異世界アルマ 2話 該当のない出身地
『『未熟な剣士』は初期能力が弱くて成長も遅い。『見習い剣士』、そして『剣士』に転職するだけでも何年もかかる。その分、後の伸びしろは大きいが、スタートダッシュの遅さがネックで大成した人間はほぼいない。なにせ、やっと転職できたと思ったら、気が付いた時には30~40歳だったという者も珍しくないらしいからな』
幼いころに職業を言い渡され、そう告げられて以来毎日剣を振り続けた。
一日でも早く転職して一人前になって、ちゃんと自分の食い扶持くらいは稼げるようになるために。
大成することが無くとも、せめて『剣士』になればとりあえずの働き口には困らない。
冒険者みたいな野心まみれな働き口じゃなくて、害獣駆除業者くらいはできるはずだ。
そう信じて十数年間も、一日も欠かさずバカみたいに剣を振った。
同年代の『剣士』や『剣豪』に、あるいは幼馴染の『剣聖』にアドバイスをもらったりしながら、どこが悪いのかなにが未熟なのかどうするべきなのか、何度も何度も復習した。
……僕が教えを請うた相手は、口を揃えて『お前には絶望的に才能がない』って言っていたけど、そんなことは分かってる。
でも剣以外の道を行こうにも、職業を変えるための施設はウチの村や周辺の街にはなかったし、仮にあったとしてもそのための費用はべらぼうに高い。
結論から言って、剣の道を進むしかないのに僕には剣の才能は無い、というかむしろ剣に嫌われているようにすら思える。
その証拠に、いまだに僕は『未熟な剣士』のままなんだから。
『なんでいつまでも未熟で弱いお前が勇者に選ばれたんだよ! おかしいだろ!』
勇者だと告げられた三日前の出来事。
村の『剣士』や『剣豪』はもちろん、他の戦闘系職業の人たちが口を揃えて僕を指差して罵ってきた。
うん、僕もそう思う。なんでだろうね。
神様は、よほど変わった嗜好の持ち主なのか。
あるいは単に神様からも嫌がらせを受けているのか。
……馬鹿にされるのにはもう慣れたっていうのに、なんでこんな最悪な目立ちかたをすることになったんだか。
いつもの蔑むような皆の視線が、殺気交じりの妬まし気な視線に変わり、このままじゃ難癖つけられた挙句殺されかねないと考えて、最低限の支度だけして村から飛び出してしまった。
いつまでも成長しない僕を、それでも応援し続けて支えてくれた両親に別れを告げることもなく。
僕を蔑みながらも、決して師事することを拒まないでくれた幼馴染に一瞥すらせずに、無様に逃げた。
こんな未熟で無能な卑怯者が勇者だなんて、間違ってるよ。
……頼むから、もう僕を放っておいてくれ――――――
そんな自己嫌悪に塗れた夢から覚めて、目を開けると見慣れない天井が見えた。
背中と後頭部が妙に痛い。……ああ、そういえば昨日は安い木賃宿に、それも床で寝ていたんだっけ。
ベッドには『彼女』を寝かせておいたから、僕はやむなくこの有様。
……面倒事は勇者の職業だけじゃなかったんだった。はぁ……。
「起きた? おはよう」
扉から部屋の中へ誰かが入ってきながら、誰かが挨拶をしてきた。
面倒事、もとい昨日行き倒れていたところを介抱した女の子『アルマティナ』。
どうやら先に起きていたらしく、お盆に朝食を乗せて運んできたようだ。
「……おはよう。よく眠れたようでなによりだよ」
「床で眠らせてしまったみたいで、ごめんなさい」
「いいよ。野宿に比べれば、屋根の下で眠れるだけずっとマシさ。……ところで、それは?」
「朝御飯。ポーチの中の食材を使った簡単なものだけど、作ってきた。よかったら、食べて」
「いいのかい? ……ありがとう、美味しそうだね」
お盆の上には、レタスとハムあるいはほぐしたゆで卵が挟んであるサンドイッチにオニオンスープ、そして綺麗な半熟に仕上げてある目玉焼きが乗っていた。
簡単なものといえば簡単かもしれないけど、まともに炊事ができない僕にとってはありがたいごちそうだ。
「いただきます。……っ……美味しい……!」
「ありがとう。……ホントだ、美味しい」
自分で作ったって言っておきながら、アルマも少し驚いたような顔をしながら食べている。
え、味見してなかったのかな? というか本当に美味しいなこれ。料理の腕がいいっていうよりも、食材そのものの味が濃厚で旨味が強いように感じる。
もしかしてこれって結構な高級食材だったりするんだろうか。……記憶を失う前はなにを食べていたんだろう。
「あー、口の中が幸せだよ。ありがとう。ええと、アルマ?」
「お粗末様。……名前、聞いてもいい?」
アルマに聞かれて、数日ぶりのまともな食事を楽しみつつちょっと遅い自己紹介をする。
「僕は『ウルハ』。職業は……『未熟な剣士』」
「そう。よろしく」
『未熟な剣士』と名乗ったことに、特になんの反応も示さず食事を続けている。
記憶喪失のせいで職業の内容すらよく覚えていないのか、あるいは単に興味がないのか。
そういえば、彼女の職業はなんなんだろうか。
昨日の堂に入った剣の構えを見る限りじゃ『剣聖』、いや下手したらその上の『剣帝』クラスかもしれない。
少なくとも、僕が知っている『剣聖』よりは実力が上だと確信するくらい、昨晩の姿が目蓋の裏に焼き付いて離れない。
