異世界アルマ 4話 おやつもとい武器には含まれません
「ぬんんぅうっ! クソ、クソクソクソォ! 邪魔すんなこのアマァ!!」
「遅い、弱い、鈍い、きたない、うるさい。……あなた、なにがしたいの?」
「うるせぇぇえええっ!!」
信じられない光景が、目の前に繰り広げられていた。
粗暴で傲慢で、人間的には褒めるところなんか何一つないようなガダンだけど、剣の腕だけは確かなはずだ。
生まれつき『剣士』の職業を持っていて、十歳になるころには既に『剣豪』になっていたくらい才能がある。
「おいおい、あのデカブツマジであの嬢ちゃんを殺すつもりで剣を振ってやがるぞ、通報しねぇと」
「で、でも、身体には掠りもしてないぞ」
「というか、なんであんなもので相手してるんだ……?」
そのガダンが、アルマに軽くあしらわれている。
セリス以外には誰にも負けたことのないガダンの剣が、まるで子供扱いだ。
……しかもガダンが真剣で斬りかかってるのに対して、アルマはなぜかバナナで応戦している。
なんで剣より遥かに柔らかいはずのバナナで受け止められてるんだろう。そしてなぜ金属音が鳴り響いているんだろう……。
「なんなんだよテメェはよぉ! 関係ねぇだろうが―――」
「隙だらけ」
「なっ、ブゴァッ!!?」
一際勢いよく振られた剣を紙一重で、かつ余裕綽々といった様子で避けて、一瞬無防備になったガダンの顔面にバナナを叩きつけた。
たかがバナナで殴られたにしては明らかに不自然なほど吹き飛ばされて、地面に倒れこんでしまい、殴られた鼻からは血が流れ出ている。
「どんな理由があってウルハに危害を加えようとしてるのか知らないけど、こんなところで斬りかかってくるのは明らかに間違ってる。早く失せて」
「ガハッ……!……て、メェ……! もう女だろうが知ったことかァ!! ブチ殺しでやるぁあぁぁぁあああ゛ッッ!!!」
剣を両手で上段に構え、アルマに向かって突進する。
あれは……まずい!
「アルマ! 受けちゃダメだ、避けてっ!!」
あの構えは、ガダンの必殺技『示現一閃』だ。
全体重を乗せて、渾身の力を籠めて斬る『剣豪』の技能。
その切れ味は鉄すら切り裂くほど鋭く、防御は不可能だ。
「チェストォォオオオオッ!!!」
「……」
「あ、アルマァッ!!」
それをただ棒立ちのままで見つめながら、片手でバナナを構えているだけのアルマを見て血の気が引いた。
だめだ、もう、間に合わない―――
「脆い」
「……は、ぁ?」
「……え?」
構えたバナナごと真っ二つになる彼女の姿が目に浮かびそうになったかと思ったけど、そうはならなかった。
バナナで剣を受けた瞬間、鋭い金属音の後に、クルクルと宙を舞いながらなにかが地面に落ちたのが見えた。
ガダンの剣が中ほどから折られて、いや斬られて、その剣身が地面に転がり落ちたんだ。
………………いや、そうはならないでしょ。どうなってるのこれ。
「お、オレの、剣が……!?」
「もういい、寝てて」
「ガ、ぎゃあぁっ!!」
そしてそのままガダンの頭にバナナを振り降ろすと、派手な音を立てながらガナンの身体が地面にめり込んだ。
ピクピクとわずかに身体を震わせて、そのまま気絶してしまった。
……嘘でしょ、真剣を持った剣豪相手に無傷で勝っちゃったよ。
しかもバナナで。……いや、ホントになんでバナナなんか使ってたんだろうか。
僕を含めて周りで見ていた全員が、しばし呆然としながら地面にめり込んだガダンを見ていると、ギルドの外から重装鎧を着こんだ兵士たちが駆けこんできた。
あれは、憲兵か? 誰かが通報してくれたのかな。
「全員動くな! 憲兵だ! 街中で決闘をしているバカどもがいるというのはここか!」
「街で正当な理由なく武器を振るうなど、許されざる重罪だ! どこのどいつらだ!」
「剣をふり回していたのはこいつ。早く連れてって」
地面にめり込んだガダンを指差しながらアルマが憲兵に突き出す。
それを見て憲兵たちが困惑したように顔を見合わせている。
「う、うむ……? 一人しかいないようだが、コイツと争っていたのは誰だ?」
