異世界アルマ 17話 煽った挙句にこの仕打ちである
『ヴォォォオアアアアアア゛ア゛ッ!!!』
魔帝の亡骸を取り込んだ魔王が、人とも獣ともつかない禍々しい雄叫びを上げながらこちらを睨んでいる。
標的は僕か。……ていうか、カジカワって人とアルマがものすごく後ろのほうに下がってるから必然的に僕が狙われてるってだけじゃないかコレ!?
「くるぞーガンバッテー」
「あの、ちょっと!? なんで僕だけで戦うような流れになってるの!?」
「あれくらい今のウルハなら倒せる。自分を信じて」
「無茶言わないでよ! アイツすごく強そうだし、僕は使えそうな剣も持ってないんだよ!?」
今の魔王相手に僕の持ってる剣じゃ歯が立たないというか、物理的に刃が立たないだろう。折れるだけだ。
アルマの剣ならなんとか使えそうだけど、アレはどうにもアルマ以外の人が使うとやる気を出してくれないみたいだし……。
「剣ならコイツを使いなよ。……なんか俺が持ってると反発するなこの剣」
「それは……天叢雲剣?」
「うん、さっきの魔帝が使ってた剣だね。いてててて……さっきから持ってるだけで地味に痛いんだけどなんだコレ? ……『清らかな乙女か清廉潔白な男性しか持つべからず』ねぇ。要するに処女厨か、ユニコーンみてーな剣だなオイ。じゃあ、パース」
「お、おわわっ」
なにかを呟きながら持っている剣を顔を顰めて眺めている。
こちらに向かって投げられた天叢雲剣を、慌ててキャッチした。……危ないから刃物を投げて渡すのはやめてほしいんだけど。
元々はセリスが扱っていた剣だしちょっと申し訳ないけど、勝手ながら使わせてもらうとしよう。
それにしても、見た目は無骨な剣なのによく手に馴染む。
アルマの剣が僕を嫌っているように感じるのに対して、この剣は僕に好意を示してくれているように感じる。
「ウルハ君、持っててピリピリしたり痛かったりしないかい?」
「え? いえ、むしろすごく手に馴染みますけど」
「……ふむ、どうやらアルマに手を出したりはしてないみたいだな。もしもやらかしでもしていたら 」
さ、最後のほうでなんだか不穏な呟きが聞こえたような……。
どうやらカジカワって人はこの剣に拒絶されているみたいだけど、どうしてだろうか。
「ついでだ、こいつも渡しとく」
「それは、鏡と勾玉?」
「ああ。鏡は『所有者の受けるダメージを大幅に軽減』して、勾玉は『所有者に無限の魔力と気力を与える』効果があるらしい。……なんだこのクソチート装備は。今の俺じゃ扱えないのがマジで残念だわー」
よ、要するに僕に対する攻撃が効きにくくなるうえに、どんな無茶な戦いかたをしてもずっと疲れずにいられるってことなのかな。
だとすれば、少しは勝ち目が見えてきたかもしれない。
……いや、そうだとしても僕一人で戦わなきゃいけない意味が分からないけど。
『死ねェェぁぁああ小僧ぉぉおおオオアッ!!!』
「っ……!」
踏み込んだ地面を大きく抉り、こちらに魔王が突っ込んできた。
さっきまでの魔王、いや魔帝すら凌ぐ速度。並の人間なら触れるどころか近付いただけで粉々になって吹っ飛ばされるだろう。
なのに不思議と、それをまるで脅威に感じない自分がいることに気付いた。
「『流水剣舞』」
相手の攻撃を受け流し、反撃に転じる技能『流水剣舞』。
本来、これだけ膂力に差がある相手に通じる技能じゃない。
受け流そうと思っても、無理やり押し込まれてやられるだけだ。
『そんな小手技で、私ヲどうにかできるト思うなァァアっ!!』
「……ふっ!」
『ゴハァッ!?』
しかし、僕の三倍近い膂力を誇る魔王の攻撃を容易く受け流して、体勢が崩れた魔王の腹に思いっきり剣を叩きつけることができた。
鏡のダメージ軽減効果のおかげでもあるかもしれないけれど、あまりにも簡単に迎撃できてしまった。
僕よりずっと速くて力強いのに、動きが雑過ぎる。
この半月ちょっとの間続けていた、僕の何倍も強くて何百倍も洗練された剣を振るうアルマとの稽古に比べたら、子供とのチャンバラごっこに付き合っているようなものだ。
斬られた腹を押さえながら、忌々し気にこちらを睨んでいる。
……一回斬りつけたくらいじゃ、さして効いてないみたいだな。
『こ、この程度で、調子に乗るなァッ!!』
魔王の手から、今度は炎が噴き出されていく。
まるで竜の吐き出す怪焔。火山の噴火のような勢いのそれは、地面すら焼き溶かしてマグマへと変えていく。
こんなものをまともに浴びたら、一瞬で消し炭になってしまうだろう。
鏡によるダメージ軽減効果もおそらく大して意味をなさないくらいの超高火力だ。
それがどうしたって話だけど。
「『先読みの眼』『瞬発駆動』」
『ナっ……!?』
