異世界アルマ 13話 憤慨魔王
人族領と魔王領の境界。
本来なら互いに不可侵の領域を隔てるこの場所に、人族の手練れたちが集まった。
そして、魔族たちも。
「そっちはどいつもこいつもいい面構えしてるねぇ。こっちのボンクラどもにも見習わせたいくらいだよ」
「人族の剣神殿にそう言っていただけるとは、光栄の至りですな」
剣神のお婆さんが魔族側の大将と、一見和やかに見えるほど穏やかな口調で話している。
……二人とも、目が笑っていないけれど。
魔族といっても、それほど大きな違いはない。
頭に角や獣のような耳が生えていたりとか、牙や爪がちょっと鋭かったりとかするけど、それ以外はほとんど人族と同じ容貌だ。
魔族の大将も、身長3メートル近い巨躯でとんでもなく筋骨隆々とした身体だけど、身体のサイズ以外は人族となにも変わらない。
これから、彼らと戦争をするのか。
いっそのこともっと禍々しい容姿だったのなら、魔物退治と似た感覚で戦えただろうに。
魔族との戦争、と言うと随分と大規模な闘争のイメージがあるけど、違う。
昔から、魔族との戦争は互いに最小限の被害で済むように、手練れの精鋭を戦わせ合って行う。
はずなのに。
「……で、面構えはともかくそっちの数が明らかにルール違反なわけだが、それについて申し開きはあるのかね?」
「申し訳ない。新たな魔王の意向で、このような手段をとらざるを得なくなってしまいましてな」
「『魔王』か。呼び捨てとは、随分と人望のないやつが座に就いちまったみたいだねぇ」
こちら側の人数は、二十人程度。
剣神のお婆さんをはじめとした手練れたちに、勇者が三名。
人族領の中では最強の人員が集まっていて、下手すれば王国軍の総戦力に匹敵するくらいの戦力だろう。
悪い意味で僕を、別格という意味でアルマを除いて。
それに対して、魔族側はその十倍は数を揃えている。
しかも数合わせで入れられたような人がいないのが、見ていて分かる。
全員がこっちの戦力と遜色ないほどの手練れだ。どう考えてもこちらが不利だ。
「そんだけの戦力があるなら、暴君の魔王くらいなんとかできるんじゃないのかい?」
「……無理ですな。ヤツは人格面はともかく、強さだけは歴代の魔王様方を遥かに上回るので」
「なんとまあ、そんな奴が今までどこに隠れてたんだい?」
「分かりませぬ。ヤツは急に現れ、先代の魔王様と……」
『いつまで無駄話をしている』
!?
空から、誰かの声があたりに響き渡った。
静かなのに、大きな声だ。音を増幅させる魔法かなにかだろうか。
「っ……魔王、様」
『貴様らに命じたのは、魔神器の収集と邪魔者の駆除のはずだ。貴様らの中では、世間話をすることが駆除だという認識なのか? だとすれば、とんだ無能を部下に持ったものだ』
その声は傲慢さが滲み出ていて、聞いているだけで不快になってくるような濁声だった。
この声の主が、魔王か……!
『早急に片付け、魔神器を捜索・回収せよ。いったいいつまで待たせる気―――』
「魔神器ならここですわ」
えっ……?
声がしたほうを向くと、セリスが薄緑色にぼんやりと光っている無骨な剣を見せながら、得意げに微笑んでいるのが見えた。
え、ええ? まさか、セリスが持っているそれが、魔神器?
『ほほう、まさかそちらから用意してくれるとは。随分と気が利くではないか』
「……おい剣帝のお嬢ちゃん、なに相手の目的のブツを見せびらかしてんだい……!」
剣神のお婆さんが額に青筋を浮かべながらセリスを咎めている。
当然だ。あんなの、奪ってくださいと言っているようなものじゃないか!
