こっちのセリフだ
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今回はラディアスタ視点です。
「死ねや! この兄不幸者が!!」
「周りに不幸を撒き散らすてめぇに言われる筋合いはねぇよクズ!!」
短剣がぶつかり合う甲高い音が響く。
互いに本気の殺意を籠めているのが、手に伝わってくる衝撃から分かる。
……兄弟だってのにな。
「ポータルを壊しやがったのはてめぇか! 前といい今回といい、邪魔ばっかしやがって!」
「ああそうさ! お前を使ってた魔族から、殺す前に聞き出したんだよ! てめぇが魔族の間者なんかになり下がって、ここらで活動してるってなぁ!」
「くそ、クソ! ヒトの情報勝手に売りやがって!」
「てめぇが言えた義理か! このドクズがぁっ!!」
「うるせぇぇえええ!!」
まるで小さな子供が癇癪を起こしたように、喚きながら短剣を振り回してくる。
こいつは昔からこうだ。気に入らないことがあったら、たとえ自分が悪いことが分かっていても全部周りのせいにして、開き直って逆切れしやがる。
年齢に対して、心はなにも成長していない。ガキが大人の身体で自分勝手に暴れてるだけだ。
だが、精神的にはともかくその実力は侮れない。
基礎レベルは明らかに向こうのほうが上。おれがLv54なのに対して、多分一回り、いや二回りばかり上だ。
腕力も素早さも、向こうがずっと上。【気功纏】程度の強化で埋められる差じゃない。
「ははっ、相変わらずの貧弱ぶりだ! ガキのころから、てめぇはおれに腕っぷしで一度も勝てなかったもんなぁ!」
「ぐぅっ……!」
「そんなてめぇが、本気でおれに勝てるとでも思ったのかよっ!」
キンッ、と一際強い金属音が響くのとともに、おれの手から短剣が離れた。
兄貴の短剣がおれの短剣を弾き飛ばして、一瞬無防備になってしまった。
「死ねやぁっ!!」
そしてそのまま、おれの胸に向かって短剣を突き立てようとしてくる。
避けられない。当たる。
狙い通りだ。
兄貴の握る短剣目がけて、魔力操作で模った拳をブチ当てた。
再び金属を弾く甲高い音が響き、兄貴の短剣が腕ごとあらぬ方向へ弾かれる。
「なっ!?」
「おらぁっ!!」
体勢を崩した兄貴の胴体に、今度はカジカワさんからもらった籠手で拳を叩きこみ雷属性の機関を炸裂させた。
拳が胴体にめり込んだ瞬間に、稲光が兄貴の全身をはしっていく。
「ぐあガがぁあああ゛ァあ゛ァっっ!!」
あまりの激痛にか、喉が潰れるんじゃないかと思うほどの汚い絶叫を上げている。
もう一発叩き込んでやろうと振りかぶったところで、短剣を振り回して斬りかかってきた。
「て、めぇっ……! なに、しやがったぁ……!!」
「いい籠手だろ。やんねぇぞ」
「ふざけてんじぇねぇぞ!! 殺す! ブチ殺してやるよぉっ!!」
穴という穴から血を滲ませながら、顔を醜く歪ませている。いい気味だ。
……今までお前に裏切られてきた相手は、その何倍も悔しい想いをしてきてんだぞ。
「がぁぁあ!! 死ね! 死ね! シネェァアッ!!!」
「チッ!」
【伸魔刃】でリーチを伸ばしつつ【魔刃分閃】で攻撃範囲を広げて斬りつけてくる。
雑でベタな攻撃だ。防ぐのは容易いが、攻勢にも出づらい。
やっぱ、素の能力値じゃあっちのほうが上か。
おそらく、パワーレベリングかなんかでレベルだけ無理やり引き上げられてやがる。
「オラァ!!」
「ぐぅっ……!」
短剣とナイフの鍔迫り合いに持ち込まれた。
しかも籠手を着けてるほうの腕を掴まれて、炸裂させることができない。
ギリギリと、金属同士が擂れる音がする。
向こうの使ってる短剣は、ヒヒイロカネ製か。
それに対して、こっちはミスリルのナイフ。
腕力も、武器の強度もどう考えても向こうが上。
ミシミシと嫌な音を立てながら、ナイフに亀裂が奔っていく。
「くうぅぅぅっ……!」
「そのナイフがぶっ壊れた時が、てめぇの最期だ! 手こずらせやがって、ゴミが……!」
あと数秒で、鍔迫り合いをしているナイフが砕ける。そうなれば、そのまま短剣を頭に突き刺されて死ぬ。
さっきみたいに魔力の拳で弾くのは、まだ魔力操作に慣れていないからあらかじめ準備をしてなきゃ無理。
一旦退こうにも腕をガッチリ掴まれてるから逃げられない。
「さぁ、死ねぇぇえっ!!」
ミスリルのナイフが砕ける音が、辺りに小さく響いた。
「が、はっ……!?」
鮮血が、溢れ出てくる。
おれじゃなくて、クズ兄貴の口から。
靴の底に仕込んでおいた『アダマンナイフ』から伸魔刃を発動して、ラジーヴィアの腹を貫いた。
おれの手にばかり気をとられて、足のほうまで目がいってなかったみたいだな。
「なん、でっ……」
「ナイフってのは、その気になれば足でも使える。まあちょっとした小細工だけどな!」
「きたねぇ、ぞ、てめぇっ……!」
「お前にだけは言われたくねぇよ、クズがっ!」
「ぎがぁっ!?」
伸魔刃を解除するのと同時に、下顎をぶん殴った。
