潔く縄につけい
今回も第六王女視点(ry
「ここが宰相の執務室ですが……固く閉ざされていますね」
「我々全員で解除を試みていますが、一向に開く気配がありませんね。中から扉に細工をしているのではないでしょうか」
暗殺の指示を出した疑いのある宰相のもとに真実を聞き出そうと、いくつものトラップを乗り越え執務室まで辿り着いた。
道中のトラップはどれも私たちの命を奪うには充分なものばかりで、この護衛たちがいなければ多大な犠牲を払うことになっていたでしょうね。
釣り天井に迫る壁、毒ガスに攻撃魔法の発動する魔法陣。いつの間にこんなものを仕掛けていたのやら。
……トラップも凶悪だけど、それを鼻歌まじりに無力化して先へ進んでいく護衛たちのほうがよほど恐ろしく感じるわ。本当に人間なのかしら。
宰相の部屋に無事着いたはいいけれど、どうやっても扉が開かない。
……どうやら、宰相は黒と見てよさそうね。
信じられないけれど、宰相に近付こうとするたびに妨害が入る今の状況を見るにそう考えるのが自然だわ。
「仕方ない、ぶち破るか」
「え、しかし、警報が……」
「ここまでくれば、騒ぎに紛れて逃げられるようなヘマはしません。……後で弁償はさせていただきますのでご安心を」
そう告げながら、勇者様が片刃の特徴的な剣を鞘から抜いた。
あれが勇者にのみ扱えるという『カタナ』という武器なのだろう。無骨さと繊細な鋭さを兼ね備えた、異質な美しさを秘めている。
「しっ!」
勇者様が刀を振るうと、鋭い金属音が鳴り響いた。
閉ざされた扉を切り裂いたかと思ったけど、違う。
勇者様の振るった剣は扉の表面に浅い切り傷をつけるだけにとどまり、両断するには至らなかった。
「うわ、硬っ!? おいおい、この扉どんだけ頑丈に造られてんだよ」
「ちょっとネオラ、手を抜かないでよ」
「いやいや、マジで硬いんだって。素の状態とはいえ、武器の補正値込みで一万近い攻撃力で斬ったはずなのにこんな小さな傷しかつけられないなんて……」
「どうする、融合しようか?」
「いやー、性別が変わってる状態で融合すると後でどんな不具合が起きるか分からないらしいし、できれば遠慮したいんだが……」
お連れの伴侶と思しき赤髪の少女の提案を、よく分からない理由で渋る勇者様。
性別が変わってるって、どういう意味かしら。よく意味が分からないわね。
「見たところ、硬化の付呪が扉にかけられているようです。付呪を解除すれば容易に―――」
「邪魔」
勇者様が扉を観察したところ、扉の頑丈さが付呪によるものだということを看破したところで轟音とともに扉が開いて、いや粉々に砕けた。
私担当の黒髪女が扉を蹴破って破壊したようだ。
……勇者様の剣でも斬れなかった扉を、蹴っただけで……!?
「モタモタしてたら宰相に逃げられるぞ。力ずくで破れるならさっさとしよう」
「お、おう……相変わらず無茶苦茶だな」
苦笑いしながら勇者様が黒髪女に口を開く。まるでいつものことだと言わんばかりの態度だ。
……もしかして、この黒髪女って勇者様より強かったりする? まさかね。……まさか、ね?
宰相の執務室に入ると、いつものように書類に囲まれながら宰相がデスクに座っているのが目に入った。
ただ、公務の場に相応しくない匂い、酒気が漂っている。
宰相の手に持っているのは書類ではなく、ワインの入ったグラスのようだ。
……堂々と、公務の時間に飲酒とはね。
「おや、これはこれは姫様方。自ら御足労とは、なにか御用ですかな」
「ギルザレアン宰相。その様子ではもうお察しかもしれませんが、あなたに国家反逆の容疑がかかっています」
「……神聖な公務の最中に飲酒とは、どういう了見ですか」
「ははは。いえ、目について購入したのはいいのですが、あまりにも日々の公務が忙しくボトルを開ける機会もありませんでしてな。最後に悔いを残さぬようにいただこうと思いまして。……うん、いい香りだ」
まるで安息の日を迎えた老人のように穏やかな口調で、グラスを呷り、溜息を吐いている。
……開き直って、酒盛りでもしていたということかしら。
「最後、とはどういう意味ですか」
「お分かりでしょう。姫様方の暗殺を企てた愚か者に、未来などない。私は、今日でおしまいですよ」
「……随分と潔く自白しましたね」
「ええ。誤魔化そうにも、真偽判定を使える者を連れてこられればそれで全て暴露されてしまいますからね」
「逃げも隠れもせず、堂々と罪を認めるのは評価します。ただ、一つ答えなさい。……なぜ、このようなことを?」
第一王女が、ひどく失望した様子で宰相に問いかけた。
これまで国のために粉骨砕身の想いでともに働いてきた宰相が、どうして? と。
「なに、大した理由ではありませんよ。ただ、国を支えている姫様方と宰相である私が同時に消えたら、この国はどうなるのか。そう思い立っただけのことです」
「……なにを言っているのですか」
「私ももう歳です。宰相などという重荷を背負わされて、滅私を強制され国民の奴隷として、……『国の家畜』として働かされ続けるのに疲れてしまいましてね。今回の件はまあ、最後の悪ふざけと言いますか、憂さ晴らしのようなものですよ」
「そん、な……! そのような浅はかで短慮な理由で、こんなバカなことをしでかしたというのですか! ふざけていないで、真面目に答えなさい!」
「大真面目ですよ。嘘偽りない私の本音です」
