過労絶望
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今回始めはロリマスことイヴランミィ視点です。
「ああくそ、やっと復興してきた『イルユディ』にハチ型魔獣の群れが向かってるってさ。すぐ周辺の冒険者とか対魔族軍に連絡とって対処してもらって。巣を見つけたら速やかに焼き払うように」
「ああ゛!? また『ケルナ村』にイノシシ型の魔獣が群れで向かってるだと!? すぐに避難させろ! 例の豆をありったけ村の外で炒って誘導しろ!」
「ほっほっほ。『ナライブ』の魔獣群は殲滅されたそうじゃ、よかったの。……入れ替わるように『テヴァルラ』の街で鳥型魔獣の群れが暴れまわっているようじゃがの」
「ふざけんな! もうこれ以上は手が回らねぇよ!」
あまりに目まぐるしい状況にヴェルガが半ギレで弱音を吐いている。
気持ちは分かる。すごく分かる。私ももう逃げたい。
魔族の幹部は少し前に世界最強夫婦の喧嘩に巻き込まれる形で討伐できたらしい。
その時点で魔族の拠点の半分は消し炭に、もう半分はみじん切りにされていたとか。……やっぱあの二人おかしいわ。アタマおかしい。
そのおかげで魔族軍も撤退してつかの間の平和を勝ち取れたかと思ったんだけど、甘かった。
魔族、まだ残党がこの大陸のあちこちで色々やらかしてるっぽいんですけど。
おかしくね? 前例通りなら幹部が殺られた時点でさっさとどっか行くんじゃないの? ここんとこ毎日こんな調子で過労死しそうなんですけど。
最初はたまたまテリトリー外で増えすぎた魔獣が街を襲っているんじゃないかって思ってたけど、明らかに類似した案件が多すぎる。
誰かが手を加えた形跡が魔獣の巣にあったし、おそらく魔族が魔獣を養殖して街を襲わせているんだろうね。
なんで魔族の仕業かって? いくつかの巣の中に魔族だったと思われる魔獣の『食べ残し』があったからだよ。おえっ。
ああ、こんなことならいっそ精霊魔法なんか使えなけりゃよかったのに。
タイムラグがほとんどないから、普段から精霊任せに情報収集をしているけど、あくまでそれはヴィンフィート周辺の話。
距離が離れれば情報が入ってくるのも遅くなるし、他の大陸の情報を精霊伝いに集めようとしたらひと月はかかる。まだ手紙でも書いて送ったほうが早いくらいだ。
でも大陸内地なら充分な効果はあるわけで、こうやって情報収集しながら指示を出し続けている。過労で倒れそうなんですが。
一緒に対処に当たっている、この街のギルマスのヴェルガと鑑定師のフィルスのジジイコンビも疲労の色を隠せていない。見た目召される一歩前じゃないのさ。
「つーかさ、ウチの大陸に残ってる冒険者ってちょっと弱くね? あんな雑魚の群れ相手にどんだけ時間と人員割けばいいのさ」
「たしかに、あの最強夫婦なら単騎で2、3分あれば楽に殲滅できる規模の案件ばかりじゃな」
「あの二人と比べてやるな、あいつらは特例中の特例だぞ。あんなバケモンがそうホイホイいてたまるか」
「まあ若いもんの中にも、こないだからよく働いてくれておる『剣豪』と『魔術士』の中堅コンビのような有能な奴もいるにはいるが、手が足りん」
「ああ、その二人は魔獣の群れを討伐するために一時的に手を組むことになって、その際に気が合ってそのままパーティ組んだらしいな。あの最強夫婦のようになれる可能性も、……まあゼロじゃない、か?」
「望み薄じゃな。有能じゃが、あやつらはモノが違い過ぎる。あとその二人は両方とも男じゃったぞ、あの二人みたいになられても困るわい」
「つまりオトコ同士でくんずほぐれつするかもしれないと」
「やめろ! ただでさえ疲れてんのに気持ちわりぃこと言ってげんなりさせんじゃねぇ!」
「ふふふ、胸が熱くなるね。……ちょっとトイレ行ってくる」
「トイレでなにする気じゃお主は」
「いや普通に用足しにだよ? レディになに言わせんのさ」
ホントは排泄欲以外にも色々発散したいけど、この状況じゃそうも言ってられない。
さっさと済ませて、また指揮に戻らなきゃ。
てか、もう、そろそろ、限界なんですけど。
さっき愚痴ったのは私たちの疲労が溜まっているからじゃない。本当に肝心の問題解決をするための人員が足りていないんだ。
今はギリギリの状態でなんとかしのいでいるけど、冒険者や対魔族軍なんかの疲労も溜まってきてるし、逆に魔獣の群れが街を襲う頻度はどんどん加速していってる。
