大会当日
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いよいよ大会当日。コロシアムにはこの世界に来てから見たこともないほどの人の波が押し寄せている。
というか、日本でもテレビの中の映像くらいでしか見たことないかも。いったい何万人集まってんだこれは。
「じゃあ、行ってくる」
「頑張るっす!」
「ああ、気を付けてな」
「……なーんかドライな言い方っすね。もっとこう、『お前たちなら優勝できるって信じてるぞ!』とか激励の言葉の一つでもないんすか?」
「オマエタチナラユウショウデキルッテシンジテルゾ!」
「そのまんまじゃないっすか! てかすっごい棒読みっす!」
だってさー、こういう時のための気の利いたセリフとか咄嗟に思いつかないんだもん。
『怪我しないようにな』とか言おうにも、今回の大会はそのへんの対策が万全すぎて。
ランク分けされているとはいえ、武器を持った戦闘職同士が全力でやりあえば死人がでかねない。つーか普通に考えて高確率で死ぬ。
かといって、死なないように手加減しながら戦うような大会じゃ盛り上がりに欠ける。武器を非殺傷性の物に変えてもちょっと派手なチャンバラごっこにしかならんし。
そこで、主催側がとった対策がなんともすさまじいものだった。
その対策というのが、闘技場限定で特別な術式をリングに付呪し、その上で戦っている人間が死亡した場合に限り自動で身体を蘇生・回復させるというとんでも効果だという。
一対一の決闘で、どちらかが死亡して蘇生するか負けを認めた時点で勝負がつく。
そんな便利な付呪があるなら実戦でも使わせろと言いたいところだが、付呪に必要な術式の情報量は個人の装備に使用するにはあまりにも膨大で、広大な闘技場に設置するのが精一杯だという。
しかも蘇生効果を一回発動するたびにアホみたいな量の魔石が必要になるから、この大会は王国としても数年に一回しか開けない一大イベントだとか。
ちなみに死亡せずに腕とか足とかもげたりした場合は、王国専属の上級神聖職が回復してくれるから半端に怪我しても大丈夫。
要するに心配するだけ野暮なのである。少なくとも、大会の試合に関しては。
予選会場へ向かう二人を見送り、観客席へ。
クソ高い席だけあって闘技場全体がよく見える。貴族たち専用のVIP席を除けば一番いい席かもな。
近くの席には貴族ではないみたいだがそこそこ身なりのいい金持ちっぽい人とか、かなり稼ぎの良さそうな手練れの戦闘職とかひとくせもふたくせもありそうな人たちばかりだ。
そんな中、見た目冴えない俺がひとりポツンと座らなきゃならんことに。なにこの疎外感。アルマとレイナが出なけりゃ帰ってたかもしれん。
「おいお前、そっちの席のほうが見晴らしがよさそうだ。代われ」
……もう帰ろっかな。
後ろの席からなんとも自分勝手なことをぬかす男の声が聞こえた。頭湧いてんのか。
「ここは私の予約した席です。あなたも自分の席で観戦してください」
「ああ? てめぇ、今すぐぶっ飛ばされてぇのか? Lv53のオレ様に逆らおうたぁいい度胸じゃねぇか! こっち向きやがれ!!」
なにがLv53だ、Lv43の間違いだろ。一回りもサバよむな。
振り返るのも億劫なので闘技場のほうを見たまま口だけで応対しているが、それがかえってこいつの怒りを煽ってしまったようだ。
「もういい、なら譲りたくなるようにちょーっと説得させてもらおうかぁ!!」
対応が短絡的すぎるやろ。もうやだこの人。
後ろから殴りかかってきたが、拳が当たる寸前に魔力パイルの要領で硬化した魔力を拳にブチ当てた。
加減はしておいたが、なんかグシャッて嫌な音が聞こえた。……見るのが怖いから振り向くのやめとこ。
「っっぃぃぃぁぁああああぐうぅぅうううぅぅぅ……!!?」
後ろから悲痛な声が聞こえてくる。
やりすぎた気がしないでもないが、正当防衛だからね仕方ないね。
「て、テメェっ……!! なにしやがったぁぁぁああ!!」
「なにかしたのはあなたのほうでしょう。私は無抵抗で殴られただけですよ。ああ、殴られた頭がイタイイタイ」
「その白々しい態度が気に入らねぇんだよ!! 死にやがれっ!!」
おいおい、まだやる気か。
魔力の輪郭の動きからして、斧かなんかを構えてるみたいだな。
……そっちがその気なら、こちらもそれ相応の対応をすることにしようか。……ん?
「はグっ!? ……かっ……」
こちらに襲いかかろうとした男が、急に糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。
……状態異常:麻痺毒? 誰の仕業だ?
