足りないもの
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「ヒカル君、準備を」
「手を抜いたら危ないわよ。全力できてくださいね、ヒカルさん」
………なんでお二人とも稽古場に上がってるんですかね。
俺とアルマパパの組手が始まる時間だと思ったんですが、なにしてんの。これじゃまるで二対一で組手やるような構図じゃないですかー。
「……えーと、一対一じゃないんですか……?」
「ああ。今日から私とルナティの二人相手に戦ってもらう」
「いや、あの、いずれそうするとは聞いていましたが、いくらなんでも早すぎる気が…! まだお二人のどちらにも一撃入れてもいないのに、いきなり二対一はハードル上がりすぎですって!」
「いいや、これでいい。今の君を見てそう確信したよ」
どう確信したんですかねぇ!? まだお稽古3回目やぞ! 前回からの変化なんか微々たるもんだろ!
……あー、いや、まあ、ここ数日レベリングの合間にアルマたちとも組手を重ねて、ようやく自分のスタイルの原形が『出来て』きた感じがなくはないけども。
「確か、過去の勇者の言葉に『男子三日会わざれば刮目して見よ』というものがあったかな。短い期間でも鍛錬を重ねれば人は大きく変わることができる、または成長できるという意味らしいが、まさに今の君がそう見える」
「うふふ。前回のお稽古となにが違うのか、見せてもらおうかしら」
それって確か元は三国志かなんかのことわざじゃなかったっけ。よく覚えてないけど。
前回との違いと言われましても。ステータス的にはLv57がLv59に上がったくらいですがなにか。
それでも基礎能力値が117上がってると考えれば、大きな変化と言えなくもないのか……?
いやこのお二人相手じゃやっぱ誤差だわ。ないよりまし程度。
「さて、そろそろ始めようか」
「いくわよー。【クトゥグァ】」
ちょっと待ってください早いですまだ心の準備とかそういうのがですねああ無視ですかそうですか知ってたわーはははははー……―――
~~~~~覗き見勇者視点~~~~~
おい。
おい。
なにやってんの? あれ梶川さんなにやってんの?
さっきレイナたちを襲ってた炎の巨人が、急に誰かに変則的なジャイアントスイングでもかけられてるみたいに、足首部分を軸にブンブングルグル回り始めたんだけど。
≪……ええーと、ルナティアラさんが召喚した【クトゥグア】を梶川さんが魔力で作った巨大な手で掴んで、そのままお二人に向かって棍棒代わりに振り回しているようです。……自分で解析しながら言っててなんですけど、意味が分かりません……≫
うん。説明を聞いてるオレも意味が分からぬ。
……あの人本当に人間なんだよな? 実は魔王でしたとか言われても思わず納得しちまいそうなんですが。
「……相変わらず滅茶苦茶やってるねぇカジカワは」
「戦勝パーティの給仕姿からは想像もできねぇ暴れっぷりだな……」
あまりに非常識な光景に、ヒュームラッサとガザンギナンドが苦笑いしながら呟く。
クソガキと一緒に帰らなかったのかこの二人は? 普段のレベリングは別行動なのかな。
梶川さんも非常識だけど、高速で振り回されてる巨人棍棒を当たり前のように避けたり防いだりしてるあの教官たちもおかしいと思う。
まあ普段からあれくらい大型の魔獣相手に戦うのは慣れているんだろうなぁ…。
あ、巨人が消えた。まあ明らかに邪魔にしかなってなかったしな。お前なにしにきた。
で、今度は近接戦闘ね。いつもオレたちがやってるのと大差ない組手だな。
……あれ、ルナティアラ教官がデュークリス教官になにか魔法をかけなかったか?
≪上級補助魔法【エブリシング・リーンフォース】ですねー。一時的に全能力値を大幅に強化する最上級の強化魔法です。……本気出し過ぎじゃないですかねー≫
いやいやいや、これもういじめだろ! 筋力なんかの主要な能力値が5000近くにまで上昇してるんだけど!?
梶川さんがあの二人とわたり合えてるのは、正直言ってスタミナ消費による強化で能力値に大きくアドバンテージがあるからだと思う。
その能力値の差がなくなってしまったら、待っているのは一方的な蹂躙だ。どうあがいても絶望。
実際、さっきからHPがゴリゴリ削れてるのをみるに、デュークリスさんの木剣による攻撃を受けきれずに何発かモロに喰らってるみたいだし。
いやある程度受けられてるのも、殴られてるのに耐えてるのもすごいけどさ。
……? デュークリスさん、アルマとの組手に比べて動き自体はさらに速くなってるけど、なんか時々変な動きしてないか?
