異世界アルマ 16話 死ぬがよい
「いやあのホントに忘れてたとかそういうのじゃなくてこれでも合流するために死ぬ気で変なダンジョン攻略しててですねこっちじゃ二十日くらい時間が経ってるみたいだけどあのダンジョンじゃ時間の流れが違うらしくて二日くらいしか経ってないみたいで―――」
「……」
いきなり空間をぶち破って黒髪の青年が出現したかと思ったら、アルマに土下座して謝ってきた。
その後はいまいち要領を得ない言い訳を並べて必死に弁明しているみたいだけれど、言ってることの意味がよく分からない。
「ごめん、ちょっとストップ」
「アッハイ」
弁明の途中でアルマが制止を促すと、軽く返事をしてからマシンガントークを止めた。
……底知れない存在感とは裏腹に、なんだか軽そうな人だなぁ。
「まず、あなたは誰?」
「ぐっ……! だ、『誰』ときましたか。アルマ、やっぱものすごく怒ってる……?」
「怒ってない。いいから答えて」
なんだかショックを受けているみたいだけれど、本当にアルマは怒っているわけじゃなさそうだ。
死にそうな顔をしながら、青年が口を開いた。
「……梶川光流です」
「あなたは、私にとってのどんな存在?」
「夫です。先月君と結婚したばかりですよ」
「おっ……!?」
お、お、夫っ……!!?
やっぱり、アルマには、恋人が、それどころか、結婚相手がいたのか……!?
い、いや、でも、年齢差があるし、もしかしたら自称夫って言ってるだけで事実じゃないかもしれないし……!
「カジカワヒカル、それは、本当?」
「本当ですがなにか。……あの、謝りますからホントに勘弁してください。ずっと会えなかったからって怒るのも無理ないけど、そんなフルネームで呼んだりして他人行儀にされるのは怒鳴られるよりキツいんですが……」
「怒ってるわけじゃない。ただ、私、記憶が無くなってるみたいだから……」
「へ? ……っ? 『状態:記憶喪失』って表示されてるけど、転移のショックかなんかで記憶を失ったのか?」
「転移……?」
「……ってことはアレか、アルマがなにも覚えてない状態のままひとりぼっちでこの世界に放り出されたのを、俺はいままでずっと放置していたってことか。……ちょっと首吊ってこようかな」
心底落ち込んだ様子で顔を覆う青年。顔のやつれ具合が三割くらい増したような気がする、
『この世界に放り出された』? なんだか妙な言いかただけど、どういう意味だろうか。
「アルマならそのへんの雑魚相手に後れをとったりはしなかっただろうけど、よくこれまで無事だったな」
「行き倒れていたのを、ウルハが拾ってくれたの」
「ウルハ? ……そちらの彼のことかな? 挨拶が遅れて申し訳ない、アルマの夫の梶川光流と申します。アルマを助けてくださり、感謝に堪えません」
「え、ええと……」
どうしよう。こうまでハッキリと『アルマの夫です』って宣言されると『本当ですか?』って確認するのはちょっと躊躇ってしまう。
でもいきなり空間を引き裂いて現れた人の言葉を鵜呑みにするのも問題だし……どうしようか。
「カジカワ、ヒカル、……ヒカル。あなたは、ヒカル」
「うん……やっといつも通りに呼んでくれたか、よかったー嫌われたのかと思ってマジ焦ったわー」
アルマが、青年の手を取りながら何度も名前を呼んでいる。
……これまで、一度も見せたことのない、どこか満たされたような表情で。
「あ、あいつは……! あのバケモノは……!!」
