異世界アルマ 5話 天使のようなあくm
「剣を振って」
「……え?」
いきなり街外れの開けた場所まで連れてこられたかと思ったら、なんの脈絡もなくそう言ってきた。
『剣を振れ』って、なんのために?
「いいから振って。素振りでも、敵に向かって振るうようにでもなんでもいいから振ってみて」
「わ、分かったよ……」
正直言って、僕は自分が剣を扱っているところを他人に見られるのが嫌だ。
というのも、僕の剣はどんなに振っても良くならない。
十何年も振り続けて何度も幾度もどれだけ改善しようとしても、まるで上手くならないんだ。
どれだけアドバイスをもらっても、一向に成長しない剣を見て、皆が言う言葉は決まっていた。『お前には才能がない』ってね。
『なんでお前は成長しないんだ』って言われ続けていたけど、僕からすれば『どうやったら皆そんな当たり前のように上手くなっていくんだ』って思うばかりだ。
「もういい。止めて」
「……ああ」
きっと今、僕の剣を見たアルマも同じことを思っているだろう。
その証拠に、たった五回ほど振っただけで中止を呼び掛けてきた。
これ以上、僕の剣の腕なんか見る価値がないってことが分かったからだろう。
「あなたの身体、すごく不自然な動きをしてる」
「……だろうね。どれだけ改善しようとしても、ますます変になるばかりで、素振りすらまともにできないんだよ」
「力を入れるタイミングや、逆に脱力するべきところが微妙にズレてる。手練れの人から細かなアドバイスをもらって頭に叩き込んだはいいけど、それに身体が追いついていない。といった印象」
……図星だな。
『剣聖』の幼馴染ことセリスをはじめ、色んな人からアドバイスをもらって、それらは一字一句違わず頭に刻みつけてある。
でも、頭で理解するのと実践することはまるで別の問題だ。全然、イメージ通りに身体が動いてくれないんだよ。
「普通なら、上手い人に指南してもらえば自然と動きが良くなって熟練度が上がっていって、一定のレベルに達したら晴れてより上位の職業に転職できるんだけど、僕は……」
「動きが良くならないから、熟練度が上がらない。だから職業もずっと変わらない?」
「そう。……あまりにも才能が無いから、皆呆れながら僕を見ていたよ」
「つまり正しい動きさえできれば、熟練度は上がる?」
「それができないから困ってるんだ……」
僕の剣に対する才能の無さは、もはや呪いじみてる。
剣術補正(極小)すら跳ね除けて、最悪なモーションを繰り出すように身体が動いてしまうんだ。
「よく分かった。なら、あなたが剣を振らなければいい」
「え……?」
「剣を持ったまま、全身の力を抜いて」
「う、うん……? え、え? ちょっと? あ、アルマ?」
「身体を動かさないで」
剣を握っている僕の身体に、後ろから抱き着くように密着してきた。
ちょっとちょっと、当たってる! 当たってるから!
……っ!?
密着しているアルマの身体から、『なにか』が僕の全身を覆うように包み込んでいくのが感じ取れた。
え、な、なんだこれ!?
「な、なんなのこれ!? 目に見えないなにかが纏わりついてるように感じるんだけど!?」
「今からソレがあなたの身体を動かして、正しい剣の振りかたをするから、力を抜いて身を委ねて」
「どういうこと!?」
言ってることの意味がよく分からないし、そもそも纏わりついてるコレがなんなのか教えてくれない。
半ばパニックになりかかっていると、僕の両手が勝手に動いて剣を高く掲げていた。
そして――――
「っっ!!?」
ビュンッ と、これまで聞いたこともないような、鋭く空気を切り裂く音とともに剣が振り降ろされた。
腕だけじゃない。足運びや肩に腰、首の動きまで全てが『正しく剣を振るう』ための動きをしていたのが分かる。
いや、剣を振ったんじゃない、振るわされたんだ。
僕の身体に纏わりつく、目に見えない『なにか』によって。
「これが剣の正しい振りかた。何度も繰り返せば、熟練度が上がっていくはず」
「ま、待って待って! これ、なんなんだ!? なにかが僕の身体を勝手に動かして……!」
「慣れないうちは疲れると思うけど、頑張って。私も隣で一緒に素振りしてるから」
「無視!?」
これで何度目かの『なにがなんだか分からない』状況に混乱しつつ問いかけてみたけど、まるで聞こえていないかのようにスルーされた。
そしてアルマも僕の隣で素振りを始めて、それに合わせるように僕の身体も勝手に動き出して素振りを再開した。
ヴォンッ ビュンッ ヒィンッ と、自分が出しているとは思えないような鋭い音が、剣を振るうたびに聞こえてくる。
こ、怖い……! 振るっている自分の剣が鋭すぎて怖い!
