性格の悪い戦法
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『グル』
いつものようにこちらに構えながら低く唸る鬼先生、に化けたボス。
目の前にいるのはスキル技能がほとんど使えないニセモノ。
俺の体験を基にして作られたまがい物にすぎない。
だが
だが!
『グルッ』
「うおぉぉおおおおああああああ!!!」
繰り出される攻撃の速さ、鋭さ、重み、そのどれもが本物と遜色ない!
一撃一撃がまさに必殺。たとえニセモノだろうが、その実力は本物だ。
突き出される正拳は山をも砕き、直撃すれば今の俺でもHPが一気にもっていかれる。耐えられて3発が限界だ。
蹴りはさらにヤバい。俺の体勢が少しでも崩れようもんなら、拳よりも数段威力の高い足技を容赦なく浴びせてくる。これは一発でももらったらそれでアウト。
万が一身体を掴まれでもしたら、すぐに魔力操作で手を弾かないと握り潰されるか遥か彼方まで投げ飛ばされる。
攻撃面だけでも既に無類無敵。唯一匹敵するのはアルマパパくらいなもんだろう。
さらに、これらに加えて防御面や回避能力なんかも尋常じゃないレベルだっていうんだから恐ろしい。
馬鹿正直に拳を当てようとしようもんなら、即弾かれてカウンターを受ける。
かといって下手にフェイントでも混ぜようとすると、その予兆を感じとってかフェイントする瞬間に攻撃をさしこまれてまともに喰らう。
でも動きに無駄がなさすぎるとすぐに見切られて受け流されるか避けられる。
まさに最強。アレだ、『オレTUEEE!! な自分の理想像』がそのまんま存在してるような感じだ。
能力値が互角だったら絶対に勝てない。今の俺の素の能力値は大体3000ちょっとくらいで、鬼先生より少し劣る。
故に気力操作で10000程度まで能力値を上げて戦っているわけですが、それでようやく互角といったところだ。
……おかしくね? 鬼先生は大体3500~4500程度の能力値で、しかもスキル技能をほとんど使っていない。
なのに、軽く2、3倍近い能力値の俺と互角という矛盾。
逆の立場だったらまともに戦える気がしない。能力値3倍の差なんか埋められる気なんかしない。
戦うにしても能力値を気力強化して無理やり相手の土俵に立ってゴリ押しする戦法しか思いつかない。
あるいは、補助アイテムなんかを駆使して卑怯な手を使いまくるだろう。でも、鬼先生は補助アイテムどころか武器すら使っていない。
その絶望的な差を埋めているのは、これまでの実戦経験の賜物だろう。
どれほどの強敵を倒してきたのか、何発もの拳を繰り出してきたのか、何年生きてきたのか分からないが、その高密度の戦闘経験がステータスという枠組みを超えて鬼先生の力となっている。
……もしもこれにスキル技能が加わったら、もはや誰も勝てないだろう。魔王なら倒せるかもしれないけど、楽勝とはいかないはずだ。
で、その力を我が物顔で振るっているこいつを見ているとなんだかムカついてくるな。
俺も外付けステータスに頼りまくってるから人のこと言えた義理じゃないけど……。
普段、俺は鬼先生との稽古の時にはアイテムはもちろん、えげつない魔力操作の使い方は控えている。せいぜいパイルを撃ちこむくらいだ。
鬼先生との稽古は、あくまで接近戦の訓練のためであって鬼先生に勝つことが目的じゃないからだ。
いや、まあ、仮に思いつく限りくっそ性格悪い戦法をとったとしても、鬼先生ならその全てを打ち破ってくるかもしれないが。
だが、それはあくまでスキル技能を十全に使えたらの話だ。
真獣解放をはじめとした強力な技能を使えないこのニセモノ相手なら、おそらく充分に通用するだろう。
『グル!』
「らぁっ!!」
ニセモノの攻撃に合わせて、瞬時に魔力で分厚い大盾を展開。
並の拳法家なら拳が砕けていてもおかしくないはずだが、関係ないと言わんばかりに盾を乱打してきた。
す、すげぇ攻撃だな。まるで大砲の集中砲火でも受けているかのような衝撃が盾を通して伝わってくる。
一発攻撃を受けるたびにゴリゴリと魔力が削られていく。このまま受け続けていたらそのうち盾を弾かれるか砕かれるかするだろう。
まあ馬鹿正直に受け続けるなんてありえないけどな。
『!?』
鬼先生が若干顔を顰めた。珍しい表情だな。
攻撃を受けている途中で、金属のように硬質化させていた魔力の大盾をゴムのように柔らかく柔軟性のある状態に変化させた。
攻撃を受け止めた瞬間に大盾の形状をツタ状に変化させ、腕に絡みつかせ拘束。
瞬時に引きちぎろうとしたが、今度はとりもちのように粘着質な状態にしてネチャネチャと纏わりつかせる。
剥がそうとしても無駄。とりもちを掴んだ手にもまるでガムのように纏わりつくだけだ。
この機は逃がさん!