『ば、ば、バケモノめぇっ! 間一髪で魔界から帰還できたと思ったら、自力で門をこじ開けて追ってきおった!!』
「そこ、人のことをバケモンバケモンうるさいわ」
魔帝と魔王が青年を見て、顔を青くしながら狼狽えている。
……この二人はこの人になにをされたんだろうか。
『ふ、ふ、ふははっ! だが、考えようによっては好都合よ! 魔神器を手にした我に敵はおらん! 先ほどまでのようにいくと思うな!』
「魔神器? ……なにその三種の神器まんまな装備は。性能エグいなオイ」
『この場で貴様を叩き斬り、我が怒りと恥辱を雪いでくれる!!』
天叢雲剣と鏡と勾玉を身に着けて、魔帝が青年に剣を向けて怒鳴っている。
敵意を剝き出しにして、今にも襲いかかってきそうだ。
まずい、天叢雲剣は時を操る能力を持っている。しかも鏡と勾玉もどんな能力があるか分からない。
そんな強力なアイテムを、元々とんでもなく強い魔帝が扱ったりしたらどれほどの強さになるのか。
「なら、こっちもそれ相応の武器を使うとしますか」
『させるか! 死ねぇいっ!!』
瞬きほどの間に魔帝が青年の目の前に現れて、気が付いた時には剣を振るっていた。
は、速すぎる! あんな速度じゃどうすることも―――
青年が剣で斬られる瞬間、ギィンッ と甲高い金属音が響いた。
あの一瞬で武器を構えて、剣を防いだっていうのか!? なんて反応速度だ!
それに、魔帝が扱っている魔神器を防ぐほどの強度の武器なんて、いったいどれほどの業物なんだろうか。
「……え?」
青年が構えている武器は、短刀ほどのリーチだった。
反りのあって細長く、刃物じゃなくて棍棒のようにも見える。
というか、全体が真っ黄色で、ところどころに茶色い斑点があって……。
……バナナだアレ!
『き、貴様、そんなモノで、天叢雲剣をっ……!?』
「お前とそのナマクラ相手じゃこれで充分だっつってんだよ、ハゲ!」
『ゴヴォゥハァッ!!?』
そのままバナナで魔帝の顔面を殴ると、派手に吹っ飛ばされてきりもみしながら地面に墜落した。
どう見てもバナナの硬度じゃない。意味が分からない。
ああ、うん。これで分かった。
この人、間違いなくアルマの旦那さんだ。
……確信するきっかけが酷すぎる。
『ば、バカ、な……! 『八咫鏡』は、所有者に降りかかるあらゆる攻撃を軽減するはず……!?』
「コレのことか?」
青年の手には、魔帝が身に着けていたはずの鏡と勾玉が握られている。
……いつ、どうやって奪い取ったんだ……!?
『い、いつの間に……!!?』
「攻撃してきた時、モグモグ、隙だらけだったんでパクった。もぐもぐ、チート装備も魔力操作で持ち上げて、アイテム画面に放り込めばご覧の有様ってな」
バナナを食べながら、また意味の分からないことを言う青年。
このマイペースっぷり、まるでガダンを叩きのめしたアルマの再現を見ているようだ。
「さて、お前生かしておくとロクでもないことになりそうだし……そろそろ死ぬがよい」
『ひっ……!!』
魔帝の顔にゆっくりと手を翳すと、その表情が恐怖に染まったのが見えた直後、……魔帝の頭が、爆ぜた。
殴ったわけじゃない。ただ手を翳していただけなのに、弾け飛んだ。
な、なにをしたんだ……!?
「……カー……」
「えっ……?」
「……パイルバンカー」
アルマが、小さな声で呟いたのが聞こえた。
パイル、バンカー? さっきの、魔帝の頭を弾き飛ばした技の名前かなにかなのかな?