まるでボクサーみたいに頭を左右に振ったり、急に距離をとったり剣を妙な角度で構えたり、不可解な行動をしている。
まるで見えないなにかを避けたり防いだりしているような、そんな動きだ。
≪実際、梶川さんは大槌を振り回しながら、身体中のいたるところから魔力の杭を連続で打ち込んでいます。しかも予測されにくいようにタイミングやサイズ、それに角度なんかも一発ごとに変えていますね。……それでも『剣王』には見切られてしまっているようですが≫
目に見えないうえにさらにフェイントも混ぜこんでんのかよ。えげつなー。
そしてそれを容易く捌いてるデュークリスさんはもっとエグい。
さらに容赦なく遠距離から梶川さんに向かって魔法をぶっ放しまくってるルナティアラさんはもはや鬼畜外道の域。もうやだこの人外たち。
……これ修業なんだよな? リンチとかじゃないんだよな? 同じことされたら2秒で死ぬぞオレ。
見学しても全然参考にならん。むしろ自信を無くしそうなんだけど。
オレもそろそろ帰るかな。明日からまたレベリングだし、そろそろ称号の獲得準備もしないと。
………!?
~~~~~梶川視点~~~~~
アカン、アカンぞこれは!
アルマパパの能力値がはね上がって、こちらの最大の強みが完全に潰されちまった。しかもアルマママが的確に攻撃魔法を撃ちこんでくるからそれの対応にも手を取られる始末。
このままじゃまたきたないボロクズ状態にされてしまう。前回の二の舞は嫌でござる!
「どうした、まさか前回からなにも変わっていないのか? だとしたら済まなかった、少し君を買い被りすぎていたようだ」
そーですよ。そのうえ二人がかりで強化魔法までかけて大人げなさすぎワロタ。
でもその言い方はちょっと酷くないですか? これでも俺そこそこ頑張ってるつもりなんですがねー……。
「ふむ、君はハードルを上げれば上げるほどそれに応じて伸びるタイプかと思ったが、ここらが限界かな? それとも、まだ発破が足りないのか」
「んー、それじゃあこうしましょうか」
アルマパパの言葉の後に、アルマママが杖を構え直した。
杖を向ける方向は、……アルマたちに? え?
「はい、しばらくお別れねー」
「……え?」
唖然としながらこちらを見ていたアルマたちに、アルマママが魔法を放った。
攻撃魔法じゃない。あれは、空間魔法……?
魔法が命中した二人+一羽の姿が消えた。
どうやら転移魔法かなにかでどこかへ飛ばされてしまったようだ。
「な、なにを…!?」
「ヒカルさん、あなたは強いわ。おそらく、私たちが指導している子たちの中でも一番強くて伸びしろがある。でもね、半端に強いせいか、危機感が足りていないように見えるの」
「他の者たちは皆、大なり小なり焦りに似た危機感を抱いている。多少無茶をする子もいるが、それをバネにして凄まじいスピードで成長していっているな」
あ、アッハイそうですね。
特にラディア君なんか、この一週間強の短期間でLv40までレベルアップしていたしな。
でも、それとアルマたちを転移させたこととなんの関係が?
「君にも手っ取り早く危機感を抱いてもらうために、一つ制約を加えようと思う」
「制約、とは?」
少し渋い表情をしながら、言葉を続けるお二人。
「私たち二人を倒せるようになるまで、アルマたちと会うことを禁止させてもらう」
………はい?
いま、なんて?
「君が強くなるうえで足りないものは、追い詰められた生物特有の焦燥感だったり、目標に向かう渇望だとか、そういった精神的なところが大きいように感じた」
「ファストトラベルでも会えないように、ヒカルさんが行ったことのない別の大陸に飛ばしたわ。ああ、ちなみに修業をやめたくなったらいつでも言ってくださいね。そうすれば自由にいつでも会わせてあげるわ。そのかわり、ヒカルさんだけは二度と私たちと組手をすることはできなくなりますけどね」
「……意地の悪いことを言っているのは自覚している。しかし、このままいつまでも足踏みしてもらっても困るのでね」
えーと、つまり、お二人に勝てるまでアルマと一緒にご飯食べたりレイナをからかいつつ駄弁ったりヒヨ子をモフることも禁止されると?