火力特化パイルの準備を始めると、危機感を覚えたのかニセモノが俺から飛び退いた。
いい勘してるな。想定内だが。
『グガッ…!? グググ……!!』
はい。いつものエネルギー変換による電撃です。ワンパターン? ほっとけ。
体表に電気を流す程度なら鬼先生ならなんとか耐えるだろうが、魔力を針状にして突き刺し、身体の内側に電気を流せば充分効果があるようだ。
電撃の痛みによる身体の強張り。それがどのくらい辛くて身体の自由を奪うのかは俺自身よく分かっている。
だからこそ、この一撃は絶対に当てられる!
硬直しているニセモノに接近し、火力特化パイルバンカー発動ッ!!
『グガァッ!!』
っ!!
火力特化パイルの爆発音が、ボスフロアに響き渡った。
その衝撃にニセモノが壁まで吹っ飛ぶ。
そして、俺の身体も反対方向の壁までぶっ飛ばされた。
『ガグァッ!!』
「ぐあぁっ!!」
血を吐きながら、床に倒れ込むニセモノと俺。
……おいおい、マジかよこいつ。火力特化パイルが命中するのと同時に、電撃に耐えてこっちにカウンターかましてきやがった……!
火力特化パイル用に魔力装甲を纏っていたにもかかわらず、蹴り一発で俺のHPをゼロにしてダメージを通してきた。
外付けHPが無けりゃ、下手したら即死だったかもな。
能力値に差があろうが、急所をモロに突かれたらダメージは通る。
このニセモノは、……いや、鬼先生は相手の急所を見抜くことなんて朝飯前らしく、あの状況で的確にこっちの内臓を狙って蹴ってきた。
今思うと、本物の鬼先生が俺の急所を狙ってきたことはほとんどなかった。
顔面を殴る時だって、いつもHPが尽きるか尽きないかギリギリの手加減をして殴ってきていたんだと、このニセモノと戦って初めて気付いた。
つーか、俺の体験を通して作られたニセモノなら、手加減した状態で戦うべきだと思うんですがそれは。
今まで見たことないような、必死の形相でカウンターかましてきやがって。
≪再現できないのは使用しているところを見たことがないスキル技能のみで、素の実力などはほぼ完全に再現されている。記憶なども、敵対する相手からの情報だけではなく『変身した本人』の記憶を再現している≫
……え? ってことは、このニセモノは鬼先生の記憶を持っているってことなのか?
