勇者と魔王
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今回はTS勇者視点です。
『魔王城へようこそ』
そう言った目の前の男は、黒の長髪に焦げ茶色の瞳、そして美しく端正な、それでいてどこか無機質な印象を受ける容貌。
梶川さんから教えてもらったとある存在の特徴が、そのまま目の前にある。
天辺が見えない山のような、大海の底のように深く静かな、圧倒的な存在感。
あの教官二人だって相当ヤバい。梶川さんだってさらにヤバい。
でも、目の前の男の前では霞んで見える。
間違いない、コイツは、コイツが……!
「魔王……!」
「御明察。一目見ただけで余を魔王と見抜くほどの眼はもっているようだ」
……一目見りゃ誰でも分かる。
こんなのが魔王じゃなくてただの側近でしたとか言いやがったらキレてるところだわ。
「ふむ、よもや女性の勇者とは。歴代の中でも、おそらく初めての―――」
「いや男だよ。お前も元勇者なら知ってるだろ、勇天融合は性別の割合が多いほうに決まるんだって」
「……そうだったか、失礼した」
魔王相手にまでこのやりとりしなきゃならんのか。もうええ加減にしてください。
あ、ちょっと気まずそうな顔してる。ほんの少しだけの表情変化だけど、一応こいつにも感情があるっぽい。
「余が勇者の転生体ということも既に知っているか。気付いたのはメニューの監視を退けた時か?」
「まあな。正直言って失望したよ、先輩。……アンタ、なんで人類を滅ぼそうとなんかしてるんだよ」
「愚問。魔王は人類を滅ぼす存在だろう。どこに疑問を抱く要素がある」
「大アリだよ。なんなら世界を救うのも、別に勇者じゃなくてもいいってオレは思ってる」
事実、メニューが言うには別に魔王は勇者にしか倒せない存在ってわけじゃないらしい。
ただ、勇天融合をはじめとした『ブレイブスキル』がなければ倒すのは無理なくらい極端に強いから、必然的に勇者が討伐することになるだけで。
……歴代の魔王くらいなら、梶川さん単騎でも倒せるらしいしな。あの人やっぱバケモンだわ。
「けどな、元勇者、いや元人間だったなら、この世界の人たちの営みを見て、感じて、一緒に生きてきたはずだ。それは、そんな簡単に壊しちまっていいものなんかじゃないって思わないのか?」
「……」
「この世界の人たちはゲームのモブなんかじゃない。一人一人が一所懸命に生きている。それをアンタは、ただ自分は魔王だからって理由で壊すのか。あるいは人口調整のためにあえて悪役を演じて人類を殺しているのか?」
もしも後者なら、やりかたが乱暴ではあるが筋は通ってる。
人類が増えすぎれば、食料をはじめとした資源の枯渇に繋がり、近いうちにこの星は死ぬ。まるで地球の現状のように。
だからって、はいそうですかって納得するつもりはないが。
「まさか、前世で人類に悲惨な目にでも遭わされたのか? それとも、ただ単に魔王になったら価値観が変わって人間の営みなんかクソみたいなもんだとでも思うようになったのか? ならこんなこと話してても無駄だったな。じゃあさっさと消えろ、魔王」
こいつがあの凄惨な戦争を引き起こした原因だと思ったら、なんだか無性に腹が立ってきたので言いたい放題文句を言わせてもらった。
どうせ敵なんだし、嫌われようが腹を立てられようが知ったことか。
「……いや、違う」
一通り文句を吐き捨てた後に、魔王が静かに口を開いた。
「余の前世はこの世界を愛していた。人類を尊んでいた。生まれ変わったら、もう一度この世界で生きていきたいと願うほどに。その想いは余の中に残り、未だ消えていない」
「……っ」
淀みなく語る魔王を見て、思わず息を飲んだ。
嘘を吐いているわけじゃないと、その声から理解することができる。
なのに、なら、なぜ、こいつは魔王として世界に戦いを挑んでいるんだ。
「魔王であろうとも、人類の営みの尊さは充分理解できる。一人一人がかけがえのない立派な生涯を歩んでいるということも、分かっている」
「なら、アンタはなんで―――」
『なんで、人類を殺そうとするんだ』と問い詰めようとしたところで、声が止まった。
喋れない、息ができない、目の前にいる魔王の穏やかな顔が、あまりにも悍ましく見えてしまったから。
「だからこそ、許せないのだ。その尊い営みは、我ら魔族の犠牲のもとに成り立つものなのだから」
「なっ……」
「魔王として生まれ落ちたことで、魔族としての視点を持つことになった。そして、この世界の在りかたを壊そうと誓った。魔族を呉越同舟の理由に、また人類の矛先にしているこの世界を、ひっくり返してやろうとな」
表情も声色も穏やかなままなのに、その声を聞いているだけで寒気がしてくる。
能力値がオレよりも高いからとかそんな理由じゃない。この声には、想像もできないほどの人類への憎しみが感じられる。