……これまで目立った記憶の回復の兆しが見えなかったのに、この青年、カジカワヒカルが現れてから堰が切れたようにどんどん思い出していっているみたいだ。
「うわ、また無駄にこっち側のステータスっていうかプロフィールってやつの能力値が上がっちまった。魔帝ってのは伊達じゃなかったんだな。能力値上昇おいしいです」
「ま、魔帝が……一撃で……」
「さて、どうする? 大人しく捕まるってんなら、半殺しで済ませてやるが」
「く、くくっ……」
首のない魔帝の亡骸を抱えて、魔王が身体を震わせている。
絶望して呻いているのか、か細い唸り声を漏らして……いや、違う。
魔王の顔は絶望していない。……笑っている。
「ククククッ……! 好都合だ、まさかこうもスムーズに魔帝を取り込めるとはなっ!!」
「んー……?」
魔王が魔帝の身体に噛み付いたかと思ったら、一瞬で口の中にその全てが吸い込まれていった。
な、なんだと……? 魔帝を取り込んで、食べた……!?
「これが私の長年にわたる研究成果だよ! 異世界の存在を己が身に取り込み、我が物とする技術だっ!」
「……おいおい、それって食い過ぎるとヤバいヤツじゃねぇか? メニューさんいわく『大量に存在を取り込み過ぎると、自我を失う危険性あり』って表示してるんだけど」
「その通り! 故に、取り込む数は少なく、かつ強力な存在を取り込むことが理想だ! よもやここまで立て続けに取り込めるとは、私自身も予想できなかったがな!」
「……『先代魔王』と『魔王候補』ってのがお前の中に表示されているが、そいつらも取り込んだってのか?」
「そう、そうだとも! こちらの世界に飛ばされた時と場所が、絶妙に素晴らしい条件が揃っていたのだ!」
先代魔王と、魔王候補を取り込んだ?
まさか、魔王二人分の力っていうのは、その二人のことか……!?
「魔王候補が先代魔王を倒して魔王となる継承戦。その決着がついた直後に私は飛ばされた。万全の状態ならば歯が立たなかっただろうが、継承戦で消耗した死にかけの魔王どもを取り込むことは、非力な私でも難しくはなかったよ」
「うわ、せこいわー」
「やかましいっ! それに魔帝の力が加われば、最早敵はないっ! う、うぐぅぅうう……!!」
魔王の身体が膨らんで、大きくなっていく。
普通の人間と変わらない姿だったのが、禍々しく変化していく。
魔帝を取り込んだ影響か、頭に角が生えて牙と爪が伸びて鋭くなり、全身に目がまばらに生じていき、次々と開かれていく。
もはや、人間だったころの面影はほとんど残っていない。
まさに怪物と呼ぶに相応しい姿だ。まだ魔族たちのほうがよっぽど人間らしく見える。
『死ネぇえええ!! 貴様ら全員、まとめテすり潰して喰い殺しテクレるワァァアアぁあぁあっ!!!』
「うーわ、キモい。まるでこいつの醜さがそのまんま形になったみたいだなーグロいわーキモいわー」
「……同感」
暢気に感想を述べる青年と、それに同意するアルマ。
いや、そんな悠長に話してる場合じゃないと思うんだけど!?
さっきまでより、さらに力が増している。
こいつを倒すには、もう常識的な手段なんかじゃ歯が立たない。
いや、この青年ならもしかしたら倒せるのかもしれないけれど。
「ヒカル、アレを倒せそう?」
「んー……勇者以外が魔王を倒すと、強制的に次代の魔王に任命されるシステムっぽいな。パス」
「え? ぱ、パスって……?」
「これ以上物騒な称号はいりません。というわけで、後は君に任せる。よろしく」
よろしくって、え、僕? 僕に言ってるの?
いや待って、ちょっと待って。アルマにもこれまで散々無茶振りされてきたけど、今回ばかりは本当に無理だ。
今の僕は勇技の影響で能力値がとんでもなく強化されているけど、目の前の魔王はその軽く三倍くらい強そうなんだけど。
……どうしろっていうのかな?
もしかしてこれって遠回しに死ねって言われてるの?
お読みいただきありがとうございます。
次々回くらいで、異世界アルマ編終了予定です。