≪肯定≫
…………ほーう。なるほど、なーるほどね。
……。
許せ、鬼先生。
『グルッ!』
ブンブンと頭を横に振り、埃を払ってから再び俺に向かって突進してきた。
回復ポーションを飲みながら、こちらも応戦態勢に入る。
突進してくる鬼先生に向かって手をかざし、構える。
「食らえっ!!」
『グル!?』
かざした手から、アイテム画面に入れておいた鳥の唐揚げを取り出し、鬼先生に向かって投げた。
『!! ハグッ!』
……これまでで一番速い動きで、唐揚げを口でキャッチする鬼先生。食い意地まで本人を再現しやがって。
美味そうに咀嚼しているところを見ているとなんだか罪悪感がこみ上げてくるが、もうそんなこと言ってられん。
何度も唐揚げを投げまくって、その全てを口でキャッチして食らっていく。
鬼先生と初めて会った時も、俺の食ってた唐揚げを勝手に食いまくってたっけ。
『ハグッ………ガッ………』
最後の唐揚げを口に含んだところで、鬼先生の動きが止まった。
顔中の穴という穴から、血を噴き出し、その身体を地面にあずける鬼先生。
唐揚げに極微量の魔力・生命力・気力を混ぜ込み何度も食わせまくって口の中に充満させてから、その魔力を使って口の内側から脳に向かって直接魔力パイルをぶち込んだ。
一気に大量の魔力を口の中に入れようとしても勘付かれてしまって無理だろうが、唐揚げを媒介に少しずつ蓄積していけば可能。
『唐揚げは美味いもの』という、鬼先生の記憶がなければそんなことできなかっただろうけど。
多分、本物相手でも通じるかもしれないが、さすがにこんな勝ち方はしたくない。
状況が状況だからやむを得ないとはいえ、ご飯っていうのは安心して食べられるべきものだと思うし、こんな毒を盛るような使い方は絶対に嫌だ。
だから、本物の鬼先生はいつか正々堂々と倒したい。………何年かかるか分からないけど。
鬼先生の身体が元の霧状に霧散していき、消えた。
霧が再び部屋に充満していく。
かと思ったら、また霧が集まり始めていく。どうやら次の変身をするようだ。
確か、全部で3回変身するんだっけ?
≪肯定。1回目は『これまで遭遇した中で最も優れた戦闘能力を有す個体』、2回目には『最も親しく傷つけたくない者』へ変身する≫
え、なにそれエグい。
もう誰が出てくるか変身する前から丸わかりなんですけど。
霧が再び人型の輪郭を形作っていく。
今度は身長が低く華奢な体格で、こっちの世界にきてからはほぼ毎日見たことのある相手の形だ。
肩までの長さの、黒いショートヘアー。
華奢なのに、出るところはバランスよく出ている絶妙なプロポーション。
藤色の瞳でこちらを見つめながら、俺に向かって黒い剣を構えている少女の姿がそこにはあった。
「………………マジかよ……………!」
思わず目を手で覆って嘆く。
ああクソ、この魔獣もダンジョン設計者が作ったもんだとしたら、もうそいつを一発ぶん殴ってやらにゃ気が済まん!
クソ、クソが!!
「アルマ……!!」
「……ヒカル」
お読みいただきありがとうございます。
>鬼先生、ご両神のラッシュか…―――
御両親は出ません、出たらもう詰みです。一体ずつしか変身できない特性だからこそ助かってますね。
本物が使っているところを見たことのないスキル技能を再現できないという点では大幅に弱体化してますが、それでも辛うじて倒せるかどうかという強敵ぶり。本人にはまだ遠く及びませんね。
>次回!カジカワ死す!デュエルスタンバイ!
本人相手だったらマジで死んでるという恐怖。鬼先生強すぎんよー。
>ここで鬼先生ww
すっと出番が無くて存在感が薄くなってきている気がしていたのですが、ここで登場。ニセモノだけど。
なお本人は魔獣山岳で八つ当たりに暴れまくっている模様。
>性格まで再現されてるなら料理を渡して見逃してもらう展開も――――
撤退するなら、それもアリだったかもしれませんねー。
そしてどんどん開かれていく傷痕。どう開いていくのかはまた次回より。




