異世界アルマ 7話 ゆうしゃは さくらん している !
岩ネズミは、その名の如く硬い皮膚と頑丈な体毛で覆われている。
柔軟性があって、かつ刃が通りにくいその皮膚は、装備の材料にも使われるほど防刃性に優れている。
並の剣で斬りかかってもなかなか傷つけられないし、下手をすれば刃こぼれしたり折れてしまうこともありえるほどだ。
「ふっ!」
『ギャビャァァアアッ!!?』
……その頑丈な身体を、まるで熱したナイフでバターを切るように容易く斬れてしまうこの剣はなんなんだろうか。
剣身の見た目は上質なガラスのように透き通っていて、容易く砕けてしまいそうに見えるけれど、いくら斬っても刃こぼれすらしない。
美しく繊細な見た目とは裏腹に、異常なまでに鋭い切れ味と頑丈さを兼ね備えている。
……僕が振り回すたびに、なんだか不機嫌そうに威圧感を醸し出してくるのがアレだけど。
「昨日までより、ずっと剣を振るうのが上手くなってる」
「う、うん。アルマが特訓してくれたおかげで、剣術補正の技能も成長したからね」
「このネズミたちくらいなら問題なく駆除できそう?」
「まあ、なんとか。……この剣がなかったらまず無理だと思うけど」
「今はまだ能力値が低いから、魔物を倒せない。でも魔物を倒さないと能力値が上がらない。なら始めは多少ズルをしてでも魔物を倒して、強力な武器に頼らなくても魔物を倒せるくらい能力値を上げるべき。それまでは、その剣を使って」
ズルかぁ……。僕が転職できたのも、アルマに操ってもらったからこそできたわけだし、それも言ってしまえばズルだ。
よくよく考えたら、僕はまだ自力でなに一つ成し得ていない。我ながら情けない気持ちばかりが積み重なっていくなぁ……。
剣士としてまともな実力が身に着いたら、もっと真面目に鍛錬しよう。
しばらく岩ネズミの駆除を続けて、僕が倒した数が30匹を超えたあたりでようやく洞窟の中にいるネズミたちを殲滅できた。
装備が強力な分、攻撃力はこちらが上とはいえ身体能力は岩ネズミのほうが強い。そのため何度か傷を負ってしまったけれど、その度にアルマが回復魔法らしき術を使ってくれたので全く問題ない。
剣と魔法、両方を扱えるってことはアルマの職業は『魔法剣士』なのかな。
一定の条件を満たしたうえで特別な儀式を受けることで初めて転職できる職業らしいけど、その儀式を受けられる人間は世界中探しても数えるほどしかいないはすだ。
魔法剣士の職業は極めて珍しいし、魔法剣士の人たちの中で行方不明者とかが出ていないか調べてもらうのがよさそうかな。
ちなみにアルマは僕の傍で軽く100匹くらい倒してた。しかも素手で。
……おかしいな、剣も魔法も使ってないのになんでこんなに綺麗な格闘術が使えるんだろうか。
もしかして魔法剣士ですらないのか? もう訳が分からない。
最深部にはなんと『宝石ネズミ』という岩ネズミよりもさらにずっと強力な個体がいて、多分こいつがこの群れのボスだったんだと思う。
岩ネズミの3倍くらい強く、中堅あるいはベテランのパーティが長期戦で辛うじて倒せるかどうかというような、危険生物だ。
……まあ、それもアルマが当たり前のように殴り殺してたけど。
駆除の依頼をこなすついでに能力値の鍛錬もできて、まさに一石二鳥な時間だった。
駆除が終わった時にプロフィールを確認して、思わず唾を飲み込んだ。
名前:ウルハ
種族:人間
年齢:17
性別:男
職業:剣士+勇者
職業レベル3
職業能力値:187
取得技能
剣術補正
剣技『稲妻斬り』
出身地:ノヴァラ村
単騎で、何倍も強く格上の魔物を30匹も倒したせいか、能力値が一気に倍以上強くなってしまった。
剣士としてはようやく駆け出し程度の実力が身に着いた、くらいの強さだけど、昨日までの僕よりも明らかに強くなっている。
「それでも、まだ一人じゃ魔物と戦うには力不足だけどね」
「ならもっと鍛える。剣術の鍛錬と魔物の討伐を交互に続けていけば、もう誰もあなたをバカにしたりできないはず」
「……どうして、僕を鍛えてくれるんだい? 君なら、僕がいないほうが身軽でずっと行動しやすいはずなのに」
「記憶が戻らないと特にすることもないし、あなたが自分の弱さに悩んでいる姿が誰かと重なって見えて、放っておけないから」
「誰かって、誰のこと?」
「前まで一緒にいた誰かかもしれないし、もしかしたら私自身かもしれない。……分からない」
要するに、同情からってことか。
……男としてはひどく自尊心を傷つけられる理由ではあるんだろうけど、そもそも僕の場合はプライド云々以前の問題だ。
生まれてこのかた十数年も弱いだの未熟だの無能だの言われ続けてきたのに比べたら、些細なことだ。
強くなるためなら、こんな安っぽいプライドなんか捨ててやる。
それに、彼女が僕を気にかけてくれるのが、正直言って嬉しい。
出会ってまだ二日程度なのに、僕は、彼女の存在に依存し始めているみたいだ。
記憶が戻れば、一緒にいられなくなってしまうかもしれないのに。
それからしばらくの間、彼女との修業生活が続いた。
剣術の稽古と魔物狩りを日交代で行い、剣術の熟練度と職業能力値をバランスよく鍛えていく考えらしい。
剣術のほうは素振りとは別に対人戦の稽古、要するに剣の打ち合いの鍛錬もするようになった。