「記憶がないって話だったけど、アルマの職業はなにか分かる?」
「うん。鑑定用紙に職業も書いてあった。『エンド・パラディン』っていう職業みたい」
「え、えん……なに? 聞いたこともないけど、どういった職業なの?」
「よく分からない」
……分かってないじゃん。
あのよく分からない文字で書かれたプロフィールだけじゃ、情報が少なすぎる。
ひとまず教会へ行って、正式なプロフィールカードを発行してもらうべきだろう。
プロフィールカードを作ってもらえば出身地なんかの情報も分かるし、朝食が済んだら教会へ行こう。
ここは僕の村みたいな田舎より一つ手前の街なだけあって、都会と呼ぶには人も建物もさほど多くない。
それでも村に比べたらずっと発展してるし、街を歩く人たちを眺めているだけでも飽きないくらい一人一人に差異がある。
「教会はあっちかな。大きな十字架が見えるし、分かりやすい場所にあって助かった」
「……」
「なにか思い出せそうかい?」
「……ううん、どこを見ても見覚えがないし、なにも感じない」
自分に関する手掛かりが無いか探しているのか、歩きながら街並みを隅々まで眺めているようだけど、特に目を惹くものはないようだ。
この街の出身じゃないってことなのかな。でも、この近くの集落と言ったら僕の村くらいだと思うんだけど、こんな子見たことないし、どういうことだろう。
まあいい、教会へ着けばすぐに分かることだ。
あちこちキョロキョロと眺めている姿を見ていると、なんだか初めて外に出たばかりの子供でも見ているかのような錯覚を覚えてしまってちょっと和む。
本人は至って真剣なんだろうけど、仕草がいちいち可愛いというかなんというか。
「不安かい? 自分が誰かも、ここがどこかも分からないんじゃ無理もないだろうけど」
「不安、というか、新鮮な感じ。記憶がないせいで、初めて見るものばかりだから」
「そ、そう……」
……どうやらこの状況を楽しんでいるようだ。
逞しいというか無神経というか。……心配して損した気分だ。
教会に着いて、まずは御神体にお祈り。
ここまで無事でやってこれたことを感謝します、これからもお見守りください、という簡単な形式だけの祈りだけど、まあこれも気分の問題だ。
気持ちばかりのお布施をした後に、教会の神官にプロフィールカード発行の手続きをしてもらった。
プロフィールカードとは、身分を証明するための書類だ。
本人の名前や年齢はもちろん、職業や成長度合いなんかを確認するための書類で、たとえば僕の場合はこんな具合だ。
名前:ウルハ
種族:人間
年齢:17
性別:男
職業:未熟な剣士+勇者
職業レベル1
職業能力値:81
取得技能
剣術補正(極小)
出身地:ノヴァラ村
これが僕のプロフィール。職業の項目に勇者が追加されている以外は、貧弱極まりない内容だ。
勇者に選ばれた人間は、元の能力に加えて様々な恩恵を受けることができるらしいけど、正直言って今のところ実感はない。
むしろ悪目立ちするだけの項目で、僕にとっては呪いに近い。
まあ、そもそも職業が『未熟な剣士』って時点で呪われてるも同然だけど。
プロフィールカードがなければ、商業や冒険者のギルドに登録して生計を立てることすらままならない。
それを持っていないアルマを見て、これまでどうやって生きてきたのかと首を傾げながらも、深くは聞かずに発行してくれた。
こちらの事情を汲んでくれたのか、それとも単に面倒くさかったのかは分からないけど。
「では、カードに手を翳してください。文字が浮かび上がりましたら、発行完了となります」
「ん」
神官が差し出したカードに手を翳すと、アルマのプロフィールが浮かび上がってきた。
カードの情報があれば、この子も元の場所へ帰ることができるはずだ。
「……ん? あ、あれ、おかしいですね? 黒塗りされている項目がいくつかありますが、はて……?」
カードを発行した神官が首を傾げながら困惑している。
アルマのプロフィールが、どうかしたんだろうか。
「……ウルハ、これ、なにか分かる?」
「ええと、どうかしたのかい? ……ええぇ……?」
名前:アルマティナ
種族:人間
年齢:17
性別:女
職業:■■■■
職業レベル■
職業能力値:0
取得技能
■■■■
出身地:N/A(該当無し)
……カードの内容を確認して思わず頭を抱えそうになった。なにこれ。
重要そうな項目が、もれなく黒塗りされていて確認できない。
あと出身地が該当無しって、どういうこと? 意味が分からないです。
これじゃなんの手がかりも得られそうにない。というかなんだこれ。ホントになにこれ。
唯一の手掛かりのアテが消えてしまった。詰んだ。
……これからどうしようか。
※アルマのプロフィールの名前が略称になっているのを修正しました(;´Д`)
お読みいただきありがとうございます。
ちなみにアルマの持っているポーチはアイテムバッグの一種で、四次元収納機能はもちろん高レベルの保存機能も搭載されており、50mプール分くらいの体積まで収納可能です。
さらにその中には軽く数ヶ月は食べるのに困らないほど食料や飲料水、さらにポーションなどのアイテムなんかをカジカワが滅茶苦茶に詰め込んでいたり。
……非常用の物資としてはちょっと過積載しすぎである。




