異世界アルマ 8話 修羅場の予感
やべぇ、十話じゃ終わりそうにない……(;´Д`)
『剣豪』へと転職してから、さらに一週間が経過した。
こんな具合に超過勤務をこなし続けて、能力値の成長具合もすごいけど、資金もこれまで見たことないほど貯まってしまった。
おかげで丈夫な金属を使った鍛造の上等な剣を買うことができたし、生活面における資金繰りに関してはもう充分すぎるほどに余裕ができた。
今日は能力値を鍛えるための魔物狩りの日だけれど、ここで問題が発生した。
魔物退治の依頼がない。
「あなた方が片っ端から魔物を討伐していってくれたおかげで、このあたりの地域は非常に平和な状態になっています。よって、魔物討伐関連の依頼はしばらくありません」
「魔物の討伐依頼は一つもないんですか?」
「はい、そちらのアルマティナさんが低ランクの依頼から高ランクのものまで根こそぎ受けていったので。……中には第一級冒険者を送らなければならないような案件もあったはずなのですが、こちらの忠告と制止を無視して向かった挙句、たった半日で完璧に駆除してくれていましたね」
「……その依頼って、もしかして一昨日受けた近場に巣を造っている大トカゲたちの討伐のことですか?」
「ええ、トカゲたちに混じって亜竜の存在も確認されていたはずなのですが、それすら問題なく討伐されていましたね」
「アルマ! アレってやっぱり僕たちが受けちゃいけないような高難度の依頼だったんじゃないか! 『全然問題ないレベルの依頼』って、嘘八百もいいところだろ!?」
「もうアレくらいしか魔物討伐の依頼が残ってなかった、ごめんなさい。でもそのおかげでウルハも大幅に強くなった」
「いや、そうだけどさぁ……あの依頼だけで僕、軽く十回くらい死にそうになってたんだけど……」
まあ、ここまで能力値が上がると弱い魔物を倒しても意味がないけどさ。
『僕の倍くらいの強さの魔物を狩ろう』と言い出したのは僕だけど、倍どころか軽く五倍くらいヤバいのが混じってたんですけど。
そしてそれを当たり前のように瞬殺するアルマはもっとヤバい。
……おかしいな、アルマの強さに近付こうと強くなればなるほど、彼女から引き離されていくようにすら感じるぞ……?
「よかったな勇者くん! 今日は休めるぜ!」
「身体は大事にしろよ、いやマジで」
「今日は引き摺られて帰ってこずに済みそうだな、しっかり休めよ」
「あ、あはは……」
『未熟な剣士』だった僕を最初のうちは皆嘲笑っていたけれど、最近は割とフレンドリーに話しかけてくれるようになってきた。
といっても、僕が強くなったからじゃないと思う。剣豪になっても僕はまだ未熟そのものだし。
単に魔物の討伐に向かうたび、ズタボロになって帰ってくる僕の姿を何度も見ているうちに同情心が湧いただけだろう。
「ずっと休みなしで頑張っていたし、今日くらいはゆっくり休んで英気を養うのもいいかもしれない」
「そ、そうかな……? でも……」
「逸る気持ちは分かるけど、休息も大事。……本当ならもっと早く休ませるべきだったけど、強くなりたいっていうあなたの気持ちに水を差すようでなかなか言い出せなかった。ごめん」
「い、いや、謝ることないよ。……うん、無理しすぎて体調を崩したりしたら、しばらく鍛えられなくなってしまってそれこそ本末転倒だ。今日はうんと休もう」
僕は、強くなりたい。
元々は『人並みに生きるために』って目標のためにそう願っていたけれど、今は違う。
今はただ、アルマの隣に立ち続けられるように、強くなりたいんだ。
たとえそれが、実らない想いだったとしても。
「……」
「その指輪、ずっと見てるけどなにか思い出せそう?」
「……ううん、なにも」
アルマは時折、身に着けている指輪やイヤリングを眺めながらボーっとしていることがある。
その顔を見るのが、僕はつらい。
それらの装飾品を眺めている時、僕に対しては一度も見せてくれたことのない、幸福と切なさが入り混じった顔をしているから。
多分、綺麗だからって眺めているわけじゃない。記憶がなくてもそれを贈ってくれた人への想いだけは、憶えているんだろう。
……僕は、最低なことを思い始めている。
いっそのこと、記憶が戻らなければいいのに、と。
アルマがどれだけ苦しんでいるのかも分からないのに、自分の都合ばかり考えている。
「……早く、記憶が戻るといいね」
「うん、ありがとう」
その罪悪感を誤魔化すように、思っていることと正反対の言葉を口にする。
口先では自分を裏切って、心の中ではアルマを裏切っている。
……未熟な剣士だったころとは違った理由で、また自己嫌悪に陥りそうだ。
「おい! 例のバナナ剣士と勇者の小僧はいるか!?」
悶々としながら若干落ち込みそうになっているところに、誰かが慌てた様子でギルドに入ってきた。
立派な口髭を生やした壮年男性が、息を切らしながら誰かいないか訪ねてきた。
……バナナ剣士と、勇者? それって、もしかしなくても……。
「ギルドマスター? 対魔王会議はもう閉会されたのですか? 随分と早かったですね」
「いや、終わってない。それより、いるのか、いないのか!?」
「えーと、バナナ剣士と勇者といいますと、アルマティナさんとウルハさんのことですか? でしたら、目の前に」
「……バナナ剣士呼ばわりはやめてほしい」
ならなんでバナナなんかでガダンを倒したのさ。
まあ、武器と見なされないもので戦ったからこそ捕まらずに済んだんだけどさ。
「……え? 確かに若い男女だって話だったが、こんなに若いのか……?」
「え、ええと……」
「なにか用?」
困惑した表情で僕たちを見つめる壮年男性、いやギルドマスター。
思えば、ギルマスと会うのこれが初めてなんだよね。もう半月以上もギルドと関わっているのに。
というか、なにを慌てているんだろう。
「すまん、急な話で申し訳ないが、今すぐ俺と一緒に会議の場へ出てくれんか!」
頭を下げながら、沈痛な面持ちで懇願してくるギルマス。
ギルドマスターってこのギルドで一番偉い人のはずなのに、こんなに軽々と頭を下げてもいいものなんだろうか
「い、いったいなにがあったのですか? マスターが頭を下げるなんて……」
「……対魔王会議に出席している者の中に、『剣帝』がいてな。ギルドの中で剣を振り回したバカをバナナ一本で仕留めた剣士と、それに同行している銀髪の勇者の話題が上がった際に今すぐ連れてこいと物凄い剣幕で怒鳴ってきてな……」
「け、剣帝!?」
『剣帝』とは、剣士系の中でも凖最上位の職業で、世界中探しても数えるほどしかいない。
その上には唯一の『剣神』がいるだけで、実質最強クラスの剣の使い手ということになる。
そんな人が、アルマと僕に会いたいって……?