宰相の言っている言葉が、普通なら本気だとは考えられない。
誰よりも真面目に、誰よりもこの国を支えて動かしてきた宰相が、こんなことを言うなんて。
でも、その言葉はなぜか嘘には聞こえなかった。
まるで溜め込んできたものを吐き出すように言い捨てる宰相の顔が、どこか晴れやかに見えてしまったから。
「老後の生活など、私は望んでおりません。私の望みはただ、……自分の、望むがままに生きたかった。ただそれだけのことが、私には許されなかった。わずかに選択を誤るだけで罵詈雑言を浴びせられ、正しい選択をしようとも必ず反発する者が現れ、その応対に追われ、心が安らぐ時など一時もなかった」
「それ、は……」
「魔族が各地で暴れようとも、魔王が勇者様の手で討たれようとも、私には特に大きな意味はありませんでした。ただ公務に追われ、胃を痛めながらミスの許されない仕事をこなし続けるだけでした。……こんなことならば、宰相に推薦された時にいやでも辞任しておくべきでしたね。後悔先に立たずですよ」
これまでの不満を、堰を切ったように語り続けている。
静かに穏やかに、しかしどこか激情を秘めて。
「それで、最後にこの国の中枢を壊して、少しでも私のつらさを一人でも多くの方々に分かっていただこうとこんなバカなことを思いついたわけですが、まあ上手くいくはずもないわけで。予想通り、失敗に終わってしまいましたね」
「……もう充分です。どのような動機であれ、あなたが我々の暗殺を企てたことには変わりありません。大人しく縄につきなさい」
「畏まりました。……最後に、暗殺しようとした立場で言えることではないでしょうが、忠告させていただけますか」
拘束しようと、宰相の手首に捕縛用の縄をかけている最中に、口を開いた。
この期に及んでなにを……? まさか、隙をついて抵抗するつもりじゃ……。
「この愚かな私のように、周りに流され続けて、やりたいことをできない人生を送ることはやめたほうがいい。国民のために滅私奉公などしても、心の何処かに必ず抱えきれない悔いが生まれてしまうだけです。他人の前に、まず自分の幸せを考えるべきだったんですよ」
「……そのような自分勝手なことが、国の営みを担うものに許されるとでも?」
「誰が許さないのですか? 国が? 王が? 民が? 誰が許さずとも、自分で自分を許せるのであれば、それで構わないではないですか。後悔しかなかった老人からの、ささやかな忠言です。心の片隅にでも留めておくべきかと。では、これにて」
それだけ告げて、後は口を閉ざしたまま微笑みながら、なんの抵抗もなく連行されていった。
……本当に、あの宰相はなにがしたかったのかしら……。
「な、なんだか深い闇を抱えていらっしゃる方でしたね……」
「はん、自分を押し通す勇気を今になるまで表に出せなかっただけの臆病者だったってだけでしょ。ったく、人騒がせな。ネオラもそう思……ネオラ?」
「……っ」
「……分かるなぁ……」
勇者様の伴侶たちが宰相を眺めながらそう言っていると、勇者様と黒髪女が顔を押さえて嗚咽を漏らしている。
え、なに、どうしたの?
「あの宰相さん、社畜だったのか……。姫様を暗殺しようとしたことは許せないけど、そのつらさは分かるよ……」
「そうそう、俺も上司から無茶振りされまくってサビ残しまくったりやっと週末の休みかと思ったらサービス出勤しろとか言われまくって時間外でもバンバン電話がかかってきて酷い時には夜中に出てきて仕事を進めろとか言われて休まる時がなかっ……うっ……!」
「ひ、ヒカル、どうしたの……!?」
「うわ、カジカワさんが号泣してるっす! え、今の話にそんな泣く要素あったっすか!?」
言ってることの意味がなにひとつ分からないけれど、とりあえず宰相の話に共感して泣いているのは分かる。
……もうこの黒髪女の行動も強さも思想もなにもかも分からないわ。やっぱ我が国に取り込もうなんてやめよ。やめやめ。理解不能だもの。
事件は解決したんだし、早く新たな宰相の選出をしないとね。
~~~~~カジカワ視点~~~~~
なんて可哀想な人だったんだ。黒幕がまさかそんな悲しい動機を抱えていたなんて。
そりゃなにもかも嫌になるよ。分かるわーホンマ分かるわー。
でも罪は罪だ。憂さ晴らしに姫様方を暗殺なんて、許されることじゃない。
……もっと穏やかな方法で、ストレス発散することができなかったんだろうか、あの人は。
「しっかし、カジカワさんもネオラさんもあの宰相さんに泣きながら同情するなんて、『ニホン』ってところでどんな生活してたんすか」
「もしかして、奴隷みたいな扱いを受けてたの……?」
「似たようなもんさ」
あのブラック工場で働いていたことは昨日のことのように思い出せる。
思い出すたびに、脳が震える。拒否反応起こしてるわこれ。
「カジカワさんの故郷がどんなところなのか、ちょっと想像もつかないっす」
「これまで聞いてきた話じゃ、人も物も豊富で比較的平和だって聞いてたけど、本当はひどいところなの?」
「んー、説明が難しいな。平和と言えば平和だし、ひどいと言えばひどい」
「……よく分かんないっす……」
そう言われると、確かによく分からん国だよな日本って。
でも口でいくら言っても上手く説明できる気がしない。我が故郷ながら混沌としてるわー。
あ、そうだ。
「せっかくだから、近いうちに日本へ旅行にでも行ってみるか?」
お読みいただきありがとうございます。