いくら剣の振りかたがある程度まともになったとはいえ、それが実戦で通じるかは別の問題。
事実、岩ネズミ相手に何度も傷を負っていたし、戦いの駆け引きを学ばなければまともに戦うことなんてできない。
「防御も攻撃も、相手の出かたを身体の動きから察知しながら剣を振って。基本は小振りで、大振りは確実に当たる時以外は使っちゃダメ」
「くっ……! はぁっ! だぁあっ! せいっ!」
「足運びは重心がグラつかないように意識して。相手の目から見て自分はどんな動きをしているか想像して。最終的には自分と相手の姿を俯瞰で想像できるようにならないと、強敵相手には戦えない」
「む、難しいよ! こっちは目の前の攻撃を捌くだけで精一杯なのに……!」
「難しいのは当たり前。実戦経験が浅いのにあっさりできるわけがない。だからできるようになるまで何度でも何日でも鍛錬を続けるのが大事」
「ひいぃ……!」
剣の打ち合いといえば、まるで対等に戦えているように聞こえるかもしれないけれど、アルマは次元が違い過ぎる。
明らかに手加減しながら戦っているのに、その足元にも及ぶ気がしない。
『剣士』に転職して、魔物を討伐して能力値も上がっているのに、まるで歯が立たない。
『剣聖』との組手の時ですら、ここまでの差は感じられなかった。いやどちらにせよ絶対に勝てるわけがない相手なのは変わりないけれど。
なんせ、その気になればこっちが剣を一回振る間に、アルマは軽く5~6回くらい剣を振れるんだから。いや、本気を出せばもっと速いかもしれない。
アルマいわく『読みやすいようにゆっくりと分かりやすく身体を動かしてる』らしいけど、それでも僕にとっては目にも止まらない超高速だ。
アルマの攻撃を防ぎきれずボコボコにされては魔法で回復されて、またボコボコにされて、の繰り返し。
……剣術よりも、痛みに対する耐性や根性を鍛えられているような気さえするんだけど。
組手の成果を魔物相手に試して、実戦を通して立ち回りを確認しつつ改善点を見つけて、またアルマと剣を打ち合って、といった具合だ。
ちなみに狩る魔物は格上だけ。日に日に狩る相手もどんどん強くなっていくから、死ぬ気で鍛えないとそのうち本当に死にかねないという恐怖。
修業自体は地獄そのものだけど、その分合間や日の終わりに食べるご飯がとてつもなく美味しく感じる。
アルマが手料理を毎日作ってくれて、一食軽く2~3人前は食べてる。
食べ過ぎなんじゃないかと思われるかもしれないけど、それくらい食べないと身が持たない。
鍛錬の後はいつも異常なまでにお腹が空いていて、『僕の身体ってこんなに食べ物が入るんだ』って自分でも驚くくらい食が進む。
そして、そんな日々を十日ほど続けた結果、僕のステータスは別人のように激変してしまった。
名前:ウルハ
種族:人間
年齢:17
性別:男
職業:剣豪+勇者
職業レベル4
職業能力値:773
取得技能
剣術補正(大)
剣技『稲妻斬り』
剣技『流水剣舞』
剣技『ラピッド・スラッシュ』
出身地:ノヴァラ村
……うん、これ誰のプロフィールだ? って自分でも首を傾げそうになった。
格上の魔物相手に一対一、場合によっては複数相手に戦うこともあって、能力値が短期間で元の十倍近い値まで上昇してしまった。
しかも職業も昨日になって『剣豪』へと転職し、剣技もいくつか増えている。
教会の神官いわく、『勇者は成長が早く、勇者に選ばれてからプロフィールが急速に成長することはよくあることです』と言っていた。
『……ただ、あなたの成長速度はそれを踏まえても異常すぎますが』とも言われたけど。
どう考えてもアルマによる地獄の特訓の成果だろう。そしてそれに勇者の補正が加わった結果が、今の僕の状況というわけだ。
確かに僕は強くなった。十日前とは比べ物にならないほどに鍛え上げられた。
でも、それでも僕は自分の未熟さを否定することができない。
自分はなんて弱いんだ、まったくもってまだまだ話にならないとしか思えない。
だって
名前:アルマティナ
種族:人間
年齢:17
性別:女
職業:■■■■
職業レベル■
職業能力値:2130
取得技能
■■■■
出身地:N/A(該当無し)
アルマは僕の三倍くらい強い値が表示されてるし。
「……私も一緒に魔物退治してたから、能力値が強くなっちゃってる」
「……強力な魔物は大体アルマが倒してたからね。身体のほうはなにか変化があった?」
「十日前より五割増しくらい身体が強くなったように感じる」
まずい、やっぱり僕には才能がないんだ。
勇者の補正で成長しやすいはずの僕よりも、修業に付き合ってもらってるだけのアルマのほうが成長速度が早い。
「アルマ! 今日から剣術の鍛錬はもっと厳しくしてくれ! 魔物狩りも今の僕の倍以上強いのを狩るようにしよう!」
「う、うん。……急にやる気が増した。なんでだろう」
このままだと本当に足手まといのままで、なにも変わらない!
彼女の隣に立つには、強さが足りない!
もっと、もっと頑張らないと!
お読みいただきありがとうございます。
ちなみに、現在のウルハの実力は職業こそ剣豪ですが、実際は剣聖クラス、即ち一流の冒険者並の実力があったりします。
もうウルハ君は弱くない。隣にいるバケモンの嫁がおかしいだけだ。




