異世界アルマ 3話 そんなバナナ
名前:アルマティナ
種族:人間
年齢:17
性別:女
職業:■■■■
職業レベル■
職業能力値:0
取得技能
■■■■
出身地:N/A(該当無し)
アルマの記憶の手がかりを掴もうとプロフィールカードを作ってもらったら、余計に訳が分からなくなった。
名前と種族と年齢と性別はまともに表示されている。というか大体外見通りだけど。
問題は職業から黒塗りされていたりして、まともな情報が書かれていないことだ。
自称『エンド・パラディン』らしいけど、そんな職業は聞いたことが無いしそもそも職業能力値が0な時点でなにかがおかしい。
赤ん坊でも最低1はあるはずなのに、0って。どういうことだろう。
そして一番確認したかった出身地の項目が『該当無し』って書かれているんだけど、これはどういう意味だろう。
街や村とか、自分の生まれを確認するための項目だけど、仮に街の外や海の上なんかで生まれたとしてもその地域や海域の名前が表示されるはずなのに、それすらない。
「……私はどこからきたんだろう」
困惑したような声を漏らすアルマ。
僕が聞きたい。どこで生まれたんだ君は。
……アルマには悪いけど、正直言ってもうお手上げだ。
ここまでなんの情報も得られないのなら、僕たちだけで彼女のことを調べるのには限界がある。
途方に暮れそうになっているところに、プロフィールカードを発行してくれた神官が声をかけてきた。
「あの、よろしければ尋ね人の広報などを調べてみましょうか? 教会では行方不明者の目撃情報を集めたり、離ればなれになってしまった方々が再会するための手助けなどの活動もしておりますので」
「え、本当ですか?」
「ええ。なにか分かればまた後日お伝えいたしますので、しばらくの間はこの街を観光でもしながら気長にお待ちいただくのがよろしいかと」
「……助かります」
「ありがとう」
教会は大体の街にあるし、その情報網は世界有数の広大さがあるだろう。
これならあるいはアルマの情報も分かるかもしれない。
調べ終わるまでしばらく時間がかかるらしいし、神官が言うようにしばらくはこの街で待っていてもらうとしよう。
ひとまず用事を終えて、教会から出ようとしたところで神官が僕に話しかけてきた。
「ところで、あなたは勇者様のようですが……随分とお若いのですね」
「……っ!」
まずい、どうして気が付いたんだ。
あ、そうか。神官は相手のプロフィールをカードを介さずに確認できるんだった。
……くそ、またバカにされるんだろうな……。
「……ええ、ご覧の通り僕は勇者で、『未熟な剣士』です。なのになんの間違いか、つい先日教会の人から僕が勇者に選ばれたと言われて、それから皆に『なんでお前みたいな無能が勇者なんだ』って後ろ指を指されて、正直困っているところなんですよ」
「そう警戒なさらずに。……あなたのプロフィールとそのお顔を見れば、これまでどのような苦労をなされてきたのかは想像がつきます」
うんざりしながら自嘲気味にそう話すと、神官はバカにするでもなく憐れむでもなく、ただ真っ直ぐに僕の目を見ながら神妙な顔をしている。
しばらくじっと見詰めていたかと思うと、目を閉じて微笑みながら言葉を続けた。
「……ふむ、なるほど。これも運命なのかもしれませんね」
「運命って、なにがですか?」
「あなたを取り巻く環境全てが、あなたがこれから歩む道筋が、滑らかに整い大きく開いていくのを感じます。……そのために、しばらくはその少女と共に歩むことをお勧めいたしますよ」
「はい?」
「ちょっとした占いのようなものです。では、また」
それだけ言って、教会の奥のほうへ戻っていってしまった。
どういうことだろう、アルマと一緒にいればなにかいいことがあるとでも言いたいんだろうか。
……意味がよく分からないけれど、どのみち身寄りのないアルマを一人にするわけにもいかないし、ひとまず僕たちも行くとしよう。
