異世界アルマ 1話 記憶のない寝息
今回からしばらく、とある異世界のとある不遇な少年視点です。
それほど長くはならないと思いますが、大体十話くらい異世界アルマ編が続く予定です。
「はぁぁ……」
荒野を一人、歩き続けてもう三日。
旅の仲間なんか誰もいないし、寂しいし、もうやめたい。家に帰りたい。あったかいベッドで寝たい。
故郷に戻ろうにも、もう帰ることはできないけれど。
魔王なんかもう誰が倒してもいいでしょ。僕より強い人なんかいっぱいいるよ?
なのになんで僕が勇者なんかに選ばれたんだろうね。
人生貧乏くじとか、本当に嫌になる。
ああ、農民とかそういった平和な職業に生まれたかったなぁ。
それなら母さんや父さんとも、こんなに早く別れることになんかならなかっただろうに。
平穏に過ごして平凡な家庭を築いて、何事もなくただただ平和に暮らしたかった。
だというのについ先日、都会のほうから教会の偉い人がやってきて『この村に、勇者として神に選ばれた者がいる』って言いながら、村人全員を片っ端から選別していった。
そしてなんの冗談か僕を鑑定した結果、僕が勇者に選ばれたんだってさ。
自分の鑑定結果を見せてもらうと、確かに『勇者』の職業が元々の職業にプラスされていた。
重ねて言うけれど、僕より強い人なんてごまんといる。
というか、むしろ戦闘向けの職業を持っている人なら僕より弱い人のほうが少ないくらいだ。
なんせ、僕の職業はただの『未熟な剣士』。
……剣士系列の職業をもっている同年代は最低でも『剣士』、中には『剣豪』もいるくらいなのに、僕は最底辺の『未熟な剣士』。
真面目に考えて、神様が選ぶ人間を間違えたとしか思えない。
同年代の連中からは妬みの視線を向けられて、僕を鑑定した教会の人たちからは深い失望の意を示された。
『なんでこんな弱く未熟で若い者が勇者に選ばれたんだ』ってね。僕のほうが知りたいよそんなの。
勇者なんてなりたくてなったわけじゃないのに、勝手に妬まれて勝手に失望されて、こっちからすればいい迷惑だ。
まあいい、僕の他にも勇者はいるらしいし、その人たちが魔王を倒してほとぼりが冷めたあたりまでのんびり一人旅でもしながら身を隠そう。
故郷に戻っても、『無能な勇者』だの『最弱勇者』だのからかわれたり蔑まれたりするだけだ。
……できれば、両親に一言告げてから出ていきたかったけなぁ。
「……ん?」
などと心の中で愚痴を漏らしながら歩いていると、道の途中になにかが落ちているのが目に入った。
いや、人が倒れてる? 行き倒れかな?
……面倒だけど、放っておくわけにもいかないか。
生死の確認だけでもしておこう、と重い足取りで倒れている人影に近付いた。
ん、体つきからして女の子か? 他に仲間はいないのかな。
こんな華奢ななりで一人旅なんて無謀過ぎるでしょ。僕じゃあるまいし。
まずはご尊顔を拝んで、息をしてるか確認しよう。失礼しまーす。
……っ!?
え、なにこの娘。
すごく、すっっごく可愛い……!
肩までの長さの黒髪はサラサラとしていて艶やかで、華奢なのに絶妙に女性らしい魅力に溢れている体躯。
そして顔。眠っている姿は天使か女神かと思うほど美しく、なおかつ可愛い。
い、いや、今はそんなこと言ってる場合じゃない。人命救助を優先しないと。
目立った外傷は無さそうだけど、大丈夫なのか?
「すぅ……すぅ……」
顔に耳を近付けてみると、浅い寝息が聞こえてきた。
……よし、とりあえず呼吸はしているみたいだし、生きている。よかった。
「君、大丈夫かい?」
身体を揺すりながら尋ねつつ、意識の回復を試みる。
頭を強く打って気絶していたとかだと、あまり動かすのはよくないらしいが、見た感じただ寝てるだけのように見えるし多分大丈夫だろう。
……そもそも、なんでこんな荒野のど真ん中で寝ているんだろう。
「んん……」
「……起きないなぁ」
ちょっと強めに揺すってみても、まるで起きず。
これ以上激しく動かすのはちょっと危なそうなので、いったん中断した。
随分と寝つきがいいというか、よくこんなところでぐっすり眠れるなぁ。
歳は僕と同じくらいに見えるけど、なんて無防備な娘なんだ。
魔物や山賊にでも見つかってたら、どうなっていたことやら。
このままここへ置いていくのはまずいよなぁ。
……仕方ない。次の街も近いし、運んでいくか。
正直、人一人分の重量を背負って歩くのはかなりきついけど、放っておくわけにもいかない。
あ、でも軽いなこの子。そして背中が柔らかい。……いや、不可抗力だから。別になにか邪なことを考えてるわけじゃ……――――
「ふぅ……」
黒髪少女を拾ってから2時間ほど歩き通して、ようやく街へ到着した。
街へ入る際に門番にこの娘のことをツッコまれたりしたけど、行き倒れを拾ったということを正直丁寧に話したらなんとか信じてもらえた。
もう日も暮れて暗くなってしまったし、安そうな木賃宿に部屋を借りたけれどそこでも女将さんに『ウチはいかがわしいことに使う場所じゃないよ』とか言われちゃったよ。
しないよ。なにもしないよ。ものすごく可愛い子だけど、だからといって眠ってる子に無理やりなにかするほど僕の理性は弱くない。というかそんな度胸はない。
「……ぅん……んん……?」
