黒き孵化
今回始めは勝利の女神もとい勇者視点です。
≪はい、そこで手を上げてー≫
≪いや、なんで?≫
≪必要なことなんだよ。いいからハヤクー≫
≪へいへい≫
梶川さんの指示を受けつつ立ち回っているけど、ちょくちょく不可解な行動をさせられている。
そして次の瞬間にはとんでもないことが起きて、気が付いたら魔獣たちが消し飛んでいく。
……オレ、いらなくね?
≪はい、腕下げてー≫
言われるがまま、腕を下げると空から炎の大玉が魔獣たちに降り注いでいく。
メテオ? メテオかこれは? 梶川さんこんな技まで使えるの?
≪いえ、どうやらアイテム画面から溶岩と岩石の混合物を取り出して、上空から落としているだけみたいです。空を飛べるあの人ならではの戦法ですねー≫
どうやってそんなもんアイテム画面に収納したんだ……? やることなすこと謎すぎる。
「い、隕石まで降らせたぞ!? 勇者様は、あんな魔法まで使えるのか!」
「あれだけいた魔獣群が、もう残り千体くらいしかいない……! なんという強さだ!」
「あの飛行士とかいうやつも、空を飛ぶ魔獣を次々堕としてる。勇者様のサポート役としては申し分ないな」
「……俺らいらなくね?」
それオレのセリフ。もう帰っていい?
なんかこの人が大規模な攻撃をかますたびに、まるでオレがやったみたいに見せかけてるんだけど。
……まあ、立場上あんまり目立ちたくないのは分かるけど、その分のしわ寄せが全部こっちにきてるんですがそれは。
≪別にいいじゃないですか。突っ立ってるだけでネオラさんの評価うなぎのぼりですよ≫
こんなおんぶにだっこな感じで評価されても嬉しくないっての。
実際の実力が知れたらガッカリなんてもんじゃないぞ。オレどんだけバケモノ扱いされてんだ。
≪……ジョブチェンジしたうえで仲間が増えればこれに近い実力も身に着くんですけどねー≫
え、今なんて?
≪ネオラ君、そろそろ普通に戦うとしようか。さすがにこっちもタネ切れだ≫
≪あ、了解っす。……なんだろう、結構な数の魔獣が残ってるのに最初に比べるとすごく少なく見えるんだけど≫
≪まあ最初の数が異常だったしな。おかげでレベル上がりまくりでウハウハですわ≫
≪うわ、Lv65まで上がってるじゃん! てか能力値の伸び幅おかしくね? 大体2150前後まで上がってるんすけど……≫
≪うん。どうやらレベルの数値分、能力値も上がっていくみたいなんだよね。最初のころはLv10まで上げてもゴブリンとどっこいどっこいくらいだったなぁ……≫
それがどうしてこんなことに……。
突然変異というかバグというか、やっぱこの人おかしい。何度も言ってるけどおかしい。変。アタマおかしい。
≪……なんか酷いこと考えてない?≫
≪気のせい気のせい≫
さーて、ここまで数が減ったのならなんとかなりそうだな。
いや千体相手にするのも相当ハードな戦いなんだけどね。
だが、あの教官たちと戦うことに比べりゃ楽勝だ。さあこい!
……あれ?
なんだ、アレ……!?
~~~~~アタマおかしい変なヤツ視点~~~~~
『ヒ!? ヒビャァァアアア!!』
『ガボブガボブブ……!!』
残り僅かな魔獣の群れを、突如黒い影の触手が絡めとり飲み込んでいく。
触手の中心には、一つの人影。
いや、魔族か!
どうやら、こいつが王都へ魔獣をけしかけた魔族で間違いないようだ。
王都への侵攻を防がれてご立腹の様子。ざまぁ。
「邪魔を、しおって……! 許さん……! 許さん許さん許さんぞぉおおおおっ!!」
触手の中心にいる魔族が、怒りに満ちた絶叫を上げている。
魔族の身体にも黒い触手が絡んで、溶かすように少しずつ咀嚼されて飲み込まれていく。
「ぎゃぁぁぁああっ!! ぐうぅぅ……!! こ、れしきの苦痛、覚悟のうえだぁっ……!! 殺す! 殺してやるぞクソどもがぁぁあああっ!!!」
身体を貪られる激痛に晒されながら、なおもこちらを睨みつけてくる。こわ。
……メニューさん、アレ、なにしてるの?
≪禁忌魔法【メルト・フュージョン】 魔法の使用者およびその周辺にいる魔獣の命を吸い上げ、強力な魔獣を生み出す魔法。一定以上の数と質が揃わなければ失敗、あるいは弱い魔獣しか生み出せない。また、逆に数が多すぎた場合は術式が破綻し発動自体不可能≫
要するに、『この場にいる魔獣とオレのライフを生贄に強い魔獣を召喚するぜ!』みたいな感じか?
≪……………概ねその認識でいい。今回の場合は適量の魔獣が術者の周辺に揃っていたため成功率は極めて高く、産み出される魔獣もSランク以上と推測≫
マジか。途中で止める手段は?
≪術が発動した時点で中断は不可能≫
つまり、黙って魔獣が生まれるのを見てろってか。クソが。
他の方角は大丈夫なのか?
