ヒーローは遅れてやってくる
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今回始めは紫ロング女隊長ことビジカランナ視点です。
「くっ……! ここまで、だというのか……!」
「弱い、弱すぎるぞ人類。こちらには魔王様の加護があるとはいえ、拍子抜けにもほどがある」
侵攻してくる魔族たちの数は、一つの街につきおよそ20体程度。
並の魔族ならば、充分に撃退できる規模のはずだ。
だが、こいつらは並の魔族ではない。
一体一体が単騎で街を壊滅させかねないほどの強さだ。
こんなもの、我々だけでどうにかできる相手ではない……!
「っ……総員、近接戦闘は避けろ! 遠当てや魔法による牽制を主に、防衛に努めろ!」
「し、しかし、魔族どもからも魔法などの飛び道具が放たれて、しかも威力が段違いに高く相殺しきれるものでは……!」
「威力を減退するくらいはできるはずだ。 ……悔しいが、レベルが違い過ぎる。勝つことは極めて困難だ。ならば、勝つのではなく負けないための立ち回りに努めるんだ!」
私たちは弱い。そんなことは、先の戦いで嫌というほど味わった。
認めよう。私はあの黒髪の化け物のように、一方的に魔族を蹂躙できるほどの強さはない。
それが、どうした。
我々対魔族軍は、命を懸けて魔族の脅威から民を守ることこそが本懐である。
魔族を倒せるのであればそれに越したことは無い。
しかし、そうするのに力不足であるというのであれば、どう倒すかではなくどう守るかということを考えればいい。
あの時、一時の嫉妬につけこまれて魔族に洗脳されるという無様を晒したが、そもそもあんな非常識な力を羨んでも仕方がない。
他人にできることに羨望を覚えるよりも、今の自分にできることをするべきなのだ。
「隊長! 住民の避難、西地区以外は完了いたしました!」
「よし、次は西地区を―――」
西地区の住民を避難させるように指示を出そうとしたところで、ひときわ大きな爆発音が響いた。
音の方向は………西地区からだと!?
「た、隊長! 魔族たちが、急に西地区に前触れもなく現れましたっ!!」
「避難の済んでいない住民たちに襲いかかっています! 一刻も早く避難させなければ!」
「急げ! 住民たちの盾となってでも食い止めろ!」
こんな時に、あの黒髪でもいればと何度も思ってしまいそうになるが、無いものねだりはもう沢山だ。
どこにいつ魔族が現れようが、我々がすることは変わりない。
「西地区を侵攻している魔族どもに応戦せよ! 一人でも多く住民を救助し、避難させろ!!」
「た、隊長! 魔族たちの攻撃は苛烈! 食い止め切れません!」
「それでも、やるんだ! 我々が奴らに敵わないことなど、とうに分かりきったことだろうが!」
「そ、そんな……!」
……我ながら、酷い言い草だ。部下に『死んでも戦え』と言っているようなものじゃないか。
こんな最低な上官にだけは、なりなくなかったのに。
だが、それでも、これこそが、我々の役目なのだから。
「……皆、私に続け」
「え、た、隊長!?」
ならば、せめて、私が一番前へ出よう。
一番初めに、私が死のう。
どうか、それで許してほしい。
「んん? なんだ、あいつ一人で突っ込んでくるぞ」
「死にたがりか。なら、望み通りに殺してやれ」
魔族たちが、特攻を仕掛ける私を嘲笑いながらこちらを眺めている。
ああ、笑え、嗤え! 私は、部下に死を強要する、無能な大馬鹿者だとも!
だが、その大馬鹿者にも意地があるということを見せつけてくれる!
「さあ、死ね………うっ……?」
「な、なんだ、力が……」
「魔王様のスキルによる強化が、途切れた!?」
「もしや、魔王様になにか……?」
……?
急に、魔族どもが顔を顰めて狼狽えだした。
気のせいか、幾分か魔族たちから感じられる威圧感が薄まったように思える。
原因はよく分からぬが、この機は逃さん!
「今が好機だ! 総員、魔族どもに一斉攻撃ぃ!!」
「「「了解っ!!」」」
あの黒髪は『魔王と戦ってくる』と言っていた。
もしや、あいつが魔王と戦いを始めた影響が魔族たちにも及んでいるというのか?