そして一緒に隣で無表情のまま黙々と剣を振るっているアルマも怖い。なにが怖いって、剣の振りかたが綺麗で無駄がなさすぎる。
まるで何十年、いや何百年も剣を振るってきたような完成度だ。剣聖でもここまで綺麗に振るえるとは思えない。
それからしばらくの間、ひたすら剣を素振りさせ続けられた。
たった百回くらいしか振っていないのに、まるで千回くらい振ったかのように身体が軋み始めた。
息が苦しい、振るう腕がだるい、全身から汗が噴き出てきて滝を作っている。
「ゼェ、ゼェ、ハァ、はぁっ……ぁっ……! ………っ!?」
そして、不意にその瞬間は訪れた。
職業の熟練度が一定の値に達した時に聞こえるという、甲高いベルのような音。
それが聞こえたということは、転職するに値するほどの器が整ったこと。
生まれて初めて聞こえたその音は、まるで僕を祝福するかのように頭の中で鳴り響いていた。
「アルマ! ち、ちょっとプロフィールを確認させてもらっていいかな!?」
「うん」
そう言った直後、僕の身体に纏わりついているなにかが消えうせるような感覚があった。
急に元の状態に戻ると、なんだか裸にでもなったかのように感じるなぁ……。
っと、そんなことよりプロフィールはどうなってるんだろう。
確かな手応えと期待を胸に、自らのカードの内容を確認してみた。
名前:ウルハ
種族:人間
年齢:17
性別:男
職業:見習い剣士+勇者
職業レベル2
職業能力値:81
取得技能
剣術補正(小)
出身地:ノヴァラ村
「は、はは、はははっ……!」
自分の職業が変わっていることに、歓喜の声が漏れた。
それと同時に、目から涙が溢れてきた。
やった、やった……!!
やっと、ようやっと、僕は未熟な剣士じゃなくなったんだ!
「まともな手段で熟練度が稼げないのなら、まともじゃない方法を使えばいい。……思い付きで勝手なことをして、これまで自力で必死に努力してきたあなたの矜持を、傷付けてしまったかもしれないけれど」
「そんなこと、ないよ……! 僕は、もう、嬉しくて、うれしくてっ……あ、ありが、とう……!!」
嗚咽交じりに、涙を流しながら感謝を告げた。
我ながら格好悪い姿だとは思うけど、それでも感謝せずにはいられなかった。
どうやったのかは分からないけど、どうやら無理やり『正しい動き』をさせることで急激に熟練度を上昇させていき、その結果僕は転職することができたようだ。
……彼女の言う通り、これまでの僕がやってきたことはなんだったんだという思いはあるものの、それ以上に目に見える形で『成長することができた』ということが嬉しい。
「なら、よかった。おめでとう、ウルハ」
「うん……うんっ……!」
僕の手を取って、祝福の言葉を送ってくれるアルマの顔は、まるで天使のように映った。
……彼女の顔を見ていると、なんだか心臓の音が大きく速くなっていくように感じる。
暖かく、優しい、そんな感覚が――――――
「じゃあ、次はあと五千回ほど続けて」
「……はい?」
アルマの手から、温もりと、さっきまで素振りをしていた時のようになにかが僕の身体を包み込んでいくのが分かる。
「え、ええと、アルマ……?」
「さっきと同じ。力を抜いて」
「ま、待って、僕もう大分疲れているんだけど……! 普段使わない部分とかが痛いし」
「大丈夫。私、回復魔法も使えるみたいだから」
「いや、その、それ大丈夫って言わないような、ねえちょっと!? 話を聞いてくれない!?」
「じゃあ、頑張って」
「また無視!?」
まるで死刑宣告でもされた直後のように、急激に心拍数が上昇したのが感じ取れた。
さっきまでの恋慕からくる動悸よりも、遥かに強く大きく僕の胸を鼓動が叩いていく。
「はい、いち、に、いち、に」
「ゼヒュッ、カヒュッ、ちょっ、ハァッ、ハァッ、カハッ……! と、止めてっ……!!」
「あと六千回振ったら止める」
「増えてるぅっ……!!? ハァッ、ガハァッ、た、助けてぇぇっ……!!」
訂正。天使のように見えるとか言ってたけど、僕の勘違いだったみたいだ。
死にそうな僕の横で、汗一つかかずに無表情のまま淡々とひたすら剣を振り続ける彼女の顔は、悪魔のように映った。
その後、鍛錬という名の地獄を終えた後に気絶し、目が覚めた時に僕の職業は『剣士』へと変わっていた。
……嬉しいけれど、すごく嬉しいけれど、この釈然としない気持ちはなんだろう……。
お読みいただきありがとうございます。