≪……他の戦場でも、同じように強力な魔獣が生み出されている模様≫
そりゃまずいな。
一刻も早くそっちのほうにも向かわないと。
……!
黒い触手が渦を巻きどんどん小さく、しかしより密度を増して凝縮されていく。
最終的に黒い人型を形作り、孵化するように黒い皮を破って中から一体の魔獣が現れた。
「……な、に?」
身体の半分近くを喰われ息も絶え絶えの魔族が、生まれた魔獣を見て唖然としながら声を漏らす。
小柄な体躯、緑色の肌。やせ細った手足。
その魔獣は、ゴブリン。
見た目はなんの変哲もない、ただのゴブリンだった。
『……ギィ』
「ば、かな……あれほどの魔獣を飲み込んで、出来上がったのが、ただのゴブリンだと……!?」
「な、なんか、派手な演出の割に弱そうなのが出てきたな」
「あんだけの群れを相手にするよか、よっぽど戦いやすそうだぜ、ハハハ」
兵士たちが、生まれたてのゴブリンを見て嘲笑している。
こんな雑魚なら、自分たちでも楽勝だと。
違う。
違う、違う。
アレは、断じてただのゴブリンなんかじゃない……!!
「全員、門の内側へ逃げろっ!!」
「え、ええ……!?」
「早くしろ! アレはゴブリンの皮を被ったバケモノだ!!」
俺と勇者君がほぼ同時に兵士たちに向かって叫んだ。
『ギル……!』
「っ!」
勇者君に向かって、ゴブリンが駆けていく。その速さはまるでF1レースで走るスーパーカーのようだ。
速い……! クイックステップでも縮地でもない、ただ走っているだけでこの速さかよ!
「ネオラ君!!」
「うおぉおっ!!?」
反射的に縮地を使って、ゴブリンの突進から逃げる勇者君。
よく避けられたな今の。アルマの御両親との稽古の成果出てるわー。
『ギッ!』
「え、なっ!?」
縮地で避けたところを、ゴブリンも縮地を使って追撃してきた。
はっや!? なんだアレ速すぎるだろ、勇者君の縮地の倍近く速いんだけど!
『ギャァアっ!!』
「うわっぷ!?」
咄嗟に盾を構えてゴブリンの拳を防いだが、一発受けただけで盾は砕けてしまった。
……なんか鬼先生と比べると拳の出し方がえらく下手くそだ。膂力は引けを取らないくらい強そうだけど。
拳法スキルをもってないのに殴りかかってきたのか? ちょっとステータスチェック。
魔獣:★ものまね小鬼
Lv90
状態:正常
【能力値】
HP(生命力) :5124/5124
MP(魔力) :1978/1978
SP(スタミナ):1121/1140
STR(筋力) :3140
ATK(攻撃力):3140
DEF(防御力):3000
AGI(素早さ):2715
INT(知能) :2479
DEX(器用さ):2785
PER(感知) :1494
RES(抵抗値):1503
LUK(幸運値):412
【スキル】
魔獣Lv10
【マスタースキル】
小鬼骨武装
【ユニークスキル】
スキル・コピー
(極体術Lv4 盾術Lv9)
≪マスタースキル【小鬼骨武装】 自らの骨を変形させて、武器や防具などの装備として扱うことができるスキル≫
≪ユニークスキル【スキル・コピー】 一度見たスキルをそのまま取得し扱うことができる技能。取得できる技能に上限はない。ただし、取得したスキルは1時間ほどで削除されてしまううえに、魔獣スキル以外のスキルを取得することができない≫
やべぇ、こいつ勇者君との相性が最悪だ。
勇者君が色んなスキルを駆使して戦っても、こいつはその全てをコピーして扱うことができる。
加えてこの能力値の高さ。こりゃ早めに選手交代しないとどんどん強くなって手が付けられなくなりそうだ。
「梶…飛行士さん! こいつのステータス確認しただろ!? なら代わってくれ!」
「おう、任せろ!」
どうやら勇者君も同じ結論に達したようだ。
スキルを駆使する勇者君にとっての天敵がコイツなら、スキルを一切使わず戦う俺がコイツにとっての天敵だ。
極体術をコピーされたのはちと痛いが、今ならまだなんとかなる。
≪警告:この個体は魔獣スキルがLv10まで到達しているため、能力値を倍加させる技能【真獣解放】を使用可能≫
真魔解放の魔獣バージョンってとこか。
鬼先生と戦わせてみたらいい勝負しそうだな。やんないけど。
再び勇者君に突進しようとしているゴブリンの後ろから、全速力の魔力飛行で身体を掴み遠くまでぶん投げた。
『ギィイッ!?』
急に投げられたことに困惑しながらも、すぐに標的をこちらに移して突進してきた。
極体術を獲得した影響か、身のこなしが生まれたての時よりもずっとキレがある。
だが、拳の出し方が下手くそなのは相変わらずだ。
強力な膂力にまかせてがむしゃらに拳を放つさまは、まるで俺みたいだ。……なんか無駄に親近感が。
お読みいただきありがとうございます。




