明日へ
さてさて、スタンピードから2日経ったので、報酬を受け取りに行くのと同時にパーティ登録をするためにギルドに向かいますか。
現在、もう夕方になるところで、他の冒険者たちはとっくに報酬を受け取り終わっているだろう。
他の冒険者たちと同じ時間帯に行くと、アルマが他のパーティの人に絡まれるかもしれない可能性が高いし、遅い時間に行くことにした。
因みに昨日は今後の方針についての相談をしつつ、宿の中でひたすらゴロゴロしていた。
いや、あんな規模の戦いの直後だとホント何もやる気が起きなかったんスよ。
とりあえず、しばらくはこの街を拠点にして、魔獣森林とか他の低レベルの魔獣のテリトリーで訓練がてらの討伐や素材とか食べ物の採集を主な活動にしていくことに。
まだまだ俺は弱いし、実戦経験もまるでない。今までは奇襲とか搦め手ばっかりで、まともに戦おうとしても地力が低いから難しいだろう。
アルマも、レベルが上がってパラディンになったとはいえ、冒険者としてはまだかけ出し程度の経験しかない。仲間との連携もこれから考えていかないと。
ギルドに着いて、ドアを鳴らしながら受付嬢のネイアさんの所へ向かった。
「あ、アルマさんにカジカワさん、いらっしゃいませー。スタンピード討伐、お疲れ様でしたー。ご無事で何よりです」
「そっちも、薬草の鑑定お疲れ様。そのおかげでポーションが豊富にストックできて、誰も死なずに済んだ」
「そ、そうですかー? えへへ」
照れくさそうに、しかし嬉しそうに顔を赤らめて笑顔を見せるネイアさん。癒されるわー。
報酬を受け取る前に、ちょっと小声で確認しておきたいことがある。
「…因みに、私の報酬は今この場で受け取ってもいいのでしょうか? 一応、公式には私は討伐に参加していない扱いなのですが…」
「ああ、そうですねー。カジカワさんの報酬はすみませんが後日お渡しすることになっておりますー。他の方と一緒だとトラブルの原因になるかもしれないうえに、ブレイドウィングの素材の解体やホブゴブリンの持っていた装備の補修がまだ済んでいないらしいですし」
「素材の解体はともかく、装備の補修までしていただけるんですか?」
「予想を上回る活躍のボーナスみたいなものだ、とマスターが言ってましたよー。マスターが人を手放しで褒めるなんて、カジカワさんすごいです! いったいどんな活躍をされたのですかー?」
「聞きたいですか? 割とグロテスクな表現をすることになりますが」
「ひいっ、遠慮しておきます! カジカワさん怖いですー!」
失敬な。ちょっと怪鳥をひしゃげさせたりホブゴブリンをミンチよりひでぇ状態にしただけなのに。…うん、やっぱ怖いわ。
因みに飛行士の正体が俺だと知っているのは、アルマとそのご両親、ギルマスに鑑定師のフィルスダイム氏、あとはダイジェルの冒険者ギルドの職員たちだ。
職員たちが情報を他の冒険者なんかに漏らさないか心配だったが、ギルマスのスキルにそういったことを防止するスキルがあるらしく、仮に機密情報を漏らそうとしたらその場で相手になにも伝えられなくなってしまうそうだ。
ギルマスの職業は【指揮官】で、指揮下の人間に指示を出す際に、要領良く動けるようにすることができたりする、組織のリーダー向けの職業らしい。
先日のスタンピードの際も現場で直接指示を出していたけど、あれも職業スキルの効果を発揮するために危険を冒して指揮をしていたとか。
…まあ、そういう事情があるなら魔獣の数が予想の倍もいたことは責めないでおこう。誰も死ななかったし、正直数が多い分経験値もうまかったし。
「ああ、あと【飛行士】さんに伝言です。今度ギルドに来た時に伝えてほしいと言っていましたー」
「伝言、飛行士に? 誰からですか?」
「バレドライさんとラスフィーンさんから、『スタンピードでは世話になった。でもせめて一杯奢るくらいさせろ。あっという間にどっか行きやがって』だそうですー」
「あはは…。ちょっとはしゃぎすぎて、目立つような行動を多くしてましたからね。祝勝会に出ると色々詮索されそうだったので、遠慮させていただいたんですよ。あの二人にはこちらもすごく助けられましたよ」
あの二人が居なかったら、おそらく死亡者0人では済まなかっただろう。
それほどあのウェアウルフはヤバい相手だった。
「他の冒険者の方も、飛行士さんとアルマさんの話題でもちきりでしたよ。『なんだあの仮面はー』とか『あの炎の剣士を是非ウチのパーティに』とか。人気者ですねー」
「仮面は私の趣味じゃないんですが…」
「因みに特にアルマさんを誘いたがっていたのが、Eランクのダランディズマさん率いるパーティ【天空の竜】でしたね」
「その人たち、前は自分から誘ってきて、職業が分かった途端『無能は帰れ』とか言ってたくせに。…正直、ありがた迷惑」
スゲー低い声で、アルマが不機嫌そうに呟いた。やっぱ怒ってるわこれ。
以前にそんな断り方されてたのかよ、そりゃ不機嫌にもなるわな。
てか天空の竜て。まだEランクなのに名前負けしてないか? それとも輝かしい将来でも見据えてそんな名前にしちゃったのか?
