異世界アルマ 6話 気安く触んなボケ(半ギレ)
「ううぅぅ……」
木賃宿のベッドで、あまりの疲労感に唸り声が漏れた。
今日の分だけでも宿代が残っていてよかった。こんな状態で野宿なんてしたら絶対に次の日に響く。
……明日からは稼がないと宿に泊まることすらできない。今日はもう早く休もう。
地獄の素振り鍛錬を乗り越えた末に、僕のプロフィールは激変した。
たった一日足らずで二回も転職するなんて、おそらく前代未聞だろう。
もしかしたら元々見習い剣士になる寸前まで熟練度が溜まっていたのかもしれないけれど、それでもそこから数千回素振りをしただけでもう一度転職できたというのはどう考えても異常だ。
本来一度転職するだけでも数年はかかるはずなのに、こんなわずかな時間で転職できたというのだからどれだけ非常識な鍛錬方法だったのかがよく分かる。
目が覚めた時には全身が痛くて指一本動かせないくらいダメージが残っていたけど、数年分の鍛錬をたった数時間で済ませたと考えるとむしろ軽すぎる代償だ。
疲労困憊の身体を動かしカードを取り出して、現状のステータスをもう一度見ながらしばし達成感に酔いしれた。
名前:ウルハ
種族:人間
年齢:17
性別:男
職業:剣士+勇者
職業レベル3
職業能力値:82
取得技能
剣術補正
剣技『稲妻斬り』
出身地:ノヴァラ村
『未熟な』でも『見習い』でもない、『剣士』と書かれた職業。
いつかこうなるのが夢で、それでもその夢に指先すら届く気がしない日々をずっと送っていた。
自分には、いつまで経っても無理なんじゃないかって。
そんな思いをアルマはあっさりと覆した。
僕の絶望も才能という壁も打ち砕いて、その先へ導いてくれた。
……いや、むしろ無理やり引き摺り上げたというべきかな。今更だけど、どうやって僕の身体を動かしてたんだろう……。
僕は文字通り手取り足取り剣を振るわされていただけで、決して胸を張って自力で努力したと言えるわけじゃない。
忸怩たる思いはあるけれど、それでも彼女のおかげで前に進むことができた。
……なぜ、会ったばかりの僕にここまでしてくれたのかは分からないけれど。
本人は『恩返し』と『他人事のような気がしないから』って言っていたな。
恩返しはともかく、他人事じゃないっていうのはアルマも記憶をなくす前は誰かにバカにされながら過ごしていたのかな。
……いや、ありえない。あんなに強いのにバカにされる要素なんか微塵もないはずなのに。
それとも、まさか、仲間うちでいじめられていたとか?
たとえばプロフィールの表示が異常だからってだけで、迫害されていたりしたんじゃないか……?
……駄目だ、今ある情報だけで推測しようにも、突拍子もない考えばかり浮かんでくる。
正確な情報が入るまでは、あまり変な考えを浮かべるのは控えよう。
でも、もし記憶が戻って、仲間のもとに戻らない選択をしたのなら、僕は……。
「おはよう」
「へ? ……あ、お、おはよう」
考え事をしながらウトウトと微睡んで、睡魔に耐えきれず目を閉じてしまったかと思ったら、気が付いたら朝だった。
寝たと思ったら起きてた。……どれだけ疲れていたんだろうか。
目の覚めた僕の前には、挨拶をしながら昨日のように朝食を運んでくれるアルマの姿があった。
……彼女も僕と一緒に素振りをしていたはずなのに、まるで疲れているように見えない。
多分、あの苦行もアルマにとってはちょっとした体操みたいなものなんだろう。なんてスタミナだ。
朝食を食べながら今日の予定を相談することに。
宿代だけでも稼がないと野宿生活が始まってしまうため、簡単な依頼を受けることを提案しようとしたら、アルマが依頼書と思しき紙を差し出してきた。
内容を確認してみると、思わず顔を引き攣らせてしまった。
「……アルマ、この依頼書は?」
「魔物退治の依頼。お金が手に入って、ウルハの戦闘訓練にもなる」