「対魔王会議って、なに?」
「半月ほど前に代替わりした魔王を討つために、このあたりの権力者や実力者たちを集めた会議のことだ。今回の魔王はまさに邪知暴虐の化身のような奴のようで、早めに討たないと人族にも魔族にもどれほど被害が出るか分かったものじゃないらしい。……まったくはた迷惑な……」
「なんでそんなのが魔王に選ばれたんでしょうね」
「分からん。噂じゃ魔王を暗殺した奴がそのまま無理やり魔王の座に就いて好き放題やってるって話だが」
『魔王』というのは、その名の通り魔族の王のことを表す。
魔族とは、僕たち人族と隔てられた土地に住む人たちのことで、普段は基本的に不干渉の関係だ。
ただし、選ばれた『魔王』によっては人族の土地を奪おうと侵攻してくることがある。
それを止めるために、最悪の場合はその魔王を討つために人族には『勇者』という存在がいる、らしい。
勇者に選ばれる人間の基準はよく分かっていないけれど、大体は子供のころから優秀な能力を秘めている人間が選ばれやすいんだとか。
……極稀に、僕みたいな落ちこぼれもいるみたいだけどね。
「『剣帝』がアルマと僕を呼んでいるって話ですけど、魔王を相手にするための戦力としてアルマの実力を確かめたいってことなんでしょうか?」
「いや、どっちかというと勇者のほうに興味があるような言いかたをしていたがな」
「……僕、勇者とは名ばかりで、まだまだ未熟もいいところなんですけど」
「それでも頼む。どうしても今すぐ会わせろと癇癪を起こして手が付けられん状況なんだ」
「ず、随分と堪え性のない方みたいですね」
「ああ。なんでも『剣帝』になったばかりみたいで、『剣聖』だったころからかなり面倒な性格だったらしいが、転職する少し前から拍車がかかったようにわがままになったとか」
「剣帝になったばかり? ………っ!」
嫌な予感がする。
僕の頭に、なぜか金髪の『剣聖』の顔が浮かんでくる。
いや待てそうだと決まったわけじゃないだって僕のことなんか探してもなんの意味もないことは分かっているだろうしそもそも『彼女』の性格なら呼んでこいなんてまどろっこしいこと言わずにここまで自力で突っ走ってくるだろうし――――
「いったいいつまで待たせるんですのっ!!」
半ば現実逃避に思考が走りそうになっているところに、ギルドのドアを蹴破って怒鳴りながら誰かが入ってきた。
聞き覚えのあるキツめの怒鳴り声に、思わず身体が飛び上がりそうになる。
「け、剣帝殿、わざわざ御足労いただかなくとも……!」
「お黙りなさい! あなたがグズグズしているからこんなところまで足を運ぶことになったのでしょう!」
狼狽えるギルマスに怒鳴り散らす、金髪ロールの美少女。
その腰には見飽きるほど見覚えのある、立派な拵えの剣が差されている。
「まあ、そんなことはどうでもいいですわ。それより……」
剣帝と呼ばれた金髪少女が、僕とアルマを睨みつけながら口を開いた。
……これ、どう見ても怒ってるよね。
「半月ぶりですわね、ウルハ。……わたくしに断りもなく逃げ出して、今までなにをしていたのかしら?」
「……セリス……」
剣聖、いや今は剣帝の幼馴染『セリス』。
目が笑っていない笑顔をこちらに向けながら、穏やかさと冷ややかさが入り混じった声で問いかけてきた。
……死んだかな、僕。
お読みいただきありがとうございます。
ちなみにウルハ君の外見ですが、短い銀髪ストレートでどこか自信の無さが滲み出ているような、人によっては庇護欲をそそられるような弱々しい印象の少年です。
つい半月前までは見た目通りの貧弱ぶりだったのですが、苦悶式もといアルマの鍛錬によって徐々にヤバめの実力になりつつあります。