「ごめんね、なにも分からなかったみたいで」
「ウルハが謝ることない。むしろ、私のほうこそ付き合わせてしまってごめんなさい」
「いいよ、気にしないで」
アルマの手掛かりに関しては教会に任せるとして、次の問題は僕たちの今後の生活についてだ。
僕にあるのはこの身一つと生活必需品に護身用の剣くらいで、所持金はもう残り少ない。今日の宿代すら危ういくらいだ。
生計を立てるには、無能な僕でもできるくらい簡単な仕事を探さなくてはならない。
アルマもプロフィールに不明な点が多いから、普通の働き口を探そうにも多分無理だろう。
そこで僕たちが向かったのが、冒険者ギルドだ。
冒険者と聞くと、強力な魔物を討伐したり過酷な環境の場所にある貴重なアイテムを採取したり、そんなイメージがあるけどそんなのは高い実力のある人たちだけ。僕には無理だ。
僕みたいに戦闘能力が低い人でも、一応こなせる程度の依頼も入ってくるらしいし、生活費を稼ぐくらいはできるだろう。
アルマみたいに身寄りのない人が日銭を稼ぐために働くこともよくある話らしいし、お金を稼ぐにはもってこいだ。
「冒険者、ギルド……」
「ん? なにか思い出しそうなのかい?」
「よく分からないけど、聞き覚えがある気がする」
「へぇ、もしかしたら記憶を失う前は冒険者だったのかな」
「もしそうなら、私と組んでいた人がいるかもしれないし、確認してもらおうと思う」
「そうだね。お、やっと着いた。ここが冒険者ギルドだね。……ちょっと怖いけど、入ろうか」
「うん」
剣と盾のロゴが描かれている看板。出入りしているほとんどの人が屈強そうで立派な武器を携えている。
……僕なんかが入って大丈夫なんだろうか。怖いなぁ……。
いや、不安なのはアルマも同じのはずだ。むしろ記憶がない分僕よりも心細いかもしれない。僕が前に出ないでどうするんだ。
いちいち弱音を吐こうとする自分を叱咤して、ギルドの扉を開いた。
中にはガラの悪そうな人や、歴戦の戦士を思わせる筋骨隆々とした巨躯の剣士に、高級そうな装備に身を包んだ魔術師らしき女性など、様々な人たちがいた。
依頼書を確認していたり、備え付けの休憩スペースでお酒や果物なんかを飲み食いしていたり、……あるいはこちらをニヤつきながら眺めている人もいる。
……今更になって入ったことを少し後悔しそうになったけれど、勢いに任せて受付へと足を進めた。
「いらっしゃいませ。依頼内容の御確認でしたら、まずはこちらの書類に御記載くださいませ」
周りの人たちと違って細身で弱そうに見える僕たちが冒険者志望とは思わなかったのか、受付嬢が依頼者相手の応対をしてきた。
「いえ、その、依頼ではなく、登録にきたのですが……」
「あ、そうですか。では、プロフィールの確認をさせていただきますので、カードを御提示ください」
「……はい」
「……『未熟な剣士』が、冒険者に? 失礼ですが、少々無謀では……えっ、勇者!?」
プロフィールカードを確認中に、受付嬢が大きく驚きの声を上げた。
……やめてくれよ。周りの人たちがこっちを見てるじゃないか。
「あの、見ての通り貧弱なプロフィールなもので、あまり目立ちたくないのですが……」
「……失礼しました。しかし、なぜあなたのような、その、……お若い方が勇者に……?」
「……僕自身、不思議で仕方ないです」
「本当になにかの間違いにしか思えませんねぇ、こんなにお若いのに」
どこか憐れみと侮蔑を含んだように、受付嬢がこちらを見ながら呟く。
ここでいう『お若い』は未熟とか青二才とかそういう意味なんだろうな。もう聞き飽きてるよ。
……こんなやりとりを、これから僕はあと何度繰り返せばいいんだろうか。
「私の分も登録して。早く」
内心悪態を吐きつつ応対していると、アルマもプロフィールカードを提示して登録を促してきた。
まるで『無駄口叩いてないでさっさと済ませろ』と言っているかのように、いつもより少し強い口調で。
