ありえないはずの、最終形態
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「……ちっ……!」
刃が首元を通り抜ける感覚。俺の喉をアルマが剣で斬ったようだ。
普通なら致命傷だろうが、外付けHPのおかげで傷はない。
戦いが始まってからはや数十分。体感じゃもう何時間も戦っているように感じられるくらい、酷く濃く長い戦いだ。
アルマは何度か俺を斬りつけているが、俺はまだ一撃もまともに入れられていない。
……アルマに手も足も出ないというわけじゃない。
素の状態でも気力強化したアルマと互角くらいだし、瞬間的に能力値を爆上げしてぶん殴ればそれでケリはつく。
でも、それはあくまで戦闘能力だけの話。心の問題は別だ。
隙ができた、ここだ!
「……くっ……!」
……って思っても、どうしても手が止まってしまう。
マンガなんかで、『ニセモノ相手になにやってんだよ、さっさとやれよ』と思うようなシーンを何度も見たことがあるけど、いざその立場になってみるとビックリするくらい躊躇してしまう自分がいる。
一方、アルマは容赦なくこっちを斬りつけてきているけど、剣が俺の身体に触れるたびに顔を顰めている。
向こうも戦いたくはないみたいだが、フロアボスとしての習性なのか攻撃をせずにはいられないようだ。
「……ヒカル……!」
「なん、だ!」
攻防を続けていると、アルマが口を開いた。
その目は、ほんの少し滲んでいるのが分かる。
「わた、し、私は、戦いたくなんかない、ヒカルを、斬りたくなんか、ない」
「……分かってるよ」
「なら、早く私を倒して。今のヒカルなら楽に終わらせることができるはずなのに、攻撃の機会を何度もわざと見逃してる」
うん、まあ、気付くよねそりゃ。
攻撃を弾いて隙だらけの状態なのになにもせず突っ立ってたりとか、乱打の応酬になって気力強化すれば押し切れるところなのにあえて互角っぽく立ち回ったりとか、どう見ても舐めプにしか見えないだろうしね。
この戦いで得られるものなんか無い。
早く倒して、次の形態に備えるべきだってことは分かってる。
でも、……でも、アルマを傷つけようとすると、あの時のことを思い出してしまって……。
気が付いたら、自分の腕がアルマを貫いていたあの時。
腕からなにかポタポタと滴り落ちていてそれが真っ赤な液体で錆びた鉄みたいな匂いで目の前に口から同じ赤い液体を吐き垂らしながら笑ってるアルマの顔が――――
思い出しただけで全身の毛が逆立つような、ひどい光景。
あれを、もう一度やれというのか。
あんな、あんなのは、もう二度とごめんだ。
たとえ本物じゃないと頭で分かっていても……っ。
「ヒカル」
アルマが、声を震えさせながら呼んでいるのが聞こえる。
「お願い、お願いだから、これ以上、私にヒカルを斬らせないで。もう、もうこんなのは、いや、だから、……はやく……っ!!」
涙を流しながら、剣を振るっている。
……なんで、この子は泣いているんだ。俺はまだ、君を傷つけてなんかいないはずなのに。
バカか俺は。
俺が過去のトラウマを言い訳にして、問題を先送りにしてるせいだろうが。
嫌なことから目を逸らして、その負債を彼女に払わせてるだけだろうが。
クズが。俺は、最低のクズ野郎だ。
ごめん。
ごめん、アルマ。
もう大丈夫だ。
アルマが突き出してきた剣を、腹で受ける。
生命力を腹部に纏わせないように操作して、外付けHPがはたらかないようにして、あえてダメージを受けた。
「が、はっ………!!」
「ヒカ、ル……!?」
腹に剣が突き刺さり、血が流れていく。口の中に赤く生温い水が溢れ、錆びた鉄の味が広がっていく。
痛い。いたい。死ぬほど痛い。泣きそうなくらい痛い。こんな痛み、1秒だって耐えられるようなもんじゃない。
……いいや、全然、痛くねぇ。
こんなもん、屁でもねぇ……!