『先読みの眼』で魔王の動きを予測して、炎の軌道を読んで放たれる炎を『瞬発駆動』を連続で発動して回避。
『瞬発駆動』はほんの一瞬だけものすごく速く身体を動かすことができる技能で、こんなふうに何度も使っていたらすぐにバテてしまうけれど、勾玉の効果で疲れることなく発動できる。
職業技能を使わずとも避けられるくらい単純な動きだけれど、油断はしない。
「『ラピッド・スラッシュ』ッ!!」
『オゴぉっ!? ガグギャガギャガガガガっ!!?』
瞬きほどの間に、数十回もの斬撃を浴びせる連続攻撃技能。
並の相手なら細切れだろうけど、魔王相手だと全身に切創ができるくらいのダメージしか与えられないみたいだ。
だけど、それでも十分な効果はあったようだ。
『な、ナゼだ!? 魔王二体と、魔帝ヲも取り込んダ私ガ、このような小僧になぜテも足も出ナイっ!?』
「……力は凄くても、それを振るうお前の動きがお粗末すぎるからだよ。自分でも言ってたじゃないか、ド素人の動きだって」
『ぐッ……!』
戦いの腕がお粗末でも、その耐久力は侮れない。並の攻撃じゃ倒すのは難しいだろう
トドメを刺すためには、僕の使える中でも最強の攻撃技能を当てなければならない。
技能の発動準備をしているところで、魔王が天高く跳び上がった。
そして背中に翼を生やして、逃げようとしている。
「っ! 逃げる気かっ!」
『お、覚えているがいいっ!! いつか、貴様も、そこのバケモノどももまとめて殺して――――』
「はい、おすわり」
『ゴヴォッ!? ギ、ギャァァアアアっ!!!』
……逃げる前の捨て台詞を吐いている最中に、なぜか魔王が地面に向かって急降下して墜落した。
カジカワって人が『おすわり』って言ったのと同時に落ちたけど、この人がなにかしたんだろうか……?
「どこへ行く気だぁ?」
『ひっ……!! ゆ、ゆ、許してくれぇっ!! わ、私の負けだ! もう勘弁してくれぇっ!!』
「それ前にも聞いたぞ。俺は仏様じゃないので二度目でアウトだ。それじゃあウルハ君、トドメよろ」
「は、はい」
『い、い、イヤダァァアアぁぁああああっ!! 死にたくないィっ!! 助けて! 助けてクレぇええっ!!』
地面にめり込みながら命乞いしている魔王を見ていると、なんだか酷く憐れに思えてくるけれど、コイツを放っておけばまた再び災いを撒き散らすのは目に見えている。
せめて苦しまず一瞬で逝けるように、渾身の力を籠めて剣を振るった。
「『山斬り』っ!!」
『イヤァァァアギャァァアアアアアアアッッ!!!!』
『山斬り』はその名の通り、使いかたによっては山すら切り裂く巨大な斬撃だ。
振るった剣が魔王を真っ二つにして、その余波で大地が割れた。
……我ながら酷い環境破壊だなぁとか、そんなことばかり思ってしまった。
ここまでお膳立てされたら、魔王を倒しても大した感慨も湧かない。
ただ、そのおかげでまたとてつもなく強くなったのが、自分でも分かった。
「お見事。……おおー、魔王を倒したからか能力値が滅茶苦茶上がってるな。多分、今の君は世界一強いんじゃないか?」
「うん。多分、私よりも強くなってる」
「そ、そんなことないよ。それに、僕だけじゃ絶対に魔王を倒すことなんかできっこなかった」
「それでも、ウルハは強くなった。もう誰からもバカにされることなんかないくらいに、立派に成長した」
「そ、そう、かな……」
アルマが、こんなふうにべた褒めしてくれるのは初めてかもしれない。
そうだ、アルマの励ましの言葉のおかげで、ここまで強くなれたんだ。
決して、僕だけの力じゃない。だから、アルマにも感謝しないと――――
「だから、もう、大丈夫」
「……え……?」
アルマがどこか後ろめたそうに、言葉を続ける。
「ウルハは、もう私がいなくても、立派に生きていける」
「あ、アル、マ……?」
「記憶も身寄りもない私を、助けてくれてありがとう」
いやだ。
やめてくれ、それ以上、なにも言わないでくれ。
「……今日で、お別れ。勝手なことを言うようだけれど、ここで、私は――――」
「ま、待って! 待ってくれ!!」
「……ウルハ」
そこから先の言葉を聞くことに耐えきれず、大声で言葉を遮ってしまった。
グチャグチャになった感情のままに言葉を発しているのが自分でも分かる。
「いやだ、いやだっ! ここでお別れなんて、あんまりだよ!」
僕は、なにを言っているんだ。
彼女には、隣に夫がいるじゃないか。
何様なんだ、僕は。
僕は、彼女となんの契りも交わしていないのに。
「分かってる! 僕はたまたま記憶を失くした君と出会っただけの、ただの部外者だ! でも、それでも!」
それでも、別れるのは嫌だ。
彼女がいなくなってしまうなんて、いやだ。
アルマがいない明日なんて、絶対に嫌だっ……!!