……気にくわんが、この上ない支援だ。
今だけは、感謝しよう。……本来ならば男になんぞ礼を言うことなど御免だが。
「くそ、魔王様の御助けがなくとも、貴様らごとき屠るのになんの問題もないわぁ!」
「ならば、真魔解放を おぐはぁっ!?」
こちらに向かって啖呵を切る魔族たちの側面から、何者かが突っ込んでいき跳び蹴りを浴びせたのが見えた。
なんという凄まじいスピードだ……! 今のはいったい誰が――――
「な、なんだ貴様……は……!?」
「えっ……」
「……いや、本当に、なんだ……?」
魔族たちが困惑した声を漏らして唖然としている。
私たち対魔族軍も、凍り付いたように動きを止めてしまった。
「おふははははあぁぁああいっ! 俺様参上だコラァッ!!」
…………………………………………………………。
毛の一本すら生えておらず恐らく中身も不毛の頭に、暑苦しい筋肉質の身体を下着一つ身につけず見せつけながら、うるさい雄叫びを上げている男がそこにいたのだから。
思考が止まるのも無理はないと分かっていただきたい。
「かかってこい魔族どもぉ!! 勇者ちゃんが戻ってくるまでの間、俺様が相手だぁぁあはははああっ!!」
「ち、近寄るなぁ!!」
「死ね! さっさと死ね!」
「おおっと、当たるかよぉ! こちとら避けるのには慣れてんだぜぇっ!!」
魔族たちが筋肉男に向かって魔法を放っているが、どれも掠りすらしない。
避けるたびに自らの肉体をアピールするように妙なポーズをとっていて非常に鬱陶しい。
なんという無駄に洗練された無駄のない無駄な動きなんだ……。
「隊長! 全裸の変態が魔族たちをひっかき回しています!」
「無視しろ!!」
「み、見た目が最悪なことに目を瞑ればデコイとして役に立つかと!」
「その見た目が致命的に許容しがたいっ!!」
「分かりますけど! ものすごーく気持ちは分かりますけどぉ!」
……やはり、男なんかに関わるとロクなことにならない。
~~~~~魔王と戦ってるバケモノ視点~~~~~
「ぐぎぃぃううぐぅぅうう……!!!」
「ふむ、辛うじて避けたか。……いや、妙な感触だったが、なにか細工でもしているのか?」
魔王が、俺の顔から抉り取った目玉を握り潰しながら呟いている。
痛い、死ぬほど痛い。視界が一気に狭まった。
眼窩から血の涙が滝のように流れていく。
魔王の指が頭にめり込んだ瞬間に、瞬間的に気力強化をして頭を反らした。
おかげで脳を引き抜かれるようなことにはならなかったが、完全には避けられず目玉をもっていかれた。
……外付けHPがなかったら、指がめり込んだ時点で終わってたなこりゃ。
「今ので分かっただろう、もうお前は余には敵わぬ。……それとも片目で余に勝てるとでも?」
「うる、せぇ、よ……!」
「……これが最後の警告だ、今すぐこの世界から立ち去るがいい。お前には余が力を手に入れるきっかけを与えてくれた恩がある。お前だけならば、見逃してやる」
なんのつもりか、再び俺に逃げるように促してきやがった。
恩、ね。義理堅いのか、それとも単に俺に興味がないのか。
「……なあ、魔王」
「なんだ」
「お前、大事なものってあるか?」
「……?」
魔王が怪訝そうに眉をひそめている。
急にこんなこと言われりゃ不思議だわな。
「たとえば、相馬竜太はどうだった?」
「なに……?」
「去り際に『ユカナ』とか言ってたけど、誰のことだ?」
「……くだらぬことだ。お前にも、余にも関係のない者に過ぎぬ」
「そのくだらんことが、相馬竜太の転生の理由なんじゃないか? 死ぬにせよ、逃げるにせよ、そればっかりは聞いておかなきゃ気が済まねぇぞ」
魔王が不機嫌そうに顔を顰めている。
関係ないとか言っておきながら、明らかに触れられたくないって表情だ。
だが、意外にも魔王が答えを返してきた。
「……相馬竜太の目的は『この世界で転生し、自らの伴侶の生まれ変わりと再び出会うこと』だった」
「ああ、やっぱりか。ユカナってのは、嫁さんの名前か?」