「ええと、魔物の巣を駆除してほしいって書いてあるんだけど、これってかなり大規模な依頼なんじゃ……」
「魔物の強さ自体はそれほど強くないらしいから、大丈夫」
「いや、いくら弱いって言ってもいきなり巣を駆除するのは難しいと思うよ……? それに、君はともかく僕は能力値が低いし……」
「私は0だけど戦える。それに対してあなたは82。ならあなたのほうが強い。戦える」
「いやそれがおかしいんだって! どう考えても君が0なわけないだろう!? バナナでガナンを倒しちゃってたし!」
「朝御飯を食べたら、すぐに現場へ行こう。街の近くにあるらしいから、すぐに着く」
「……また無視……?」
……アルマって、一見無口で物静かなイメージがあるけど、その行動力は物凄いものがあるなぁ。
むしろすっごいグイグイ押してくる。……本当に大丈夫なんだろうか。
とか不安を抱えながらも、結局流されるままに件の魔物の巣へ向かうことに。
……まあ、アルマは強いし、巣を作っている魔物は『土ネズミ』っていう比較的弱い魔物らしいから、多分大丈夫だろうって楽観視してる部分もあるけどさ。
でも、その『比較的弱い魔物』ですら僕にとっては脅威だ。
いくら『剣士』に転職できたといっても、あくまでそれは『まともに剣が扱えるようになった』ということでしかなく、腕力や強くなったり身体が頑丈になったというわけじゃない。
能力値を上げるためには、昨日のような地獄じみた鍛錬を毎日やり続けたり、あるいは魔物を倒すことが必要になる。
鍛錬に比べて、魔物を倒すことで上がる値は大きい。
もっとも、自分よりも能力値の高い魔物じゃないと上がらないし、かといって一対一で格上の魔物と戦うのは危険すぎる。
だから、普通は複数人でパーティを組んで格上の魔物に挑んで、得られる力を分配する形で能力値を上げていく。
ちなみに、土ネズミの能力値は大体100~150くらいで、明らかに僕よりも強い。
下手したら倍近い実力差の魔物と戦うことになるというんだから、生きた心地がしないんだけど……。
「着いた。ここが巣穴みたい」
「……思ったより、大きいな」
土ネズミの巣を見るのは初めてじゃない。
僕の住んでいた村の周りに巣を造ることもあったけど、ここまで大きな穴じゃなかった覚えがある。
地方や個体によって巣の出入り口の大きさも違うのかな?
「穴の中に、数えきれないくらい多くのなにかが動いてる。多分これが『土ネズミ』なんだと思う」
「え、なんで分かるの?」
「……なぜか、分かる」
なぜかって、どういうことさ。
まさか目に見えない相手の気配を感じとることができるとか、そんな能力まで持っているのだろうか。
……アルマならあり得ると思えてしまうのが恐ろしい。
巣の中に入ると薄暗く、しかし辛うじて視界を確保できるほどの淡い光が点々と灯っていた。
土ネズミは光る特殊な液体を分泌する習性を持っていて、それを光源として土ネズミたちも真っ暗な洞窟の中で生息することが可能なんだとか。
そのおかげで松明なんかの照明を準備する必要がないのは便利だけど、中に入ってみると予想よりもずっと広い空間が広がっていて驚いた。
一から掘り進んだというよりも、天然洞窟をそのまま巣として利用しているのかもしれない。
洞窟の中だというのにさして窮屈さを感じないし、広々とした空間が続いている。
しばらく進んでいくと甲高い音が耳に入ってきた。
『キッ、キキッ』
「! ……土ネズミの鳴き声か。まだよく見えないけど、近くにいるのかな」
「あそこ。こっちの様子を窺ってるみたい」
「よ、よく分かるね。僕、全然見えないんだけど」
「くる。構えて」
「え? ……う、うわぁっ!?」
『キキキギギギッ!』
さっきまでどこにいるのかも分からなかったのに、急に豚ほどの大きさもあるネズミが目の前まで迫っていた。
は、速い……速すぎる! 土ネズミが、こんな速さで動けるのか!?