とか頭の中で言い訳を並べまくっていると、黒髪の女の子が目を開けて身体をゆっくりと起こしたのが見えた。
ようやく、お目覚めのようだ。……もっと早く起きてほしかったなぁ。
「……ここ、どこ?」
「おはよう、といってももう夜だけどね。君がこの街の近くの荒野で倒れてたのを運んできたんだけど、身体の調子は大丈夫かい?」
「荒野で、倒れてた?」
頭の上に疑問符を浮かべながら、無表情のまま首を傾げている。
表情筋がほとんど動いていないのに、仕草がいちいち可愛いせいで妙な愛嬌を覚えてしまう。
「あんなところで寝ているなんて自殺行為もいいところだ。いったいなにがあったんだい?」
「………」
「……ええと、話しづらい事情があるなら無理に聞いたりはしないけど」
「………分からない………」
「分からない? なにがあったのか、覚えていないってこと?」
「……うん」
「そうか。とりあえず今日はもう遅いし、ここで一泊してから元いた場所に帰ったほうがいい」
「……それも、分からない」
「え?」
ひどく困惑した様子で、不安そうな声で言葉を続けた。
「私は、自分のことが分からない。なんでここにいるのか、どこに住んでいたのか、名前すら分からない」
「え、ええ……!?」
……どうやら、想像以上に厄介な拾いものをしてしまったようだ。
勇者としての役目以上に、面倒なことなんてないと思っていたのに。
荒野で拾った黒髪の美少女は、記憶喪失だった。
……まるで出来の悪い物語みたいだ。
「……自分の持ち物から、なにか分からないかな」
「持っているのは、剣とこのポーチだけ」
「その剣を見て、あるいはポーチの中身を見て思い出せそうなことはないかい?」
「剣は……なんだか大事なもののような気がする。ポーチは……すごく多く入ってるみたいだけど、よく分からない」
「すごく多く? そのポーチになにが……え?」
スイカ一玉も入りそうにない小さなポーチに手を突っ込みながら言う少女に問いかけたその時、自分の目を疑った。
大皿小皿や調理器具に、液体の入った瓶が数十本、お肉や野菜なんかの食材、さらに装備品と思わしき胴当てや、野宿用の寝具やらなにやら。
中から次々と出るわ出るわ。……いやいや、いやいやいや、ちょっと待っていくらなんでもおかしいでしょ。
「……そのポーチ、どうなってるの? 明らかに収納されてるものの量がポーチに入りきらないくらい多いんだけど」
「不思議」
「君が不思議がってどうするの。それで、なにか記憶の手掛かりになりそうな物はあったのかい?」
「……分からない。調理器具があるってことは、多分料理ができたってことだと思うけど……」
「職業は料理人だったってこと? でも、だとするとその剣は……?」
「これも、私の剣だと思う。すごく手に馴染むし、振るいかたも多分分かる」
「そうか、いったいどういう境遇なんだろう……ね……」
少女が剣を鞘から抜いて構えた際に、思わず息を飲んだ。
鞘から抜かれた剣身は、まるでガラスのように透き通って強い光沢を帯びていて、神々しい煌めきを帯びた美しさだった。
でも、驚いたのは剣の美しさのほうじゃない。
剣を構えている少女の姿が、堂に入りすぎていたからだ。
僕も、未熟とはいえ剣士系職業のはしくれだ。構えを見ればある程度相手の実力を察知することくらいはできる。
でも、彼女の構えを見ても、まるで底が見えなかった。
どれだけ強いのか、どれだけの修練を積んできたのか、どれほどの死線を乗り越えてきたのか、見当もつかない。
僕と同じくらいの歳に見えるのに、どんな地獄を経験すればこれほどの領域に達することができるというのだろうか。
……いけない、ちょっと構えを見ただけなのに、少し大げさに感動してしまったようだ。
「剣を振るえばなにか思い出せるかもしれないけど、ここじゃ危ないから明日にする」
「う、うん、それがいいと思う。……ん? その紙はなんだい?」
ポーチから取り出した物の中に、見たこともない文字がズラリと並べられている奇妙な紙があるのが見えた。
それを見た少女が紙を手に取り、凝視している。
「……これ、私のことが書かれてる」
「君のこと? 見たことない文字だけど、読めるのかい?」
「うん。普通に読める」
横から眺めさせてもらってるけど、全然読めない。いったいどこの出身なんだろうか。
しかし、自分のことが書かれているってことは、これが彼女のプロフィールってことなのか?
「年齢や名前も書かれてる。17歳、名前は『アルマティナ』」
「アルマティナ……ちょっと長いけど、なんだか立派な名前だね」
「……うん。なんか、『アルマ』って呼ばれてた気がする」
「アルマ、ね」
その後も、しばらくその紙を眺めて続けている。
自分の記憶の重要な手掛かりが書かれているんだし、真剣になるのも当然か。
紙を見たまま、瞬き一つせず静止している。
数分間ずっとその状態のままだったので、ちょっと心配になって声をかけてみた。
「ええと、他にはなにか分かったのかい?」
「……」
「? ……アルマ?」
「……すぅ……すぅ……」
「……もしもし?」
ちょっとアルマさん? なんで寝息かいてるの?
ていうか目を開けたまま寝てるよこの子。こわい。
……なんだかどっと疲れた。もう詳しい話は明日にしようか。
お読みいただきありがとうございます。




