暗殺者より怖い
今回も第六王女視点です。
「宰相が!? そんな、まさか……!」
「ふむ、嘘を吐いていると思われますか。ではこやつの腕を今から雑巾絞りしますのでその後にもう一度吐かせましょうか」
「ひぃぃいいいっ!! 嘘じゃない!! 嘘じゃないですホントですやめてやめてぇぇあああああ!!!」
「……この様子からすると嘘ではなさそうですのでやめてあげてください」
襲いかかってきた黒ローブの暗殺者を問い詰めたところ、我が国の宰相が私の暗殺を企てたらしい。
宰相はこの国のまとめ役。実質国王以上に国の経済を回している立場の人間だ。
それが、なぜこんなマネを……。あ、だからやめてあげなさい! そいつ多分嘘ついてないから! どう見てももう心折れてますから!
……護衛黒髪女の恐喝のおかげでとてもスムーズに尋問を進められたのは助かるけど、見ていて憐れになってくるわ……。
「仮にそれが本当だとして、なぜ宰相ともあろう者が姫様の暗殺を?」
「こ、この国は、経済から軍部まであらゆる分野のトップが国王の娘たちによって担われている。それは、実質国王の血縁者による独裁に近い……」
「……それで?」
「ならばそれらを排除し、的確に宰相殿の意見を反映できる人員をトップに置けば、よりよい国が作れるようになると……!」
「……なんと稚拙で短絡的な……」
「仮に今の政治が宰相にとって独裁だったとしても、そのトップが国王様の血縁者から宰相に代わるだけだろうに。アホか」
呆れたように、私と黒髪女が呟く。
というか、さりげなく少しフランクな口調になったわねこの女。こっちが本性か。
「く、くくく、も、もう、終わりだ……! 私が失敗したとしても、他の王女たちの身はどうだろうな……!」
「っ!? まさか!?」
「そう、今ごろ全員死んでいるさ! 勇者や剣王の護衛があったとしても、上級魔法による奇襲から守り切れるか!? はははははっ!!」
「いやお前は失敗してたやん。なにわろてんねん」
「それは貴様のようなバケモノがいたからだ!! 貴様さえいなければ、今ごろは……!!」
「あ゛?」
「ひ、ひぃぃいい!! すみませんすみませんやめてやめて!!」
……質の悪いコントでも見てる気分だわ。
とても深刻な事態に陥っているはずなのに、この黒髪女のせいでまるで緊張感が湧いてこない……。
「そぉい!!」
「ぎゃぁあっ!!」
「ちょっ……!?」
なにを思ったのか、急に黒髪女が暗殺者の頭を殴った。
殴られて叫び声を上げてから、暗殺者が白目を剥いて気絶した。
「いや、なにしてるのあなた!?」
「知りたいことは充分聞き出せました。逃げ出さないように意識を奪ったので、今のうちに他の姫様方の安全を確保しておかなくては」
「そ、そう、ね……」
やってることは無茶苦茶だけど、一応正しいことを言っているわねこいつ。
モタモタしてたら他の姉妹たち、特に幼い第八王女と第九王女が心配だわ。
「危険が迫っていることをすぐに知らせないと。まずは末の妹たちのところへ……」
「あ、大丈夫です。マーキングしておいたので、ほら」
「……はい?」
黒髪女が指を鳴らすと、私の姉妹たちとその護衛たち全員が、前触れもなく瞬きするほどの間もなく急に目の前に現れた。
え、いや、え!?
「ど、どどどどうなっているのかしらこれは!? なんでいきなりみんなここにいるのかしら!?」
「落ち着いてください。転移魔法 で呼び寄せただけです。許可なく転移させたのは問題かもしれませんが、状況が状況ですので」
「……今なにかボソッと小声で呟かなかったかしら?」
「空耳です」
嘘だ! 絶対嘘だ! こいつなにか隠してるわ!