ふーん、そうですかそうですか。へー。
頭の芯から背筋にかけて、絶望感とともに冷たいものがはしっていくのが感じられる。
今の俺の生きがい全部なくなるんですけど。寂しくて死んじゃうぞ。マジで。
「さて、再びアルマたちに会いたいのならば、まずは私に一撃を入れてみなさい」
「わかりました」
頭が変な冷えかたしたせいか、これまで思いつかなかったえげつない手が次々と浮かんでくる。
もう遠慮はナシだ。卑怯上等。
瞬間的に気力操作で膂力を爆上げし、能力値を8000まで強化。
そして大槌を爆発させながらアルマパパに振り下ろす。
「ほうっ、さらに上がるか! だが膂力が上がるだけではなんの解決にもならんぞ!」
それと同時に魔力パイルを足元から発動。
気力と生命力を混ぜてあるから威力も精度も充分。
「またそれか、その攻撃はもう見切って―――!?」
避けられたパイルから、さらに枝分かれさせたパイルを発動。
反射的にパイルを掴んで防いだようだが、思うつぼだ。
掴まれた魔力パイルの杭を電気エネルギーに変換!
「ぐうぉぉぉおお!? こ、これは……!?」
「ら゛ぁぁあっ!!」
さらに連続で全身から十本近い数のパイルを撃ちこむ。
電撃で動きを鈍らせながらも、辛うじて退いて避けられた。
パイルの杭を弾丸のように射出、アルマパパへ追撃!
「くっ! ………なっ、なんだこれは」
木剣と魔力の剣で、杭を全て弾き落とそうとしたようだが、それは悪手だ。
剣が命中する直前、魔力の硬度をあえてガムや粘土のように柔らかくして剣に纏わりつかせた。
硬いだけなら弾いて飛ばされて終わりだが、ネチャネチャとくっつく状態ならそうもいかない。
纏わりつかせた魔力を再び電気エネルギーに変換!
電撃で動きが止まってる間に、大槌で殴りつける!
「う、おぉぉおおお!!」
辛うじて魔力の剣で受け止めたようだが関係ない。
身体が強張っている状態なら受け流すことも思うようにいかない。
よって、純粋な力勝負となる。そして武器の重量も膂力もこっちが上だ。なら!
「ぐぁああああっ!!」
大槌が、アルマパパの身体を吹き飛ばす。
防がれたとはいえ、確かな手ごたえを感じた。
事実、今の一撃でアルマパパのHPを5%ばかし削ったようだ。
今ので一撃入れたと言えるかは微妙なところではあるが。
アルマと組手を繰り返している間、俺の戦闘スタイルとはなにかってことをずっと考えていた。
アルマは剣と魔法。レイナは忍術と隠密と短剣術、ヒヨ子は爪術や牙術を基礎に魔力操作を織り交ぜた戦闘スタイルをつくり上げている。
それに対して俺には基礎になる土台が無いんだ。スキルという土台が。
だからこそ、できることの選択肢が多すぎて逆にどうすればいいのか分からなかった。
だが、それは誰よりも自由ということ。スキルに縛られないということだ。
物理攻撃かと思ったら魔法に変化したり。
鉄のように固い攻撃かと思ったら柔らかく纏わりついてきて、雷や熱に変化させたりできる不定形の魔力。
状況によってまったく違う運用のできる、魔力という名の凶器を操る戦術。
非常にアバウトで曖昧で、だからこそつかみどころがない鬱陶しいスタイル。
名付けるなら、『千変万化』ってところか。……ネーミングセンスがないのはもう諦めてほしい。
このお二人を倒すにはまだまだ足りないかもしれないが、もう弱音なんか吐いてられん。
俺の楽しみを取り戻すために、また皆と一緒に飯を食うために、このお二人を全力でぶちのめす!
お読みいただきありがとうございます。
>さて、わたしの中でアイザワくんチキンレースが―――
多分、先に身体がくの字に何度か折れるでしょうね。
それでも自尊心と我儘な恋心を糧に耐えるでしょう。ガンバレアイザワ君。成就するかは別として超がんばれ。
>鬼先生相手でも爆裂大槌は使えるのでしょうか?―――
普段の組手はあくまで拳法や格闘術を学ぶためなので使ってません。
もしも使おうものなら先生に大槌を破壊されかねんです。短気だし。
>やったー!!待望(?)の覗き見(?)回!!―――
目的が同じなら、多少悪態吐きつつも大人しくしているようで。
あと主人公以外のメンバーも充分人外の域に足突っ込んでます。主人公がアタマおかしいだけです。
>目に全気力を集中すれば次の行動が予測できる!(対応できるとは言ってない)―――
それやると『い…痛ぇ! 鋭い痛みがゆっくりやってくるッ』状態になりそうですね。アカン。
地面パイルならぬ足元パイルは使用したようで。実際戦ってる最中にいきなり下からノーモーションで杭撃たれたらビビる。




