閑話 勇者と修業 鬼の所業
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今回は勇者視点からです。
ハイどうも。現在、修業という名のデスマーチを毎日こなしている勇者ですよー。なおデスマは直喩の模様。やり過ぎて死ぬ的な意味で。
勇者召喚の祭壇が近くにあって、死んでもすぐに修業に復帰させられるスパルタを超えたなにか。なにこの無間地獄。いや無限地獄?
修業を始めて、もう一月ちょっとになる。
文字通り死ぬほどハードな修業だが、その甲斐あってとんでもないペースで成長しているのが実感できる。
「剣っ! 槍っ! 斧っ! 短剣、いや盾っ!」
「そうそう、状況によって武器や防具を瞬時に切り替えられるのが勇者の強みだよー。大分スムーズになってきたねー」
師匠のアイナさんとの組手も大分長続きするようになってきた。
最初の間は何が起きたのかも分からず、気が付いたら殴られててすぐ気絶したりぶっ飛ばされたり、酷い時は復活の祭壇送りにされたりしてた。
この人、専門の武器は弓のはずなのに拳法も強すぎる。拳を受けた鋼鉄製の盾が紙のようにひしゃげてるんですが……。
「拳法スキルを鍛えておけば、武器が無くてもある程度戦えるからね。サブスキルとして鍛えてる人は多いよー」
「いや、アイナさん拳法どころか上位派生の格闘術スキルまで使えるじゃないですか……」
「『特級職』ならサブスキルもこれくらい鍛えていて当然だよー」
『特級職』とどこか自慢げに言うアイナさん。ドヤ顔やめろ。
戦闘職にはレベルと職業ごとに大まかな段階が存在する。
Lv1~9が『見習い』
Lv10~24が『駆け出し』
Lv25~49までが大半を占める『中堅職』
Lv25を超えると雑魚ばかり狩っていても収入が安定することもあって、ほとんどの人は中堅までで成長が止まるらしい。
そのうえ、Lv40を超えたあたりからレベルアップに必要な経験値が激増するので、中堅の上に達する前に戦いから退くか戦死する人が多いとか。
中堅職でいることに満足せず研鑽を積んでLv50以上に達した者が『上級職』になれる。
上級職になると、まずボーナスとして生産職戦闘職問わず本人が望むスキルを一つだけ選んで獲得することができる。いわゆる『ギフトスキル』だな。
戦う相手の情報なんかを容易に得られる【鑑定】スキルを選ぶ人が多く、また引退後の生活を考えて【料理】なんかの生産系スキルを獲得する人も少なくないとか。
まあメニューが使えれば鑑定はほぼ必要ないし、料理は前世での自炊経験があるからできなくはないからどっちもいらないかな。もっとレシピがほしいけど。
そして、さらに上級職では飽き足らず、もはや無茶無謀の所業を繰り返してLv70を超えた者が『特級職』へと至る。……中国の厨師は関係ない。
このレベルになると『剣王』とか『大魔導師』とか職業の名称が代名詞になる人ばかりで、実際職業が被っている人はほぼいないらしい。
アイナさんは『滅私弓師』という、弓使いの特級職だ。別に本気で弓を射ると死ぬわけじゃない。すてらー。
普段はおちゃらけが服着て歩いてるような感じだが、弓を構えた時のアイナさんはまるで別人のような顔を見せた。
アイナさんいわく、「他の人はどうなのか知らないけど、弓を射る時に余計なことを考えるとモロに結果に影響が出るから、なにも考えずに『矢を的に当てるモノ』という概念になりきることを意識している」とのこと。
的に当てたい、という思考すら雑念になるようで、弓を射る際に重要なのはまず『自分を殺す』ことが基礎にして神髄。故に『滅私弓師』というんじゃないか、と言っていた。
……オレにはまだ理解することすらできない領域だな。
「ネオラ君はむしろ弓矢に感情を入れまくりだよねー。正直言って、弓の正道には向いてないかなー」
「弓の正道って、じゃあ邪道な弓ってのもあるんですか?」
「あるよ。邪道の弓は正道とはまったく逆で、弓に自分の気持ちを籠めて射ることに重きを置くらしいねー」
「それだけ聞くと、それはそれで一つの正解のようにも思えますね」
「まあ結果にバラつきが出やすいから、ほとんどの人は正道を極めようとするんだけどね。同じ弓術スキルでも正道と邪道で覚える技能も違ってくるし」
メニュー、弓術の正道と邪道って、ステータス的にはどういう基準で判定されてるんだ?