……でも、今回の暗殺騒ぎとは関係ないことっぽいし、ひとまずは置いておきましょうか。……気になる……。
「で、では次はこのドレスを……! ……あれ?」
「な、なにが起きたのでしょうか? ここは……?」
急に周りの景色が変わったことに困惑した様子で、他の姉妹たちとその護衛たちが呆けている。
まあ無理もないでしょうね……っていうか勇者様、なんだかすごく可愛い恰好をされているけどどうしたのかしら。
「今の、ファストトラベルか? 梶川さん、なんかあったのか」
「ああ。さっきここで暗殺者に……ネオラ君そのカッコはさすがにどうかと思うわー似合ってるけどー」
「違うんだよ! オレの趣味じゃないんだよ! ずっと姫様やレヴィアたちの着せ替え人形にされてたの知ってるだろ!?」
「まさか今までずっと? ……アイナさんたちも一緒になってないで止めましょうよ」
「いやー、ゴメンゴメンあんまりにも可愛くなったネオラ君につい興が乗りすぎたというか、うん、眼福でしたオホホホ」
目を細めて護衛たちを諫める黒髪女。今回はこいつに同意するわ。
……勇者様って『自分は男だ』って言ってるけど、どこをどうみても女性よね。トランスジェンダーかしら。
集まった姉妹たちと護衛たちに、先ほど暗殺者に襲われ、その黒幕が宰相であることを伝えた。
そんな馬鹿な、と顔に書いてあるかのように、驚いた様子で話を聞いている。
「その暗殺者が嘘を吐いている可能性は?」
「いくらなんでもありえませんよ! 確かに意見の衝突をすることはあるかもしれませんが、それは国の運営をするためには必要なことだということを、宰相も充分理解しているのでしょうに!」
「ならば直接、宰相を問い詰めれば済む話でしょう。宰相の執務室まで赴き、真偽を確かめましょう」
「全員、はぐれてはダメよ。どこに他の暗殺者が潜んでいるか分かりませんからね」
話を聞いて多少戸惑ったようだけれど、なにをするべきかをすぐに理解し行動に移すあたりはさすが我が姉妹たちと言ったところね。
本当に宰相が犯人だったのならばそのまま捕縛し、他に真犯人がいるとなれば宰相を保護しつつ、宰相を陥れようとしている人物を炙り出しにかかればいい。
「判断がお早いですね。感服の至りです」
「……もうあなたがなにを言っても皮肉か嫌味にしか聞こえないのだけれど」
「え、なぜ!?」
「……カジカワさん、またなんかやらかしたんすか……?」
だってほぼ全部この黒髪女が解決したようなものだし、私たちはその上前をはねたようなものじゃないの。
これほど手練れの人員が、なぜこれまで無名のままでいられたのかしら。
傍に置くには恐ろしい人間だけど、敵に回すともっと厄介そうだわ。
適当な貴族を見繕って結婚させて、我が国の人間として取り込みたいところだけど……できるかしら。
宰相の執務室に向かう途中、こんな大人数で移動しているものだからとにかく目立つようで、周りの人間が怪訝そうな目でこちらを眺めている。
こんなに目を惹く状態じゃ、暗殺者たちにも姿が見えてるんじゃないかしら。
「だ、大丈夫でしょうか……」
「もしも、こんなところで襲われたりしたら……」
「大丈夫っすよー。これだけのメンツが護衛として集まってるんだから、世界一安全っすよ」
「……世界一危険でもあるけど」
心配そうにしている末の妹たちに、その護衛の少女たちがあっけらかんとした様子で答える。
あなたたちは特に頼りなさそうだから、あまり説得力がないのだけれど……。
「姫様っ!」
「なっ……!?」
……などと心配していたら、急にどこからともなく矢がこちらに向かって放たれた。
姉妹たちも護衛達も関係なく、四方八方から豪雨のように矢が降り注いでくる。
ど、どこからこんな……! まさか、暗殺用のトラップでも仕掛けていたというの……?
「邪魔っす」
「鬱陶しい」
だるそうにそう呟きながら、末の妹たちの護衛が剣と短剣を振るった。
すると、雨あられと言わんばかりに降り注いできた矢が、一本残らず弾かれたように、力なく床に落下していく。
……これはアレか、この少女たちもこのバケモノと同じで、見た目が当てにならないタイプの手練れなのか。
「遠隔操作型のトラップみたいですね。姫様方がお通りになったタイミングで起動して、暗殺するつもりだったのでしょう」
「他にも仕掛けられている可能性があります。周りの人たちが我々に近付かないように注意を促しつつ進みましょうか」
「……今更だけど、姫様方はファストトラベルで安全な場所まで移動させてから宰相のところまで向かったほうがいいんじゃないか?」
「お、王族、あるいは宰相以外には開けることのできない扉がいくつか存在するので不可能ですわ。無理やりこじ開けて入ろうものならば警報が鳴り響いて大騒ぎでしょうね」
「……正直言って今すぐ避難しておきたいところですが、その騒ぎに乗じて逃げられる可能性を考えると、同行したほうがいいでしょう」
「まあ、ホントに危なくなったらファストトラベルでいつでも逃げられるし、大丈夫か」
「なにが襲ってきても絶対に守るっすから、怖がらず安心してくださいっす」
「怖いのは暗殺者よりむしろ、……いえ、なんでもありません、ハイ」
そしてそれにさして驚くこともなく、姦しく会話を続ける護衛たち。
頼もしいような、恐ろしいような。改めてここに集められた護衛たちのレベルの高さを実感する想いだわ。
そしてそれにたじろぐように顔を引き攣らせる姉妹たち。分かる、その気持ちはよく分かるわ。
「アルマ、レイナ、よくやった。……でも次から弾く方向はもうちょっと考えてね」
「え、自分らなにかやらかしたんすか……ってまたカジカワさんの頭に矢が……」
「うん。さっき弾かれたのが一本こっちに飛んできて、ご覧の有様だよ」
「……ごめん、不注意だった」
「矢尻にオリハルコンが使われてるうえに、毒まで塗ってある。殺意強いなー」
「それでなんで平気なんですかねアンタは……」
頭に矢が刺さったまま護衛の少女たちに注意をする黒髪女。
いや、なんで死なないの? 脳天に綺麗に突き刺さっているのに、まるでこたえた様子がない。
……本当に人間なのかすら怪しくなってきたわ。もうやだこのバケモノ。
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