『さて、一応聞いておこうか。大人しくその剣を渡すつもりは?』
「欲しいのですか? ならば力ずくで奪ってみるといいですわ。……できるものなら」
『ククッ、まあそうくるだろうな。では、望み通り奪い取ってやろう。……かかれ』
『かかれ』と告げた直後、魔族たちの目に妖しい紫色の光が灯った。
その顔に表情は無く、さっきまでとはまるで雰囲気が違う。
「な、なんだか魔族たちが危ない顔になってますね……」
「魔王の技能で部下たちを操り人形に変えたかね。まったく悪趣味な……」
どうやら魔族たちは魔王に操られているらしい。
意志を奪って、魔王の傀儡として振る舞わせる技能か。ひどいな。
「ま、おうさまの、ために、その、けんを、よこせ」
「よ、こせぇ……!!」
「嬢ちゃん下がってろ! 奴らの目的は、アンタの持ってるその剣だ! なんでそんな見せびらかすような真似をしたんだよ!」
槍を持った『勇者』が、セリスを庇うように構えながら叫ぶ。
……もっと言ってあげてほしい。本当になんであんなことしたんだろうね。
内心呆れながら魔族たちを迎え撃つ態勢に入ると、こちらに向かってくる魔族たちに向かってセリスが立ち向かった。
ちょ、だから前に出ちゃダメだって!?
「そのけんを、よこせぇ!!」
セリスに受かって、魔族たちの刃が迫る。
五人がかりで、確実にセリスを仕留めるつもりで襲いかかってきてる。
まずい、いくらセリスでも多勢に無勢だ!
「がっ!?」
「うわぁっ!」
「……遅いですわ。文字通り、止まって見えるというものです」
その全てを同時に、そう、まったく同時にセリスは叩き伏せた。
う、動きが、見えなかった……!?
「魔神器『天叢雲剣』。これを扱えるようになるには少々時間がかかりましたわ。まったく、奪われないように手練れに持たせるべきだというのには同意しますが、そのせいでウルハとの時間が……」
『ふむ、天叢雲剣の能力か。時空間を切り裂き、短い間ならば周囲の時すら操るというのは本当のようだな』
「ふふっ、その通りですわ。清らかな乙女か清廉潔白な男性にしか扱えないという制約はありますが」
『あるいは力ずくでねじ伏せ無理やり扱うか、だな』
……要するに、あの剣の能力のおかげでセリスはさらに強くなっているということなのか?
ここのところ姿を見せていなかったのは、あの剣を扱うための訓練をしていたってことなのかな。
うぅ、随分縮まったと思った差が、また開いたみたいでちょっと悲しいなぁ……。
『だが、それほどの力をそうそう連発もできまい。この戦力差にどこまで抗えるかな?』
「確かにわたくしだけではいずれバテてしまうでしょうね。ですが、他の方々のことも忘れてもらっては困りますわ」
『ふん、有象無象がたかがその程度集まったところで、なにが―――』
「話が長い」
ドゴォンッ と魔王の言葉を遮って、大きな爆発音が戦場に鳴り響いた。
土煙が立ち込めて、戦場を覆い尽くしていく。
「ゴアッ!?」 「ぐはぁ!」 「ブホォッ!?」 「ギャアァ!!」
その土煙の中で、悲鳴が上がっていく。
土煙をよく観察すると、なにかが目にもとまらない速さで魔族たちを次々と叩き伏せていってる。
「な、なにが起きてるんだ!?」
「お、俺は見たぞ、あの黒髪のお嬢ちゃんがでっかい火球を放って爆発させたんだ!」
「お、おい、魔族たちが……!?」
土煙が晴れた時には、魔族たちは一人残らず地面に突っ伏していた。
……こんなことができるのは、ただ一人。
「これであなたの部下はもう戦えない。いい加減姿を現すべき」
アルマが、魔法を放って土煙による煙幕を張って、それが晴れるまでのほんの十数秒の間に魔族たちを全員叩きのめしたんだ。
……あれ? 僕ら、いらなくない?