「あ、はい。少々お待ちくださ……えぇ……なんですかこのプロフィールは……」
「さっき教会でカードを作ってもらったらこうなった」
「むむ、確かにアスタ神官長の作成されたカードだと表示されていますね。偽証の痕跡も無いようですし……でも、職業が不明で職業能力値も0? どうなっているのやら……」
アルマのカードを眺めながら物凄く困惑した様子で唸っている受付嬢。
バカにしたような視線が途切れたのはいいけど、まさか僕を庇うために割り込んできたのかな。
……なんだか申し訳ない気持ちと、ほんの少し嬉しいと感じている自分がいる。
「あの、彼女が冒険者として登録されている記録とか、あったりします?」
「いえ、ありません。このような奇怪なプロフィールの方はまず他にいらっしゃいませんし、仮に居たとしてもすぐに分かるはずです」
「そうですか……」
記憶を失う前は冒険者ってわけでもないみたいだ。
記憶喪失以前の彼女に仲間や家族がいたらその人たちに引き取ってもらうつもりだったけど、どうやらアルマには身寄りがないらしい。
本当に、彼女は何者なんだろうか。
多少困惑されたりしたけど、なんとか無事に冒険者登録を済ませることができた。
晴れて僕とアルマは第十級冒険者、要するに新人としてデビューしたということだ。
「ええと、それじゃあ早速依頼を受けてみようか」
「うん。どんな依頼から受ける?」
「そうだね……まずは安全そうな素材採取の依頼からでも――――」
「見つけたぜ、勇者サマよ」
「え? ……がッ!?」
背後から聞き覚えのある声が聞こえて、反射的に振り向くのと同時に胴体に衝撃と激痛が走った。
誰かが、後ろから殴りかかってきたらしい。
「こーんなところまで逃げやがってよぉ、追いかけるのに苦労したぜェ? なあ、無能で未熟な剣士のウルハよぉ」
「……ガ、ダン……!」
そこには、見覚えのある顔があった。
村で『剣聖』を除けば一番の剣の使い手だった、『剣豪』のガダン。
大きな体躯に、恵まれた才能。自分以外の全てを見下している、傲慢が服を着て歩いているかのような男。
小さいころから未熟な剣士の僕をバカにして、稽古台の替わりのように、ことあるごとに木刀で殴ってきた、僕にとっては一番会いたくない奴だ。
追いかけてきたって、いったいどういうことなんだ?
「剣聖のお姫様がよぉ、お前を連れ戻すって騒いでやがんだよ。で、村の連中は今んとこあちこち手分けして捜索中ってわけだ」
ガダンの口から、意外な言葉が出てきたことに驚きを隠せない。
「剣聖の……『セリス』が? なんで、僕を……?」
「んなもんオレが聞きてぇよ……なんでテメェなんかをってなぁ!」
怒りに歪んだ顔で、背中に差した剣を抜いて怒鳴り散らしてくる。
こ、こいつ正気か!? 目が血走っていて、どう見ても正気じゃない!
「お、おいよすんだ! 自分がなにをしようとしてるのか分かってるのか!? こんな人目の多い場所で武器なんか抜いたら、捕まるどころじゃ済まないぞ!」
「テメェがいなきゃセリスはオレのもんだ! 野垂れ死んだことにしときゃ、アイツも目が覚めるだろうよ! 死ねぇぇえっ!!」
「や、やめっ――――」
目の前まで迫った『剣豪』の剣に、反応することすらできず硬直してしまう。
速い、鋭い、怖い、斬られる、死ぬ。
だめだ、もう――――
キィンッ と、金属同士がぶつかり合うような鋭い衝突音があたりに響いた。
「……あぁ?」
「あなた、誰? なんで、こんなことしているの?」
諦めかけて思わず閉じた目を開くと、そこには剣を振り降ろした状態のまま固まっているガダンと
その剣を、休憩スペースに備え付けてあったバナナで受けているアルマの姿があった。
……なにこれ。
バナナ?
なんでバナナ?
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