「警備兵さーん。この人、急に他のお客さんに殴りかかった暴漢でーす。早くしょっぴいてー」
近くに立っていた金髪美人が、手を上げながら警備を呼んで男を連行するように促している。
耳が長いな、エルフか? いつの間にいたのやら……ってこの人魔力量すごいな。レベルを確認してみたら、なんとLv73もあった。
レベルが70以上ってことは、アルマの御両親と同じ特級職か。……いや、あのお二人に比べたらまだ弱いほうだがそれでも強い。
男がしょっぴかれたのを確認してから、エルフの金髪美人が隣の席に座った。
「……助かりました。ありがとうございます」
「んー? なんのことかなーワタシワカンナーイ」
しらばっくれた様子で、金髪美人が肩を竦めながらおどける。
助けてもらった身じゃなきゃちょっとイラっとしてたトコだ。
「麻痺毒が塗られた針を、イヤリングに仕込んでありますね」
「あ、分かっちゃう? いやー、あんまりうるさいもんだからさっさと大人しくしてもらいたくて、ついこうプスッとね」
「あのままではどうなっていたか。本当に助かりましたよ」
「そうだね。あのまま君に斬りかかってたら、最悪あの人ミンチにされてたんじゃないかなー。ねぇ、○○○○君」
「……!」
「初めましてカジカワヒカルさん。アタシはアイツェリーナと申します、よろしく。……ヴィンフィートの事件の際に、妹を助けてくれてありがとう」
いつぞやのロリマスのように、口パクで『ひこうし』君と呼ぶ金髪美人。
……なるほど。この人が件の勇者の師匠にしてロリマスの実姉、アイツェリーナさんことアイナさんか。
すごいなこの人。見た目は細身の女性なのに、能力値はヒューラさん以上に高いうえによく見ると隙がほとんどない。
ロリマスが情報戦に優れている組織のリーダー向きの人なのに対して、この人は完全に現場での戦闘特化の人材だな。
「いえ、助けられたのはこちらもですので」
「謙虚だねー。肌でビリビリ感じる存在感とのギャップがすごいね君」
「いえ、そんな。私はまだ冒険者になりたての未熟者ですよ」
「いやいや、過ぎた謙遜は嫌味にも聞こえるよ? ネオラ君も冗談みたいなペースでどんどん強くなっていってたけど、君から感じる力はさらに上だねー。……イヴランちゃんが『なにがあっても絶対に敵に回すな』って言ってたのも納得だねこりゃ。異世界人こわいわー」
……ロリマスはどこまで話してるんだろうか。
異世界人って言ってるし、知っている情報は全て伝えていると思っていいのかな。人のプライバシーをなんだと思ってるのやら。
「アイツェリーナさんは出場しないんですか?」
「アイナでいいよ。アタシは特級職だからねー。特級職以上の攻撃になると闘技場を包む結界が耐えられなくて、観客に被害が出る危険性があるらしいから出場枠は上級職までしかないんだよ」
「なるほど。どれくらいまでの攻撃なら耐えられるんでしょうか」
「大体3000~4000くらいまでかな。まあ特級職でもよっぽど強くないとそんな攻撃繰り出せないだろうから、上級職までならまず大丈夫だろうねー」
海の上でヒューラさんが防御力が一時的に4000を超える魔獣の外殻にヒビ入れてたんですが。大丈夫なのか?
まああの人特級職に片足突っ込んでそうな能力値だったし、火力特化の職業だからできた芸当だろうけど。
≪ちなみに梶川光流ならば爆裂大槌による起爆攻撃、あるいは火力特化パイルと呼ぶ攻撃方法であれば充分破壊可能≫
……脆いじゃないか。ホントに大丈夫なのか?
「まずは上級職から始めるみたいだね。こういうのは普通見習いの部から始めるもんじゃないのかって気もするけど、先においしいところを見たい人が多いみたいだからねー」
「それで満足して帰ってしまう人も何人かいそうですね」
「まあ中堅職の部に勇者が出場するって噂がもう流れているみたいだから、少なくともひと目見るまでは見物するんじゃないかな」
勇者かー。自分を男の娘にキャラメイクするような性癖の持ち主らしいが、どんな子なのやら。
「勇者君は、どれだけ強いのでしょうか」
「んー、ぶっちゃけ能力値やスキルレベルだけ見れば中堅どころか上級職にも迫るくらいだし、普通に考えたら敵なしだろうね」
「そうですか、どれほどのものなのか楽しみです」
「あと、連れの二人も相当強いから楽しみにねー。そっちこそ、アルマちゃんとレイナちゃんはどう?」
「正直、決して引けを取らないと信じていますよ」
「そっかー。……ふふふ、面白くなってきた。上級職の戦いより中堅職のほうが楽しみだなんて初めてかも」
子の成長を見守る親の顔をしていらっしゃる。俺も人のこと言えんかもしれんが。
さて、まずは上級職の部からだが、まともな対人戦を見るのは初めてだし年甲斐もなくワクワクしてきた。
……いずれくるであろう面倒事はこのさい棚上げして、今は観戦を楽しむとしよう。
ポップコーンとコーラも完備してあるしな。もっしゃもっしゃ。
お読みいただきありがとうございます。
>これで無痛ってのがまたおかしいよね――
確かに。ぽっと出の素人による治療法が優れすぎてるご都合主義。
某オサレ漫画のアレほどヤバい能力ではないと思いますが。
>エリクサー「あるぇ?出番は…」
ない。