『小娘めが、いったいなに……を……!?』
「……?」
ここにきてようやく魔王が狼狽えたような声を出したかと思ったら、急に黙り込んだ。
苦しそうに唸るような、うめき声を漏らしているけれど、どうしたんだろうか。
「どうしたの。くるなら早く――――」
『き、貴っ様ぁぁぁぁああああああああっっ!!! 貴様!! 貴様はぁっ!! 見つけた! ついに見つけたぞぉっ!!』
「!?」
『貴様ぁっ!! 貴様のせいで私はっ! 殺す! あのバケモノもろとも殺してやるぅぅうっ!!!』
かと思ったら、急にヒステリックな大声で怒鳴り散らしてきた。
な、なんなんだ……!? アルマのことを、魔王は知っているのか!?
「い、いったいなにを言ってやがるんだ!? 明らかに正気じゃねぇぞ!」
「……お嬢ちゃん、アンタ魔王となんか因縁でもあるのかい?」
「分からない。記憶がないから」
そして記憶がないからアルマはなにも知らないっていう。
というか、仮に記憶が戻ったとしても、この魔王に対してはどうでもよさそう。なんとなく。
『許さんんん!! 貴様は!! 貴様らだけはぁあっ!!!』
「! 空が……!?」
空に浮かんでいた雲が散っていき、上空からなにかが降ってきた。
それは先ほどの爆発に勝るとも劣らない衝撃を響かせながら、落下地点にクレーターをつくりあげた。
「……ようやくお出ましかい、暴君魔王」
「あいつが、魔王……?」
クレーターの中心には、一つの人影が立っていた。
黒いマントに身を包んだ、黒髪の中年男だ。
? あれ、角も獣の耳も生えてないし、手足も人間のものと変わらない?
……もしかして、魔王は魔族じゃない? 人間なのか?
「はぁぁ……! 小娘ぇ……!! 私の顔を忘れたとは言わせんぞぉ……! 私のなにもかもを、台無しにしてくれおってぇ……!!」
「ごめん、忘れた。私、記憶喪失みたいだから」
「ふ、ふ、ふザケルナァァアアア!!! あれだけのことをしておいて、記憶がないだとぉ!!? 人をバカにするのも大概にしろォっ!!!」
「う、うわぁ、キレ散らかしてやがる……」
「嬢ちゃん、アンタマジでなにやらかしたんだい……?」
「だから、記憶がないから分からない」
頭を抱えてアルマに向かって喚く魔王を見て、剣神や他の皆も唖然としている。
……記憶がなくなる前の彼女は、いったいなにをしていたんだろうか。
「はぁ、はぁ、まあ、いい、この場で、貴様らを皆殺しにすることにはなにも変わらん。……死ぬがよい……!!」
「っ……!!」
「まずいね、こりゃ……!」
魔王がそう呟くと、とんでもない威圧感を放ってきた。
な、なんて存在感だ……! これは、剣神より、いや、下手したらアルマよりも……!!
「魔王と次期魔王をも取り込んだ、この真の魔王の力の前に跪け、下等生物どもぉ!!」
殺意と怨嗟の声を放ちながら、魔王の姿が消えた。
……え? ど、どこへ……!?
「くたばれぇっ!!」
「あぅっ……!!」
気が付いた時には、アルマが魔王に吹っ飛ばされていた。
あの、アルマが、やられた……!!?
「くっ! 見えましたわ!!」
セリスが瞬きもの間に魔王との距離を詰めて、その頭を天叢雲剣で斬りつけた。
しかし、甲高い金属音を響かせながら弾かれてしまい、傷一つ付けられない。
「下がっていろ! 雑魚がァ!!」
「きゃぁあっ!!」
「セリスッ!!」
腕を軽く振るっただけで、セリスも弾き飛ばされてしまった。
地面をゴロゴロと転がっていき、止まったころには気絶してしまったようだ。
攻撃が当たっても、まるで効いていない!? こんなの、どうやって戦えっていうんだ……!
お読みいただきありがとうございます。