≪本人の感情や考え方によって決められていますので、具体的な基準はなく割とふわっとした判定みたいです≫
それでいいのか弓術スキル。
弓を射る時の結果はシビアなのに、スキルの基準はものすごく曖昧じゃないですか。
「はぁ、はぁ、はぁ、ううぅ、はぁ、はぁっ………!」
組手の途中で、オリヴィエがたゆんたゆんさせながら走りこみをしているのが見えた。
もう今日だけで何km走っているんだろうか。最初の数日は1km走っただけで動けなくなっていたのに、随分持久力がついてきたな。
というか、疲労で動けなくなってもアイナさんが叩き起こして強制的に走らせていたから、嫌でも鍛えられていったというべきか。
それでも泣き言ひとつ漏らさず、何度倒れてもすぐに立ち上がって真面目に努力を続けられてるのは本当にすごいと思う。
……もしかしたら、ウチのパーティで一番根性があるのはオリヴィエかもしれない。賢者ってのは、メンタル面も強い職業なのかな。
「あっぶな!? この! 後ろばっかり狙わないでよ!」
組手している近くで、レヴィアが魔獣の群れ相手にリンチされている。
のではなく、集団相手に戦うことで視野を広くするトレーニング中らしい。
トレーニングを始めたばかりのころは、なすすべもなくフルボッコにされるだけだったが、今では後ろに目が付いているんじゃないかってくらい周りの状況を察知できるようになってきた。
トレーニングを始める前は、猪突猛進と言わんばかりに敵に突っ込んでいって上手く連携ができなかった。
後ろから魔法で援護しようにも好き勝手に動き回るもんだから誤爆しまくりだったしな。
だが、最近はオレやオリヴィエの後方支援を計算に入れて立ち回るようになってきて、前よりはるかに戦いやすい。
魔法を放つタイミングを見計らって、こちらに指示を出してくることさえあるくらい、敵味方の動きに敏感になってきた。
……もうこの子がリーダーでいいんじゃないかな?
「さーて、三人ともそろそろいい感じに仕上がってきたし、修業の最終目標のところへ行きますかねー」
「最終目標、ですか?」
「や、やっと修業の区切りがつくのね……終わりが見えない地獄はつらかったわ……」
「最終目標のところへ行くって、強力な魔獣でも仕留めに行くんですか?」
「うん。アタシも戦闘に加わるから、一緒に頑張ろうねー」
……はい? アイナさんも一緒に?
「勇者がジョブチェンジするためにはいくつか条件があって、その中に『勇気の意味を含んだ称号を獲得する』っていうのがあるんだよー」
「はぁ」
「レベルが40以上離れてる相手を倒すと『蛮勇者』っていう称号をもらえるから、そのために頑張りましょー」
「……え、40以上? え、はい? え?」
ちょっと待て、今サラッととんでもないこと言わなかったかこの人。
俺たちトレーニングと並行して、今じゃLv30近くにまで鍛えられてるんだけど、さらに40以上離れてるって、アンタ。
「このテリトリーの奥に、Lv70超えてる魔獣がいるから、そいつを倒せたら修業は一段落だね。じゃあ行くよー」
いやいやいやいや! 待ってアイナさん! 死んじゃう! 死んじゃうから!
いや死んでも生き返るから大丈夫じゃなくて! 引っ張らないで! ちょ、助けて! 誰かタスケテー!!