「なん、で、血が、あ、ああ、ヒカル、はやく、治さない、と―――」
「………アルマ」
……ははは。あの時とは、まったく逆のシチュエーションだな。
残った気力を全て右手に集中。
「これで、おあいこだ」
「……あっ……」
白魔族に操られていたあの時のように、アルマの胸を右手で貫いた。
痛みからか一瞬表情を強張らせたが、すぐに安心したような安らかな顔を見せてくれた。
早くこうしていれば、アルマを泣かせることなんかなかったのに。
「ヒカル、やっと、終わらせてくれたね」
「……ごめんな。俺の意気地がないせいで、アルマにこんなつらいことを何度もやらせちまって」
「本当、そう。ヒカルに傷つけられることなんかより、ヒカルを傷つけることのほうが、よっぽどつらい」
「そうだな、腹ぁぶっ刺されてる痛みより、またこんなことやってることのほうが、ずっと嫌だな」
「分かればいい。……剣で突いたお腹はいつまでも放置してていい傷じゃない。早く治して」
「アルマがいなくなったら、治すよ。大丈夫、もう、そんなに時間ないだろ?」
「うん。もう、痛くなくなってきて、眠い。眠ったら、もう私は私じゃなくなってると思う」
「なら、もう休め。ずっと戦ってて疲れたろ」
「……さいごに、いい?」
「……なんだ」
「ヒカルは、わたしを――――――」
最後の問答が終わると、鬼先生の時のようにアルマの身体が霧散して、散っていった。
すぐに生命力操作で腹の傷を塞いで、ポーションをあおり、次の形態に備える。
………ああくそ、顔が熱い。
トラウマほじくり返されたことよりも、最後の言葉が印象に残ってやがる。
落ち着け、悶えるのはこのボスを倒してからでも遅くない。
最強の鬼先生と、一番傷つけたくないアルマを乗り越えたんだ。
最後になにがこようとも、乗り越えてやる。くるならこい。
〈―――――……――――――・――――…〉
ボスの形態変化を待っていると、不意にノイズ音がどこからともなく聞こえてきた。
……なんだ、この周波数の合ってないラジオみたいな不快な音は……?
〈―――・――・――…―――――『アース』―・――な――している――…――すか――――〉
〈――――…―…―――なぁに―――――っとした――手伝い――よ――『パラレシア』―――〉
ブツンッ となにかが切れるような音が響くと、霧が再び集まり始めた。いよいよ最終形態か。
……てか、さっきの音はなんだったんだ? なんか、まるで子供と女性が会話してるような声が聞こえたような……。
≪最後の形態は、『対象が会いたくとも会えない故人』に変身する≫
≪対象となる存在がいない場合は、最終形態はスキップされてそのまま討伐完了となる。また、梶川光流のようにこの世界に該当する存在の記録がない場合も同様である≫
え、じゃあこれで終わり?
いや、でも、なんか霧が集まってまた人型を作り始めてるんですけど。
≪先ほどのノイズが流れた直後、21階層から対象の情報が『★開かれる傷痕』に送られた模様。変身完了まで、あと3秒≫
は? どういうことだ……?
てか3秒って、ていうか、会いたくても会えない故人って、まさか―――――――――――
「は、はは、はははっ………」
口から、思わず笑みが零れた。
それを隠すように、右手で覆っても笑いが収まらない。
目から、涙が止まらない。
感情が、溢れ出て、もうどう表現したらいいのか分からない。
「あははははっ、はははははっ、はは、は………」
………この感情は、怒りでも悲しみでもない。
歓喜だ。
この人をこれから殺さなきゃいけないってのに、俺の心はもう一度会うことができたということが、嬉しくて、嬉しくて、うれしくて……。
勘弁してくれ。俺がなにをした。
なんで、今更、こんな………。
「最後に見た時より、随分大人っぽくなったわね」
「………ははっ。あれから7年も経ってんだ、当たり前だろ」
俺の就職先が決まり初めて出社したその日に他界した、母の姿がそこにはあった。
お読みいただきありがとうございます。
>このまま本番の予行演習まで突っ走ったら中の魔物がやってられなくなりそう
なんの本番なんですかねぇ(すっとぼけ)
中の人には人格がなく、変身したその対象基準の価値観で思考してますので、その心配は無いかと。……別の意味で心配か。
>よし魔王来ていいぞ。今すぐ梶川とアルマの――――
魔王「リア充爆発しろ」 魔王の事情的に、マジで嫉妬でキレかねない模様。
多分、アルマの姿になった途端に寸止めすると思います。ヘタレ乙。
>トドメさす瞬間、どこぞの料理に調味料全種ぶっかける復讐者みたいに―――
どこのサイコパスだ(;´Д`)
殺し愛は業が深い……((((;゜Д゜))))
>決着つくのか?これ。ボス戦後に精神的ダメージでふて寝しそう。―――
大丈夫。次の形態のほうがひどいから落ち込んでる暇ないです。そこに呆れる、反吐が出るぅ。
まぁ、そこまで重い話にするつもりは……どうなんだろコレ。
……浮気かどうかは、また意見が分かれそうですねー(;´Д`)
>このボス部屋に二人以上入ったらどうなるの?―――
例えばアルマの御両親の場合だと、第一形態と第二形態はどちらも同じ相手が対象だったので、二人なのに一体しか出てきませんでした。
しかし、最終形態はそれぞれ違う対象だったので2体出現していたりします。
まあ要するに基本的に人数分だけ変身する相手も出てきて、ダブった場合は統合されるような仕組みですねー。