「……いかないで……アルマっ……」
「ウルハ……」
みっともなく、まるで小さな子供がいじけるように泣きながら、アルマを引き止め続ける。
それに対して、アルマは困ったように、別れを惜しむように顔を伏せながら、どうしたらいいのか分からないといった表情をしている。
……最低だ、僕は。別れを切り出す勇気を彼女から出してもらったっていうのに、僕はそれを踏みにじって、こんなわがままを言ったりして―――――
「あー、ちょっといいかい?」
……泣きながら自己嫌悪に陥っているところに、旦那さんが口を開いた。
気まずそうに顔を顰めながら手を上げている姿は、やはり軽いものを感じさせる。
それを見ただけで、悲しい気分が幾分か和らぐくらいに。
「ウルハ君、正直に答えてほしい。……君は、アルマのことが好きなんだね? 人間的な好意じゃなくて、一人の男として彼女に恋してるってことでいいか?」
「それは……」
「いいから答えろ」
「……はい」
彼女の結婚相手に対して言う答えじゃない。自分でも最悪なことを言っている自覚はある。
だけど、こればっかりは嘘を吐きたくなかった。
「分かる。アルマ可愛いし優しいし親切だし頑張り屋だし面倒見がいいし仕草一つ一つの破壊力がヤバいし、君が惚れるのも無理はない。……怒るとマジで怖いけどな」
「……」
惚気に聞こえる言葉を並べて、同意を示してくる。
……横で聞いてるアルマが、顔を真っ赤にしながらちょっと怒ったような顔をしているけれど。
「さて、そんなアルマの『夫』なんて存在が現れたせいで、このままだと君は彼女と別れる羽目になるわけだが」
「っ……!」
「それでいいのか?」
「……はい?」
「君は、アルマと別れたくないって気持ちと、それでも彼女には夫がいるからダメだって気持ちがごちゃ混ぜになって、自分でもどうしたらいいのか分からなくなっている。違うか?」
「……」
なんで、そんなことを聞いてくるんだ……?
この人が『ふざけるな、彼女は俺の妻だ』って言えば、それで僕の言い分なんか簡単に跳ね除けられるだろうに。
「君のアルマに対する想いはそんなもんか」
「っ……なにを……」
「本当に好きになった相手のためなら、それ以外のもん全部度外視してでも彼女を手に入れようって気にはならないのか。夫がいる? そんなもんが諦める理由になるなら最初っからなにも言わずに黙って見送るべきだろ」
「ぼ、僕はっ……!」
「もう一度聞く! 君は、アルマが好きか! アルマに夫がいたならそいつから奪い取ってでも、彼女を手に入れて幸せにするくらいの覚悟があるかっ!!」
……ああ、この人は、僕に気を使ってくれているんだ。
僕が、アルマを助けたことに、恩義を感じているからこそ、こんなことをわざわざ言ってくれているんだ。
でなければ、こんなことを聞いてくるはずがない。この人も、アルマのことが本当に大好きなんだろうから。
なら、それに対して、僕も真摯に応えよう。
自分の気持ちを嘘偽りなく言い放って、彼と真っ向からぶつかろう。
「あるっ!! 僕は! 彼女が、アルマがほしいっ! たとえあなたがアルマの夫でも、たとえ奪い取ってでも! 彼女とこれからも一緒にいたいんだっ!!」
「よし、死ねっ!!!!」
最後にそう聞こえたかと思ったら、顔面にとんでもない衝撃が走った。
斜め上に自分の身体が吹っ飛んでいるのが、地面でアッパーを繰り出した後のカジカワさんと、呆然とそれを眺めているアルマの姿を見下ろすことで分かった。
……ああ、うん、僕、殴り飛ばされてるんだね。
強烈な顔の痛みと鼻にツンとした刺激を覚えつつ、空を飛びながら僕の意識は薄れていった。
お読みいただきありがとうございます。
異世界アルマ編は次で終了の予定。
なんでこんな話を書いたかというと、思い付きですがなにか。
あるいは、日本に帰還した後の展開のためにパラレシア以外の異世界でも強力な能力を扱う人間がいるってことのアピールとか。