このままじゃ、いずれ無抵抗のまま蹂躙される街が出てくる。それも一つや二つじゃ済まないだろうね。
最強夫婦とまでは言わないから、せめてあのバカ姉がいればもうちょっと状況はマシになるだろうに。古代兵器の時といい、肝心な時にいないんだから。
今は第5大陸で戦力の強化合宿中だっけ? そんなもん切り上げてさっさと帰ってきてほしいんだけど。
まあ、バカ姉がいたとしても転移魔法のスクロールを大量に消費しないと解決できそうにないけどね。
転移魔法のスクロール一本作るのに200万エンだっけ? どこにそんなお金があるのさ。ふざけんな。
その点、勇者や飛行士君は転移魔法とは別に、行ったことがある場所へ転移できる特殊能力を持っているんだっけ? 今すぐこっちにこい。
その勇者サマと飛行士クンも最強夫婦とのお稽古中らしいけどな! もー誰でもいいから助けてよー……。
トイレから出てまたあの辛気臭い指令室に戻る途中、窓から空を眺めながら頭の中でも愚痴りっぱなしだ。
もう窓ぶち割ってここから脱出してやろうか。
ああ、もうなんでも解決してくれるマン的な人でもいてくれたらなー……。
〈イヴラン! いた! そと! まどのそとみろ!〉
〈はやく! はやくしないとまたどっかにきえちまうぞ! いそげ!〉
疲労のあまり現実逃避(物理)しそうになってたら、下級精霊たちがなにか騒いでいるのが聞こえた。
なに? 誰か有名人でもいるの?
……っ!?
あれは、あの人は、あの、黒髪は……!
飛行士君じゃんっ!!
「い、い、い、いたぁぁぁぁぁああああっ!!!」
自分でもビックリするくらい大きな声で叫んでしまった。
徹夜明けでテンションおかしくなってるのもあるんだろうけど、今の状況を一気に改善してくれるであろうキーパーソンを見かけたんだから無理もない。
「ロ……ゲフンッ ギルドマスター? お久しぶりですね」
……『ロ』ってなに? 前にもなにか言いかけてたけど、心の中で私をどんな呼び方してんの君は。
いや、それはどうでもいい。それよりも!
「ひ、飛行士君! ちょっとこっちきて、早く!」
「……大きな声で飛行士って言うのはやめてください。なんでそんなに慌てているんですか、なにかあったんですか?」
「はぁーやぁーくぅ!!」
「はいはい……」
よっしゃぁぁあああっ!!
彼がいれば『ファストトラベル』とかいう能力で楽に人員配置できるし、彼自身も結構強かったはず。
バカ姉いわくフィリエ王国の首都でも活躍してたらしいし、期待はもてそうだ。
これならなんとか持ち直せるかもしれない、早く指令室に連れていこう!
~~~~~飛行士視点~~~~~
「御無沙汰しております、ギルドマスター、フィルスダイム氏。その節は本当にお世話になりました」
「……おう、久しぶりだな。例の豚男爵の件はほとんどあの二人がゴリ押しで解決したようなもんなんだが。……よく戻ってきたな」
「ほっほっほ。このクソみたいな状況をちっとはマシにしてくれそうなのがきたのぉ」
ロリマスに案内されるままギルマスルームに入ったけど、スタンピードの時以上に疲れた様子のギルマスと鑑定師のじい様がひたすら書類と地図を眺めながら死にそうな顔で座っていた。
魔族の残党による襲撃を撃退するための指示をこの部屋でやっているようだが、この状態を見るにあまり状況はよくなさそうだ。
「お前らがこの街を出た時は、各地で面倒事でも起こさないかと心配だったが、杞憂だったみてぇだな」
「それどころかあちこちで活躍しまくってるみたいだよ。古代兵器再封印の時はホントにありがとねー」
「いえ、色んな方々に助けられていなければとてもとても」
「ネイア、傭兵ギルドに『テヴァルラ』の街へ応援を寄越すよう手配しろ。襲撃してるのは鳥型の魔獣らしいから、弓や魔法に長けた人員を依頼しておけ」
「は、はいー!」
あ、ネイアさんおひさ。また誰かにぶつかんなよ。
こちらに挨拶しながらも、キビキビ指示を出しながら書類を処理しているな。
のんびり会話もできないあたり、本当に余裕がないようだ。……ここに連れてこられた理由が分かった気がする。
「わりぃ、見ての通りちっと立て込んでるもんでな」
「どうにも魔族が魔獣を養殖して、一定以上まで数を増やした群れを街に放って襲わせているようなんじゃよ。おかげで連日休む暇もないわい」