「勇者と魔王、立場が変われば重きを置くモノも変わる。勇者は人類を、魔王は魔族を、とな」
「……一度、人間として生きたことがあったとしてもか」
「むしろ、人間としての知識と記憶を受け継いだからこそ魔王の、魔族の在りかたに疑問を抱くことができた。余は相馬竜太の転生体だが、その本質はあくまで魔王。故に人類を滅ぼすことに、一切の躊躇ももたぬ」
魔王が、剣を構える。
立派な拵えの剣だ。一見、まるで勇者が振るうような、神々しさすら感じられる。
それだけで、全身に針が刺さるかのような感覚を覚えた。
「これより、この世界における万物の霊長は人類から魔族へと代わる。人類を絶滅させることで、我らは神の道具ではなく自らの意志で生きることを許される」
「要するに、これは人類と魔族の生存競争だって言いたいんだろ? 負けたほうが、これからの世界を営むモノたちの下敷きになるってだけだろ。長々とまどろっこしい方便垂れやがって」
「疑問に対し、真摯に答えたまでのこと。これから敗北するお前に、これから滅ぶ人類に」
「そりゃわざわざどうも。いらねぇ気遣いさせちまったみたいだな」
銘刀『勇刃』を構えつつ、臨戦態勢に入る。
言葉を交わすのはここまで。後は、勇者と魔王らしく………
「滅ぶがいい、人類」
「くたばれ、魔族」
互いに敵意を言葉に、そして刃に乗せて衝突させた。
「っ………」
「ぎぃぃっ……!!」
ギリギリと鍔迫り合いをしている時に、気付いた。
たった一合、刃を重ねただけで理解してしまった。
今のままじゃ、勝てない。
「やはり勇天融合の効果は凄まじいものだな。余とまともに競り合うとは」
「お褒めの言葉、どーも!」
軽口を叩いているが、余裕なんか全くない。
融合状態で、さらに気力操作で能力値を倍化させてようやく互角。
今、互角じゃ駄目なんだ。
魔王にはまだ真魔解放、そして、最終形態が残されている。
第一形態の魔王に全力を出した状態で互角じゃ、本気を出した魔王に勝てるわけがない……!
「はああぁあああああっ!!」
「!」
なら、勝機は一つ!
真魔解放を、形態変化をする前にコイツを殺す!
気力操作で能力値を瞬時に10倍化!!
「くたばれぇぇぇぇぇええっっ!!」
今のオレなら、魔王相手でも圧倒することができる。少なくとも、第一形態までなら。
ここまで強化をすると、持続できる時間はほんの数分。その間に決着をつけなければ。
真魔解放や形態変化を発動させるには若干のタイムラグがある。 変身する暇も与えず、瞬殺する!!
【縮地】と【魔刃・疾風】を使ってさらに速度を上げ、刀を振るった。
「かっ……」
魔王の首を、刃が通り抜けた。
これで、終わりだ――――
「……素晴らしい。実に、実に素晴らしい。今のは、なんだ?」
……は?
「先程まで余と互角程度の力しかなかったというのに、瞬間的にだが圧倒的に強くなっていた」
首を刎ね飛ばしたはずの魔王の身体から、声がする。
頭のない身体を動かして、オレの首を掴んでいる。
「よもや、ここで『身代わりの護符』を使うことになろうとは。万が一に備えた一つきりの切り札だったのだが、いや、今がその時だったというだけか」
「て、めぇ……!」
「どんな代償を払っているのかは分からぬが、なるほど、それほどの力ならば余を倒すことも可能であろう。そして、それほどの力ならば……」
魔王の首が再び元通りに生えてきた。
クソが、舐めるな!
もう一度、ブチ殺してやる!
首を掴まれた状態のまま、魔王に刀を振り降ろし―――
「余が開かずとも、お前に開かせればいい」
「っ!?」
魔王に向かって斬りつけた刀の刀身が、半ばから消えていた。
破壊不可能なはずの勇者の刀が、折れている……!?
いや、違う。
刀の重みは変わっていない。折れたわけじゃなくて、見えなくなっているだけだ。
そう気付いた直後、刀の周りの空間が歪んで見えた。
そう、空間に、切り傷ができている。
なんだ、これ……!?
お読みいただきありがとうございます。
>やっぱり勇者(笑)でしかなかったか…主人公がいる時点でお察しですわな
しかしそれでも彼がいなければ魔王に対抗できないという事実。
ただ、あんまり見せ場らしい見せ場が無くてちょっと不憫ではありますが(;´Д`)
>元味方でも敵が死ぬ寸前に心穏やかに後を託す展開を、―――
まあ、言ってしまえば死ぬ寸前の自己満足みたいなもんですし。身も蓋もねぇ!
元飼い主に食わせようにも、多分拒否するんじゃないですかね……。
>アップグレードしたメニュー機能とは、魔王の弱点とはいったい何なのか。―――
メニューさんの新機能はまた後ほど。
魔王の弱点は既に作中に出てきていますが、コレを思いついたのは今月に入ってからという事実。
……魔王強くし過ぎてどうやって倒そうか悩んでいたら、『あ、コレでいけるんじゃね?』みたいなノリで決定し(ry