「『ユカラティナ』という、老いた晩年まで美しい女性だったらしい。その女が、相馬竜太に呪いの言葉を遺したのが、事の始まりだ」
「呪い……?」
呆れたような、乾いた笑いを含めて魔王が口を開く。
「『死んで生まれ変わったら、再び自分と出会ってほしい』という約束をして、相馬竜太はそれに頷き応えてしまった。そんなことはできるはずのない、ただそれほど愛しているという意思表示に過ぎないというのに」
「……それを真に受けて、約束を果たすために記憶を持ったまま生まれ変わる方法を探してたってのか?」
「勇者は死んだ時点で元の世界、即ち地球に魂が送り返されてしまうということをメニューから聞いていた。そのまま死んでしまえば約束を果たせぬと、『この世界で』生まれ変わる方法を探していた」
「仮に成功したとしても、誰が生まれ変わりかなんて分からなかっただろうに」
「その通り。愚かで、救いようのない、空しい願いだ。……しかし、それでもなにもせずに約束を反故にすることが、相馬竜太にはどうしてもできなかった。様々な方法を模索し最後に辿り着いたのが21階層だった、というわけだ」
……概ね予想通りだな。
あのジジイ、不器用にもほどがあるだろ。
しかも中途半端に有能だったから、こうして魔王に生まれ変わるっていう最悪の結果になっちまってるし。
「まあ、そのくだらぬ願いのおかげでこうして魔王としての本当の在りかたに気付くことができたわけなのだが、な」
「………」
「さて、こちらの話は終わりだ。では改めて問おう」
目を鋭く細め、睨みつけながら魔王が問いかけてきた。
「死ぬか、退くか。返答やいかに」
「………どっちもごめんだ。俺も、この世界に大事なもんが山ほどある。それ全部を捨てて、今更俺一人日本に帰って生きるなんて、死んでも嫌だ」
「……そうか」
相馬竜太みたいに『生まれ変わってでも』とまでは言わないけど、俺にも譲れないもんくらいある。
「残念だ。恩を仇で返すようで悪いが、余にも魔族の世を創り上げるという願いがある」
瞬きほどの間に、俺の目の前まで迫っていた。
反射的に魔王の手を掴んでガップリ手四つの状態にして握力比べの状態に。
「では、死んでくれ」
「うグギギギ……!!」
手が軋む。気力操作で集中的に強化しているのに、魔王の握力はそれすら凌駕している。
まるで大人と子供が握り比べでもしているかのように、圧倒的に魔王のほうが力強い。
「手が潰れた時にお前は抵抗する術を失い、死ぬ。パイルバンカーを放っても無駄だ。最早そんなものは余には通じぬ」
「あぐががががあああああっ!!!」
メキメキと、手の骨が壊れていくのが分かる。
このままじゃ、本当に魔王の言う通り、潰されてっ……!!
「っ!? チッ!」
あとわずかに力を籠めれば俺の手を潰せるというところで、魔王が俺の手を離し、舌打ちしながら後方へ退いた。
魔王と入れ替わるように、俺の目の前に誰かが立っているのが見える。
……やっと来たか。
「待たせたな、光流」
「おう、ホントにな。ったく、死ぬかと思ったぜ……」
そこに立っていたのは、一人の少女。
長い金髪の後ろ髪に、赤と銀、そして黒が混じった前髪。
藤色の左目に青い右目。アンバランスなのに調和のとれた、どこか現実離れした非常に魅力的なプロポーション。
多分、世界で一番美しい女性がこの子なんじゃないかと思う。なお中身の性別。
「てか、下の名前で呼んでたっけ? ネオラ君」
「……アルマが混じったからか、あなたを呼ぼうとするとなんか口が勝手に、って『あなた』ってなんだよ! やめてくれよ!」
遥か未来に飛ばされたはずのネオラ君が、顔を赤くしながら顰めつつそこに立っていた。
……なーんかさらに可愛くなったなーと思ったけど、アルマが混じってりゃ当たり前だわな。
「……なぜ、お前が、勇者がここにいる。どうやってあの死の未来から抜け出した……?」
魔王が忌々しそうに睨みつけながら、勇者君がそこにいることに疑問の声を上げている。
……いやー、ホント21階層から帰る直前に見つけておいてよかったよ。
お読みいただきありがとうございます。