「魔族の拠点を壊滅させてからずっとこんな調子でねー、人手が足りていないんだよー。はぁ、こんなことなら拠点を壊滅させるんじゃなかったとか思ったりしてるよ」
「いや、幹部を討伐したからこの程度で済んでいるのかもしれねぇ。第3大陸じゃこんな断続的な襲撃じゃなくて、大規模な魔獣の群れと幹部を含めた魔族軍による大侵攻によって一気に王都を攻められて壊滅したらしいからな」
「この大陸は生息している魔獣が比較的弱い分、そこまで絶望的な状況にはなっておらんがの。対処する人員もその分あまり強くないから苦戦を強いられておる」
ふむ、第5大陸じゃ魔獣を転移させる魔道具を使って王都を襲っていたが、この大陸じゃ養殖場から直接乗り込んできてるみたいだな。
レイナの故郷でもそれっぽいネズミの巣があったっけ。あんな規模の魔獣による侵攻が各地でポンポン起こってたらそりゃ忙しいわな。
「ったく、『指揮官』だからってこき使いすぎだろ。このままじゃホントに過労死しちまうぞ」
「どこの支部でも似たような状況みたいだけどねー。が、もう安心です。彼がいれば戦力を即座に現場へ送ることができるようになるので、襲撃に迅速に対応できるようになって負担が大幅に減ること請け合いだぜー!」
ファストトラベルを使える俺を、現地までの足代わりに使うつもりか。
……まあ、別にいいけどさ。俺もレベリングや組手があるから毎日ってわけにはいかないんだが。
「勇者が使う『ファストトラベル』ってやつか? 一度行ったことのある場所に転移できるとかいう反則技って話だが、使えるのか?」
「一応は。一回使うのに魔力を100ほど消費するのでそう気軽に使えるものでもないですけど」
「魔力ポーションで回復しながらだったら問題ないでしょ。転移魔法のスクロールよかずっと安価で助かるよー………!?」
言っている途中で、ロリマスがなにかに驚いたように目を見開いた。
ロリマスの周りに精霊らしき魔力を感じるけど、なんかあったのか?
「……いま、なんて?」
〈だから、『おうと』にまじゅうのむれがむかってるんだって!〉
〈これまでのむれとはかずがおおちがいだ! たぶん、かるくすうまんたいはいるぞ!〉
「数万体!? お、終わった……王都、終わった……」
床にorzの体勢になりうなだれるロリマス。
……うん、過労でぶっ倒れそうなところにこんなこと聞かされたら無理もないわ。
「……おい、どうした? なんかすげぇいやなワードが聞こえた気がするんだが」
「精霊たちが言うには、王都に向かって数万体の魔獣が向かっているようです」
「な、んだとぉっ!?」
「いかん、各地の魔獣騒ぎに対応するために、王都の戦力もかなり出てしまっておるはずじゃ。このままではまずいのぅ」
「まさか、これまでの騒ぎは王都の守りを薄くするために……!?」
「そうみたいだね。魔獣たちが王都に着くまであと1時間くらいかな。……どうすんのさ、コレ」
「……とりあえず、私は援軍を呼んできます。勇者一行やアルマの御両親がいれば、なんとかなるかもしれません」
「お、おお! そっか、ファストトラベルで連れてくればいいのか!」
絶望顔で崩れ落ちていたロリマスが顔を上げる。いちいちリアクションが大げさだな。
やれやれ、それにしても数万体とは。ダイジェルのスタンピードくらいならもう俺一人でも楽勝だろうけど、そこまでの大軍勢だとさすがに手に余る。
あ、やばい、いま御両親第1大陸にいるっぽいから呼べそうにない。どうしよ。
仕方ない、勇者君やヒューラさんとかに声をかけて、できる限り戦力をかき集めよう。
質より量のレベリングということにすれば修業の邪魔にもならないだろう。……無双ゲーかな?
お読みいただきありがとうございます。
>カナートさんとの飲みに行く約束は一人旅の間に果たされる感じですか?
今回の件の復興フェーズあたりでしょうかね。すっかり忘れてt(ry
>生命力操作でHPを削って傷を治せるのなら、―――
死滅した毛根を復活することくらいはなんとかできるでしょうが、遺伝子が髪を生やすことができないくらい劣化していたら無理ですね(;´Д`)
あと、武器の素材案感謝です。その発想は無かった。
>今回の魔王はメニューが本体と見た!( ̄(工) ̄)
ある意味正解。メニューは便利な機能ですが、頼りすぎると……。
>魔力パイル・・・火薬・・・むせる―――
過去の勇者が設計図を遺していたらマジで作りかねないという恐怖。