「え、えーと、…あ、それはそうと、今日はアルマさんの分の報酬だけお渡ししますねー」
なんだか気まずそうに話題を変えて報酬の準備をするネイアさん。
いや別に貴女が悪いわけじゃないんですけどね。
全部そのダラなんとかが悪い。おのれダラなんとか! 名前もうほとんど忘れそうだけど!
「まず、スタンピードの参加報酬が50000エン、それにウェアウルフ1体、ブレイドウィング4体その他ゴブリン等の討伐報酬が加わりまして、合わせて75680エンになりますー」
「…一日でこんなに稼いだの、初めて」
不機嫌そうな表情から、少し驚いたような顔に変わった。
見た感じ大金が手に入ったことより、それだけのお金が手に入るほどのことを成し遂げたという達成感の方が大きいようだ。
「すごい金額だな。ランクが上がってでかい仕事をこなせるようになったら、こんな風に稼げるようになるのかな」
「今回はたまたま、運良く大きな仕事をほとんど怪我も無くこなせたから。今はまだお金目当てで無茶するのはよくない」
「だな。まあ、そろそろ薬草採取は一旦卒業して、低レベルの魔獣討伐をスタートしてみるか」
「大賛成です! もうあんな量の薬草の鑑定はコリゴリですから!」
ネイアさん、本音だだ洩れやないの。
そこは少しでも心配するところじゃないのかね?
「ああ、あとお二人とも今回のスタンピード分の実績で、冒険者ランクがアップされてますねー。おめでとうございますー」
「おー、やっとGランクから抜け出せるんですね。それでもまだFランクですけど」
「いえ、カジカワさんもアルマさんも、Eランクへのランクアップとなっておりますー」
え?
いやいや、Fランクだったアルマは分かるけど、なんで俺まで?
「あの、Fランクではないのですか?」
「…ブレイドウィング5体とホブゴブリン3体を単騎で倒せるFランクなんかいない、とマスターが言ってまして、でもあんまり上げ過ぎても問題ですから、とりあえず一つ飛ばしのEランクに落ち着いたようですー」
「Eランクでもそんなことできる人いるのかな…」
「多分いないでしょうねー…」
そこ、二人して遠い目しながら言わないでくれ。
「Eランクからはレベルが10を超える魔獣の討伐等が主になってきますけど、慣れないうちは無理をし過ぎないようにご注意をー…って先程アルマさんが言ってましたねー」
「そうします。お気遣いどうも」
「あと、パーティの結成の手続きをお願い。私とヒカルでパーティを組むことになったから」
「あ、そういえばまだ組んでいらっしゃいませんでしたね。いつも一緒なことが多かったから、気付きませんでしたー」
「パーティを組むと、メンバー同士の助け合い以外になにかメリットがあるのでしょうか?」
「メンバーが増えればスキルに応じて手広く依頼をこなせますし、こなした依頼の数が増えればギルドからの信頼も高まります。そうするとよりおいしい仕事を紹介してもらえる機会が増えて比較的安全かつ大きく稼ぎやすくなる、といった理由が主ですかねー」
「なるほど。まぁ現時点では私とアルマだけですし、魔獣の討伐か薬草なんかの素材採集くらいしかできないですけどね」
「さて、登録の手続きですがメンバーのお名前と、パーティ名、あと主な仕事内容を記入していただければ登録完了ですー」
パーティ名か…。
低ランクからあんまり立派な名前つけるとなんだか痛々しいことになる例をさっき見たばかりだしなー。
「アルマ、パーティ名どうしようか?」
「…私じゃいい名前付けられそうにない。ヒカルに任せる」
「えー」
丸投げされました。ちょっとは相談とかしようよ。
もうネタに走った変な名前でも付けてやろうか。ちくわ大明某とか。…いやさすがにそれはないわ。
んー、まぁもう適当でいいか。
「じゃあパーティ名は【希望の明日】で。アルマ、適当だけどこれでいいかな?」
「それでいい。…うん、それがいい」
「そうか。じゃあそれで登録お願いします」
ちょっとこの名前もカッコつけすぎな気もするけど、まぁこんなもんでいいでしょ。
日本じゃ仕事が忙しくて、楽しみなんかまるでなくて、目標と言ったら製品の生産ノルマくらいだった。
仕事だらけの明日のことを考えるだけで憂鬱だった。時間が足りない。明日なんかこなけりゃいい。もう現実逃避してずっと寝ていたいと思うくらいに。
でも、こっちの世界に来てからは、魔力操作やら美味しい食べ物探しやら魔獣討伐とか、やらなければいけないというより、やってみたいと思うことが多くなってきた。
時間が足りない。そう思うのはこっちでも同じだけど、悲壮感はまるでないしな。
明日から、このパーティで活動開始だ。
ああ、明日が楽しみだなー。
お読み頂きありがとうございます。