『ギキィィッ!』
「くっ! ……ああっ!?」
突進しつつ噛み付こうとしてきたのを剣で防ごうとしたら、そのまま剣を噛み砕かれた。
鉄でできた剣を、噛み砕いた? おかしい、土ネズミにそんな力があるわけが……!
『ギャキィイッ!』
「うわぁああっ!!」
次はお前だと言わんばかりに飛び掛かってきたのを見て、思わず情けない叫び声を上げた。
駄目だ、避け切れない……!
「どいて、危ない」
「えっ……!?」
『ギッ!? ギョボギャッ!!』
そのまま首に噛み付かれそうになったところに、アルマが割り込んできた。
噛み付こうと近付けてきた顔を素手で殴って、頭を粉々に砕いたのが見えた。
す、素手での戦いも強いのか、この子は。
「初心者向けの魔物だって聞いたけど、意外と手強い。正直言って、今のウルハには少し荷が重いと思う」
「う、うん……。というか、こいつら、多分土ネズミじゃない。それが成長した魔物の『岩ネズミ』だ」
「それって、強いの?」
「新人冒険者じゃ、まず歯が立たないだろうね。……僕の剣も、この有様だよ」
折れてしまった剣を見て、物悲しく呟く。
どうしよう、僕の装備はこれだけなのに。
剣を買い直そうにも、お金がないからどうしようもない。
どうやら今回の依頼は依頼者の連絡ミスがあったようだ。
土ネズミの駆除は、日数をかければ新人パーティでも辛うじてできなくはないけど、巣を造っているのが岩ネズミとなると話は変わってくる。
土ネズミの能力値が100~150なのに対し、岩ネズミは300~400ほどの能力値を誇る。
新人ではまず討伐は無理。中堅クラスがパーティを組んでようやく倒せるレベルだ。
……ひとます今日はギルドに戻って、状況を報告しよう。
連絡ミスがあったのなら、もしかしたら剣を弁償してもらえるかもしれないし。
「アルマ、武器も無くなってしまったし、今日はもう戻ったほうが……」
「剣が折れたの? じゃあ、私のを貸すからこれを使って」
「私のって、アルマが普段装備している剣を? さすがにそれは悪い気が……」
「気にしないで使って」
そう言いながら、腰に差した剣を差し出してきた。
ほ、本当にいいのかな……。これまで見たことある中でも、こんなに立派な剣は無かった。
「そ、それじゃあお言葉に甘えて……っ!!?」
恐る恐る剣を手に持つと、全身に悪寒が走った。
鳥肌が立つ。脂汗が噴き出してきた。身体の震えが止まらない。
猛り狂った獣を思わせるような気配が、剣から伝わってくる。
まるで『お前に使う資格はない』と、剣自身が拒んでいるかのように。
「あ、ひ、ひっ……!」
「……今はウルハに力を貸してあげて。いい子だから」
「ひっ……う、ううっ……?」
まるで怒る子供を宥めるかのように、アルマが剣に語りかけると剣から放たれる怒気というか圧力のようなものが収まっていく。
剣の威圧感がなくなったところで、身体の力が抜けてへたり込んでしまった。
「こ、この剣、いったいなんなんだ……!?」
「多分、生きてる。私には力を貸してくれるみたいだけど、他の人が持つと嫌がるみたい」
「生きてるって、どういうこと!? 嫌がるっていうか、下手したらこの剣に殺されるんじゃないかってくらいの威圧感があったんだけど!?」
「私にも分からない」
も、もうアルマに対して常識でものを考えるのはやめよう。
本人がこんな非常識の塊みたいな存在なんだ。それが扱っている剣がまともだなんて考えるほうがおかしかったんだ。うん。
……そう無理やり自分を納得させながら、岩ネズミの巣穴を進むのを再開した。
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