脳震盪を起こしたのか、それとも腹を貫かれたからか、起き上がろうとしても立てないようだ。
「終わりだ、ラジーヴィア。大人しく捕まるか、このまま死ぬか、選べ」
「くそぉ……! クソ、くそクソクソくそがァ……! てめぇ、それは実の兄に対する仕打ちかよォ……!」
「ああ? そりゃこっちのセリフだ、寝言抜かすなクズ。弟を襲いかかってきた魔獣の盾に使うようなヤツを、兄とは思わねぇよ」
「もう過ぎたことだろォ……! お前も、おれも生きてんだから、そんぐらい許せよぉ……!」
……ああ、こいつは本当になにも変わっちゃいない。
他人に迷惑をかけることなんざなんとも思っちゃいない。
恩は忘れて、恨みは晴らすまで決して忘れない。つくづくクズだ。
「いたぞ! 向こうで倒れてやがる!」
「ん、傍に誰かいるぞ。 まさか仲間か!?」
「……違う、あれも援軍。冒険者のラディアスタ。私の仲間の一人」
今になって、やっと追手たちが追いついたみたいだな。あ、それに混じってアルマの姉ちゃんもいるようだ。
もうこれで、こいつは絶対に逃げることができなくなった。
「お前が捕まえたのか、よくやった!」
「よぉし、まずはフン縛れ! 止血はその後でいい!」
縄で乱暴に手足を縛られていく。
もう抵抗する気力もないのか、大人しくされるがままになっている。
後は王都にでも連行して、法の下に裁きを受けるだけの身になるだろう。
……判決は、恐らく死刑だろうけどな。良くても、犯罪奴隷として死ぬまで重労働の日々を送ることになるだろう。
本当は、家にまで連れ帰って、皆に頭を下げさせてやりたかった。
みっともなくても、どれだけ恥ずかしくても、たとえ許してもらえなくても、これまでのことを謝らせてやりたかった。
そうすればおれも、そしてこのバカ兄貴も、やっと次へ進めると、そう思っていたのに。
どうして、こうなっちまったんだろうな。
「リーダー、捕縛完了しました!」
「よし、じゃあさっさとアジトまで連行するぞ。その後の処遇については、他に転移してきた援軍たちを救助してから……ん?」
バカ兄貴の拘束と応急措置が済んで、これからアジトへ凱旋しようとしているレジスタンスたちのリーダーが、急に動きを止めた。
……? どうしたんだ?
「? リーダー、なにか?」
「っ!! 離れろぉっ!!」
バカ兄貴を引率しようと腕を掴んでいた人を、リーダーが突き飛ばした。
「いって!? なにするんですか急に! おふざけにしちゃちと乱暴……え……?」
「ぐぁ……ぁ……」
突き飛ばされた人が、リーダーに文句を言おうとする途中で固まった。
その人を突き飛ばしたリーダーの左手足が、無くなっているのが見えたから。
「り……リーダーっ!!」
「な、なにが起きたんだっ!?」
「お、おい、そいつ、縄を……!」
皆が唖然としている間に、ブチブチとなにかが千切れるような音が聞こえた。
兄貴が、力任せに縄を千切って解いているのが見える。
まさか、まだそんな力が残って……!?
「……ああ、くそ、ちくしょう、やっちまった、クソが、やっちまったよ、はははっ……」
なにかを悔いるような、まるで自嘲しているような笑い声を兄貴が漏らしている。
おれと同じ緑色の瞳が、赤く染まっていく。
瞳孔が、まるで爬虫類のように縦に細長く形を変えていく。
牙や爪がみるみる長くなっていく。
身体中からオオカミのような体毛が生えていく。
全身の筋肉が膨らんで、身体がどんどんデカくなっていく。
兄貴はもう、ヒトとは呼べないナニカに変わっていく。
「な、んだよ、これ……!?」
「……魔族に、渡されて、奥歯に仕込んでおいた、『魔獣化薬』、だ」
「『魔獣化薬』だと!? まさか、先の魔族大戦で使われた、今はもう失われた禁断の薬のことか!?」
「ああ、そう、さ。ヒトのカラダに、そっくりそのまま、魔獣の能力とチカラを足す、不可逆の変身をもたらす魔の薬、だとさ。もう、こうなっちまったら、もどれない。いずれ、おれは、混ざった魔獣にのみこまれて、ただのケモノになりさがっちまう、だろう」
なんで、なんで、そんなもんを使ったんだ……!?
それじゃあ、どっちみち助からないだろ! どうして……!!
「どうして……! どうしてだ、兄貴!」
「どう、して? それは、こっちの、セリフだ……!」
こちらを真っ赤な縦長の不気味な瞳で睨みながら、牙を剥き、咆哮を上げた。
「どうしてくれんだよぉぉォォォぉぉおおオォ!!! おまえのせいで、おれは、おれはぁっ!! おれが、こんな目に!! コロス! 絶対に! おまえだけは! 殺して! ころ、あ、アああぁぁああアああっっ!!!」
怒りのまま叫び、喚きながら、こちらに殺意をぶつけてくる。
それは、怒り狂った獣というよりも、……まるで怪我をして泣き叫んでいる子供のように見えた。
お読みいただきありがとうございます。
> 弟君頑張ってクソ兄貴をぶっ殺して。―――
無慈悲で草。
一応ラディア君としては、最良で捕まえて連れて帰る、最悪でも戦いの末に殺してケリをつける、という目標だったりします。