「私。いきなり斬りかかってきたから、応戦した」
「正当防衛と言いたいのか? しかし、武器を使って周りに迷惑をかけた以上は……」
「私は武器なんか使ってない。バナナは武器に含まれない」
「ば、バナナ……?」
「周りで見ていた人たちに聞けば分かる」
淡々と話すアルマの説明にひどく困惑した様子だったけど、周りの人たちが口を揃えて『マジでバナナで応戦してた。……意味分からんだろうけどしてた』って証言してくれたおかげで、アルマは罪に問われずに済んだ。
その後、憲兵たちが気絶したままのガダンを簀巻きにして引き摺って連行していって、ようやく騒ぎが収まった。
「すげぇなあの嬢ちゃん……あんな華奢ななりで、あのデカブツ相手に余裕で勝ちやがった」
「しかもバナナでな。……あのバナナ、実は伝説の武器だったとかじゃねぇよな」
「もぐもぐ」
「おい伝説の武器食われてるぞ」
引きずられていくガダンを眺めながら、アルマが無表情のままさっきまで振り回していたバナナを食べている。
休憩スペースに備えてある果物は有料らしいんだけど……まあこれくらいはいいか。
「嬢ちゃん、やるなぁ。なあ、よかったらウチのパーティに入らねぇか?」
「……遠慮しておく。しばらくは、恩返しも兼ねてこの人と一緒に行動しようと思ってるから」
「そうかい、残念。乗り換えたかったらいつでも声かけろよぉ」
「でもそいつ『未熟な剣士』なんだろ? 断言してもいい、絶対お嬢ちゃんの足手纏いになるぜ」
「……」
足手纏い、か。その通りだ。僕は、弱い。
彼女が一緒にいるのは、たまたま彼女を介抱したのが僕だったから恩義を感じているという理由からだ。
本当なら、彼女一人のほうがずっと楽に行動できるだろう。
「なあ坊主、お前さんも男なら自分の身は自分で守れるくらいになってから女を連れるようにしろや」
「正直言って、今のところこの嬢ちゃんに頼り切ってるヒモにしか見えねぇぞ。そんな不遇な職業のまんまじゃな」
そう言い捨てて、休憩スペースへお酒を飲み直しに戻っていった。
こちらをバカにしたように眺めて、肴にしているのが分かる。
……うん、そうだね。
これ以上一緒にいても、彼女の負担になるだけだ。
もう僕にできることは済んだし、ここで別れるべきだろう。そうしたほうが、互いのためだ。
「アルマ、やっぱりここで――――」
「悔しくないの?」
ここで別れよう、と言いかけたところにアルマが言葉を被せてきた。
表情こそあまり変わっていないように見えるけど、どこか憤りを感じさせる声で。
「今のあなたを見ていると、すごく嫌な気分になる」
「っ……だったらっ……」
僕と一緒にいるのが嫌なら無理に同行しなくていい。
そう言い返そうとすると、苛ついた様子で言葉を続けてきた。
「あなたが蔑まれているのを見ていると、自分が言われているかのように嫌な気持ちになる」
「え……」
「……多分、私も、あなたと似たような経験をしたことがあるんだと思う。……覚えていないけど、そんな気がする」
「アルマが? ……そんなに強いのに、バカにされるわけないだろ」
「私だって最初っから強かったわけじゃない、と思う。……記憶がないからあやふやな言いかたになるけど、強くなるまでは『不遇な職業』だって言われ続けてきたような気がするの」
どこかたどたどしく、自分もバカにされ続けてきたから気持ちは分かる、と言いたげに語っている。
そもそもなんの職業かも分からないのに、そんなことを言われてもどうしろというのか。
「ちょっと、ついてきて」
「え?」
「いいから」
「ちょ、ちょっと……!?」
そう言いながら、突然僕の腕を掴んで無理やりどこかへ連れ込もうとしてきた。
い、意外と積極的なところもあるんだなこの子。
というか、掴まれている腕が痛い。
しかもそれでも手加減しているのが分かる。多分、その気になれば素手で僕の身体くらいなら楽に握り潰せるくらいの力強さを感じる。
こ、怖い……。僕、これからどうなるんだろうか……。
お読みいただきありがとうございます。




