまでの、そしてこれからのウルハへの言葉を受け取りました。
お二人からの伝言と頼み事を承ると、すぐにお二人の姿が目の前から消えました。
……どこへ、どうやって消えたのでしょうか。魔王が使っていた転移魔法かなにかでしょうか。
消える直前に『ラーメン』がどうとか謎の会話をしていましたが、なんのことかしら……?
……この女のメッセンジャーとして使われるのは癪ですが、まあ内容が内容ですので承りましょう。
そのほうが、私にとっても都合がよろしいですからね。フフフ。
実際、目論見通り失恋したウルハを支えるポジションにつくことができましたし、これで私との距離も縮まったことでしょう。
ふふふふふ、概ね計画通り。
貴女は本当にキューピッドとしてよくやってくれましたわ、アルマ。
『ああ、あとコイツを自然の森かどっかに放ってやってくれ。見た目はグロいけど人や魔族を襲わないように言い聞かせてあるから、君たちに対しては無害だよ』
『ギィ……』
……さて、ところでこの謎の生物をどこへ放てばよろしいのでしょうか。
最後の最後に厄介な置き土産を残していかないでほしいですわー……。
~~~~~
ウルハ君のいた世界から日本へ戻る前に、アルマの記憶喪失を治しておきたい。
メニューさんいわく、そのためには俺と二人でいる時間が必要だと言っていた。ホントかよ。
だが、まずは腹ごしらえだ。アルマも俺も魔王や魔帝戦で随分とスタミナを消費して、腹と背中がくっつきそうなくらい空腹だ。
アルマになにが食べたいか聞いてみたら、『ラーメンというものを食べたい』と言ってきた。
レシピ帳に作りかたが書いてあったけど、上手く作れなかったから本物を食べてみたいんだとかなんとか。
で、やってきたのは日本、ではなくまた別の世界のとある飯屋。
俺が『アナライズ・フィルター』を手に入れた、ポストアポカリプスっぽい世界に出店しているラーメン屋だ。
こんな終末世界にもラーメン屋があるなんて不思議だなーはははー。
屋台のカウンターでツルツルと美味しそうに麺を啜るアルマ。
……その横には、回転寿司屋の皿のようにラーメン用の器が高々と積み上げられている。
「おかわり」
「……おい梶川君、アンタの嫁さんもう十杯目なんだが。食いすぎやろ」
「……別の世界のステータスの影響か、スタミナの貯蔵仕様に変化があったみたいでさ。悪いけど追加してやってくれ……」
「そういうアンタももう十三杯目じゃねーか! ただでさえ忙しいのにマジお前らなんなの!? オレ氏、過労死しちゃうよ!?」
ウルハ君のいた世界のステータスに相当する『プロフィール』にはHP・MP・SPの表示こそなかったが、元々のステータスとは別に換算されているらしい。
その分のスタミナを大量に消費した場合、常人の何倍もの飯を食う必要があるらしい。
……今後は極力元々のステータス分だけ気力を消費することにしよう。でないと食費だけで家計が火の車だ。
ラーメン屋の店主こと『吉良 一也』さんがせっせとラーメンを作っているけど、なんでこんな異世界なんかでラーメン屋なんかやってるのやら。
「異世界のアイテムとか梶川君からもらった金属とかネットオークションとかで売ろうとしたら、どうもそういった『異世界の存在を取り締まる組織』みたいなのに目をつけられてさぁ。あと一歩で捕まるところだった……」
「で、ほとぼりが冷めるまでこっちの世界に避難しておこうとしたわけか」
「うん……まあ食糧なんかを買い込むために一時的に戻ることはあっても、しばらくは主にこっちでの生活を続けることになりそうなんだよね。やれやれ、せっかく日本に戻れたと思ったのに、結局また異世界生活とかオレ氏泣きそうなんですが」
「……ドンマイ」
この世界の通貨は銅貨・銀貨・金貨が使われているらしく、金貨を日本に持ち帰って換金して生計を立てているとか。
美味な食料が貴重なこの世界じゃかなりの人気店らしく、収入は結構なものだとか。
グチグチ言ってるわりには、案外充実してそうだな。
あ、ちなみに元々勤めていた会社は更地になっていたらしい。アンタもかよ。
その後、俺とアルマで合計五十杯ほど食べたところで『もう勘弁してくれ』と言われたので、強制退去。
あと軽く十杯くらい食えそうだったが、吉良さん泣きそうな顔してたしこれ以上はやめとくか。
「あ、空きました、空きましたー、いらっしゃい、いらっしゃいー」
「店主のおっちゃん、ラーメン四つー!」
「二つで充分ですよぉ!」
「いや今日は四人で来てるからね!? ちゃんと四杯寄越しなさいよ!」
席を立ってから、他の客を疲れた声で接待する声が聞こえた。
……異世界でその映画のネタ分かる奴いるわけねーだろ吉良さん。
お読みいただきありがとうございます。
カジカワがこれまでなにやっていたかは、次回あたりダイジェストで書こうかと。