~~~~~カジカワ視点~~~~~
「ぎゃああああああっ!!!」
ズギャギャギャッ!! と殴り飛ばされて地面を派手に削りながら滑る音があたりに響いた。
いててて! そのせいで残った外付けHPが削れて尽きて、かすり傷を負っちまった。
これがホントのスリップダメージってか。やかましいわ。
はぁ。もうひと月近く鬼先生のところまでファストトラベルで通ってるけどいまだに5秒以上組手が続いたためしがない。
最初は2、3合打ち合うのが限界だった。多分、時間にしてコンマ数秒程度だと思う。
最近じゃ十数合くらい打ち合えるようになってきたが、それでも2、3秒が限界だ。
「俺、やっぱ才能ないんだろうなー……正直凹むわー先輩」
『ガ、ガル……』
ぶっ飛ばされた俺の言葉に、困惑したような、驚いたような顔で答えてくれてるのが鬼先輩。鬼先生の手下オーガたちの中でもワンランク上の『ハイオーガ』という魔獣だ。
鬼先生と初めて会った夜から、オーガたちも俺も互いに殺し合わないように暗黙のルールが敷かれるようになった。
それ以来、こうして時々挨拶したりするくらいには仲が良くなった気がしないでもない。言葉が分からんから確証はないが。
「第一、先生の動きを肉眼で見るだけじゃ見切れないんですよ。動きの予備動作のさらに予兆を見逃さないようにしないと即ぶっ飛ばされて終了。なにこのクソゲー」
『……ガル』
「しかも本人からアドバイスもらおうにも言葉が通じないから無理。というか先生元々無口で不愛想だから通じたとしてもまともに教えてもらえそうにないけどねハハハ」
『ガル……』
先生にぶっ飛ばされるたびにこうやって愚痴を聞いてくれる先輩マジイケメン。
「そういえば、先輩は先生に稽古つけてもらったりとかは」
『……!!!』
無言で首を捩じ切れそうなほど振る先輩。こっちの言葉はある程度通じるのが不思議だ。
はぁ、スキル無しで拳法や格闘術を使えるようになる日はいつになるのやら。
あ、先輩竜田揚げ食べます? 鬼先生もうまそうに食べてましたよー。あ、おいしいですかよかったですはい。
ん? なんですか急に固まったりして、……!?
『……グル』
うわ、いつの間にか先生が背後にいて残った竜田揚げ全部持っていきおった。足りなかったのならそう言えよ。いや言葉通じないけどさ。
……今度から先輩へのお土産はもっと離れた場所で渡そう。2個しか食べてもらえなかったし。泣くな先輩。
お読みいただきありがとうございます。
>やっぱこうなりますよね。――
ですね。まああらすじにも喧嘩売ってくるやつとかはぶちのめすって書いてありますし。
熱反射の料理というと、ピザやらケーキやら窯を使った料理のことでしょうか? 知識が乏しいから上手く書けるか分からぬ(;´Д`)
>デコピンで人を気絶させられるようになった所――
まあ序盤から空飛んだりしてるし、いずれ人外チックなことになるのは当然だったのでしょう。
チンピラが多いのは、港町に第4大陸の雑魚冒険者なら楽にカツアゲできるぜヒャッハーなやつらがたむろしているからでもあります。この大陸自体、ガラが悪いのが多いのは事実ですが。
お暇つぶしに読んでいただけるだけでも嬉しいのに、多くの感想をいただき本当に嬉しく思っています。本当に恐縮でもありますが(;´Д`)
>そろそろ勇者視点が見たいところ――
リクにお答えしたわけではないのですが、時期的にそろそろかなと書いてみました。
感想の返信は一つ一つ感想欄に書かずにこのスペースでお答えしているのは単に筆者の無精と、他の読者の方も同じような疑問を持っているかもしれないと思ってのことと言い訳してみたり。スミマセン筆者の無精が9割占めてます。
>今さら読み始めナウ
ありがとうございます。
紫蘇の実、最初にチラッと出てきて以来全然出番がなかったですね。ゆかりご飯とかの材料として出してみるかなー。
>残機無限ならば、勇者は一度は鬼先生と組手すればいいのに――
そしてぶっ飛ばされる勇者君。主に首から上が。
うまく近接戦闘に持ち込めれば、あるいは魔王に対抗しうるかもしれないのが鬼先生の恐ろしいところ。本鬼面倒くさがって戦わないでしょうけど。




